その7

私……何してるんだろ……。
前を行く涼とカリンちゃんのあとを、物陰に隠れながら着いていく。
人気のなさそうな、校舎裏に入ってふたりは足を止めた。
そっと…耳を澄ませる。
いつの間にか、手にはあのリングが握られていた。


「で?話って?」
とぼけるように喋る自分が、少し腹立たしい。
わかってるくせによ……。
「はい……また、やり直しませんか?私と……」
それは、もう一度自分と付き合えという事だ。
喫茶店の出来事から、うすうす気付いてはいたけどな……。
真剣な表情で俺を見る彼女。
「振られてから…ちょっとは前より魅力的になったつもりです……」
「ちょっと、前の彼女さんには悪いことしたかなって思いますけど…」
「それでも、私はせんぱいが好きです」
「私じゃ……ダメですか…」
彼女の震えている声も、潤んだ目も。
何もかもが、真剣で。
「………ごめん」
だから俺は……頭を下げた。
「何で……ですか?」
もれた嗚咽が、悲しい。
「俺さ、まずお前に謝らなくちゃだめなんだ」
「…………」
「俺、お前の事好きじゃなかった」
「嫌いってわけじゃなかったんだけどな」
「……なんつーか、ごめん」
「俺、あん時好きな人っていうか…そういうのがいた」
「けどさ、全然俺と釣り合わなさそうな人で、半ば諦めてた」
「それでさ、お前の告白受けたんだ」
「とにかく、違う人を好きになろうとして」
「デートとかもしたよな」
「けどさ、そうやって笑って、ふと思うんだよ。もし彼女だったら…って」
「そんなこと考えてる自分がバカみたいでさ……だからフッた」
「本当に……ごめんな」
「……」
必死に、カリンが泣くのをこらえているのがわかる。
ごめんな。
「俺……やっぱちなみが好きなんだ」
「だから、お前とは付き合えない」
「責められても、うらまれても仕方ないって思ってる。今ここで殴られるのも覚悟してる」
けれど。
「……けど、ちなみだけは泣かしたくない」
「だから……許してくれ」
それが、俺の嘘偽りのない気持ちだ。
「……る…で…す」
え?


ライブ公演時間を、五分過ぎた。
客席はざわめき、時々野次や苦情も聞こえる。
「どうするよ?」
「……頼んだぞ、別府隊長」
そして、マイクを渡された。
マジか?
かなみは笑顔で、コクリと頷く。
やれやれ、とため息をついて、俺はゆっくりと壇上に上がる。
『アー、アー、ただいまマイクのテスト中』
マイクの感度は良好。
『同じく、マイクのテスト中〜』
かなみも、同じように感度を確認。
客席から、何だと戸惑いの声が上がる。
『あ〜、真に申し上げにくいんだが……二人メンバーが来ていない』
『だから、もうちょっと待ってほしかったりするのよ』
当然のように湧き上がるブーイング。
一種怒号に似たその声を、押さえつけるために叫んだ。
『うるっせえええええええ!!』
『うーるーさーいー』
一瞬静まり返った隙を、俺は逃さない。
『まあとりあえず聞けよ。実は来てない二人ってのが、実は世界を救う救世主でな』
『今、ちょっと宇宙から来たエイリアンと戦ってきてるのよ』
また観客が怒りだす。
『まて、ホントだって。あいつらは戦ってんだよ』
『それも、結構背水の陣なのよ?』
『で、俺がそのいきさつを話すから、しばらく待ってやがれお客様』
『まあ要するに前座よ、これも予定のうちだから安心してね』
自信たっぷりにかなみが言い切ったので、客も信じるしかなかったらしい。
『まあ聞けよ。結構大作だぞ、《宇宙異星人エイリアン》』
『昔々、ちょっと素直じゃない女の子とバカで優しい男の子がおりました……』
早く来やがれバカップル。


「ずるいです…」
泣きそうになってる自分を何とか抑えて、声を絞り出す。
目の前には頭を下げてくれてる涼せんぱい。
そして、その向こうには、ちなみさんが隠れている。
ばれてないと思ってるのかな?
「え?」
「そんなこといわれたら……二人の仲を応援したくなっちゃいます。ずるいです」
「私、嫉妬深いんですよ?」
「そんな私に、そこまで思わせるなんてせんぱいは危険です」
「……はぁ」
きょとんとしているせんぱいは少し可愛いと思います。
「もう、吹っ切れました。フラれちゃいましたね……」
えへへ、と声だけで笑ってみせる。
「幸せになってくださいね?せんぱいも、後ろで聞いてるちなみさんも」
その言葉に、せんぱいはあわてて振り返る。
おずおずとでてくるちなみさんも、なんだか年下みたいに見える。
世話の焼ける二人ですね……。
「涼……」
赤い、うるんだ瞳をしたちなみさんは涼せんぱいを呼んだ。
「ホントなの?さっきの言葉」
「私を好きだって……」
あの状況でうそつけるはずないでしょう……いやみですか?
けど……やっぱり心配なんですよね。
「ああ、ホントだ」
そして、せんぱいはずっと手を入れていたポケットから何かを取り出す。


