その1

「くっそ、転入初登校から遅刻気味かよ?」
息を切らせて走る、八時半の壁をきるためにだ。
ケータイを取り出し現在の時刻を確認すると、八時二十七分。
「死ぬ気で走りゃ間に合う!」
午前の授業は全部寝たら良いだろ……。
曲がり角が見えた、あれを曲がると残り学校まで残り二百メートル。
間 に 合 う!
校門までの距離を一気に詰め、そして新しい校舎へといざ鎌倉―――

ガンッ!

ああ…お星様が見えるよママン。うんそうだよ、まさか門が閉まっているなんて……
「はい、遅刻〜。」
ああ、おでこが痛いよ…
「まったく、転校初日から遅刻って何考えてんだか……」
腫れてんじゃねえのか?
「ウチの担任厳しいから、すっごい怒られるわよ〜」
うわ……こぶできてるッポイ。やば……
「………」
しゃあねえ、とりあえず保健室にでも……
「人の話は…」
「あ?」

「ちゃんと聞きなさいよぉーーーーーーー!」
ガスッドカッ
ああ……父さん母さん、やっぱりこの高校に来るのはやめといたほうがよかったです。
けが人をいとも簡単に蹂躙する魔女がいました。
俺の意識は、そこで途切れた。


「う……ああ…」
「ねえ…ちょっと機嫌直してよぉ…」
「うっせ……あ〜、いって」
デコにはったガーゼをさすりつつ、俺は傍で伺うように覗き込む彼女の姿を見やる。
始業式で俺に声をかけてきた、あいつだった。
なんでもコイツは生徒会の仕事で校門に立っていたらしい。
で、遅刻した俺に蹴りいれて、俺があんまり重症だから保健室に付き添ってもらった(当然だ)。
そしていま、教室に向かってる。
反省はしてるみたいなんだが……どうにも腹の虫が収まらん。
「ねえ……やっぱ怒ってる?」
「少なくとも顔面にトゥキックぶち込まれて笑って許せるやつなんていままで俺は見たこともない」
「あうう〜…」
「確かに遅刻したのは俺が悪いとしよう。でも、校門にしこたま頭ぶつけて悶絶してる人間にけりいれるとは何事だ」
「しゅん……」
「まだほかにも言いたいことが――」
「……グスッ」
あ?
「……ヒクッ、…グシュッ、ズルッ………」
いや、ちょっと待て、おい?
「う、うぅ……うぁぁぁぁ」
泣きやがった、こいつ泣きやがった!
しかも泣き顔見られないように俺の腕に顔押し付けて。
このまま教室入ったら俺が悪者じゃねえかよ。クソッ…
俺は、彼女に気付かれないようにため息をついた。
「…おい、外出るぞ」
できるだけ、声を柔らかく。
「ふぇ……?」
目を赤くした彼女が、不思議そうにこっちを見る。
「いいから、どうせ今更授業聞いても意味ないし。ハズイし」
「落ち着くまで、居てやるから。中庭にでもでようぜ?」
彼女はそこで眼を逸らし、けれど小さな声で「うん」と頷いた。
何で、こんな面倒な事に……


ガコン
買ったジュースとコーヒーを取るために、腰をかがめる。
手に伝わるひんやりとした感覚が心地良い。
そして、中庭のベンチへと向かう。
「ほら、飲めよ。おごっちゃる」
「あ、ありがと…」
まだ頬に涙の後が残る彼女にジュースを渡して、隣に座った。
目の前には、満開に咲き誇る桜の樹がある。
それをぼんやりとみつつ、俺もコーヒーを飲もうかとプルタブに手をかけた瞬間
「ブハッ!」
隣のヤツが強くむせた。
「うわっ!汚ったねぇ!」
「なによこれ、炭酸じゃない!」
「あ?」
炭酸ですが、何か?
「私は炭酸飲めないの!そっちのと換えて!」
うそだろ……ガキくせぇ……。
言いつつ俺のコーヒーを奪い取り、かわりに自分の飲んでいた炭酸飲料を、俺に渡す。
呆然とする俺を尻目に「よしよし」とか頷き彼女はうまそうにコーヒーを飲んでいた。
俺は自分の手の中のアルミ缶を見つめ、一言。
「なあ」
「うん?」
「俺がこれ飲んだら、間接キスだよな?」
「ブッハ!」
「うわ!またかよ!?」
「な、ななななな……」ワナワナ
「ん?どした?」
そして俺が缶を口に持っていくと―――
「は、はわーーー!!」
俺の手元にハイキックが入る事となった。当然中身は俺にぶちまけられる。
何これ?いじめ?

