第1話
記録的猛暑と言われるこの夏、俺は自宅で半分干からびていた。
「せっかくなので、夏休みとりますよ!1週間」
特に予定もないのに見栄を張って暑い盛りに取った夏休み。今頃同僚はクーラーの効いた
事務所で書類と格闘してんだろうなーーー!!!あ〜、考えるとムカつく。
ぷすん
今・・・何か音したぞ?恐る恐るその方向を向くと・・・
「オイオイ・・・神様はどこまで俺のことが嫌いなんだ?」
唯一の心の支えであった扇風機様が昇天なさった。お前は一遍の悔いなしとばかりに
立ったまま臨終して満足だろうがな、俺まで巻き添えは勘弁してくれよ。
もう声も出ないので心の中で呟いた
「もう神様でも仏様でも悪魔妖怪魑魅魍魎、何でもいいから助けてくれ」
ピーンポーン
え?願いが届いた??いや、そんな訳ない。どうせ新聞か宗教だろう。
宅配便が届く予定もないしな。
無視無視・・・ドアを開ける気力すらねーよ。
ピンポーン ピーンポーン
うるせぇ・・・しつこい奴は嫌われ

ピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピーーーーンポーーン

「うるせぇ!!!!どこのどいつだ!!!」
ガチャ ガツッ
『いたっ・・・』
勢い良くドアを開けるとドアが何かに当たる音と痛がる声がした。
声のした方を見ると、白い着物を着た小学生くらいの女の子がうずくまっていた。
「てめぇか・・・このご時世、連ポンしてくれるたぁいい度胸だな・・・」
ちなみに連ポンとは連打ピンポンの事、念のため。
うずくまっていた女の子がこっちを睨むんだ。うむ、なかなか可愛いじゃないか。
『お主こそ、儂をこのような目にあわせて・・・ただで済むと思うてか!』
なんとも時代がかった言い回し。何か漫画かアニメに影響されたのか?
鼻の頭を摩りながら涙目になんとも言えない罪悪感。しゃーねー、謝って大人な所みせてやるか。
「あー、まぁ悪かった・・・。でもあれだぞ?ピンポンは1回押せばいいんだからな?」
『お主が居留守を使うのが悪いのであろう!』
む・・・なかなか痛いところを突くな。体勢が悪いときは話を逸らす、これ大人の心得。
「で、何の用だ?俺の記憶が確かなら、初めましてだと思うが」
『会うのは2度目じゃ』
2度目?脳内のフォルダを検索中・・・該当なし。検索早いのは、性能が良いからであって
中身が入ってないからじゃないぞ?
「いや、初めてだな。お前みたいに可愛い娘なら、お願いされても忘れねーしな」
『な・・・』
キョトン・・・ぼふっ。擬音にすればこんな感じ。
『か、可愛いなどと煽てられてもな・・・ご、誤魔化されんからな!』
真っ赤な顔でぽかぽか殴ってきた。ちょっと痛いので、頭を押して遠ざけると
同じ体勢でバタバタしていた。ぬははは、愛い奴め。
「まぁ、初めましてでもお久しぶりですね、でもいいや。もう1度聞くが、何の用だ?」
『む・・・ゴホン。あー・・・お主に売った恩を返してもらいに来たぞ?』

