第11話

前回までのあらすじ:雪女→看病→帰郷

ちょっと苦しい説明かな?
高速道路を降り、朝靄に霞む市街地を抜け山道をひた走る。道はアスファルトから砂利に変わり
さらに走ると土になった。カーナビで見ると、山のど真ん中を走っているような表示。
「この辺でいいんだよな?」
『お主が聞き間違いをしてなければ、この辺じゃな』
尊からは大まかにしか聞いていなかったので、纏が目を覚まさなければとっくに迷っていただろう。
遠くに大き目の岩が3つ並んだ場所が見えてきた。
「あれが目印って言ってた岩かな?」
近づくと、白い着物を着た女性が数人立っている。知らない人がみたら、ちょっと怖いだろうな。
女性達の前に車を停めて外へでると、一人前に進み出てきた。
『ここからは私達にお任せください』
残りの女性達は纏を外へ連れ出し、どこかへ連れ去ろうとしていた。
「あ、あの・・・俺も付いて行って良いですか?」
目の前の女性が首を横に振り、無言の拒否。
その代りとばかりに、懐から紙をだして手渡してきた。
「これは?」
『尊様よりの言伝です。それでは失礼します』
そう言うと踵を返し、足早に纏達の方へ進む。
「纏!」
無言で顔を上げ、こちらをじっと見つめる。
「絶対・・・絶対また逢えるから!だから、頑張れよ!」
微笑むと、他の女性達に促されて木々の隙間へと消えていった。

残された俺は、とりあえずやる事もなくなったので、手渡された紙を開く。
そこには、例のごとく可愛いクマの絵と旅館らしい名前が書いてあった。
ここで待てという事かだろうか?
車に戻り、カーナビで場所を調べて走り出した。

旅館に着くと、まだ早い時間にも関わらず老夫婦が迎えてくれた。
「えぇ、お話は伺っています。ささ、お部屋に案内します」
『朝ご飯どうしますか?』
ご飯という言葉を聞いた瞬間、急に腹の虫が騒ぎ出した。そういえば夜通し走ってたので
夜から何も食べてなかったっけ・・・?
「すいません、頂きます」
『では、食堂へご案内します』

どうやらここはスキー客用の宿らしく、夏場は営業していないとの事。なるほど、他に客が居ないわけだ。
朝飯を食べながら、色々聞いてみることにした。
「あの人達からのお願いですから、特別ですよ」
「あの人達・・・とは?」
「もちろん、雪女の方々ですよ」
『今朝連絡がありましてね。冬以外に珍しい・・・ビックリしましたよ』
ここら辺では、雪女については公然の秘密らしい。つまり、余所者以外には割りと普通に通じる話のよう。
「何しろスキー場としてしか収入がないからね・・・雪を降らせて貰ったりと助けてもらってるんですよ」
『その代り、住処に人を近づけさせないようにする、という約束でね』
なるほどね・・・共存しているという訳か。
「もしも・・・もしも、雪女と一緒に暮らすとしたら・・・可能だと思いますか?」
老夫婦は驚き、お互いに見つめあった。
「お前さん、雪女と結婚する気か?」
「え・・・まぁ・・・」
「それなら、この辺に住まなきゃダメだな。あの人達は遠くへいけないみたいだし」
つまり、今の仕事を辞めないとダメという事か。まぁ・・・そうなるだろうな。
『でも結婚なんて珍しいわね』
「え?そうなんですか?」
『あの人達、子供作る時だけしか男と関わろうとしないから。アンタ、よっぽど気に入られたんだろうね』
「雪女は女だけの社会だからね。子供も女の子しか生まれないらしいし」
『あ、そうだ。結婚するならさ・・・どうだろう?』
「あぁ、いい考えだな。お前さんのためにも、私達のためにもなるし」

部屋で横になりながら、朝ごはんの時に言われた事を考える。

『私達ももう年だし、ここやってくのも大変なのよ』
「辞めたいと思っても、あの人達との約束があるから・・・」

この宿は代々、雪女と人間との橋渡し役もする事になっているらしい。
つまり、雪を降らしたりして欲しい人は、ここの主に依頼をする。そして主が雪女に依頼をする。
逆に雪女が何か必要になったりした場合は、代行して手に入れたりするのが仕事というわけだ。
宿の経営はむしろオマケらしい。
「ここを継いでくれないか・・・か」
確かに雪女の里から近いので、一緒に住む事はできないくてもすぐに逢う事はできそうだ。
しかし・・・それは全て上手く行ったあとの話だ。今は、纏が元気になり、また逢えるように祈るだけ。
そう考えながら、いつしか眠り込んでしまった。

