・ツンデレのせいで事故死したら

「タカシ……帰ってきてよ」
 自分の部屋で、私は呟いた。
 その言葉は、空中にあっという間に消えていってしまう。
 何をしたって、帰ってくるはずのない、あいつ。
「どうして……」
 どうして、死んでしまったの?
 どうして、私はアイツに酷い言葉しかかけられなかったの?
 どうして、居なくなってしまったの?
 どうして、無くしてしまわないと解らないの?
「……どうして」
 たくさんの疑問は、絶対に晴れない。
 きっと、私が生きている間、ずっと心の奥にこびりついたままなんだろう――
 私をかばって、ダンプの前に飛び出したタカシ。
 何回、後悔しただろう。何回、謝り続けただろう。
 みんな、タカシが大好きだった。
 普段感情を表に出さないちなみも、いつも元気な梓も、日頃落ち着いている尊船お会いも、勝美も、泉も、みんなお
通夜では、声を上げて泣いていた。
 ねぇ、タカシ? お願いだから……戻ってきてよ。私達には、アンタが必要なのよ?
 こんな、素直になれない、馬鹿な女なんか、助けて死んでんじゃないわよ。


「ん? ここはドコ。私はハンサム?」
[ここはサンズ・リヴァー。そして、後半の疑問はNOだな!]
 目を覚ました俺の目の前にいるのは――
「……ビリー? ビリーじゃないか!」
 たくましい身体に、輝くスマイル。てかてかのスキンヘッドに、人当たりのよい、優しい瞳。ただ、顔色があんまり
よろしくないって言うか、真っ赤だ。ペンキで塗ったみたいな。
[サーコォ!]
 赤いビリーはそう言うなり、俺の胸倉を突かんだ。そのまま乱暴に振り回され、美しい半円を描いて地面へ激突する。
[どうして最近の死人は、俺をそう呼ぶんだよおぉぉぉ!!]
と思ったら、また浮いた。また叩きつけられる。不思議と痛くないが、大の男をズダ袋みたいにぶん回す腕力ってどう
いうもんだろう。
 六回目の激突と同時に、どこからともなく現れた、不健康そうな青い人が声をかける。
[その辺にしておけ、赤よ。時間が勿体無い]
[ワンモアセッ! ワンモアセッ!!(意訳:もう一回! もう一回だけやらせてくれ!!)]
 そこでようやく気付いたんだけど、ビリーの額には角が生えていた。
 同じく角を生やした青い人が、手にした一枚の紙を俺の前に突き出す。
[別府タカシさんですね。えぇっと……あなたには一切の人権がありません。自分が不利になるようないかなる証言も、
別にこちらは強制いたしませんが、弁護人をつける権利はありませんので、そのつもりで]
「ロリコンに人権はないのかー!」
「あります。生きてれば。ですが、あなたは死んでますから。ここは死後の世界です」
 サラッと爆弾発言。
 連載開始で死ぬ主人公はそれほど珍しくないけど、冗談きっついぜ、ハハハ――
 ――
 ―――――
 ヤベェ……
 思い出した。
 俺、ボクっ娘かばって、車に轢かれたんだっけ……
 いや、飛び出したときは何とかなるとか思ってたんだけどさ。
[どう見ても致命傷です。本当にありがとうございました]
 青い人が、淡々と告げた。
「ヤダ! 俺、死にたくない〜!!」
[死にたくないも何も、既に死んでいますので、それは無意味です]
「現世では、きっと俺の妹が12人くらいで悲しんでるんです!」
[あなたに妹さんはおりません。ただの一人も]
「マジでぇっ!!?」
 衝撃的な事実に、俺はがっくりと膝を着いた。
[……死んだのより、妹居ない方がショックなのか?]
 ビリー似の赤い人が、不審人物を見る目で俺を見てた。
[死の恐怖と苦痛によるストレスがもたらす一時的な記憶の混濁だ、赤よ。珍しいことじゃない]
[いや、こいつは常日頃からこんな感じだと思う]
 赤いの失礼だな。
「やだやだやだ〜!! 死んでたまるかぁ! 童貞のままで死ねるかぁ!!」
[だから、あなたは既に死んでおります。もちろん、童貞のままで]
 そして青いのは容赦がない。
「やだよぉ! 俺はハーレム作るんだぁっ! 色んなおっぱい揉んだりさすったりするんだぁ!!」
 可哀想なものを見る目で俺を見下ろしていた二人の鬼は、そこで一瞬目配せをした。
[ふむ……それが、あなたの望みですか?]
