第10話

前回までのあらすじ:雪女→病気→看病

マジ心配です。
真夜中の高速道路をひた走る。夏休みシーズンと言えども、さすがにこの時間は車もまばらで
ペーパードライバーの俺には走りやすい限り。
エアコンと大量に持ち込んだ氷のせいで凍える程に寒いので、冬用の服を着ている姿を見られたくない

という理由からもありがたい。
助手席をチラリと見ると、苦しそうな顔つきで荒い息遣いの纏が寝ている。
目的の場所が書かれている青い標識が目に入る。
「纏、もうすぐだからな」
そう呟いて、アクセルを踏み込んだ。

話しは数時間遡る。
一旦落ち着いたかのように見えた纏の容態は、夕方頃に悪化した。
体はさらに熱を帯び、冷却用の氷もすぐに溶けてしまう。顔は苦しそうに歪み、呼吸も荒い。
「纏、大丈夫か?」
『平気じゃ・・・』
全然平気そうではない。倍の量の氷を布団に突っ込んで、さらに氷を買い込む為に外へ出た。
コンビニの店員は、俺が入店するなり笑いを堪えてるような顔をしたが、あえて無視して
補充された氷を全部レジへ持っていった。
レジの奥にいた他の店員も、俺の姿をみてクスクスと笑っている。
あー・・・きっと「氷男爵」とか「アイス野郎」と変なあだ名でもつけられているのだろうな。
あながち外れてもなさそうな予想をしつつ、店を出て急いで家へ。

家に戻った俺は、ある事を考えていた。
このまま纏の容態が悪いままだと最悪の事態も考えられる。かといって、いまのままでは
治療の手立てもない。唯一の手段である、纏の姉である尊への連絡は本人から止められている。
「もう逢えぬかも知れぬ・・・か」
纏が言った言葉を思い出す。俺だって、逢えなくなるなんてゴメンだ。

しかし、もしもの事があったら・・・そんな悲し過ぎる、考えたくもない。

散々悩んだ挙句、俺は尊へ連絡する事にした。
万が一の時にと渡された封筒には1枚の紙が入っていた。そこには可愛いクマの絵が
書いてあり、端っこには電話番号らしき数字が並んでいた。
その番号に電話を掛ける・・・1回・・・2回と呼び出し音がなり、3回目に受話器を外した音がした。
『もしもし』
でたのは女性。だが、尊の声とも違う。もっと・・・年を取った感じの声に聞こえる。
「もしもし!あの・・・別府といいますが、尊さんはいらっしゃいますか?」
やや間があってから
『こちらから掛けなおしますので、ご連絡先を教えてください』
携帯の番号を言うと、乱暴に電話を切られた。
半信半疑で折り返しの電話を待っていると、すぐに電話が鳴る。ディスプレイには非通知の表示。
雪女からの電話・・・考えてみればホラーだよな、と思いつつ通話ボタンを押す。
「も、もしもし?」
『電話くらい早く出んか、莫迦者が!』
聞き覚えのある声・・・尊の声だ。
「尊さんですよね?あの・・・えっと・・・」
『纏に万が一の事態が起きた・・・という事か?』
「はい・・・」
尊はあらかじめ予想をしていたのかのように、冷静に纏の症状を聞いた。
『ふむ・・・確かに、一大事だな』
「ま、纏は・・・大丈夫なんですか?」
『今のままでは・・・命が危ないかもしれない』
目の前が暗くなった。やっぱり・・・このまま纏は死んでしまうのか?
「ど、どうすれば・・・助かりますか?俺、何でもしますから!」
『ならば・・・纏を里に返してもらうしかない』
「返したら・・・もう逢えなくなりますか?」
『・・・』
「そうなんですか?」
俺が強い口調で追求すると、やっと答えが返ってきた。
『いや、分からぬ。纏は里の掟を破ってお前に逢いに行った。それを上の連中がどう思うか・・・だ』
「でも・・・答えは一つですよね」
『・・・覚悟はあるという事だな』
「はい」
『ならば、今から言う場所に纏を連れて来い。後の手配は私がやっておく』
そう言うと、以前行ったスキー場の近くの場所を指定してきた。
『では・・・後で会おう』
尊との電話を切った後、俺は近くに住む友人の家へ行き、車をしばらく貸してくれるように頼み込んだ。
ただ事でない様子に気がついたらしく、特に何も聞かずに快い返事をしてくれた。
あとは・・・纏を説得するだけだ。

