第9話

前回までのあらすじ:雪女→風呂→爆発

何が爆発したのかは言うまでもない。
セミの鳴く声で目が覚める。今日も暑いんだろうな・・・とぼ〜っと考えながら目を開けると
腕の中で、小さな寝息を立てる纏が視界に入った。
一瞬ドキッとしたが、すぐに昨日の事を思い出す。そっか、俺達・・・。
急に愛しく感じられたので、ぎゅっと抱きしめる。途端に凄く幸せな気分になった。
『ん・・・』
「あ、ゴメン。起こしちゃった?」
まだ寝ぼけているのか、俺の腰に手を回すとすりすりと摩り始めた。
「纏、くすぐったいって」
『・・・』
顔を見ると、薄く目を開いている。
「おはよう」
『うむ・・・』
なんだか、まだ眠そうな感じ。目を開けては、また閉じてを繰り返してる。
眠いのは俺も一緒だが、それ以上に腹が減っていた。晩飯、食べてなかったし。
「ご飯、食べる?」
『・・・』
返事がない。寝ちゃったのか?
「纏?」
『うむ・・・』
「どうした?まだ眠いのか?」
『いや・・・今日は・・・暑いと・・・思うてな』
「そりゃ、夏だ−」
言いかけて、異変に気がついた。普段、冷房代わりにもなる纏の体がほんのりと熱を帯びていた。
俺と同じくらいの体温?しかも、纏が暑いなんていうのを初めて聞いた。
・・・抱きついて暑苦しいとは言われた事は何度もあるけどね。
「お前、なんか・・・熱ないか?」
『ん・・・そうか?』
そう言うと、纏は自分のおでこやほっぺたに手を当てた。
『確かに・・・変じゃな』
「大丈夫か?」
『要らぬ心配じゃ、寝ていれば治るじゃろ』
そう言うと、俺に背を向けた。
心配には心配だが、いかんせん雪女の体調なんか分かるはずもないので、ここは言うとおりに
寝かせておくしかないだろう。

纏が家に来てからずっと一緒だったので、久しぶりの一人ご飯。
昨日の残り物という事もあるが、どうも味気ない。寂しいな・・・やっぱり。
その後、洗濯物をすませてから纏の様子を見に行く。
俺の気配に気がついたのか、こっちへ体を向け薄目をあけた。
『・・・アイス』
「は?」
『アイスが食べたい。持ってくるのじゃ』
「お、おう。ちょっと待ってろ」
冷凍庫からカップのアイスとスプーンを持って再びベットへ。
「起きられるか?」
『・・・』
無言で手を伸ばすので、その手を引いて体を起こす。その動作も酷くだるそうな感じで
明らかに具合が悪そう。
「ほれ、口開けろ」
『一人で・・・食べられる。余計な事をするでない』
「いいから。早くしないと溶けるぞ」
『・・・』
渋々という表情で口を小さく開いた。そこにスプーンで一口分を掬い取り、食べさせてやる。
「どうだ?」
『冷たくて・・・美味い』
「そうか」
『お主に食べさせられている、というのが気に食わんがの』
ちょっぴりだけ笑って見せてくれた。

アイスを食べ終わると、纏はまた横になった。さっきに比べれた、少しはマシになったように見える。
寝る邪魔になるといけないので、部屋を出ようと立ち上がった瞬間呼び止められた。
『タカシ』
「うん?」
俺のほうに手を伸ばす。
「何?」
『仕事せんとな・・・』
「こんなときに何言ってるんだよ?」
『体が全体が熱い。じゃが、手は冷たいはずじゃから・・・握っておれ』
「いや、良いって」
『儂の言う事が聞けんというのか?』
これ以上断っても埒が明かなそうなので手を取る。先ほどと変わらず、熱いままだ。
『分かればいいのじゃ・・・分かれば』
安心した表情でそう言うと再び眠りについた。
考えてみれば、不安なのは纏自身だ。知らない土地、しかも真夏にいるのだから
体調も悪くなるのは当然なのかもしれない。
本来なら医者に連れて行くのが正しいのだが、雪女の体調が分かる人間の医者なんているはずもない。
目を覚ますまで、何ができるか考える事にした。