 青い人が、アゴに手を当てて尋ねた。俺は立ち上がり、胸を張って答える。
「当たり前だ! 男たるもの、このくらいの野望がなくてどうする!!」
 ふんぞり帰る俺を見ると、青い人はどこからか携帯を取り出してかけた。
「つか『どこからか』って言うか、いまパンツから出したよね、携帯。ねぇ?」
[はい……だそうで……えぇ、解りました。手続きはこちらの方で……]
 ガン無視。
 とか思ってたら、俺の足がいきなり透けだした。
「あれ? なにこれ?」
[お、始まったか。いいかい、ブラザー。手短に話すぜ?]
 青い人をおいて、赤い人が話し出した。
[今の閻魔ってのが8737代目なんだがな、お前が当代になってから、ちょうど一億人目の死者なんだ]
「あ、解った! 記念に生き返らせてくれるんだ!」
[あぁ、ただし、只じゃないけどな。お前さんは、未練を果たさなきゃならない]
「はぇ?」
[死んでから思う未練ってのはな、そりゃ願望として途轍もなく大きいもんだ。それを、短期間で果たせる魂の持
ち主のみが、現世で生き返る権利を与えられる。欲望を叶える力ってのは、生命力に直結してるからな]
「えっと……俺の未練ってのは……?」
[たった今、設定されました。『ハーレムを作成すること』です]
 いやいやいや、それは言葉のアヤというか、ちょっとした冗談じゃないか!
 といって、変更のきくような空気じゃない。
 すでに下半身は完全に見えなくなっていた。ヤバい!
「はいはいはーーい! 質問です!」
[手短にどうぞ]
「期間は?」
[一週間]
「ハーレムって……何人以上なわけ?」
[あなたを想っている娘を全員探し出して下さい。それ以上のヒントは与えられません]
「のぅあ! もう胸までが! えっと、も、もし達成できなかったら、どうなんの!?]
[もちろん、死にます。またその上で、閻魔様の期待を裏切った罪で、特Sクラスの地獄行きとなります]
「特Sクラスって……」
[ご安心を。これも何かの縁。私たちが責任を持って、全身を極彩色の苦痛で染めて差し上げます」
 青いのが先端の尖った耳掻きみたいな器具と、ペンチの化物みたいな道具を取り出した。赤いのは、有刺鉄線を
巻きつけたバットと電球を持っている。
「嫌だああぁぁぁ!! 死んでまでそんな生々しい苦痛は嫌だああぁぁぁ!!」」
 絶叫と共に、俺の意識はズルリと真っ黒に塗りつぶされた。
 


 タカシ…………ごめんね。
 頭の中が、ひどくぼんやりした。
 抱えられる程度の大きさの箱に、骨だけになったタカシが入っている。
 そばには、馬鹿みたいな明るい笑顔の写真が、黒い額縁に収まっていた。
 でも、もうタカシの笑い声は聞けないんだ。そう思うと、涙が溢れてきた。
 俯くと、膝に貼られたガーゼが目に入る。タカシに突き飛ばされたときに、擦り剥いたものだ。それを思うと、
私はもうたまらなくなる。頭の中で熱が爆発して、反対に胸の中が凍りついたように寒くなった。
 取り返しのつかないことをしてしまったんだ……。
 私のせいで、タカシが……違う、私が、タカシを――
 それ以上は考えたらいけない、と誰かが言った。そんなことを考えても、あいつは帰ってこない。
 でも、止められない。だって、それは本当のこと。
 私がもっと注意してれば。
 別れ際に後ろを向いて、『バカタカシ!』なんて捨て台詞……なんて、詰まらない台詞なんだろう。タカシが
この世で聞いた、最後の言葉が、こんなのなんて……。
 もう一度顔を上げて、写真を見る。
 その笑顔に、私は謝り続ける。これまでも、これからも、ずっと。
 でも……何かが変だ。
 お骨は骨壷に入っている。それは木で出来た箱に入っていて、その上から金糸で刺繍されたカバーがすっぽり
と被さっていた。
