【ツンデレな妹VSデレデレな姉6】

 友達と話してると、お姉ちゃんと妹の話題になった。
「しかし、別府の姉さん綺麗だよなー。妹さんも可愛いし、羨ましすぎるぞ」
「そういうもんか? 俺にゃよく分からんが……」
「にしても、二人とも別府と似てないよな。似てたら悲惨だが」
「そりゃどういう意味だコンニャロウ」
 一瞬ドキリとしながら、俺は冗談で流した。

 昼休み。なんだか疲れてしまい、屋上に出た。
「……はぁ」
「兄貴」
 声に振り返ると、妹のカナが腰に手を当てて立っていた。
「よっ、カナ。飯食わないのか?」
「……んー、今日はいいや」
「ダイエットか? 胸から痩せるというし、あまりお勧めしないぞ。それ以上なくなると、兄さん哀れみのあまり号泣してしまうぞ」
「うっさい! ……別に、ダイエットとかじゃなくて」
 そう言って、カナは隣に並んで俺を見た。いつもの強気な瞳が、なんだか今日は俺を労わっているような、そんな優しい印象を受けた。
「……ええと、ひょっとして聞いてた?」
 カナは小さく頷いた。
「似てなくて当然だよ。……兄貴、養子だもん」
「そのものずばり言うな、お前。ちったぁ兄を労わろうとか思わんのか」
「なんで兄貴なんかを労わらないといけないのよ」
 あんまりな言い様に、思わず笑みがこぼれる。
「やっと笑った」
「ん?」
「兄貴、あれからずっとむすーっとしてたもん。十人並みの顔なんだから、笑ってないと誰も寄ってこないわよ?」
「ほっとけ。……これでも、結構怖いんだよ。みんなに、俺がお前達と血繋がってないかバレないかって」
「そんなの、どうでもいいじゃない。そんなこと怖がってるの?」
「……それがみんなにバレて、お前らが悪し様に言われたら嫌だからな。血の繋がらない奴と一つ屋根の下。下世話な奴らが喜びそうなネタだろ?」
「……だいじょーぶだって。もしバレても、あたしも姉ちゃんも気にしないよ」
「いや、けど」
「信じなさい! 兄貴は家族を信じられないって言うの?」
 ……ここで『家族』って単語使うの、ずるいよなぁ。
「……わーったよ。気にしない」
「よしよし、よくできました」
「これからは、あることないこと吹聴しまくる」
「やめろッ! ……ったく、馬鹿なんだから」
 馬鹿と言いながらも、カナは笑顔を見せた。
「……最初から普通の兄妹で生まれてりゃ、こんなことで悩む必要もなかったんだけどな」
「……あたしは、兄貴が養子でよかったと思うよ」
「なんで?」
「な、なんでって……その、色々よ、色々!」
 なんだか知らないが、カナは顔を赤くして俺の背中をバンバン叩いた。
「痛い痛い」
「ほらほら、そんなのどうでもいいから教室戻ろ! お姉ちゃん、あたしらがいないって半べそかいてるよ、きっと」
 容易に想像できる景色に、思わず笑みがこぼれる。
「確かにな。んじゃ戻るか、カナ」
 俺はカナの手を取り、共に教室に戻った。
 教室では、お姉ちゃんは半泣きでうろついていた。
「タカくんが迷子になっちゃったと思って、お姉ちゃん心配した〜」
「幼児か、俺は」
 お姉ちゃんの頭をなでながら、俺はこれからもよい家族でいようと思った。


