第2話
前回までのあらすじ:猛暑→雪女→快適

うん、我ながら完璧な説明だ。
とりあえず、部屋が涼しくなったので色々やる気がでてきた。
「よし、歓迎会をやるぞ」
新しい人が来たらコレだよな。親睦を深め、よりよい関係を築こうって訳だ。
『お主からそのような言葉が出てくるとは・・・意外じゃな』
同居人も嬉そ・・・あ、あれ?何か、凄い疑り深い顔してる。
『一応聞くがの・・・何をするつもりじゃ?』
「歓迎会って言ったらそりゃ・・・」
そういえば、こいつ子供じゃなんか。酒飲むなんて言えないよな・・・。
「そ、それはだな!その・・・あれだよ、あれ」
『お主、まさか思いつきで言ったのではないじゃろ?』
「失礼な!考えてたけど、纏を見て違うのやろうと思ったんだい!」
『つまり、現段階では何も考えておらぬということか・・・はぁ』
ため息が刺すように痛い。雪女のため息はメチャメチャ冷たかった。
しかし、社会人にとって歓迎会といえば飲み会という図式が刷り込まれてる訳で
他の考えが思い浮かばない。
考えた挙句、提案できたのは
「お、お食事会・・・でどう?俺が手料理を振舞う会」
結局食べ物から離れられなかった。
『ふむ・・・男が手料理とは面白いの。興味が沸いた、それで良いぞ』
あら?意外に好評ですか?
「まじで!?」
『何じゃその反応は?まさか、この期に及ん実は作れません、などと言うのではあるまいな?』
「で、できるよ!もう、冷蔵庫の中身全放出くらいの勢いで作るよ」
『ほぅ、そんなに食材が詰まっておるのか?』
「おう!見て驚くなよ!」
ガチャ
「・・・」
『・・・』
中にはマヨネーズ1本だけ。しかも半分くらい使ってる。
『あー・・・確かに・・・驚きじゃ・・・』
隣から呆れた声が聞こえた。そういえば、この暑さで買出しにも行ってなかったっけ。
「恐るべし、猛暑」
『恐ろしいのはお主の頭じゃ。マヨネーズだけ食べよと言うつもりか?』
俺はマヨネーズだけでもなんとかなる。だが、本気でやると同居人からの心象も
さらに悪くなる事は間違いない。しょうがないな・・・。
「買出し・・・行こうか」
『普通、客人をもてなすときはそのくらいやるじゃろ?お主は本当に莫迦者じゃな』

空を見上げると忌々しいまでに太陽が輝いていた。こいつのせいで、幾人もが
熱射病にかかって命を落としている。いわば、殺人光線発生機だ。
「しかし、今の俺にはお前など怖くない!俺には歩く冷房・纏がいるからな!あははは」
心なしか太陽も元気をなくしたように見える。ふふふ、ざまぁないな。
さて、纏を抱きかかえるかと伸ばした手は空を切る。あれ?
『お主・・・よもや、公衆の面前で先ほどの行為に及ぼうとしておらんか?』
警戒した表情で、距離を取られていた。
「ダメか?」
『だ、ダメに決まっておろうが!何を考えておるのだ!!』
「暑い。纏を抱っこ。涼しい」
『阿呆が!!!!』
全力で怒られた。空を見上げると、太陽からもバカにされてる気がした。くっそ〜・・・。
まぁ、ここで問答しててもしょうがない。諦めて猛暑を耐えるしかないか。
しょんぼりと歩き出すと、左手にひんやりとした感触。見ると、纏が手を繋いでいた。
「お、お前・・・」
『か、勘違いするでないぞ?見知らぬ土地ゆえ迷う危険がある、しかたなくじゃからな?』
とても機嫌が悪そうな顔だが、白い頬は朱に染まっていた。
抱っこもいいが、こういうのも悪くないって思った。

