第7話「みーてぃんぐ・らんぶる!(後編)」

それから数十分後。
ミーティングはつつがなく進行し、議題のほぼ全てを短時間で終えることが出来た。
皆さっさと終わらせて帰りたいだけだったかも知れないが。
その間六華はずっと別世界に行ってしまっていた。
が、話がややこしくならなかったし、むしろ好都合だったかもしれない。
皆が帰り静かになったレストランで、僕は1人ミーティングの内容をパソコンを使ってまとめている所だった。
ホワイトボードに書いて在る内容をメモした紙を見つつ、キーボードを打ち込んでいると、
「あれ?ブンまだ居たんだ」後ろから聞きなれた声が。
「六華か…うん。今日中にまとめておこうと思って」振り向き、僕は答える。
「しかし、ミーティングの間、ずっと嬉しそうにしちゃって。君って結構食い意地が張ってるんだね」
「そ、そう言う事じゃないわよバカ!そ、そりゃ楽しみでは在るけど別にそういう理由じゃ…」
「他の理由…ああ、君は料理人だもんな。他のお店の味が知れるチャンスってわけか」
「ち〜が〜うぅ〜!だからそうじゃないってのよこの朴念仁!…はあ、もういいわよ」何故かガクリと肩を落す六華。
「…よくわからないなぁ。それより、明日何処に行こうか?」
「そ、そんなのブンが考えなさいよ!」
「いつもいつも私に引っ張られるだけじゃなくて、ちょっとはリードしてみなさいよ」
「う〜ん、でも、僕は君にご飯を奢るわけで。だからこそ君の希望を最大限尊重したいわけで」
「やかましい!わけでわけでってアンタは『北の国から』の純君かっ!」
「いいのよ、アンタが決めれば!私はブンと一緒なら…ゴニョゴニョ…」
「一緒なら?」
「き、聞くなぁ〜っ!(//////)詮索屋は女に嫌われるんだからねっ」
「ご、ごめん」とっさに謝る僕。彼女への謝罪が条件反射になっているのが悲しい。
「いい?明日のデートプラン、しっかり考えてきなさいよっ!?」
「…デートなの?」目を丸くさせ、聞き返す僕。いつの間にそんな事に?
「も、物の例えに決まってるでしょ!誰がブンごときとデートなんか…」

「そうだよね…」僕はわざとらしく項垂れてみせる。
昔っから彼女に頼りっきりの僕が、彼女に相応しいなんて自惚れた事を言うつもりは無い。
だけど、はっきり言われるとやっぱりヘコむ。
「い、いちいち落ち込むないでよ。だからアンタはヘタレだってのよ、もう…」
「これからしっかりすりゃいいの」
「アンタは男としちゃまだまだ何だからちょっと位情けなくたって気になんかしないわよ」
「はは、そりゃどうも…よし、仕事終わりっ…と」
キーボードを打ち込む作業を終え、伸びをする。
首を軽く動かしただけでゴキゴキと嫌な音がなる。やだなぁ、オッサンに片足突っ込んでるみたいで。
「それじゃ、僕は帰るよ。また明日…」そう言って椅子から立ち上がろうとした僕に、
「あ、ちょっと待って」六華が声をかけてきた。
「ん?」
「ちょっと付き合ってもらいたい用事が在るのよ」
「別にいいけど、何?」
「ん、ちょっとね。私はコレから厨房に行くから事務所で待ってて」
「了解。っていうか僕に拒否権は無いんだろう?」
「当たり前じゃないの。ブンが私の命令を断るなんて1億光年早いのよ」
「…光年は距離だよ六華」
「う、うるさい、揚げ足を取るんじゃないのっ」
と言いつつ、間違えたのが恥ずかしかったのか顔を赤くしそっぽを向く。
「あはは。…それじゃ、ここで大人しく待つとしますか」
「そうしといて。…悪いわね。こんな遅くに」
「あれ?君が『悪いわね』なんて殊勝な事言うなんて、明日は雪でも降るかな?」からかい半分で言う僕に、
「…バカっ!」彼女はそう怒鳴ると、ドアを乱暴に閉めて出て行ってしまった。