 そのカバーが、内側から僅かに膨らんでいる。
 お骨が入っているだけのはずなのに、中身からかちゃかちゃ、と音がした。まるで、沸騰しているヤカンのフ
タみたいな……。
「……え?」
 思わず腰を浮かしかける。一瞬、地震かとも思った。
 だが、今度はいきなり、バリン!! と派手な音が響く。
「きゃあぁっ!?」
 びっくりして、尻餅をつくと、私はそれを見るしかできなくなっていた。
 箱の壁面が大きく外側に向けてたわんでいる。ぴりぴり……とカバーの縫い目が破れはじめた。木で出来てい
るはずの箱が、風船みたいに膨れているのだ。
 見る見るうちに、その容積はカバーの耐久力を超えた。
 めりめりと木で出来た箱が破れると、真っ白な陶器の破片が落ちる。骨壷の破片だ。
 さっきとは全然意味の違う涙が溢れてくる。
 怖い……怖いよ!!
 壊れた箱の隙間から、信じられないものが見えた。赤と白の、スーパーで売ってるみたいな肉の色だ。
 そして、その中に、突然、ぎょろり、と目玉が現れた。
「ひっ!」
 思わず出てしまった声。慌てて口を塞いだけど、もう相手は私に気付いてしまっていた。
 隙間に真っ赤な指が現れた、と思った次の瞬間には、そこからまるでヘビみたいにずぼっ! と腕がこっちに
向かって飛び出す。
「や……やだ……」
 腰が抜けたまま後ずさりすると、箱全体が突き出た腕のせいで重心を崩して、ぼとりと仏壇から畳に落ちた。
 なに、これ?
 やだ……やだよ……助けて、助けてよ!
 無意識に、私はその名前を呼んだ。
「タカ……シ……」
 とうぜん、その名前に意味なんかもうない。
 私を助けて、タカシは死んだのに。
 ……それに、もう私なんか助けてくれるはずがない。
「ぐじ……あ……がにぁ……」
 耳を引っかくような声が、箱からした。
「か……がば……かなみぃ……」
 それに名前を呼ばれる同時に、私は意識を失ってしまった。



 ふぅ……狭かった。
 つーか、修復ってまさかお骨からとは思わなかったZE!
 お陰で自分の体が解剖学的な意味で一皮向けた姿を見るハメになっちまった。
 しかし、参ったなぁ……。
 俺が頭を掻いたのは、当然背後に散らばる骨壷やそれを収める箱の破片の始末ではなく、目の前で倒れてい
るかなみの処置に困ったからだ。
 喪服代わりの制服に包まれた細い足には、膝にガーゼが貼られていた。後先考えずに突き飛ばしちまったか
らなぁ。ひどい怪我じゃなければいいだけど。
 しかし、あれだ。倒れた拍子に、太股まで露になっているのはちょっと眼のやり場に困るね。
 とりあえず、顔をはたいてみる。
「おーい、かなみー?」
「ん……」
 ぺちぺちとした程度ではどうにも起きないっぽい。
「かなみー! 朝だぞー!!」
「んにあぁぁぁぁ!!」
 思い切りほっぺを抓ると、奇声と共にまぶたが見開かれる。
「ひ、ひだい! ひひゃいひひゃいいひゃあぁぁ!!」
「おぉ、相変わらず色気がないな」
「へ……ひゃ、ひゃかし?」
 驚きに満ちた視線が、こちらに注がれる。
「おう、ご主人様の顔を忘れたか? かなみ」
「だ、誰がご主人様よっ!!」
 思い切り蹴られた。
 縞パンを網膜に焼き付けつつ、俺は仰向けに吹き飛んだ。
 かなみは頬っぺたを擦りながら、涙目でこちらを睨みつける。と思ったら、すぐに顔を真っ赤にして後ろを
向いた。
「な、なんで裸なのよ! 変態!!」
「お前らが俺を火葬にするからだ」
「い、意味わかんないわよ……」
 かなみは背中を向けたままで、呟いた。
 その肩が小刻みに震え始める。
「かなみ?」
「意味……わかんない……ぐすっ……なんで? なんで、生きてんのよぉ……」
「はぁ、説明しますとね」
 俺はビリーと青いののやり取りを、かいつまんで説明した。全裸で。
