その2

「君に触れて、少し近づき」
ザブーン、ザブーン。
頬をなでる風は涼しく、そして鼻をくすぐる。
晴れ渡る空はどこまでも青く、澄み切った海は光り輝く。
熱い砂浜を飛び跳ねながら歩き、横の彼女に問う。
「で、ネタじゃないんだな?」
隣の小さなツインテールは、少し俯きながら頷いた。
横に泳いだ視線は、吸い込まれそうな夏の海を捉えていた。


カリカリ、カリ。
シャープペンシルが机を叩く音のみが、俺の耳に届く。
なんで古文なんて科目があんだよ。需要無いだろ。
問い――@、この内容を現代語でわかりやすく説明せよ。
答え:この(省略されました、続きを見たければここに黙って丸をしなさい)
完璧。
問い――A、これは動詞「あり」であるが、この尊敬語は何か。
えっと…ありおりはべり……
答え:てらわろす、っと。

長い長い五十分が終わり、チャイムがなる。
今日は、期末テスト最終日だ。
答案を回収し、だらだらとしたホームルームが終わるとあとはもう夏休み同然。
「別府〜、テストどうよ?」
少し疲れた顔をした山田がそう聞いてきた。
「ん、ああ。古文単語は満点だ」
「げ、マジかよ。お前何気に成績いいからな…補習なんて掛かった事無いだろ?」
「ん、まあ一応は」
か〜、と妙に気持ちわるく唸って、山田は顔を上げる。
「ちなみ〜、お前最後の長文論述わかった?」
荷物をかばんにしまっていたちなみという生徒は、こちらを見て近づいてくる。
「ん、まあまあうまくいけたかな」
こいつの名前は水谷ちなみ、髪は肩ぐらいまでのショートカットで、少し茶が混じってる。
表情の変化に乏しく、たいていの時間は机で本を読んでいるか携帯をいじっているか。
あとは山田と喋ってるくらいかな。
何をトチ狂ったかこの二人は彼氏彼女の関係にある。
出会いやきっかけは全然知らん、高校一年生の時にはもう付き合ってたらしい(椎水談)
「おまえの『まあまあ』は俺らの『すっげえいい』と同義だけどな」
成績は学年でトップクラスとか言うから、つくづく山田とつりあってないと思う。
「かなみ、お前は?」
山田がそういって、教室の隅でへこんでいる椎水に声をかける。
「いつもと同じくらい……」
「つまり平均マイナス二十は堅いということか、山田でもそれほど悪くは無いぞ」
「おいwwwさり気に馬鹿にしたろwwwww」
無視。
「う、うるっさいわね!一応今回は全問埋まったんだから!記述以外!」
キシャ―!とさっきの欝は消し飛んで俺に叫ぶ。
「よし、じゃあ問三の事なんだが……」
「ふぇ?え?」
「まず、あの「なり」が推定伝聞か断定かがいまいち掴みにくかったな、俺は一応断定の助動詞と考えたんだが、椎水は果たしてその辺どう思ってる?」
「え?あえ?断定?」
「そしてそのあとの敬語、「聞こし召す」がどんな意味で使われたか…」
「あ、うあ…」プシュ〜
「はい、平均以下」
「う、うう〜」
してやったり、と俺が調子に乗っていると
「う、うがーーーー!」
かなみが壊れた。
「ひゃひゃひゃひゃ!!!、古文?助動詞?敬語?助詞?何それそれって美味しいの?テストなんかどっかいきなさいよヒャッハァ!」
「うはwwww久々にみたおwww」
「別府、なだめ役頼んだわよ?」
「お、おう…バンドの活動時間には間に合わせるから、行ってこい」
「あ、あとで見学行くからな」
「おkwwww」
「ん〜」
あいつらはそういって音楽室へと向かっていった。
「ふふふふふ…英語なんて消えてしまえばいいのよ…そして時代はみさくら語へ……」
授業を始めるときに「お、おにぇがいしましゅうううううう!」とかいうのだろうか。
「おい椎水、壊れてないで戻って来い。バンドの活動すんだろ?」
ゆさゆさ
「おほほ……歴史の人物なんてはげの部分に落書きするために存在しているのよ…」
「確かに歴史を俺が変えたみたいで気分いいけど、早く戻って来い」
ゆさゆさ
「くすくす…」
「……」
少しめんどうになってきた。
彼女の耳元にそっと口を寄せる。
「椎水」
「けけけ…はい?」
「好きだ」
「あーー、はいはいすきなのね。ありがとうありがとう……ってええええええ!!!??」
「よし、じゃあ行くぞ」
(どうしようどうしようなんてへんじしたらいいのかなまだ彼とはあったばかりだけどそこまできらいじゃないし、ともだちとしてはすきだけど、まだ…)
「ってどこいくのよ!?」
「ん?お前は音楽室」
「ちょ、返事は?」
「何の?」
「いや、さっきの……その…」指先ツンツンモジモジ
「あー、あれ、保留しといて」
「……」
じゃあ、行くぞ?と声をかけ、俺は靴箱へと向かう。
なによなによなによ……、とぶつぶつ彼女が言ってるのが聞こえた。


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