第8話

前回までのあらすじ:雪女→家出→再会

今回も割りと綺麗に説明できたと思う。
お互いの気持ちを確かめ合った後、俺たちは帰ることにした。
フラつく足取りを悟られないように、1歩づつ踏みしめるように歩く。
幸い纏は歩くのが遅いので、併せて歩いてるように思ってくれていたようだ。
相変わらず無言で手を繋ぎながらの帰り道。今はこの沈黙がなんだか心地よく思える。
気持ちが通じていれば、言葉はあまり重要じゃないんだな。

「ただいま」
『ただいま』
玄関に入ると、示し合わせたように同時に帰宅を告げる声を上げる。
纏を見ると、照れながらの上目遣いで俺を見ている。こんな些細な事ですら、すごく嬉しい。
部屋の中は相変わらずのサウナ状態。今すぐ纏で涼をとりたいところだけど
走り回って汗だくな体では申し訳ない。
たぶん、気にしないって言ってくれるのかもしれないが、俺のほうが嫌だ。
纏の方を見ると、何か期待しているような顔つき。
「先に・・・シャワー浴びていいかな?」
言った途端、凄く不機嫌顔に。やっぱり、抱っこして欲しかったのかな・・・?
「いや、ほら・・・俺、汗びっしょりだから。その・・・ね?」
『あ、当たり前じゃ、汗臭くてかなわん。さっさと入って参れ』
疲れでパンパンに張ってるふくろはぎに鋭い蹴りが入る。と、その瞬間足がつった。
あまりの痛さにのた打ち回っている俺を、いい気味じゃ、と言わんばかりの目で見られていた。

シャワーを浴び終え、部屋に戻る。
「今出たよ」
『あ、案外早かったの。しっかり洗ったのか?』
「そりゃもう、念入りに洗ったさ」
『そ、そうか・・・それなら・・・まぁ良いがの』
何かソワソワしているな・・・?
「俺の汗がさ・・・着物についちゃったけど、着替えあるか?」
『き、着替え・・・は・・・ない・・・』
確かに、纏は身一つできたので替えの服も何も持ってきてないようだ。
「服は・・・まぁ、俺のを着るとして、問題は下着かぁ・・・」
『し、下着は・・・その・・・あ、あれじゃ・・・着物じゃから・・・』
「つけてない・・・とか?」
恥ずかしそうに頷く。
「着物だから・・・しょうがないよな。うん、しょうがない・・・」
『そ、そうじゃ、しょうがないのじゃ!』
お互い「しょうがない」を連呼しつつ、タンスから服を見繕い始めた。
「とりあえず、お約束。これはどうよ?」
Yシャツ。しかも春秋用の薄手のもの。
『こ、こんなの着れる訳ないじゃろ!』
「だから、お約束だって。冗談だって」
もちろん、着てくれるなら大喜びな訳だが、この提案を受け入れてもらえるまでには
もう少しお互いの距離を縮めないとだめそうだ。
その後は選んでは却下が繰り返される。終いには、ろくな物がないとか服のセンスがどうのとか
散々な言われよう。
「あのな、普通は彼女に着させる事まで考えて服を買ったりしないの」
『だ、誰が彼女じゃ!思い上がるのもいい加減にせぬか!』
「違うのか?」
『あ、あれはお主が無理矢理儂に言わせただけじゃ!付き合う云々の話ではなかったじゃろ!』
ぽかぽかと殴られた。今度のは、俺の体を気遣ってか、全然痛くない。
確かに、気持ちを確かめ合っただけで付き合うとかそういう話はしてなかったな・・・。
「じゃぁ、付き合おうよ?」
『う・・・そ、それは・・・』
急に大人しくなった纏を抱きしめて、頭を撫でまわす。
『あ、頭を・・・そんなに・・・撫でるでない・・・』
「纏・・・ダメか?」
『こ、こういうのは・・・卑怯じゃ・・・』
「うんって言ってくれるまで止めない」
『・・・』
「そっか、ずっとこうしてて欲しいんだ」
『やっ・・・そんな・・・違う・・・儂は・・・』
顔は真っ赤になり、目はトロンとしている。そして、俺は最後の一押しとばかりに
ほっぺにキスをしる。
『ん・・・たかしぃ・・・ずるい・・・』
「うんって言ってくれるよね?」
『・・・うん』
こうして、俺たちは正式に付き合う事になった。