 全て話が終わると、かなみは
「そんなバカなことあるわけないでしょ」
とばっさり切り捨てた。俺だって、それならどんなにいいことか。
「でも嘘じゃないんだな、これが」
「で、でも、よりによって、は、ハーレムって……やっぱり死んでも治らないんだ」
「そうだよ。バカは不治の病だ。で、かなみ。そこで相談なんだが」
「……何よ?」
 俺はその背中に、単刀直入に切り出した。
「俺のことを好きなヤツって、誰だ? つか、そんなの本当に居るのか?」
 かなみも女。その辺りの井戸端ネットワークはあるだろう。取りあえずは、どうにか情報を引き出さないと。
 かなみは黙り込んでいる。
 まぁ、いきなりこんな話をされても困るだろう。だが、俺は拝み倒すことにした。何しろ、俺の二個目の命
がかかっている。
「頼むよ、かなみ。なんでもいい、噂程度でいいんだ」
 言いつつも、俺は目を走らせた。
 何か、着るもの。せめて、体を隠す程度のものはないだろうか。顔を見て話せないと言うのは、勝手が悪い。
仏壇の前の台には白いクロスがかかっているが、上に果物やら花が置かれていて、引っ張り出すのは苦労しそ
うだ。かといって、他にはカーテンくらいしか見当たらない。
 部屋を一周見てから視線をかなみに戻すと、いつの間にか、ヤツは俺を見ていた。
「ぅお、ま、待て。俺はまだ何も着てn」
「……いいよ、別に」
「え?」
 言いながら、かなみは俺の上に飛び乗ってきた。その重みに驚く暇もなく、彼女は口を開く。
「……あのね、心当たり……あるよ? 何人か……」
「お、おう……教えてくれ」
 何人かあるのか。もしかして、生前の俺って結構モテてたのか?
「一番、確実な人が……いいよね?」
 遠慮がちに、かなみは言う。
 俺は黙って頷いた。
 裸の胸に手が置かれている。こいつの手って、こんなに小さかったっけか? それに、柔らかい。
 素肌に伝わる温もりに、鼓動が大きくなった。
 かなみは、顔を真っ赤にしていた。唇をかみ締めて、思いつめた表情をしている。
 しかし、言葉が出てこない。
 それきり黙りこむかなみに、俺は焦れた。
「なぁ……教えてくれよ。俺は――」
「黙ってて」
 言葉を途中遮りつつ、かなみは泣きそうな顔で俺を睨んだ。
 ゆるゆると手が上がる。
 その指は、自分を指差した。
「……え?」
 思わず、間の抜けた声が出た。
 かなみの掠れた言葉が、酷く遠くから聞こえる。
「…………私」
「……え」
「ねぇ、タカシ……ハーレムってことは、他の人も……」
 答えられないうちに、かなみは次の話題に移った。
「いや……あぁ……そう、なるな」
 一瞬否定しかけたが、嘘をついても仕方がない。勿論、他に誰も居ない可能性だってあるわけだけど。
 胸に熱い雫が落ちる。
「ごめ……んね?」
「……」
「痛かったよね……? 苦しかった……よね?」
「気にすんな。俺は男の子だ」
「私……私、変なのかな? 頭が、おかしくなって、幻覚とか見てるのかな? タカシは死んだのに、な
んでこんな……」
「俺は幽霊でも、幻覚でもないぞ?」
「うん……」
 かなみは頷いた。
「そうだよね、こんな馬鹿な話するの、他に居ないもんね」
「ひでぇな、おい」
「ねぇ? タカシが、これから何人の女の子と一緒になるか解ないけど……」
 かなみはそこで言葉を切った。
 小さな喉が上下する。俺の目を真っ直ぐに見つめて、かなみは言った。

「最初は……私から、初めて欲しい」 

「……いいのか?」
「な、何回も言わせないでよ、バカ」
「いや、そういうつもりはないんだが……もし、罪悪感とかなら……」
 言った瞬間、神速のビンタが飛んできた。
「バカッ! そんな詰まんない理由じゃないわよ!! だ、大体、私があんたのこと好きって言ってやってんのよ!
