・結局我慢できずに兄のいるペンションに押しかけて来た敬語妹ツンデレと無表情姉
・スキーが下手すぎて兄に指導される敬語妹と、それに嫉妬するプロ級の無表情姉(スノボ)

「隆〜、ザキが呼んでるぉ」
「おう、わかった」

ウィンターも二日目。
初日は到着が少し遅れたこともあって、夕飯までゲレンデで自由時間という素晴らしい一日をエンジョイした翌日早朝だった。
朝の一滑りを終え、温泉につかってさっぱりとした俺を迎えたのは、同じ部屋の山田だった。
口調が変なこいつは、しかしその実かなり頭の切れる男で、個人的に敵にしたくない男ナンバー1である。
まぁそれはいいとして、俺は頭に疑問符をいくつも浮かべながら、呼び出された担任教師である谷崎――通称ザの元へと向かった

「おお、やっと来たか別府」
「あ……」
「おっす」
「……先生、俺、戻ってもいいですか?」

思わず現実から目をそむけたくなる光景が其処にあった。

「現実逃避よくない。しっかりするんだ弟」
「無表情で正論語るな」

相変わらずの無表情無感情で正論を口にするのは、やはり見慣れた俺の姉。
服装はすごくカジュアルで、っていうかむしろ寒くないのか本気で問いただしたくなるくらいの軽装だ。

「ご、ごめんなさい兄さん。その、姉さんがいつの間にかここまでしちゃってて……」
「……やっぱり元凶は舞姉か」

かたや借りてきた猫のように小さくなって、おどおどと俺に真実を語ってくれるのは、もこもことしたセーターに身を包で防寒対策ばっちりな妹かなみ。
俺は頭を抱えると同時に、こうなったいきさつを一瞬で理解した。

「偶然、気の所為」
「嘘もそこまで貫こうとすれば立派だな」

いけしゃあしゃあとのたまう舞姉。
一方でかなみはというと、やっぱり申し訳なく思っているのか始終おどおどしっぱなしだ。
普段あれだけ強気なかなみがこうだと、なんていうか、調子が狂う。
それは、ちょうど舞姉とかなみの立場が逆転しているっていうのもあるのかもしれない。

「まぁなんだ。こうして二人が一緒に来てるのもなんだからな。ついでにこの二人と一緒の班に組み込むのはどう?」
「……はぁ、まぁいいですけど。ってかいいんですかね、これ」
「特に禁止されてるわけでもないだろ。その点をうまく突いてくる所はさすがだな」
「常識。人間必ずどこか抜けてるから」
「得意げに話すなよ、舞姉……」

確かに、しおりやら何やらに書かれてる禁則事項に『姉妹等の家族が押しかけてきて参加することを禁ず』とかはかれてないけどさ。
にしたって、なんでこうも舞姉は突拍子もないことをやってくれるんだか……。
とにかく、こうして来てしまったものは仕方がない。
舞姉とかなみは俺の班に組み込まれることになり、こうして俺の平穏なウィンタースクールは終りを告げた。



「あうぁ、わ、わあわわわわ!?」
「か、かなみ落ち着け! 内又になるんだ!」
「こ、こうですか? わ、わからないです兄さん!><」

昼食ちょっと前まで差し迫った頃。
先生たちが組んだプログラムを午前中に消化した俺達は、個人で勝手に滑りまくっていた。
ちなみに俺は、かなみを初心者用のエリアで必死に指導している最中である。

「きゃっ!」
「……なんつーか、ほんと正反対な姉妹だよな」

不幸にも顔面から雪原に突っ込んだかなみを苦笑と共に見つめながら、俺はぽつりとそんなことを漏らす。
よっこらせっと、雪に埋まったかなみを引っ張り上げると、どうやら先ほどの俺のつぶやきが聞こえていたらしい。
むっすぅとほっぺを膨らませて、不機嫌になっていた。

「どーせ姉さんに比べたら私は運動音痴ですよ。取り柄があるのはせいぜい家事くらいです」
「まぁまぁ。舞姉はアレ自体がすでに規格外だし、しょうがないって」
「むぅ……」

二人して見るのは、プロ顔負けのスノボテクニックで上級者エリアを黙々と滑る舞姉の姿。
紫のウェアが真っ白いゲレンデによく映える。
ちなみにかなみは淡いピンクだ。よくよく考えると、どっちも鮮烈な色をしていて、よく性格を表しているなぁと無駄に心した。

「なんで姉さんは初日だというのにあんなに滑れてるんですか」
「だよなぁ。アレは異常だ」
「とても初心者とは思えません」

激しく同意する。
まぁ、もともと舞姉は運動神経が桁外れに高いからな。わからないでもない。
それよりも、問題はこっちだ。
かなみは生来運動がてんでダメである。
走れば五メートルもいかないうちにずっこけ、バスケはボールに蹴躓いてずっこけ、バレーではボールに顔面を直撃、テニスではボールに触れることすらできない。
ここまでくると、もはや周りも理解するらしく、かなみが運動しようとすると周りの女子軍が一斉に『だめーっ!』といながら力付くで辞めさせているのを見たことがある。
そのかなみが、涙目で訴えてきたのだ。