肌寒さを感じて目を覚ます。窓からは夕日が差し込んでいた。
『ようやく目が覚めたか』
ビックリして声の方向を見ると、尊が座っていた。
「あ・・・おはようございます」
『ふむ、今回はちゃんと挨拶できたようだな』
前見たときの通りに威圧するような目つきで俺を見ている。正直・・・怖ぇ。
「纏の具合は・・・どうでしょう?」
『心配ない。そもそも病気とかではないしな』
「どういう事ですか?」
『あれはだな・・・術で体を熱くしていたんだ』
「えっと・・・どういう意味?」
『そ、それはだな・・・あー・・・その・・・』
なにやら恥ずかしそうに、目が泳いでいた。
『お、お前達・・・し、したのだろ?』
「え?」
『だ、だから・・・こ、子作りを・・・したのかと聞いているのだ!』
尊は顔を真っ赤にしながら睨みつけてきた。
「は、はい・・・しました」
コホン、と小さく咳払いをして続ける。
『人間と交わるときは・・・冷たいと上手く行かないだろ?だから、雪女は術で体温をあげる』
たしかに、あんな冷たい体では凍えて縮こまりそうだな。
「じゃ、術なら・・・解く方法があったって事ですか?」
『もちろんだ。でも、纏はその方法を覚える前にお前に逢いに行ったから、今回の事が起きたのだ』
「つまり体温があがりっぱなしで、下げられなかったと」
『纏が最初に里を出てお前に逢いに行くといいだしてな。だが、修行不足だから止めたのだ』
「でも、そのまま家出して来ちゃったって事ですか?」
尊は大きく頷いてお茶をすすった。
『それだけじゃなく、他の術も制御ができなくてな・・・困ったものだ』
そういえば纏が最初に部屋に入った時、家全体が冷えたのはそのせいだったのか?
「惚れさせる術とかは使えてましたよ?」
『お前にかけたとか言っていたが、殆ど効果はないな』
「え、でも」
『もし本当に効いたなら、記憶も理性もなくなる。立って会話できる時点でさほど効いてないという事だ』
確かに、術を解いても全然気持ちが変わった訳でもなかったしな・・・。
『しかし、術をかける前から愛されてたと言っていたぞ?』
「そ、そんな事言った覚えはないですけど」
『何度も頭を撫でられたと聞いたが違うのか?』
「それが・・・どうして愛してると?」
『どうやら・・・知らずにやっていたようだな』
「どういう事ですか?」
尊はため息をついて、説明を始めた。
『私達の世界では、頭を撫でるというのは愛していると言うのと同義なんだ。親が子を撫でるのは親子愛。
 師匠が弟子を褒めながら撫でると師弟愛。では、男が女を撫でると・・・?』
「恋愛の意味の・・・愛してる?」
『そうだ』
てことは・・・俺は纏に「愛してる」を連呼しているのと同じだったのか!?
「うわ、恥ずかしいな」
『まったく、無知とは恐ろしいな』
「でも・・・まぁ、今の気持ちはその通りなのでいいですけど」
ここで少し会話が途切れた。
『お前、纏が元気になったらどうする気だ?』
「どうって・・・また一緒に暮らしたい・・・かな?」
『ここ3日間の生活で分かっただろう?お前の住んでる所では一緒に暮らせないぞ?』
「それなら、ここに住みます。幸い、ここの主人も継いでくれと言ってますので」
『一緒にいて分かったと思うが、我が妹ながら、かなりキツイ性格だぞ?』
「大丈夫です。というか、尊さんも」
ゴチン!と殴られた。
「まだ言い途中なのに・・・」
『うるさい!あと・・・もし、里の連中がお前に逢わせないと言ったら?』
「逢わせてくれるまで・・・ずっと待ちます」
『決意は固い・・・という事か?』
「もちろん」
『・・・私が入り込む余地はもうない・・・か』
「へ?」
『な、何でもない!今のは聞かなかったことにしろ!』
もの凄い威圧感ですごまれたので、激しく頷いておいた。
『さて・・・』
そう言うと、おもむろに立ち上がり、部屋の外へ通じるドアを開けた。
『とりあえず、嘘は言っていないようですが。どうしますか?』
ドアの向こう側には人が立っていた。
纏や尊とは違う雪のよう白い髪。顔つきからは年を感じさせないが、落ち着き払った表情は
かなりの大人である事を感じさせられた。
「あの・・・その人は?」
『里の長だ』
そう紹介された女性が部屋の中に入ってきた。
『初めまして』
そう言ってニッコリ微笑む。
「は、初めまして・・・別府タカシです」
『貴方の事は、ここにいる尊から聞いています』
「あの・・・纏は」
そう言いかけたところで、里の長は俺の顔をまじまじと覗き込んできた。
『ふふふ・・・いい目をしてますね。誠実そのもの・・・纏も尊も熱を上げる訳ですね』
「え・・・えぇ!?」
『だ、誰がこんな奴に熱を上げるものですか!気のせいです!』
『私がもっと若ければ、虜にして三日三晩ねやごとに耽るのに』
・・・さらっととんでもない事を言われました。
「尊さん、どういう・・・?」
『ち、違う、断じて違うからな!お前の事なんか好きでも何でもないからな!』
そう言い放つと、さっと部屋の外へ出て行く・・・いや、行こうとして座布団に躓いて
派手に転んだ。そして、こちらをチラリと見ると、ワタワタと行ってしまった。
『さて・・・』
急に真顔になる里の長。
『纏にすぐにでも逢わせたいのですが・・・掟を破った者にはそれなりの罰を与えなければ
 他の者に示しがつきません。非常に可愛そうと思いますが・・・仕方ない事。ご理解ください』
「はい・・・分かっています」
『それと貴方にも準備が必要のはずです。明日からここに住む・・・という訳にもいかないでしょう?』
確かに、会社を辞めてるにはそれなりの手続きも必要だろう。
友達にも挨拶をしなければいけないし、親にはなんて説明すればいいのだろうか?
『貴方の準備がすべて整った頃に・・・纏と逢わせて上げましょう。約束いたします』
ニッコリ微笑むと突風が吹き、白い花びらが舞い、花びらは空中で砕け雪に変わる。
なんとも言えない幻想的な光景だ。そして、視界が開けると里の長の姿は消えていた。

『いたっ』との声で廊下を覗き込むと、床に突っ伏す女性が。術は術でも体術の方を使い、失敗したようだ。


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