一発で信じなさいよ!!」
「わ、わかった! 悪かったよ!」
 振り上げられた二発目に怯えながら宥めると、幸いそれは緩やかに俺の胸の上に軟着陸した。
「……そりゃ、そういう気持ちも、ないわけじゃ……ないわよ? でも……せっかく、チャンスなんだもん」
「チャンス?」
「タカシが死んで、もう駄目だって思ったの。私は、もうタカシに告白も出来ないんだって。素直になって、色ん
なことしてあげることもできないんだって……」
「……」
「でも、タカシは帰ってきてくれた……だから、もう、いいの」
「かなみ」
「……好き。本当に、好きなんだから……絶対、二度と、死なせてあげない。何でもする。友達売るようなことだ
って、今ならできちゃう。ちなみも、梓も、尊先輩も、勝美も泉も、みんなあんたのことが好きなのよ?」
「……マジ?」
「マジ。でも、どうでもいいの。最初が、私なら……私を、抱いてくれるなら、後はなんでも協力する。どんな卑
怯なことだってするから……」
 そこでかなみは声を詰まらせた。
 俺に選択の余地はない。
「かなみ……俺、頑張るから」
「え?」
「この先、何人とその……一緒になっても、できるだけ全員平等に責任とれるように、頑張るから……」
「あんたね、そこは嘘でも、『お前をひいきする』くらい言いなさいよ」
 苦笑交じりに、かなみは言うと、ぐぅ、とまだ涙が浮かぶ瞳を近づけてきた。
「……せいぜい、悪足掻きすればいいわ。三途の川に行ってまで、変なこと考えてた罰よ」
「まったくだな。『彼女欲しい』くらいにしとけば良かった。そしたらすぐだったのに」
「……知らない」
 言葉は、それっきりだった。
 キスしながら、俺は間違いなく一生の内で最も長い一週間を予想して、少しだけ、体を震わせた。



 ――一ヵ月後。
 俺は取りあえず、この世に居る。
 地獄で先の尖った耳掻きで鼓膜をほじられることも、ペンチの化物でどこそこむしられることも、電球をアッー
されて腹をバットで殴打されることもない。俺が死んでいたという記憶や記録は、目標を達成した時点でごく一部
を除いて消滅していた。
 命あっての物種。死んで花見が咲くものか。
 とは言うものの。
 昼休みの屋上で、
「ほら、タカシ。あーん、しろ」
と後ろから勝美に抱きつかれて、弁当を食べさせられてると、未だに多少の戸惑いがあるもので。
「あーん……」
 言われるままにすると、俺好みのダシのきいた玉子焼きが、口の中で解けた。
「ふふ、美味いか?」
「あぁ、美味いけどさ……」
 『くっ付きすぎじゃね?』という質問は、ちなみの不服そうな声に掻き消された。
「それ……私が作ったお弁当……そもそも、今日は……私がお弁当当番…………」
「固いこと言うなって!」
 勝美はちなみの視線をものともせず、ニヤニヤしっぱなしで俺にほお擦りをしてくる。
「な、なぁ、勝美……」
「んだよ? タカシまで、オレが邪魔とか言うのか?」
 いや、そんな物凄く悲しそうな顔されても困るんですけど。
「あのな? ちょっとくっ付きすぎというか……当たってるというか」
「当ててんだよ。言わせんじゃねぇよ、バーカ」
 そう言うと、より一層体を密着させてくる。
「むぅ……」
 あぁ、ちなみが加速度的に不機嫌に。視線は、自分の胸元に落ちている。そりゃ、勝美と比べるのは間違いだと
思うが。
 と、階段室のドアが開いて、そこから人影が現れた。
「む……ここにいたか」
「あ、尊先輩」
「ふん」
 鼻を鳴らすと、先輩は俺の横に腰を下ろした。手には、購買のパンが入った袋をぶら下げている。
「……一緒に食べても良いか、ちなみ?」
「えぇ、いいですよ」
「お前には聞いてない」
 ぎろ、と睨まれた。ちなみは、尊先輩の問いに対して、小さく頷いて返す。もう半分以上諦めているようだった。
「まったく、死んでせいせいしたかと思えば、阿呆面下げて生き返りおって……」
