ある者は一躍英雄に。
ある者は一転敗者に。
唯、己の技量のみが全てを握る。
名誉と、誇りと、自信を賭して、戦士は戦場へ向かう。
そう、今日は楽しい調理実習。

煮立つ味噌汁、洗剤で洗われる白米。決して埋まる事のない価値観の相違。
轟く絶叫を掻き消すように、教室全体に食欲を誘う香りが漂い、生徒達は俄に活気付いていた。
級友『おー!意外にうまく出来てるぜぇ?』
級友『ちょっとォ…誰よ塩と佐藤間違えて入れたの…』
級友『うンまぁ〜い!こっこれはぁ〜!この味はァ〜!!』

一部の例外を除き、生徒達は着々と本日のメインイベント…お食事タイムへと雪崩れ込みつつあった。
しかし、彼と彼の班のメンバー…つまり一部の例外…の周りには、ドス黒い障気が漂っていた。
「……なんだこれ?」
班長である彼…別府タカシは、己が班の造り上げた料理(になる筈だったもの)を見つめて呟いた。
『………よ。』
焦げ付き、形容し難い臭いを放つ魔女の大釜と化した鍋。
此の世のものとは思えない見た目と、魔王も裸足で逃げ出さんばかりの悪臭。
それを抱えた少女…椎水かなみといった…は、プルプルと震えている。
『…じゃが…肉じゃが…よ…』

元の素材からは思いも因らない様な、素敵な光沢を放つ其れ。
…どうみても暗黒物質です。本当にありがとうございました。
タカシは皿に盛り付けられた…彼女曰く、肉じゃが…らしきモノを見つめながら思った。

級友「誰がこんな暗黒…じゃなくて、えと…肉じゃが?の味見するんだ?」
級友「…やっぱりここは…。」
「…………。」
俺は嫌だぜ。そんな思いを込めた視線を浴びた彼は、ちらと視界の端に居た彼女に視線を移した。
『………。』
賑わう教室の中、気のせいか彼には彼女の周りの空気だけが黒ずんで見えた。
…やっぱり、俺が始末しないと駄目なのか。
撫然とした表情のかなみを見つめながら、タカシは空に問掛けた。

…やっちゃった……。よりによってアイツの前で…。
暗黒物質を作り出した少女は、半分泣きそうになりながら己の不注意さを罵しっていた。
『はぁぁ〜…。』

――――どっちかって言えば、料理とか出来る女の子の方が良いかな。
つい二、三日前、彼の口からポロりと溢れた言葉を彼女の耳は聞き逃さなかった。
千載一遇のチャンスとばかり今日の調理実習に臨んだ彼女だったが、結果は惨憺たるものだった。
…流石に甘かった。正に生兵法は怪我の元だ。
料理の本でちょちょっ、と勉強した位では実戦で通用するレベルになるはずがない。
だが、ピンク色の妄想に染まった彼女の脳味噌ではそこまでは考えが及ばなかったようだ。
…アイツにイイトコロ見せるつもりだったのに。
これでは全く逆効果、最悪の結果ではないか。かなみが脳内で悶えていると、ふと声が聞こえてきた。

級友「おいタカシ、お前が食えよ…。」
級友「そうそう、嫁さんが折角作ってくれたんだからよ。旦那としては食わない訳にはいかんよなァ?」
脳内から帰還を果たした彼女の目には、同じ班の仲間達がタカシと喋っているのが見えた。
しかし、その内容を理解するのには少々時間を要した。
「は?誰が誰の嫁だって…?」
級友「またまたァ…いつも一緒に学校来てるじゃん?」
級友「弁当も一緒、帰るときも一緒。旦那さんよ、椎水とは何処までいったんだ?」
完全に話の内容がおっさんになっているクラスメイトを止めようと、かなみは話しに割り込んだ。
『だ、誰がコイツの………ッ!!///』
級友「おー、そう照れるなよな……って、やめくぁwせdrftgyふじこlp!!?」
…まだ手ェ繋いだ事だって無いわよッ!悪かったわね!!はいはい、オクテですいませんねッ!
なかばヤケクソ気味の魂の叫びと共に、腎臓目掛けて拳を叩き込む。
神速のボディに、悶絶しながら崩れ落ちるクラスメイト。
『こんなボンクラの事なんて、べべ別になんとも思ってないわよーッ!!///』
級友「痴話喧嘩は外でやれよ〜?」
『こ、殺すッ!!///』
涙目で叫びつつ、暗黒物質をエンチャントした菜箸を振りまわす彼女は、逃げ惑う級友を追いかけていた。
その時タカシが、思い出したように一言、呟いた。
「…何処までって……家までは、行ったことあるけど。」