バタン カチャ
刹那、ドアを閉め鍵を掛けた。あぶねぇ、新手の商売だな。
ドンドン
『開けるのじゃ!この恩知らずのウスラトンカチ!!!』
「開けろと言われて開けるアホがいるか。しつこいようなら警察呼ぶぞ」
『うぅ〜・・・開けるのじゃ!』
だんだんとドアを叩く音が弱っていく。うずうずっと、ドアを開けたい衝動に・・・。
いやいや、これは作戦だな。ここであけたら50万くらいの壷を買わされるに違いない。
『ぐすっ・・・お願いじゃ・・・やっと・・・見つけたのに・・・』
覗き穴からそっと見ると・・・やべ、ガチ泣きしてる。
泣いてる女には勝てないよな・・・。それが男って生き物だ。
ガチャ
「悪かったよ・・・話くらい聞くから。だから泣くな」
『ぐすっ・・・泣いてなどおらぬわ!・・・お主の目は節穴か、いや、節穴じゃ』
「泣きながら自問自答かよ。とりあえず・・・中に入るか?」
『・・・しょうがないの。ま、立ち話もなんじゃし、お茶でももらうかの』
何か女の子を誘拐した気分。いや、気のせいだよね?向うの同意もあった訳だし・・・いいんだよな?
「あ、そうだ、言い忘れた。部屋の中はさ」
『なんじゃこの暑さは!外の方がまだマシではないか』
このボロアパート、屋根がトタンなもんだからあっついんだ。ついでに、冬はすっげー寒い。
台所の椅子を適当に指差し座らせると、飲み物の用意をする。
「はい、どうぞ」
『・・・お主、儂に喧嘩を売ってるのか?』
「何が?」
『これは唯の水道水ではないか』
「この家にはこれ以外の飲み物はねーぞ」
『・・・はぁ』
これでもかっと言うくらいの深いため息。・・・心なしか涼しく感じるな。
「んで・・・いつお会いしましたっけ?」
『去年の冬に・・・お主、雪山で遭難しかけたじゃろ?』
「去年?・・・あーあれか」
先輩に誘われて、人生初のスノボに挑戦。いきなり上級者コースに連れて行かれた挙句に
置いてきぼりを食わされた。それでも必死に滑ってると、吹雪になって道が分からなくなり
地図に載ってない場所に迷い込んだっけ?
『思い出したか?』
「二度とスノボをやらないと誓った日だな」
『そのときに、儂が助けてやったじゃろ?』
「いや、一人で帰ったが?」
『あの時の吹雪を止めたのは儂じゃ』
一瞬、可愛そうな娘さんだと思った。しかし、遭難した事については殆ど知られてない。
何で知ってるんだ・・・?
『その顔、信じておらんな?』
「まぁ、普通は信じられないだろうな」
『では良く見ておれ』
そう言うと、コップを掴む。コップの水がかすかに揺れたかと思うと・・・ミシミシ音が鳴り始めた。
『ほれ、これでどうじゃ?』
コップを渡されると・・・痛い!?いや・・・冷たい??水が凍ってる???
「な、なぁ?これどうやってやったんだ?手品だろ?」
『手品などではない・・・』
俺を真っ直ぐに見つめる青い瞳。背中にゾクッと寒気が走る。
「お前・・・何者だ?」
『儂はの・・・お主ら人間からは雪女と呼ばれておる』
差し伸べた手を掴むと人の体温ではありえないほど冷たかった。
おいおい・・・本物かよ!?
『ふふふ・・・どうじゃ?怖いか?怖いなら・・・な、何をする!?』
「おぉーすっげー!全身冷たくて気持ちいぜ!」
『こ、コラ!抱きつくな!離れんか・・・この莫迦者が!!!』
気がつくと抱きついていた。だって、あまりに暑かったんだもん。てへ☆

・・・自分で言っておきながらキメェとか思った。

「さっきさ、何でもいいから助けてくれって願ったんだよ。そしたら、これだろ?いやいや・・・」
『わ、儂はお主の氷嚢ではないぞ!え〜〜〜い、暑苦しい!』
「あ、すまん。ついつい・・・まぁ、よくあることだ」
『こんな事が良くあったら、世の中犯罪者だらけじゃ!』
名残惜しいが、訴えられたら絶対負けるので離す事にした。ちぇっ・・・。
「で、その・・・雪女さんが、この真夏に何事ですか?」
『じゃから、助けてやった恩を返してもらいに来たと言うておるじゃろうが』
「返すもなにも・・・お金はないし。ご奉仕できるのは体くらい?」
『・・・』
もの凄い軽蔑の眼差し。冗談が通じないとは雪女の世界も大変だな。
「悪かったよ。冗談だ」
『はぁ・・・この先不安じゃ』
「は?」
『儂はのぉ、しばらく人間の世界で修行を積もうと思うてな。で、しばらく厄介になる。世話をせい』
「えっと・・・つまり、ここに住みたいって事ですか?」
『不本意ながら、じゃな。他にあてもなし・・・この際、贅沢も言うてはおれんし』
「そっか。いいぞ」
『・・・やけにあっさりじゃな。もう少し嫌がると思ったのじゃが』
「だってさ・・・お前がこの部屋入ってから、すっげー涼しいんだもん。快適だよ」
『その言葉、3ヶ月もすれば後悔するぞ?』
3ヵ月後・・・つまり冬?確かに、こいつがいたら部屋でも凍死しかねん。
頭の中の天秤で、今の快適と冬の地獄vs猛暑と冬はやや地獄が計られた。
『ま、お主が嫌がっても、儂は居座るがの』
目の前の女の子を見つめる。ややワイルドに結い上げた黒髪のポニーテール。くりくりの青い目。
透き通るような白い肌。それにあわせたような白い着物。
『な、何を見ておる!すけべぇな目でこっちを見るでない!』
天秤が大きく傾くのが分かった。そりゃ、最初から選ぶまでもないよな。
おもむろに女の子を抱きしめた。冷たくて気持ち良い。しかも柔らかくて、良い匂いのオマケつき。
『は、離せ!離さんか!』
わたわたと暴れる女の子。
「お前さ、名前は?」
『ま、纏じゃ!』
「どのくらい居るつもりだ?」
『その・・・修行が終わったと感じるまでじゃ』
「夏は越せるか?」
『夏どころか、冬も居座ってやるわ!』
「そうかそうか。俺は別府タカシだ、よろしくな」
ぴたりと動きが止まる。
『よ、良いのか?ここに・・・居ても良いのじゃな?』
「まぁ・・・クーラー代わりになるしな。こんなボロ屋でよければ好きなだけ居てくれよ」

こうして雪女との奇妙な同棲が始まったのであった。あー、涼しい・・・。


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