【ツンデレな妹VSデレデレな姉7】

 いつものように姉、妹、俺の三人で帰ってると、妹のカナが「ゲーセン行きたい」などと言い出した。
「あんな不良の溜まり場に行くだなんて、カナも不良になったんだな。嗚呼、お兄ちゃんは悲し」
「あ、お姉ちゃんも行きたいなー。久しぶりにタイコ叩きたい」
「よし、みんなで行こう! 楽しみだなー、カナ?」
「…………」
 カナがとんでもない目でこっちを見ているが、気づかないフリをしてゲーセンへ。
「それじゃタカくん、一緒にタイコ叩こ?」
「え、あー……その、俺はちっと」
「……そっか。じゃ、お姉ちゃん行ってくるね!」
 お姉ちゃんと一緒に遊びたいのはやまやまだが、隣で機嫌悪そうにこっちをじーっと見てるカナをほっておくわけにはいかない。心の中でお姉ちゃんに謝っておく。
「そ、それじゃ、なにしよっか、カナ?」
「…………」
 カナは依然変わらず不機嫌のままだった。
「か、カナ? ええっとだな、ええとええと、……そうだ! 今日はお兄ちゃんの日!」
 “またコイツ変なこと言い出した”とでも言いたげな目で、カナはこっちを見た。
「お兄ちゃんの日とは、妹にサービスしなければならない日だ。そんなわけで、今日はカナの分は兄が奢ってやろう」
「えっ、マジ?」
「嘘──すいません、奢らさせて頂きます」
 冗談も過ぎると嫌がらせになるので、ここは素直になっておこう。べべ別にカナが怖いとかそんなんじゃなくて!
「じゃあさ、アレ奢って」
 そう言ってカナが指したものは、一時流行ったダンスゲームだった。
「だっ、ダメのダメダメ! 絶対ダメ!」
「えー、なんでよ。100円だから別にいいでしょ?」
「制服で踊ったりしたら、パンツ見える! どこの誰とも知れない奴に妹のパンツを見せられるか!」
 カナは一瞬呆けたような顔をした後、いやらしい笑みを浮かべた。
「いや〜、お兄ちゃんしてるね、ホント。そんな妹さんが大事?」
「小便のついたパンツを見せられる人が可哀想だ」
「もう漏らしたりしないわよッ!」
 殴られたりしたけど、どうにか制止に成功。やれやれ、危なっかしい妹だこと。
「じゃあさ、アレならいいでしょ?」
 次にカナが指したものは、よくある普通のレースゲームだった。もう古いのだろう、1play50円と財布に優しくなっております。
「ん、そだな。アレなら兄許可を出そう」
「やたっ! じゃさ、兄貴も一緒にやろうよ」
「え、でも俺、レースゲーム下手だぞ?」
「いーからいーから」
 まぁいいか。確かにレースゲームは下手だが、兄なのでカナより下手じゃないだろう(根拠のない自信)。
 そしてレース開始。……終了。
「あははははっ! 兄貴、ほんっと〜に下手よね。なんで途中で逆走してたの?」
「ぐ、ぐぐ……カナッ! もう一回だ、もう一回!」
「いいの? あたし手加減しないよ?」
「手加減してもらっても嬉しくない! 実力で勝利してこそ価値があるのだ!」
 もう一度カナと勝負。……終了。
「うぐっ、ひっく、もう一回、もう一回……」
「な、何も泣かなくても……」
「きゃああああああっ! た、タカくんがぼろ泣きしてる!?」
 お姉ちゃんがやって来るなり叫んだ。超うるせえ。
「どっ、どうしたの? 悲しいことがあったの? お腹空いたの?」
 お姉ちゃんは俺を胸に抱きよせ、よしよしと頭をなでた。
 ……この人は俺を幼稚園児か何かと勘違いしてるに違いない。
「か、カナが妹のくせに俺を負かすんだ! お姉ちゃん、仇を取って!」
「任せて、タカくん! お姉ちゃん、頑張る!」
「……なんでもいいけど、いい加減放したら? ……物凄い衆目集めてるわよ」
 衆人環視の中、姉の胸に顔を埋めるのはある種拷問と言えよう。慣れたけど。
 どうにか人払いをして、姉と妹に向き直る。
「それじゃタカくん、お姉ちゃん頑張るから応援してね!」
「あれ? 今日はお兄ちゃんの日だから、妹を応援するわよね?」
「……タカくんはお姉ちゃんが大好きだから、お姉ちゃんを応援するに決まってるよ」
「……でも、今日はお兄ちゃんの日って言ってたから、妹のあたしを応援するわよ」
 不思議なことに、姉妹間で火花が散っております。なんだろう、怖い。
「「どっちを応援するの!?」」
「テトリス面白れー」
 現実逃避してテトリスしてたら、カナに胸倉掴まれた。
「兄貴、なんでもいいからあたしを応援しなさい! 応援するなら、その、……今日寝る時、ちょっとくらいなら触っていいから!」
「ず、ずるいカナちゃん! お姉ちゃんだったら、いつでもおーけーだよ? だから、お姉ちゃんを応援してよ〜」
 ああ姉と妹の板挟み。俺にどうしろと。それにしてもこのゲーム面白いなぁ。
「だからなんでテトリスしてるのよ!」
「そ、その、お腹が空いて頭が回らないんだ」
「はぁ? そんな言い訳が通用するとでも……」
「た、大変! タカくん、急いで帰ろう! お姉ちゃん、すぐご飯作るからね!」
 お姉ちゃんには通用するんだな、これが。ただ、お姉ちゃんに嘘をつくと良心が大変痛むので多用できない。
「……はぁ、まーいっか。久々に兄貴とゲーセンで遊べたし」
「うん? カナは俺と遊びたくて来たのか?」
「ばっ、な、そんなわけないでしょ! まったく、変なことばっか言って!」
 今回は変なことを言った覚えはないけど、あまり突っ込むと殴られるので黙っておこう。
「それじゃ、早く帰ろ?」
 お姉ちゃんは小首を傾げて俺たちを促した。ごく自然に手を取り、空いた手をカナに向ける。
「んじゃ帰るか、カナ」
「はぁ、何もいちいち手繋がなくても……」
 ぶつくさ言いながらも、カナは素直に手を繋いでくれた。
 夕暮れの中、俺たち三人は仲良く手を繋いで家路に着くのだった。