級友「………………。」
『………………。』
級友「………………。」
え、俺なんか間違った事言った?
固まった班員達を見つめたタカシは、そう言いたげな表情を浮かべていた。

級友「あー……。」
級友「…がんばれよ、椎水…。」
「???」
『………。』
さっきまでの態度とうって変わり、級友達はプルプル震えている彼女に憐れみの視線を送っていた。
うつ向きわなわなと震える少女、訳が分からないと言った表情で頬を掻く少年。
その少年に絡む級友達。
そして授業はお楽しみ(彼等にとっては恐怖)の、お食事タイムへと突入した。



…気が付けば、いつのまにかベッドの上に寝ているようだ。
うっすらと瞼を持ち上げると、白い天井が視界に飛び込んできた。
消毒液の匂いが微かに鼻孔を擽る。時計の針の進む音だけが、カチカチと響いている。
…確か調理実習の最中だったよな、彼はボンヤリしたままの頭を働かせ、記憶の糸をたぐり寄せようとした。
「ん……。」
蛍光灯の光がやけに眩しく感じられ、彼は思わず右手で光を遮った。
『あ…タカシ!?』
「…かなみ?」
視線だけを動かし、声のした方に目を向けるとそこには、彼女がいた。
『よかった…気が付いたみたいね……。』
ようやく蛍光灯の光にも目が慣れ、ぼんやりとしていた少女の輪郭が、鮮明になってきた。
彼女の目尻は、心なしか赤く腫れているように見える。

「……ここ、保険室?」
『うん…覚えてない?』
どうやら、かなみの肉じゃが(らしきモノ)を食べたところで俺は倒れたらしい。
幸運だったのは、その恐怖の源泉…暗黒大将軍も逃げ出す“味”が、記憶から抹消されていた事だ。
つまり、肉じゃが(らしきモノ)を齟嚼する寸前で、彼の記憶は途切れていたのだ。
「……………。」
『あ、あの…さ。』
記憶がフラッシュバックする直前、枕元の彼女の声がタカシを現実に引き留めた。
「…うん?」
『……………。』
「……………。」
元気なくうつ向いた彼女は、絞り出すようにやっと一言呟いた。
『…その…ご、ごめんね…。』

「…あ〜、別に謝ることないさ。俺、結構丈夫だから。…ただ。」
『…ただ?』
不安げな表情を浮かべた少女は、横になった少年の顔をそっと覗き込んだ。

「…将来、お前の旦那になる奴が可哀想だな、って…もう少し練習したhうわなにするやm」
少年がその台詞を言い終わる前に、氷嚢のスタンドが彼の顔面にめり込んでいた。
『……馬鹿ぁ…!』
そして、動かなくなった少年の傍らで少女は、一つの決心をした。