「もう一ヶ月なんですから、勘弁してくださいよ……」
 毎度毎度、顔をあわせるたびにこの説教から始める。
 彼女に言わせると、『二度も死ぬのは忍びないから、仕方なく』という理由で付き合ってくれたそうだ。でも、
彼女も当番を無視している。
「大体だな、死んだなら死んだで、もう少しマシになって帰ってくればいいだろう。まるで変化無しでは、死ん
だ甲斐がないだろうに……」
 メロンパンを食べつつ、ブツブツと呟く。と、そこで勝美が抗議した。
「そんなこと言ったって、丸っきり変わってたら、先輩だってタカシとどう付き合っていいか、解んないだろ?」
「そ、そんなことは……」
「先輩……泣いてたし……」
 ちなみの台詞に、今度こそ尊先輩は黙り込んだ。
「うっ……」
「そうそう、『お前が死んだら、私はどうすればいいんだ〜』とか言ってさ」
「……もう、素直になりましょう……先輩」
「う、うるさい! 私はいつだって素直だ!!」
 言い争いを始める三人を置いて、俺はちなみお手製の弁当を食べる。
 正直、この手の諍いはもう慣れてしまった。口げんかしつつも、いつの間にか、勝美が後ろから俺の頭を抱きか
かえている。胸に挟まれて、後頭部がかなり素敵な感触。
 そんなのん気なことを考えていると、再び誰かが屋上に姿を見せた。
「あ、ちょっと! なにしてんねん!」
「うわぁ……みんな揃って、修羅場なのかな?」
「知らないわよ……」
 泉と梓とかなみが、三人連れ立って現れる。
 これで、ひとまずは全員揃ったことになるが、昼休みが当番製である以上、全員揃ったらまずい。
「勝美! なに羨ましいことしとんねん!」
 いきなり泉が駆けてきて、俺の頭を正面から抱えた。前後から挟まれて、弁当が食べられない。
「うっせーな。いいじゃねーかよ。オレはもう我慢しないって決めたんだ!」
「うちかてそうや! もう素直になりまくるんやもん!」
「いや、我慢しなさいよ、あんたたち……学校なんだから」
 かなみが呆れ声をあげた。
 どうも、俺が死んでブレーキ壊れた組は暴走傾向にある。いつも、当番制はこうしてラピュタ顔負けの空中分解
を見せる。
 結局、勝美と泉をどうにか引き剥がして、俺たちは車座になって昼食を取った。
 なんかね、アレだよ。生き返りはしたけど、長生きは出来ないかもしれん……。
 そんなことを考えていると、ふいに梓が口を開いた。
「そう言えば知ってる? D組に、転校生が着たんだってさ」
「あぁ、聞いたぜ? 偉く美人のお嬢様なんだろ?」
「そうそう。なんか、変な名前だったなぁ……えっと……」
「なんでもいいだろう。このバカが浮気さえしなければ」
 先輩はかなり酷い。というか、いまの状況で浮気も何もあるのだろうか。
「ん〜、ボクも遠目に見ただけだったけど、結構独特な雰囲気だったよ? ボディガードが二人ついてた」
「校内で?」
「あぁ、それやったらうちも見たわ。なんや、エラいものものしいと思っとったんや。そういうわけかい」
「…………タカシ?」
「ん?」
 隣にいたちなみが、ふいに俺の袖を引っ張った。
「どうする? …………手篭めっちゃう?」
「お前はときどき、本当に怖いな」
「……」
 あ、拗ねた。
 っていうか、手篭めるってなんだよ、人聞きの悪い。俺は一応、愛情重視で生きてるんですよ? ただ、男の人は
一杯愛を持ってるだけなの。
 でも、拗ねられたら後が怖いので、そっと頭を撫でてやる。
「んぁ……」
「弁当ありがとうな。今日も美味いぞ?」
「う、うるさい……」
 口では抵抗しつつもなすがままのちなみを見て、勝美と泉がさっそく羨ましげな視線を送る。
「あ、いいな〜、オレも!」
「うちも撫でてやぁ……タカシ、なんやったら、頭やなくても、どこでも撫でてええんy」
「はいはい、あんたたちは自重しなさい」
 と、そんな馬鹿なやり取りをしていると。