【ツンデレな妹VSデレデレな姉8】

 もうすぐ2月14日。怖い。
「タカくん! お姉ちゃん、頑張るからね!」
 満面の笑みを浮かべつつ、大量のチョコを抱えた姉が怖い。
 お姉ちゃんは炊事洗濯なんでもこいなスーパーお姉ちゃんなのだが、お菓子作りは下手なのだ。
「今年こそ、タカくんにおいしいチョコ作るからね!」
 自信たっぷりに、お姉ちゃんは溶けたチョコを入れたボウルの中に塩を入れた。
「スイカに塩かけたら美味しくなるし、チョコもきっと一緒だよね、タカくん?」
「はは、ははは……」
 力なく笑って誤魔化し、妹の部屋に逃亡。
「カナぁ〜……お姉ちゃんの暴走を止めてきてくれぇ」
 妹の部屋に乱入すると、カナは着替えの最中でした。
「おおっ、なんというタイミング。まるでラブコメのようではないか。そう思わないか? カナ」
「いいから出てけクソ兄貴ッ!」
 下着姿のカナが目覚まし時計を振りかぶったので、慌てて逃走する。
「ところで、いつまで同じブラしてるんだ? そろそろ新しいブラを買うべきかと兄は提言する」
「うっさい!」
 一度戻って兄の優しさを示したら、下着のままで追いかけてきたので驚いた。時計投げられた。
「……で、姉ちゃんがどうしたって?」
 カナが着替えるのを待って、事情を話す。
「ああ、またいつものアレね。……ったく、なんでこんな馬鹿のために姉ちゃんが苦労しないといけないのかしらねぇ」
「愛ゆえに!」
 真顔で言ったら、ほっぺをつねられた。違うのか。
「とにかく、姉ちゃん一人じゃ出来ないだろうし、手伝ってくる」
「おおっ、さすがカナ。ありがたう、ありがたう」
 カナは炊事洗濯なにもできないへっぽこ妹なのだが、お菓子作りだけは一級品なのだ。
「姉ちゃんのためだかんね。……勘違いしないでよ」
「いや、する! しまくりんぐ! カナが俺への愛ゆえにお菓子作りを手伝うと」
 殴られたので黙ることにする。
「じゃ、行ってくるから」
「お気をつけて」
 とにかく、カナがいれば安心だ。明日が楽しみだ。
 