キンコンカンコン

間延びしたチャイムは、一時間目の終了を知らせる合図。
それを見計らって、俺たちは教室に入った。

ザワザワ……ヒソヒソ。

覚悟していた通り、浴びせかけられる好奇の視線。
転校初日から重役出勤。しかも結構可愛いクラスメートと同時に、だ。
「ちょっと、かなみ!」
「どうしたの?全然男に興味なかったあんたが――」
「ねえ、そこの彼氏も―――」
さらにはいろいろと事情聴取しに来るやつらまで現れる始末だ。
「なあ、椎水?」
「何よ……」
さっきから何故かふてくされている椎水(名前はさっき聞いた)に、声をかける。
「こいつらへの説明、頼んだぞ」
はあ?とか言ってる彼女を置いて、俺は自分の席を確認する。
教卓に張られた座席表によると……あそこか……。
席に着くと、自分の荷物からジャージを出して着替える。
さっきのでベトベトになったからな……。
「うはwww公開露出テラエロスwwww」
隣のヤツがあほな声を出した。
「あ?誰お前?」
「ん?俺は山田。山田涼。お前の隣の席に在籍してる、よろしくな?」
ああ、こういうやつ居るよな。初対面なのにやたら気さくに話しかけてくるやつ。
椎水と、同じタイプか……。そういうのは、嫌いじゃない。
「ああ、よろしく」
着替え終わり、
「で、お取り込み中悪いんだけど」
「あ?」
「椎水泣かせたのお前か?」
いままでの軽い調子とは一転、冷たく、また真摯な口調で。
「……」
「イヤー、別に偽善者気取ろうってわけじゃないけどさ」
「一応、いっとかなきゃなって。――アイツ、俺の友達だし」
……強く、鋭く山田の視線は俺を射抜く。
ホントに、友達を大事に思ってるんだな。
「……ああ、俺が泣かした」
それなら、たとえ殴られても仕方がないな。
「……そっか。よし、合格」
「は?」
山田はけらけらと笑って、俺の肩を叩く。
「言い訳いったら殴るつもりだったんだけどよー」
「正直なやつは、好きだしさ」
ああ、わかった。こいつ馬鹿だ。
「じゃ、今日から俺とお前友達な。ほれ、握手」
なされるがままに手を取られ、握手を交わす。
それからひと段落着いて、椎水が戻ってきて。授業を受けた。
学校は、少しだけ楽しかった。


放課後、一日でもっとも開放感に浸れる有意義な時間。
部活に入っているわけでもない俺は、新しい学校の勝手を知る事にその時間を費やした。
「よっし、粗方覚えた」
特別教室や廊下、食堂などを一通り見て回るとすでに時間は四時半を過ぎていた。
「じゃ、帰りますか」
ほとんど何も入っていないかばんをとり、靴箱へと向かおうとする。
すると――。
「……歌?」
遠く、かすかに耳をくすぐる程度の大きさで、歌声が聞こえる。
その行き先を、窓から探してみると。
「中庭の……桜の樹か」
あいつは……。
何を思ったのか俺はそのまま足を進める。
中庭で歌っている、椎水のもとへ。

綺麗な歌だった。
桜とともに風に伸び行く旋律、切なく胸を打つ歌詞。
けど、そんなことよりも。そんな小難しい事抜きにしても。
ただ単純に、楽しそうに歌う彼女に――見惚れた。
眩しかった。
やがて、名残惜しく歌が終わる。
その余韻すら心地良く、自然と俺は拍手をしていた。


そして彼女がこっちに気付く。
「うわっ…居たの?」
ちょっと照れくさそうに、目線をそむけて彼女は話す。
「一分くらい前からな。なかなか良かったぞ」
「あ、ありがと……」
ほめられて嬉しいのか、ちょっとだけ頬が緩んでいた。
「けどさ、俺その歌知らないんだよ、なんて名前?」
「ああ…マイナーだからね…《振り向けば……》っていうのよ、Janne Da Arcの」
ふーん、と相槌を打って彼女の真正面に立つ。
それからは取り留めのないことを話した。
歌の練習をしていたのは彼女がバンドを組んでボーカルを担当しているからとか。
今日ぶちまけたジュースで服がべとべとだといったら「じゃあ、私が洗濯してきてあげるわよ」とか言われたり。
山田涼には彼女が居たりするとか聞いてマジビビッた(名前はちなみ、というらしい)

「私さ、桜って好きなんだ」
「ん?」
「こう、ね。散ってる桜が好き」
右手を桜の木にかざし、ゆらゆらと動かしながら。
「その姿がはかないとか、潔いとかそんなんじゃなくてさ、安心するんだよね」
「そういった意見は初めて聞くな……」
「うん、あのね。桜が咲き出すのって大体卒業式ぐらいじゃない?」
「でさ、入学式とか入社式とかその辺にはまあ散っちゃってるのよ」
「それは、卒業式で流された涙とか悲しい気持ちとかを入学式の笑顔に変えるために、涙の代わりに桜が散ってるのよ。」
「……」
「むかし、なにかの本にかいてたか誰かが言ってたかなんかだったけど、それだけ覚えてる」
「ああ、なんて――
       
        そう、すごく
    
           あったかいんだろうって」
「そう考えるとさ、なんか頑張ろうとかちょっと背伸びしようとか、思わない?」
そう語る彼女は、本当にきれいな笑顔で。
「なんか…すっげぇご都合主義の論理だな」
ああ、違うのに。言いたいのはそんなことじゃないのに。
「ええ〜?せめてポジティブとかアクティブとか言ってよ」
頬を膨らませる彼女はすこし可愛く。
「……まあ、けど。そういうのは割りと好きだ」
無愛想に答える俺は、笑っている。

端が青くなり始めた茜色の空を見上げて、俺は思う。
今もまた、誰かの涙を笑顔に変えるために、この花びらは散っているのだろうかと。
そう考えると、すごく、暖かかった。


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