「じゃ、話がまとまったところでお風呂に入ってきな?」
そういって、俺は手近にある服を丸めて纏に手渡し、背中を押して風呂場の前まで連れて行く。
「晩御飯つくってるから」
『い、言っておくがの、覗き見なんぞしたら許さんぞ?』
「大丈夫だよ」
『絶対の絶対じゃからな?』
「信用しろよ」
『お主は信用できんからのぉ・・・不安じゃ』
「ひでぇな・・・彼氏を信用しろよ」
彼氏と聞いて、また顔が赤くなっていく。本人もそれに気がついたようで
足早に風呂場へ消えていった。
「着物以外の纏が見れそうだな・・・楽しみ楽しみ」

「遅い・・・いくらなんでも遅すぎる・・・」
もう30分は経つ。湯船に浸かっているのであれば、そのくらいの時間は普通なのかもしれんが
シャワーだけ使うのであれば、いくらなんでも掛かりすぎだ。
様子を見たいが、覗くなと釘を刺されている以上は出来ないしな・・・。
声をかけるくらいなら大丈夫かな?そう思って風呂場の前に立った瞬間。
ガチャ
タイミング悪く、纏が出てきた。俺を見ると目を丸くして驚き、隠すように
胸元を腕で覆った。
『お、お、お主!まさか、覗き見してたわけではあるまいな!』
「ち、違う、やけに長くて心配だから声かけようと思っただけで」
『信じられる訳ないじゃろ!まったく、すけべぇな奴じゃな』
「断じて見てない!ドアにする触ってないから」
そう言うと、むすっと不機嫌な顔になった。やっぱり覗いて欲しかったのか?
逆にそうしないって事は、覗くに値しない体付きだと思われてると勘違いさせてしまったのか?
「ゴメン、次はちゃんと覗くから。纏の裸、興味深々だから」
『お主は何を言っておるのじゃ!堂々と犯行予告か!』
俺も何を言ってるのか良く分からないから大丈夫だ。いや、大丈夫じゃないか?
ふと纏の格好を見ると・・・
「あ・・・あれ?何でその服なんだ?」
『こ、これはお主が渡した服じゃろ』
さっきのYシャツ1枚だけ。袖は腕の長さに併せて捲くられていて、第2ボタンより上は
留められていない。裾は太ももの辺りまであり、隠すには十分の長さ。
「あ、そうか。何でも良いやって思って、適当なもの渡しちゃったからな」
『う・・・あ、あんまりこっちを見るでない』
「ゴメン」
そうは言いつつも・・・どうしても目が行っちゃう訳で・・・特に胸の辺りとか・・・
腰の辺りとか・・・俺も健全な成人男子ですから。
そんな視線に気がついたのか、赤くなりながら上目遣いで
『み、見るなと・・・言うておろうが。は、恥ずかしいじゃろ・・・莫迦者』
なんて言われちゃいました。えぇ、俺の中の何かがぶっ壊れましたよ。
「纏・・・」
我慢できず、抱きしめた。調度いい冷たさが全身を駆け巡り、何とも言えない心地良さに感じる。
そして、洗いざらしの髪からはシャンプーの何とも言えない甘い匂い。
『こ、これ・・・晩飯が冷めてしまうぞ・・・』
そうは言いつつも、しっかり俺の腰に手を回してくる辺りがいじらしい。
「ずっとこうしてれば、見られずに済むぞ?」
『ば、莫迦な事言うでない!このままなんてダメに決まっておるじゃろ!』
「ダメ?じゃぁ、纏はいまの格好を見て欲しいの?」
『そ、そういう意味ではない!そういう意味では・・・』
「じゃぁ・・・どういう意味?」
『ぅ・・・意地の悪い奴じゃな・・・分かっているくせに・・・』
俺はそのまま持ち上げて、ベットへと運ぶ。見た目よりさらに軽い感じがしたのは
気持ちが高ぶっているせいか?
ベットに寝せると、改めて相手の姿を見る。切なそうな、嬉しそうな、泣きそうな、笑いそうな
そのどれともつかない表情を浮かべていた。
「好きだよ、纏」
『儂もじゃよ・・・タカシ』
こうして、二人の夜は更けていくのであった。

疲れはとっくに限界を超えていたのに、こっちの方は元気すぎて困ったものです。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system