―――――ふ、と気が付けば、窓の外の雨はいつの間にか上がっていた。
蛇口から流れ出る水の音に気をとられていたのか、全く気が付かなかった。
「ごちそーさん。」
彼の声に、彼女は思わず振り返った。
『あ、置いといてくれれば良かったのに。』
食事の片付けをしていた筈だったが、いつの間にか昔の思い出に浸っていた様だ。
それにしても懐かしい。中学校の頃だろうか。
「うまい飯食わしてもらったんだ、片付け位は手伝わんとな。」
彼はそう言って微笑むと彼女の横に並び、食器を片付け始めた。
「うん、こっち残って正解だったぜ。」
なんたってこんなに美味い飯が食えるんだからな。かなみに感謝だ。
スポンジを泡立てながら彼はそう言って、かなみに微笑みかけた。
『キモ…誉めても何も出ないわよ…それに、前にも聞いたわ。』
かなみは嫌そうな顔をしたあと、ぷいっと顔を背けた。
――――当たり前でしょ…あれからアタシがどれだけ料理の練習したと思ってるの?
あんなに苦労したのも全部あんたのせいなんだからね。
全く、感謝しなさいよ。
「ははは…。」
苦笑を漏らす彼を背景に、彼女は朱に染まり緩みきった頬を必死に引き締めようとしていた。
えへへ…ま、まぁ…嬉しくない訳じゃないし。
やっと。
やっとアイツに誉めて貰った。
その事実に、どう頑張っても彼女の頬はゆるゆるになってしまう。
恥ずかしいやら嬉しいやら、なんとも言えない感情を誤魔化す為、かなみは彼の脛を蹴り上げた。
『…もーっ!///』
「痛ェ!?…な、なんで怒ってんだよ!?」
それに、なんだか…こうやって二人で洗い物をやっていると…その。


し、新婚…夫婦…みたいで…
??『お〜い、ちょいと其処の新婚さん。』
突然背後から声を掛けられ、跳び上がるかなみ。振り返るタカシ。
『ひゃわ!?///』
「おわッ!?」
二人が振り向いた先には見知らぬ女性が一人、缶ビールを片手に立っていた。
『と、友子さん…また飲んでる…』
どうやらかなみは、柱にもたれかかった酔っ払いの事を知っているようだ。
「…お知り合いで?」
『残念ながら…』
友子『YES!YES!YES!“OH MY GOD!”』
…それにしてもこのねーちゃん、ノリノリである。この大袈裟な身ぶりの酔っ払い、歳は27、8といった処か。
白のタンクトップにデニムのハーフパンツ。意外に化粧は綺麗なままだ。
緩やかにウェーブした茶色の髪はかなみのそれより、若干暗目である。…ぐしゃぐしゃではあったが。
友子『あ〜、千夏さんから聞いたわよん…かなちゅわん、遂に跡継ぎ見付けたんだって?』
酔っ払いは危なげな足取りで、ふらふらと二人の方へ近寄ってくる。
『ちょ、友子さん何言って…!///』
友子『うぇ?二人で仲良く洗い物なんかしちゃって…新婚丸出しじゃん!』
真っ赤になったかなみの肩に腕を回し、酔っ払いは彼女のほっぺたをつんつんしている。
『ち、ちが…コイツとはそんなんじゃ…!!///』
「………??」
友子『ふぅん…。』
ニヤっと笑った彼女は必死に言い訳するかなみを解放し、次の獲物に狙いを定めた。
我関せずの姿勢を貫き、話半分に洗い物を続けていたタカシは肩を叩かれ振り向いた。
友子『…キミがウチの若旦那かぁ…ふむふむ。』
「な、なんでしょう…」
…若旦那?なんの話だろうか。彼にはさっぱり話が見えなかった。

遠目に見た彼女は背が高そうに見えたが、近付けばタカシより頭半分、背が低かった。
友子はまるで値踏みでもするかの様に、ローアングルからタカシの顔を眺めている。
酒臭い息を吹き掛けられ、彼は助けを乞う様にかなみに視線をむけた。
しかし彼女は眉を吊り上げ、そっぽを向いてしまっている。

友子『ふむふむ。なかなかカワイイじゃない…』
そっとタカシの頬に手を添え、彼女はポツリと呟いた。
アルコールのせいか睫毛の長い瞳は潤み、少し厚めの唇は三分程開いていた。
まるでキスでもする恋人達の様な至近距離。アルコールに混ざって、香水の匂いが彼の鼻をつく。
いつの間にかタカシは、キッチンの壁際にまで追い込まれていた。そして。