それからしばらくして、部屋のドアの外から声が。
「お待たせ。ブン、ちょっとドア開けてくれる?」
「分かった」自分であければいいのに…そう思いながらも僕は言われた通りドアを開ける。
入ってきた彼女を見て、なぜ僕にドアを開けるよう頼んだのか分かった。
彼女の両手にトレイが載っておりそのトレイにはいくつもの料理が載せられていた。
野菜がふんだんに使われた冷製パスタの様な物やマグカップに入った冷たいスープ、
アイスやゼリー、シャーベットといったデザート類など。
他にも色々なものが載っていたが、共通しているのは冷たいという事。
それとアッサリとした味付けにされていそうなものだという事だ。
六華は右手のトレイを別のデスクに載せ、空いた右手でトレイの料理を僕のデスクに載せていく。
「…コレは?」僕が尋ねると、
「夏に向けて考えてた新メニュー。出すにはちょっと遅い感じもするけど」と、ばつが悪そうに答える六華。
確かにもう8月上旬。夏専用メニューを出しても出せる期間は短い。
それでもこのレストランの為にそんな事を色々と考えていてくれたのはとても嬉しい。
夏は今年だけにやって来るわけじゃないんだし。
「なるほどね…でも何で僕に?」
良く考えてみれば彼女が新しいメニューを作った時はいつも僕が試食第一号だった気がする。
「他の人に毒見なんてさせられないわよ」
「…僕ならいいのかい?」
「当たり前じゃない」
「………………………」
「冗談よ。ま、私の作った料理を一番に食べられるのよ?涙流して感謝されたって良いくらい」
「僕にそんなことされて嬉しい?」
「んなわけないでしょ」
「だよね。それじゃ、有難く頂きますか」僕は料理と一緒に載せられていた箸を手に取った。

「………………………」僕は黙々と料理の1つを食べ終えた。
「…どう?」不安げな六華の声。
「あわてないあわてない。全部食べてから感想言うから」
「分かったわ。忌憚の無い感想をお願いね」
「了解」僕はそれだけ言うと、試食を再開する。
試食用だからか、最初から量が少なかった事もあって(というかそうでなきゃ食べきれないが)すぐに食べ終えた。
「ご馳走様でした。それじゃ感想だけど…」
僕は贔屓目な見方や遠慮をしない様に、極力客観的に感想を述べた。
「…とまあ、こんなトコ。…どうしたの六華?」
自分で言うのも何だがかなり的確な意見を述べたつもりだったんだけど…何故か不満そうな六華。
「…聞いてない」
「へ?何が?」
「美味しいのか美味しくないのか聞いてないっ!」
「あ…」そう言えばそうだった。僕は間の抜けた声を出す。でも…
「僕の感想を聞いてたんなら分かると思うんだけどなぁ…」
先程身内贔屓抜きでかつ客観的な感想を述べた僕だが、
それでも「この料理のここが良かった」という意見が圧倒的多数を占めていた。
それだけ彼女の料理の腕前とセンスが天才的という証拠だ。
だから、美味しかったって事くらい、分かるはずなんだけど。
「分かって無いわね…料理人にとって、自分の料理を食べた人に言ってもらいたいのは、その一言に尽きるんだから」
「そ、そう言うものなんだ」
「そうよ…特に好きな相手にはね…」後半の言葉が小さくてよく聞き取れなかった。
よく考えてみると僕と話す時だけそんな風になる時が在る。何でだろう?

「ゴメン。言うまでも無いことだと思ったからさ」
「…美味しかったよ、とても」
「それを一番に言いなさいよね、ばか。でも…」
「…そっか。美味しかったか…うん…うん…良かったぁ」ホッとした様に破顔一笑する六華。
料理に関しては、人一倍プライドが高くて、自信満々な彼女。
だけどやっぱり彼女もその一言を聞くまでは安心できないって事なのか。
そんな彼女の事を素直に可愛いなぁ、と思う。
いや、そんな事は前から分かりきっていた事だ。
それこそ高校生の頃、僕等が同じ学び舎にいた頃から。
料理って言う、一生懸命になれるものを見つけて。
それに向かって楽しそうに頑張っている彼女は、いつだって可愛かったんだから。
だからこそ気になる。何故彼女が料理を止めていたのか。
あんなに好きで、楽しそうにしていた事を、何故止めてしまったのだろうか?
時々、無性に聞きたくなる。何か辛い事があったのなら力になりたいとも思う。
でも、僕は無理には聞かない。
だって、きっと彼女なら。
いつかその事について心の整理をつけて、僕が聞くまでも無く笑い話として、僕等に話す事が出来るだろうから。
だから、僕は聞かない。聞くつもりは無かった。
「それじゃ、僕はもう帰るけど、六華は?」僕は内心の葛藤をおくびにも出さず、立夏に聞いた。
「私も後片付け終えたら帰るわ。先帰ってて」
「わかった。それじゃ、また明日」
「うん、また明日ね」彼女は手をひらひらと振った。
それを見て、僕は明日は何処で何を食べようか、なんて考えながら店を後にした。


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