「ほれ。プレゼント」
照れたように俯いて涼はそれを私に差し出した。
なんだろう、私はすぐに受け取り、ゆっくりとケースを開けた。
「…………ぁ」
これって……これって。
落とした視線を、涼に向ける。
視界はぼやけて、よくわからない。
「涼…りょおっ…」
嗚咽の混じった声を聞いて、初めて自分が泣いている事に気付いた。
ずっとまえ、デートをしたときの会話が蘇る。
―――これは、いつか買ってやるからさ?
私の手の中には、その時の、小さな指輪がある。
「りょおぉ!」
泣いている顔を、隣のカリンちゃんに見せたくなくて、涼の胸に顔をうずめる。
「ったく、試験勉強もほっぽり出して バイトしたんだからな?」
早く帰ったり、ずっと疲れた顔をしてたのも。
「大事にしろよ?」
当たり前よ……だって、この指輪は――
―――いつかって、いつよ。
「ああ、ちなみ。」
―――そうだな…プロポーズのときとかに?
「結婚しようぜ、今は無理でも、いつか必ず」
その言葉が、どれだけ嬉しかっただろう。
「うん……うん!」
ひく、と収まらないしゃっくりが、わずらわしくて。
それでも、私の想い全てを言葉にした。
「涼……大好きだよぉ……!」

妬けちゃいますね、ととなりで眺めているカリンは思う。
ていうかなんですか私は振られたばっかりだというのにめのまえでプロポーズまでしてくれちゃって新手のいじめですか?
そう思う一方で、頬の緩みは止まらない。
ああ、これが涼せんぱいだ。
私の好きになった、せんぱいだ。
思い出す、自分がこの人を好きになったきっかけを。
新しい学校に馴染めず、苛められていた私。
ただ一言声をかけることが怖くて。立ちすくんでいた私。
そしてあくる日、上靴を隠された。
単純な事なのに、とても不安になって。泣きじゃくって。
泣いてるとき。影で誰かが笑っている気がした。
それが怖くてまた泣いて。
そして「どうした?」と声をかけてくれたのが、一つ上のせんぱいだった。
その日一日せんぱいは授業をサボって上靴を探してくれた。
結局放課後になっても見つからなかったけど……。
だから、せんぱいはこれでいいんだ。
要領が悪くて、損ばかりするけど。
けど、とても優しくて、かっこいいの。
だから、これで、いいんです。
澄み切った青空を仰いで、私はもう一度、幸せになってくださいねと二人に祈った。


『そこで、男の子と女の子は…末永く幸せになりましたとさ』
意外に俺って語り部の才能あるんじゃね?
『さあ、そして…来たぜ。その二人が』
教室の入り口、顔を覆った水谷と頬を掻く山田がいた。
それでもしっかり手をつないでいて。
客席のみんなはその二人を囃し立てる。
『遅えぞ、バカップル♂』
「うるせぇ、ヒーローは遅れて登場するんだよ」
見れば、山田には一つ、水谷は二つの指輪を薬指につけている。
おいおい……、のろけんなよ。
『じゃあ、みんな。いよいよ本番のライブだよ!』
そして、ライブが始まる。
ステージ上を飛んで跳ねて。
拳を突き上げ叫んで騒いで。
みんなの熱気で汗まみれになりながら、この場の全員が笑顔で。
「今日は、ホントにありがとね!」
かなみのその言葉で、ライブは締めくくられた。


「ハイ、笑ってくださいね〜」
ウエイトレスの制服に身を包んだカリンが、カメラを構えて笑いかける。
それが写す先には、二人の男女がいた。
一人は、長身の細身、優男の風貌の青年。
一人は、肩ほどのセミロングの少女だ。
「うん!ちゃんと取ってね?」
「はは……ハズイからやめろ」
「はい、チーズです!」
フラッシュは、大きないちごパフェを笑顔で食べさせあう山田涼と水谷ちなみを包み込んだ。


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