友子『かなちゃんが要らないなら……おねえさんが貰っちゃおうかなぁ…。』
「え?」
『…ふぇ!?//』
なんとも情けない声が振り向きざま、少女の口から飛び出した。
友子『ほらそれに、おねえさんはかなちゃんと違って“ぼんきゅっぼーん”よ?』
かなみは真っ赤になりながら、自分の細身の身体と友子のそれを見比べ、口をパクパクさせている。
「い、いや…そう言われても…//」
おねえさんは豊満な胸をぐいと寄せると、タカシの目の前に押し出した。
タンクトップの隙間から覗く白い柔肌、少し汗ばんだ首筋。
濡れた瞳に見つめられ、彼の心拍数はどんどん上昇していく。
友子『ほら……あ、触ってみる?』


ブチッ。
どこかで誰かの何かが切れた音がした。



『な…っ……………と、友子さん!!!///』
叫んだのはかなみだった。
彼女は耳の先まで紅潮させ、プルプル震えている。
友子『なぁによ〜?別にこのコの事どうも思ってないんでしょ?』
『そ、それでも駄目!絶対駄目なのッ!!だって…タカシは…あたしの…!!///』
「か、かなみ…?//」
彼女の絶叫が木霊する。
『…はッ!?////』
タカシの呼び掛けに正気を取り戻した少女は、今にも爆発せんばかりに顔面を紅潮させていた。
その視線の先には悪戯に成功した子供のようにニヤニヤした、笑顔…と言うには余りにも確信犯的な…を浮かべた人物がいた。
『友子さん…ッ!ちょっとこっち来なさいッ!!////』
友子『いやぁぁあ…たすけてぇー…なんて、あははははッ。』
もうもうと湯気を頭から立てた少女に引きずられ、酔っ払いは遂にキッチンから退場を余儀なくされた。
『笑い事じゃないんです!////』
友子『じゃあね〜、若旦那〜!』
かなみの抗議を気にもせず、酔っ払いは立ち尽くすタカシにヒラヒラと手を振っている。
「ちょ、かなみ…どこ行くんだよ?」
とりあえず手を振り返しながらタカシは、酔っ払いを牽引する機関車と化した少女を引き留めた。
『うるさい!アンタは食器洗いの続きでもしてなさいよッ!馬鹿!!///』
高速で飛来した灰皿に股間の重要防御区画“バイタルパート”を破壊されたタカシがその場に崩れ落ちる。
それを視界の端に捉えつつ、暴走機関車は酔っ払いを人気の無いロビーに連れだした。
『友子さん…!!!///』
開口一番、酔っ払いの名前を叫んだ。
友子『なはは、ごめんごめん。二人が余りにも可愛かったからさ。』
この酔っ払いはやはり確信犯だった。
『だ、だから…アタシはあいつの事なんて…!////』
涙目になりながら抗議する少女をなだめつつ、おねえさんは話を続ける。
友子『まーまー、おねえさんの話を聞きなさい。』

『うう……////』
友子『いやね、千夏さんにかなちゃん達の仲をなんとかして進展させてくれって…頼まれてさぁ。』
『お、お母さんに…!?///』
友子『そうよん。いやぁ、あのコも中々…鈍そうだねェ。これは一筋縄では逝かんかもね。』
『…………。』
友子『まぁまぁ、そんな心配そうな顔しないで…。』
友子はぐしゃぐしゃとかなみの頭を撫で、おねえさんに任せなさいと胸を叩いて見せた。
友子『アンタ達にやらせてたらジジババになっても手も繋げないだろうからね。』
『う……お、お願いします…///』
思い当たる節があるのか、かなみはガクっと首を垂れて、酔っ払いに頼ることにした。
友子『よっしゃ!デートの誘い方からベッドの上のテクまでこのアタシがレクチャーしてア ゲ ル(はーとまーく)』
『べ、ベッド…テク…!?///』
友子『そうよ〜。千夏さんも早く孫の顔が見たいってさ!…さぁ、練習あるのみよッ!』
『え、ちょ、脱がさないで下さい…や、やぁぁあん!!////』

こうして日常は過ぎていく。
楽しい事、哀しい事、嬉しい事、腹立つ事。
過ぎ去った過去は、全て想い出となり行く。
そう、昔日は皆美しく、過日は二度と還らないのだ。


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