 そしてやってきた14日。バレンタインな日。
「はいっ、タカくん! お姉ちゃんチョコだよ! 食べて食べて!」
「むがむが」
「ちょ、ちょっと姉ちゃん! 包みのまま口に突っ込んだらダメじゃない!」
 少しだけヤギの気持ちが分かりました。
「あははっ、タカくんに少しでも早く食べてもらおうと思って。おいしい? おいしい?」
「紙の味しかしません」
「ううっ……タカくん、お姉ちゃんの選んだ紙はおいしくないの?」(涙じわーっ)
「うまいうまいまぐまぐ」
「食うなッ! 姉ちゃんも食べさせないの!」
 カナの乱入のおかげで助かった。紙はとてもまずいです。超吐きそう。
「えへへっ。じゃあ……はいっ、お姉ちゃんからタカくんへ。チョコレートです」
 改めて渡されると、こう、なんというか、……照れくさい。
「あー……うん。ありがと、お姉ちゃん」
「……くぅぅぅぅ、照れてるタカくん可愛いっ! お姉ちゃんすりすりすりッ!」
 お姉ちゃんにすりすりされまくる。お姉ちゃんのほっぺはお餅のようにぷにぷにしてるので、悦楽気分。
「…………」
 ただ、カナがとても怖い目で俺を睨むのでおしっこ漏れそう。
「それでね、カナちゃんもチョコ作ったんだよ!」
「それは嬉しいな。カナ、チョコちょーだい」
「アンタのために作ったんじゃないわよ、ばーか」
「な……なにぃッ!? だ、だだ誰のために作ったというのだ、カナっ!」
「そんなのあたしの勝手でしょ。んじゃ、学校行こ」
「む、むぅ……」
 一体誰にやるつもりなのか。ずーっと考えてるうちに、昼休みになってしまった。
 考えてるだけでも腹は減る。弁当を食おうと鞄を漁ってると、カナが寄ってきた。
「兄貴、ちょっと放課後顔貸して」
「アンパンマンではないので取れません」
「教室で待っててね。んじゃ、約束」
 俺の小ボケをスルーし、カナはいつもの友人グループの輪に戻っていった。
 とにかく、約束したので放課後、ぼんやり椅子に座ってカナが来るのを待つ。
「あ、ちゃんと待ってたわね。感心感心」
 夕焼けが眩しく感じる頃、カナが教室にやってきた。
「当たり前だろ、約束したからな」
「他に人は……いないわね。……よしっ」
 カナは小さく気合を入れ、鞄を開いた。そして、小さな包みを取り出した。
「……ええっと、まさか」
「そ、そう、チョコよ! 悪い!?」
「いやでも、俺のために作ったんじゃないんだろ? なんで?」
「あ、あたしがどれくらい腕をあげたか、それを知るために作ったの! 今日が14日なのは、ただのグーゼン!」
 グーゼンと言い張るわりに、カナの持っているチョコには気合の入ったラッピングをしている。
「つ、つまり、自分自身のために作ったの! 納得した!? したわよね! はい、チョコ!」
 俺が口を開く暇を与えず、カナは叩きつけるように俺の手にチョコを置いた。そして慌てて鞄を持ち、逃げるようにドアへ向かう。
「あー待て待て、カナ」
「なっ、何よ、まだ何か!?」
「チョコ、ありがとな。嬉しいぞ」
 その一言で、カナの顔が夕焼けに負けないくらい赤くなった。
「う……じゃ、じゃあねッ!」
 荒々しくドアを閉め、カナは教室を出て行った。
 渡されたチョコを食べる。やっぱり、カナの作るチョコは美味しかった。

 で、家に帰るとカナがいるわけで。
 俺を見るなり顔を真っ赤にするわけで。
 それを見たお姉ちゃんが邪推して不機嫌になるわけで。
 
 お姉ちゃんが不機嫌な日は、不思議なことに俺の晩飯がゴマだけになる。


【ツンデレな妹VSデレデレな姉9】

 髪が伸びてきたので、妹のカナに髪を切ってもらうことにした。
「兄貴、たまには美容院とか行ったらどうなの?」
「あんな恐怖の館に行けるわけないだろ。三秒で発狂する自信がある」
 庭に出て、ナイロン製のケープをつけながら椅子に座る。準備完了。
「じゃ、よろしく。カナ」
「面倒だなぁ……」
「そう言うな、おまえしか頼める相手がいないんだ。何より、カナに切ってもらうの好きだし」
「……そ、それじゃ仕方ないわね。あーあ、面倒」
 ぶつくさ言いながらも、カナは俺の頭を霧吹きで濡らした。
「で? お客さん、どんな風にします?」
「逆モヒカン」
「……いいけど、あたしの半径1km圏内に入ってこないでよね」
 それでは家に住めないので、いつも通りの注文をする。
「あたしに任せる、ね。……たまには違う髪型にしよっかな」
「逆モヒカンか?」
「それから離れろ! こんなのでも一応あたしの兄貴なんだから、あんまり変なのだとあたしが恥ずかしいじゃない」
「そういうもんか?」
「そーいうもんよ。じゃ、始めるね」
 シャキシャキとハサミが髪を切る音がする。後ろの髪から切り始めたようだ。
「ほら、首動かさないの。じっとして」
「じーっ」
「口で“じーっ”って言って、首動かしまくってたら意味ないじゃない! 動くな!」
「天邪鬼なんだ」
「……耳削ぐわよ」
 とても怖いので小動物のように小さく震えながら大人しくする。そのまましばらくシャキシャキという音を聞いていると、ふいにカナが口を開いた。
「……しっかし、こうやって兄貴の髪切るのも結構長いよね。いつからだっけ?」
「確か、俺が小学生くらいの頃から、かな。散髪代にもらったお金が菓子代に化けたのをきっかけに、カナが切ることになった気がする」
「……兄貴って、昔っから馬鹿だったのね」
「昔は、だ。今は聡明な青年ともっぱらの噂だぞ」
「はいはい」
 髪を切るシャキシャキという軽い音と、自動車の走る音。そして子供のはしゃぐ声が、俺を眠りに誘う。
「……兄貴、眠くなっちゃった? 舟漕いでるよ」
「……む、むー……」
「いーよ、寝ちゃっても」
「……し、しかし、寝てしまうとカナが俺を逆モヒカンに……」
「しないわよッ! もうっ、ちょっとは信用してよ」
「信用してるに、決まっとろうが……可愛い妹を、信用しない、わけ、が……」
「え……? あ、兄貴、今なんて?」
「……すぴー、すぴー……」
「……寝ちゃってる。……ずるいよ、兄貴」
「あっ、タカくんの髪切ってるの?」
「ね、姉ちゃん!?」
「私にも切らせてー♪」
「えっ、そ、その……」(どっ、どうしよ? 姉ちゃん、すっごい不器用だし……)
「いいでしょ、カナちゃん?」
「う、うん……」(ごめん、兄貴。……姉ちゃんには、逆らえないんだ)
「やった! 一緒に切ろうね、カナちゃん♪」
「あ、あはは……そだね」