『ん・・・タカシ?』
時計が12時を指す頃、声が聞こえた。どうやら、考えながら少し寝ていたらしい。
『お主・・・あれからずっと手を・・・?』
「ん?あぁ・・・暑かったからな」
『ふん・・・すけべぇな奴め』
と言いつつも、何だかんだ嬉しそうな顔をしてる。
「なぁ、ちょっと買物に行きたいんだけど・・・一人で平気か?」
言った途端、凄く不安な表情に変わった。
「いや、ほんの15分・・・いや10分で帰るから」
『平気に決まっておる。むしろ、お主が居ない方がゆっくり寝れるわ』
「分かった、なるべく早く帰るから」
『ふん、好きにせい』
寝ている纏の前髪を少し掻き上げて、おでこにキスをしてやる。
「行ってくるね」
『さ、さっさと行かんか、莫迦者が』
ちょっと拗ねたような顔に見送られて、家を後にした。

家のドアを閉めると、一番近いコンビニまで走り出す。
昨日の無茶な走りが祟って足は筋肉痛。痛いのを堪えながら、涙目でコンビニに駆け込む。
まっすぐ冷凍コーナーへ行って、ありったけの氷をカゴへ入れる。ついでに、普段高くて手の出ない
高いのと安物のアイスを数点。高い方は、纏に食べさせる用だ。
レジに持っていくと、店員に苦笑いされながらのお会計。そりゃ、カゴ一杯の氷を買う奴なんて
滅多にいないだろうな。
店を出ると再び猛ダッシュして家へ戻る。

家に帰り着くと、買って来た氷にタオルを巻いて纏に手渡した。
『何じゃコレは?』
「これでさ、体冷やせるかと思って。いっぱい買って来たから、好きなだけ使って良いよ」
『ふん、気がつくのが遅いのじゃ。もっと早くにやれば、もう少しは楽じゃったのに』
「ゴメン・・・」
『あともう3つくらい用意せい』
持ってきたのをそれぞれ、首の左右に1つずつ、わきの下に1つずつ挟み込んだ。
『ふぅ・・・快適じゃ』
「そうか、良かった」
『儂はまた寝るぞ』
「手、握ってあげようか?」
『ふん、仕事は果たした。じゃから、お主に握らせてやる理由はないのじゃ』
いつも通りの口調だが、やはり勢いというか元気を感じられない。
となれば、やっぱり・・・。
「なぁ、お姉さんに連絡してどうすればいいのか聞いてみようと思うんだけど」
閉じていた目をぱっと見開く。
『な、ならぬぞ!姉さまに連絡してはいかん』
「どうしてだよ?もしかしたら、この辺にお前を診れる医者がいるのを知っているかもしれんし」
『莫迦な事を申すな!連絡したが最後、里に連れ戻されるのがオチじゃ!』
「いや・・・このまま体調悪いよりは・・・一旦戻っても」
『戻ったら・・・もう逢えぬかも知れぬ』
「どういう意味だよ?」
『じゃから、外に出してもらえぬかもしれんのじゃ』
「そ、それは・・・困る。纏に逢えなくなるなんて考えられない」
『儂はお主なぞどうでもいいがの。じゃが、外にでれなくなるのは嫌じゃな』
「ひでえな、俺は彼氏だろ?」
『ふん、お情けで付き合ってやってるだけじゃ。とにかく、絶対に連絡してはならぬからな?』
そう言うと再び目を閉じ、眠りについた。

部屋を出た俺は安物のアイスにかぶりつく。ガリ○リ君のコストパフォーマンスは凄いと改めて関心した。


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