「纏」
声を掛けると、薄く目を開いた。
『何じゃ・・・うるさいの・・・』
「落ち着いてよく聞いてくれ」
『・・・』
「・・・ゴメン、約束破った」
突然の告白に、戸惑いの色を浮かべる。
「尊さんに電話した。お前を・・・里へ帰す」
一瞬、何を言われたのか理解できないと言った表情だったが、すぐに目を見開き
抗議の声を上げた。
『な・・・お主、何て事を・・・この、莫迦者が!』
「だけど!だけど・・・俺はこれ以上好きな人が苦しむ所を見たくないんだよ」
目を閉じて、何かを考えている様子。しばらくの沈黙の後、話し出した。
『雪は・・・どんなに広く、どんなに厚く降り積もろうとも、いずれは溶けて消える』
「な、何・・・?」
『儂は雪・・・真夏の雪じゃ』
「纏・・・」
『雪は消え行くのが定めじゃ。お主は黙って見ていれば良い』
「ふざけんな!」
俺は堪らず声を上げた。
「お前は雪じゃない!纏だ。消えるのを黙って見ている事なんかできるわけないだろ」
『儂にとっては、お主と離れて生きる方がよっぽど苦しいのじゃ!』
「え・・・?」
『あ・・・い、いや、今のは無しじゃ。聞かなかった事にしてくれ』
そう言うと布団を頭までかぶって、ゴロゴロとしている。
なるほど、そういう事か。だが気持ちが分かっても、俺はそれを認めることはできない。
「纏・・・そのままで良いから聞いてくれ」
ぴたっと動きが止まる。
「俺だって逢えなくなるのは辛い。でもな、生きていれば・・・チャンスはあると思うんだ」
『お主は、里の厳しさを知らんのじゃからそういう事が言えるのじゃ』
「死んだらさ・・・そのチャンスすらなくなっちまうだろ?それに残された俺は、お前の居ない
 人生をどう生きていけばいいんだよ?」
布団から目元辺りまで出てきた。
『そんなの・・・儂の知った事ではない』
「だから・・・頼む!生きていてくれ」
『・・・』
「纏、お願いだ」
『どうせ・・・嫌じゃと言っても、無理やり連れ帰るのじゃろ?』
「え?あ・・・そ、そうだ」
『それなら問答するだけ無駄じゃな』
「じゃぁ・・・」
差し出した手を纏が掴む。起こそうと力を加えようとした瞬間、逆に引っ張られる力を感じる。
『・・・』
「纏?」
『昨日のように・・・その・・・だ、抱いて欲しい・・・』
「いや、でも・・・今の体調では無理だろ?悪化でもしたら、それこそ・・・」
『うるさい!今一度、お主は誰のものかを判らせてやるのじゃ!』
「そんな事しなくても、俺は−」
雪女特有の青い瞳から涙がこぼれ落ちる。
『そして・・・儂に・・・タカシと一緒に居た思い出を・・・刻み付けて欲しいのじゃ』
「・・・わかった」
俺は布団に入ると纏を強く抱きしめ、唇を重ねた。


高速道路の出口が近づいたので、スピードを落としてハンドルを切る。
『タカシ』
不意に声を掛けられる。
「まだ寝てろよ?あと20分くらい掛かると思うからさ」
『そこはサービスエリアの入り口じゃ。出口はもっと先じゃぞ?』
慌ててハンドルを逆に切る。標識を見ると・・・確かにそうだ。
「や、良くある事だよ」
『まったく、お主は儂がおらんとダメじゃな・・・』
またチラリと見ると、穏やかな表情で微笑んでいた。
「そうだな。俺にはお前が必要だ」
だが、別れの時は刻一刻と近づいている。

ちなみに、出発直後さらに氷を買い込もうと例のコンビニへ寄ると、店員に大爆笑された。


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