 目覚めると坊主になっているのは、一体どういうことなのか。
「タカくん、お坊さんみたい♪ なむなむ〜」
 俺を拝んでるお姉ちゃんを見て、全て悟る。恐らく、どうしようもなくなった髪型をカナが坊主頭にしたのだろう。
「あはは……ごめん、兄貴。でも、坊主頭も高校球児みたいで悪くないよ?」
「悪いに決まっとろーが! ……ううっ、こんな頭じゃ恥ずかしすぎる」
「だいじょーぶだよ。タカくん、お坊さんでもかっこいーから♪」
「そ、そうか? かっこいいか? ……言われてみれば、これも悪くないかも」
「……簡単すぎるよ、兄貴」
 手鏡を覗き込んでる俺を見て、カナは呆れたように息を吐くのだった。


【ツンデレな妹VSデレデレな姉10】

 たまには真面目に授業を受けようと思ったら、教科書忘れた。仕方ないので、隣の子に頼んで見せてもらう。
「別府くん、よく教科書忘れるよね」
「前世が妖怪うっかりさんだったために、その呪いが今でも俺を苛むんだ」
「うっかりさん? なにそれ」
「妖怪うっかりさん。うっかり人を殺してしまい、その罪を隠すため嘘を重ね、さらに人を殺してしまった連続殺人鬼とはまるで関係ないうっかり妖怪。よくこける」
「あははははっ、変なの」
「そこの二人、イチャイチャするのもいいけど授業中は静かにね」
 先生に注意され、二人して縮こまる。教室に哄笑が起きた。
「う、悪ぃ……」
「あ、あはは、いいよ」
「とにかく……ん?」
 気のせいか、妹のカナらしき殺意を含む視線を後ろからひしひし感じる。なんか寒気が。
「どしたの、別府くん?」
「あ、いや、なんでもないなんでもない」
 授業が終わり、そっと教室から脱出しようとしたら見覚えのある顔に遮られた。……カナだ。
「……お兄さん、少しお話いいかしら?」
「ダメかしら」
「いいから来い、このダメ兄貴ッ!」
「あぁん」
 首根っこを掴まれ、ずるりずるりと引っ張られやってきた場所は空き教室。
「兄貴、なんでいっつも教科書忘れるのよ! 身内として恥ずかしいじゃない!」
「すいません」
 なぜこんなに怒られてるのかイマイチ理解できないが、とりあえず謝っておく。
「それと、隣の子に引っ付きすぎ! 10m以上離れなさい!」
「そんな離れてたら教科書見えません」
「じゃあ視力上げたらいいじゃない! メガネしなさい、メガネ!」
「メガネしても10m先の文字を読むのは無理かと」
「見えるの! とにかく、引っ付きすぎ! 兄貴なんかに引っ付いたら、隣の子妊娠しちゃうでしょ!」
「カナは子供だから知らないかもしれないが、引っ付いただけで妊娠しないぞ。妊娠するには俺のペニ」
「知ってるわよ! いちいち言うな、脱ぐな!」
 実践してみせようとしたら殴られた。
「とにかく! 兄貴がなんかしたら騒動が起きるんだから、じっとしてなさい」
「いや、でも教科書ないと授業が……」
「いくら兄貴でも、他の教科の教科書は持ってきてるでしょ?」
「……実を言うと、教科書を入れ替えた記憶がない。昨日の時間割のまま来たようです」
「……兄貴、ダメダメね」
 深くため息をつかれた。まるで自分が本当にダメ人間になってしまったように思え、少し悲しくなる。
「しょーがない。あんまりクラスメイトに迷惑かけるのもなんだし、あ、あたしが教科書見せたげる」
「いや、隣の子に引き続き見せてもらうから別にいい」
「…………」(殺意放出)
