第7話

前回までのあらすじ:尊姉→対決→爆笑

バッチリ説明完了。
「そういえばさ、お姉さんとどんな話したの?」
素麺をズルズルとすすりながら聞いてみた。
『別に・・・大した話ではない』
さっきから下を向いたまま、一向に目を合わせようとしない纏さん。
「なんか力づくで連れ戻すとかなんとか言ってたけど・・・家出したの?」
箸がピタッと止まる。どうやら図星のようだ。
「ま・・・理由とかさ、言いたくないならいいけど。でも、これだけは言わせてくれ」
ひとすすりして、続ける。
「お前さえ良ければずっと居てもいいぞ?無理やり連れていかれそうなら、俺が守るから」
『・・・お主なんぞに守られるほど、儂は弱くない』
ぼそりっと呟くような声。
「そうだな」
『それに・・・儂がここに留まるのは他に行く当てがないからじゃ。お主と居たいわけじゃない』
相変わらず辛辣なお言葉。そういえば、纏からの答えを聞いてなかったな。
「纏は・・・俺の事、どう思ってるの?」
『・・・』
返事はなかった。さっきは勢いで告白したけど冷静に考えてみればかなり無茶苦茶だったし。
それに、纏の気持ちを何にも考えていなかった。それなのに、どうせ俺の事好きなんだろう
と決め付けて・・・。すごく傷つけてしまったのかもしれない。

結局、食事が終わっても纏が口を開く事はなかった。
凄く気まずい空気が漂っている気がする。暑さから逃げるために、纏を抱っこしたいところだが
とてもそんな事する気になれない。下手な事して嫌われるくらいなら、暑さに耐えた方がまだマシ。
洗い物が終わり部屋に戻ると、纏はベットで横になっていた。
俺は適当に雑誌を拾い上げると、壁にもたれかかりながら読み始めた。
すでに読みつくした内容だが、こうでもしていないと空気の重さに耐えられそうになかった。
1冊目の雑誌を読み終わり、2冊目を物色しているときに声が掛かる。
『・・・こっちに・・・こんのか?』
「行っても・・・いいのか?」
『仕事じゃからな・・・仕方ない』
ベットに近づき、纏の顔を見ると泣いていた。
「お前・・・」
『お主に・・・言わなければならない事があるのじゃ』
「なんだよ・・・改まって」
『お主の気持ち・・・儂を好いてくれている・・・それは・・・』

『偽りなんじゃ』

「い、いや、何言ってるんだよ?俺は本気だぞ?」
纏は首を横に振り俯いた。何を言っているんだ?こんなにも好きで好きでしょうがない
気持ちが偽りなんて・・・そんなバカな。
『その気持ちは・・・儂がお主にかけた術がゆえ・・・じゃから・・・お主の本心ではないのじゃ』
グラリと世界が揺れた・・・そんな気がした。
『軽蔑したじゃろ?雪女はな、昔から人間の心を惑わして生きてきたのじゃ』
「嘘だろ・・・なぁ?だって・・・そんな事する理由がないじゃないか?」
纏は大粒の涙を流しながらニコリと笑う。
『本当じゃよ・・・全部・・・本当の事じゃ』
「・・・」
纏は、言われた事の意味を理解できないままのうなだれる俺の横を無言で通り過ぎる。
後ろの方で、玄関のドアが開き、そして閉まる音がした。