――滑りたい、と。

それに応えてやらないとあっては、兄の名折れである。
あいにく、舞姉は人にものを教えるのが壊滅的に下手だ。
……っていうか、長所のインパクトが強すぎて忘れてしまうけど、ほんと舞姉は壊滅的にダメなことの方が多いな。
その点を考えれば、かなみのほうが優秀かもしれん。
ダメなのは運動一点のみ。
他は平均以上というか完全に上位のレベルでそつなくこなし、家事なんかは母さんを持ってして師匠と呼ばせるほの域に達している。
ま、人間取り柄もあれば欠点もあるわけで。
そんな姉以上にパーフェクト一歩手前な妹にものを教えるというのは、どこか新鮮味があって面白かった。

「さて、んじゃもっかいやってみるか。今度は落ち着いてやれ。ゆっくり滑るだけでいいからな」
「は、はい!」

起き上ったかなみの手を取って、ちょっと上の方まで連れて行ってやる。
そして俺は下の方に先に降りると、かなみに手を振って合図した。

どれほど練習していたのか、気がつくとおなかが激しく空腹を訴えてくる時間となった。
肩で息をしながら疲労困憊となっているかなみを連れて、休憩がてら食堂に入ると、そこには既に舞姉がいた。

「弟、かむひあ」
「お疲れ、舞姉。楽しんだみたいでなによりだ」
「……そうでもない」
「ん?」
「別に。それより、かなみは?」
「あぁ、今トイレ」
「少しは滑れた?」
「そりゃもちろん。とりあえず、10メートルは転ばずに進めるようになった」
「おお〜」

本気で驚いたらしい。
珍しいことに、舞姉が驚きに目を軽く大きくしている。
まぁ、実際それほど驚くことなのだ。あの運動音痴がそこまで上達したということは。
俺はよっこいしょと腰を下ろすと、すでに舞姉のトレイの上には空の食器が乗っていることに気づいた。

「あれ、もう食べたの?」
「まだ。これからおかわり」
「……よく太らないな、そんだけ食べて」
「体質。やけ食いしても困らない」
「うちの姉妹はほんと羨ましい体質だこと」

そう言って俺はコップを呷る。
ひんやりした冷たさが、乾ききった喉にとても心地よかった。

「うらやましいのはかなみのほう」
「へ、なんでさ」
「……」

ぷぅっと、無表情にほっぺを膨らます。
なんだ、何が言いたい。

「ずるい。かなみばっかり」
「いや、何が」
「鈍感タカシはだめ弟」
「ぐっ……なんか馬鹿にされてる。俺が何をした」
「気付かないのが悪い。この鈍亀。遅漏」
「最後のは関係ないだろっ!?」
「兄さん? あ、姉さんも」

ちょうど戻ってきたかなみが、不思議そうに俺達二人を見つめる。
汗に濡れた髪が、どこかかなみの雰囲気を変えていた。
たぶん、珍しいからかもしれない。
もともと運動をしないかなみだ。つかれて汗だくになった姿なぞ、俺の記憶の中では片手で数えて足りるほどしかな。

「……むかっ」
「あだっ!? ……舞姉?」
「……」ぷいっ
「なんなんだ、一体」

なんか、舞姉の様子がおかしい。っていうか不機嫌だ。
あんだけさんざん滑っておいて、一体何が不満だというのか。これだから気まぐれ姉は困る。
しかし、さすがはかなみさん。姉の異変にいち早く気付いたのか、「あ……」と小さく声を漏らした。

「もしかして姉さん、兄さんが構ってくれないから拗ねてます?」
「……!」

今、明らかに動揺したな。っていうかなんだ、その子供っぽい理由は。

「別に、そんなことない。かなみ疲れておかしくなった。休むべし」
「おかしいのは姉さんでしょう。もう、子供なんだから」
「子供はかなみ。疲れたなら寝た方がいい」
「素直に言えばいいじゃないですか。私はしばらく休憩しますから、一緒に滑ってきたらどうです?」
「かなみ、いい子?」

会話のペースがまるっきりかなみだ。どちらかというと、かなみの方がお姉さんの方に見える。
舞姉は、かなみの提案を聞くや否や、顔を注意しないとわからないほどの微妙さで顔を輝かせて、新しいおもちゃ与えられた子供みたいに元気になった。
これはつまり、午後は舞姉の相手決定、ってことですか?
……まるで俺の時間がない。
いつから俺には自由というものがなくなったのだろう。
気がつくと、いつも舞姉かかなみに引きずられていて、一人という時間を過ごした記憶がないように思う。
これも、我の強い姉妹の兄弟になってしまった故の宿命なんだろうな……はぁ。

「午前は独り占めしちゃいましたからね、ふふ♪」
「じゃぁ、次は私」
「はいはい♪ じゃぁ、三時にまたここで集合でどうです?」
「ばっちぐ。後でパフェ奢ってあげる」
「一応聞くが、俺の意思は一体どこに?」

無駄と分かりつつも、しかし最後の抵抗とばかりに口をはさんでみせる。
だが、2人はまるで前から申し合わせていたように、同時に答えた。

『そんなものはない♪』

その言葉を聞いて、俺はがっくりと肩を落とした。
この二人が現れた瞬間、わかっちゃいたけどさ?
でも、さっきまで不機嫌だった舞姉が、今はすっかりいつもの舞姉に戻っているのを見たら、それも悪くないかなって思えた。
……いかん、間違いなく慣れてしまっている。
このままだと将来一体どうなるのかと考えてみて、あまりもの恐ろしさに俺は即座にその想像に蓋をした。逃避って、大事だよな。
結局、昼食を取った後三時まで、かなみとの取引通り、舞姉は俺を強引に引きずっていくと、上級コースを一緒に滑ることになったのだった。


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