「か、カナに見せてもらえるなんて今世紀最大の喜びだなぁ」(ガクガク震えながら)
「あ、あははっ、なに言ってんだか、兄貴ったら」
 カナは嬉しそうに俺の背中をバンバン叩いた。
「そうと決まれば早く戻ろっ」
 来た時とは正反対に、カナはともすればスキップでもしそうなくらい浮かれて教室を出て行った。
 ため息をついて俺も廊下に出たら、見覚えのある胸に捕まった。
「タカくん発見〜♪」
「このふにふに感は……お姉ちゃんだな?」
「当ったり〜♪」
 お姉ちゃんは学校だということをまるで気にせず俺の顔を胸に押し付け、ぎゅっと抱きしめた。気持ちいいけど、衆目が痛すぎる。
「あのね、お姉ちゃん次の時間自習なの。お姉ちゃんの教室で一緒にお喋りしよ?」
「え、いや、あの、俺は自習じゃ……」
「お姉ちゃんとお喋りするの嫌なの?」(お目目うるうる)
「い、いや、そういう問題じゃなくて……」
「タカくん、お姉ちゃんに飽きちゃったの……?」(涙じわーっ)
 お姉ちゃん、学校でその発言は勘弁。ほら、生徒集まってる集まってる、すげー見られてる。
「別府の奴、まさか自分の姉と……?」
「別府くん、鬼畜……。でも、やっぱり感強しよね」
「してないっ! やっぱり感とか言うなっ! オーディエンスは黙っててお願いします!」
 勝手なことを言う聴衆を一喝する。
「タカくぅん……」
 お姉ちゃんが目に涙を溜めて俺をじっと見ている。心が折れそうだが、真面目に授業を受けないとダメだ。俺はお姉ちゃんに断りの言葉を
「あ、お菓子もあるよ。タカくんの大好きなカナちゃん特製クッキー♪」
「行く」
 俺はお姉ちゃんと手を繋いでお菓子を食べに行くのだった。

「……どういうことか説明してもらっていいかしら、お兄様?」
 自分の教室に戻ると、カナが俺の机の前で仁王立ちしててさあ大変。
「お、お腹が急に痛くなって! いてててて今もまさに! 盲腸が破裂したか?」
「なー別府、お前お姉さんと何やってたんだ? 後で詳しく教えてくれな」
 お姉ちゃんとの一部始終を見ていた級友が余計なことを言った。ほら、カナが悪魔に変貌していく。
「いかん、連鎖反応で胃も破裂した! ちょっと保健室行って来る!」
 極めてさりげない言い訳で教室を後にしようとしたら、肩をがっしと掴まれた。
「……兄貴、あたしね、ずーっと待ってたんだよ。隣の子に席代わってもらって、兄貴が来るのずーっと、ね」
「あ、あの、それはそれは大変でしたね」
「……で、当の兄貴は姉ちゃんとイチャイチャデレデレしてた、と」
「ちっ、違う! ちょっと膝枕してもらいながらクッキーを食べさせてもらってただけで!」
 カナのこめかみが引きつった。……地雷踏んだ?
「……そう。イチャイチャイチャイチャデレデレデレデレしてたのね」
「かっ、カナ? お前の手が万力のごとく俺の肩を締め付けてるんだが」
 めりめりと俺の肩が破滅の音を立てる。砕けそう。
「兄貴なんか一生姉ちゃんとイチャイチャしてなさい、このシスコンっ!」
「げごぉっ!?」
 万力が金槌に変化し、俺の顎を上に打ちぬいた。見事なアッパーだ。
「……でも、カナちゃんもブラコンだよね?」
「な、なな、そ、そんなわけないじゃない! なんだってこんな奴に!」
 友人にからかわれ真っ赤になるカナを視界に捉えたまま、失神。


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