残された俺は、纏がこの家に着てからの事を一つ一つ思い出していった。

あのドアを開けてから始まった共同生活。

・・・部屋に入れてくれないからってガチ泣きすんなよ。

二人して行った買物。

・・・いい年して迷子になるなよ。また泣くし。

手を握りあった帰り道。

・・・本当は喜んでたくせに素直じゃないな。

ベットに寝てる姿にドキドキさせられた事。

・・・あんときはまだ子供だと思ってたな。

料理に散々ケチ付けられた事。

・・・結局残さず食べてくれたじゃないか。

二人でテレビ見た事。

・・・子供向け番組で喜ぶなよ・・・俺もだけどさ。

嵐のような姉の訪問。

・・・マジで死ぬかと思った。

そして、涙を流しながら笑っての別れ。

たとえ好きという気持ちが嘘だったとして、二人で過ごした時間は間違いなく存在して
そのとき思った色々の感情もまた本当の事のはずだ。

気がつくと俺は立ち上がり、纏の後を追いかけていた。
ドアを開けると、夕暮れ時。暗くなる前に探さないと本当に見つけられなくなってしまう。
当ても何もない。ただ走って走って・・・休む暇すら惜しいので、疲れたら歩く。そしてまた走る。
公園を通り過ぎ、スーパーに寄り、商店街を突っ切る。
どこだ・・・どこにいる?
太陽は沈み、僅かながらの光が残るのみだった。
この空を、纏はどんな気持ちで見ているのだろうか?多分・・・泣いてるに違いない。
なんたって、アイツは泣き虫だもんな。頭を撫でてあげれば、前みたいに泣き止むかな?
体はすでに限界を過ぎて、気持ちだけで走り続けていた。何度も転び、そのたびに立ち上がる。
何度目かの転倒でついに動けなくなった。本当・・・情けないな、俺。
通り過ぎる人たちからは奇異の目で見られているだろう。どの人も、係わり合いになりたくない
とばかりに足早で去っていく。
だんだん遠のく意識・・・ゴメンな纏。俺はお前を見つけられそうにないよ。

『大丈夫ですか?』
その声で目を開けると、女の子が目の前に立っていた。差し出す手をとって立ち上がると
ふらつく体にムチを打って歩き出す。
「大丈夫、ありがとう」
『でも!』
「ゴメン、人を探しているんだ。あ、白い着物の女の子なんだけどさ、見てないかな?」
『えっと、見ました』
驚いて振り返る。
「ど、どこで見た?」
『あっちの・・・川原で・・・珍しい格好してたので、覚えてました』
お礼を言うのも忘れて走り出す、さっきまでと違う確かな足取りで。

川原の周りは街灯もまばらで、場所によっては真っ暗だ。
そこに浮かび上がる白影。俺はその方向へ引き寄せられるように歩いていく。
纏は膝を抱えるように座り、すすり泣いていた。
半ば倒れこむように隣に座り、息も絶え絶えの声をかける。
「纏・・・もう暗くなったから、帰ろうぜ?」
纏は驚いて顔をあげた。あーあ、ひっでぇ顔してんな・・・涙でクシャクシャじゃないか。
『お、お主・・・ぐすっ・・・何故・・・』
「これが俺の答えだ。文句あるか!」
自分でもまだこんな大声が出るのにビックリだ。
『じゃが・・・儂は・・・』
纏の言葉を無視して抱き寄せ、頭を撫でる。
『ぐすっ・・・ふぇぇぇ・・・・たかしぃ・・・』
「あれ?おかしいな、泣き止まないや」
『莫迦者・・・お主は本当に莫迦者じゃ』
「あぁ、バカで結構だね」
『嘘じゃと、偽りじゃと言うておるじゃろ?何故判らぬのじゃ?』
「誰になんと言われようと、俺は本気でお前が好きだ」
『・・・ぐすっ・・・まだ判らぬのか・・・儂をこれ以上困らせないでくれ・・・』
「術って言ったよな?じゃぁ、解いてみろよ。解いてもこの気持ちが変わらないって事、証明してやる」
纏は少し距離を取ると、顔の前で手を叩いた。すると、体から何かが抜けていく感じがする。
その感覚がなくなってから改めて纏を見た。
『ど、どうじゃ・・・もう、儂みたいな可愛げもない女・・・どうでも良いじゃろ?』
「・・・」
『これで判ったか?偽りじゃと・・・ん!?』
もう一度抱きしめて、本日2度目の口付けをした。
気持ちを証明するには、これが一番いいと思ったから。
「これで判ったか?本心から好きって事が」
『お、お主・・・』
「返事、聞かせてくれないかな?」
『え?あ・・・儂は・・・その・・・』
「ちゃんと言えよ。俺だって言ったんだから」
『その・・・あ、アレじゃよ、アレ』
アレとか意味のわからない事いいだした。雪女の世界でアレと言えば万人に通ずる何かなのか?
「アレじゃ判らん」
『こ、こうじゃ!』
急に力が込めらる。疲れきった俺には支えることができず、押し倒される格好となった。
何か言おうと思った俺の口は、纏の唇によってふさがれる。
自分からした2回のとは全然違う感触・・・実際はゆっくりと感じ取る余裕がなかっただけだが
・・・冷たいのに暖かくて、柔らかくて、心地よくて。ずっとこうしていたいと思う。
そして、名残惜しげに離れると、いままでで一番の笑顔がこう言った。
『これが・・・儂の返事じゃ』

ちなみに、キスの最後の方は呼吸がやばくなって色々な意味で昇天するかと思った。


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