そのまましばらく歩いていたが、向うから何も話す気がないようなので、こちらから
色々質問してみる。
「そういえば、雪女って暑さには強いのか?」
『普通はダメじゃな。しかし、儂くらいの妖力があればこの程度何ともないのじゃ』
妖力なんて単語が日常会話ででるなんて、ついさっきまでは考えられなかったものだ。
油断すると、こいつが雪女だという事を忘れてしまいそうだな。
「何食べて生きるの?」
『・・・お主、儂等を未確認生物か何かと思うてないか?』
実際そうだろ?と言いかけたが止めた。機嫌を損ねるのは明白だし。
「や、質問が悪かった。これから料理つくるにあたり、苦手なものとかあるのかなってさ」
『それならば、最初からそう言えば良いじゃろ!』
上手い言い訳で逃げたと思ったが、結局機嫌が悪くなったようで。
『・・・基本的にお主ら人間と変わらぬ。ただ、熱い物とかはダメじゃな』
「じゃぁさ・・・」
『さっきから質問ばかりで鬱陶しいぞ!』
怒られちゃいました。まぁ、質問の内容が悪かったってのもあるか。
その後はお互い無言で歩いていた。途中、チラリと纏の方を向くと向うもこっちを見ていたようで
目が合ったりしたが、すぐに逸らされた。
そうこうしてる間に、目的地であるスーパーマーケットに到着。
中に入るなり纏は俺の手を振り解くと、興味深々とばかりにあっちこっち世話しなく
走り回っていた。やっぱり子供だな・・・と、その様子を見つめていると、そんな俺の視線に
気がついたのか、コホンと咳払いをして元の位置へ。
「そんなに珍しいか?」
『う、うるさい!近所にこういう大きなお店がないのじゃ!』
雪女の世界には大きい店がないらしい。覚えておこうっと。
野菜、魚と必要な材料をかごへ入れていき、ふと纏が立ち止まった。
『のぉ・・・これ全部菓子か?』
見ると、そこはお菓子コーナー。
「あぁ、そこの棚と反対側の棚は全部お菓子だな」
急にぱぁ〜〜〜っと目を見開く。うずうずっと見てまわりたそうにしていた。
「そうだな、お菓子も買うか」
そういうが早いか、物色を始める纏。何だかんだ言っても、やっぱり子供なんだな。
ま、急いでるわけではないし、俺も新製品のチェックでもするかな?
などと考えていると、店内放送が流れた。
[タイムサービスを始めます。牛肉豚肉、3割引。3割引と書かれたシールが目印です]
何!?3割引!?これは行かなくては。
纏の方見ると、チェコレートの箱を手にとって凝視していた。
ま・・・少しくらなら大丈夫だろ。
こうして俺はタイムサービスという戦場へ旅立ったのであった。

「・・・マジで?」
戦利品を片手に戻ってきた俺に、あまりにも酷い光景が。
お菓子コーナーには誰一人いない・・・つまり、纏が居なくなっていた。
大急ぎで周囲を探すが、相手は棚よりも小さい。各棚の間の通路を何度も何度も探すが
見つからない。いくら広いとはいえ、店の中に居たら見つかるはずだ。
もしや・・・誘拐?そんな暗い影が脳内をよぎった瞬間−
[ピンポンパーン 店内でお買い物中の別府様、別府様。お嬢様がサービスカウンターでお待ちです]
あぁ、確かに売り場には居ないな、そりゃ・・・。

サービスカウンターに行くと、目に涙を溜め、今にも決壊寸前という探し人が
店員にあやされていた。
もう少し見てても面白かったが、そんな姿を見つかる後々厄介そうなので声をかけることにした。
「あの、放送のあった別府ですが」
その声で顔を上げた纏。すぐさま駆け寄って来た。
『ふぇぇ・・・お、お主・・・ぐすっ・・・どこへ・・・ひっく・・・莫迦者ぉ』
「あー、悪いな。肉が3割引だったから」
『しょんなの・・・ぐすっ・・・し、知らん・・・ふぇぇぇぇん・・・』
あーあ、決壊したか。
『わ、儂は・・・捨てられたと・・・ぐすっ・・・』
「泣くなよ、このとおり。謝るからさ?」
頭を撫でてやると、体をビクッと振るわせた。
『お、お主・・・儂の頭を・・・?』
「へ?」
『今・・・ぐすっ・・・儂の頭を・・・撫で・・・た?』
「あ、あぁ、撫でたぞ。さらっさらの髪だな」
『お、お主・・・本気か?』
「え・・・?あぁ、本気だぞ」
いつの間にか顔は泣き顔から嬉しそうな恥ずかしそうな顔をしていた。
『その・・・お、お主の気持ち・・・分かった。じゃが・・・儂からの返事は・・・えっと・・・』
なんだか良く分からない事を口走り始めた。俺、何か変なことしたのか・・・?
「あ、あのさ・・・嫌だったら・・・もうしないぞ?なでなで・・・」
『い、嫌に決まっておる!じゃが・・・お、お主がどうしてもというなら・・・その・・・』
さっき手を繋いだときよりさらに顔を赤くしてもじもじ。・・・すっげー可愛いんですけど。
『と、とにかくじゃ!も、もう少し様子を見て決めさせてらもうからの!』
一転、不機嫌そうな顔をしてそっぽを向かれた。顔は相変わらず赤いままだけど。
まったく、何がなんだか分からない。これだから年頃の女の子は扱いづらいんだよね。
パタパタとなんだか嬉しそうに歩く後姿を見ながら、俺はため息をついた。

この疑問が解けたのは、雪女の世界において、頭を撫でるという意味がを知った後の事だった。


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