 三度、階段室のドアが開いた。
「……?」
 正直、俺たちの関係というのは学校中に知れ渡っている。当初は男子に殺されると思ったが、尊先輩が『自称』木刀
を振りかざすとおとなしくなった。結果、この時間に屋上に踏み込む人間はもう居ない。申し訳ないような、ありがた
いような気分だ。
 しかし、それだけに、俺たちは一斉にドアを見た。
 そこから現れた顔を、俺は覚えていた。
 色こそ普通の人間だが、肌を真っ赤に塗って角をつければそれは……
「わ、ビリーだ!」
 梓が言う。
 そう、彼こそはフィットネス界の寵児、ビリー・ブロン●ス……ではない。
「あ、居た居た。おい、青、こんなところに居やがったぞ」
「む……そうか。お嬢様……こちらに」
 黒いスーツに身を包んだビリーは、同じく現れた神経質そうな顔と会話を交わす。
 そして、青はうやうやしくドアを手で押さえて、その人物を通した。
 そこから現れたのは、まさに噂の転校生。
 全員が、言葉を失ってしまう。それは、噂に違わぬ美人だったというのもあるが、それ以上に、開口一番口にした内
容がぶっ飛んでいたのだ。

「儂の名は炎間纏(えんま まつり)じゃ。別府タカシ、おぬしを地獄に連れ帰りに来た」

 そして、その一言が引き金となり、俺の平穏な人生は終わりを告げた。

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☆以下時間の都合により年表 

2008年3月 閻魔一族と、かなみたちの戦いが始まる。
     4月 赤鬼、再起不能。青鬼、復讐に燃える。
     5月 青鬼、復讐に燃え尽きる。
           (中略)
2009年1月 国連の制止を振り切って、アメリカが冥界に宣戦布告。
     2月 タカシが冥界に拉致され、かなみたちがNASA開発の兵器で救出に向かう              
     3月 タカシ救出。しかし、それは偽者だった!
     4月 かなみの妊娠が発覚。『私は、この子のためにもタカシを取りもどす!!』。この際の演説は、後の
        世まで長く語り継がれ、美符出版から発売されたDVDは異例のオリコン1位を記録。
           (中略)
     7月 ある朝ビリー・ブロン●ス(本物)がなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹
        の巨大な虫に(以下略
           (中略)
     9月 結局、戦争の原因が、タカシに一目惚れした纏の嫉妬であることが解る。両軍勢、脱力のキワミ。
    10月 戦争やめる? やめたがよくね? やめよ? 怪我人多いし、金もねーし。よし、決まり。
    11月 冥界と人間界、停戦。および安全保障条約、国交正常化条約を締結。冥界との交易が結ばれる。
    12月 タカシ、閻魔一族に婿入り。同時に、第8738第閻魔大王を襲名。
           (中略) 
2010年1月 かなみ、予定日より早く出産。母子共に健康。
     4月 閻魔タカシが発起人となり、冥界において一夫多妻制が採用される。同時に、かなみたちが冥界に移住。


――――そして、現在。     
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「こら、タカシ! 起きなさいよ!」
「昨夜……激しかった……私と、尊先輩と、勝美を相手に……」
「よ、余計なことを言うな、ちなみ! とにかく、遅刻するぞ! 馬鹿亭主!!」
「早く起きろよ。起きねーと、添い寝しちまうぞ?」
「んふふ〜、ダーリンは朝からめっちゃ元気やもんな〜」
「下ネタ禁止だよ、泉ちゃん! も〜、バカシもボクのちゅーで早く起きてよぉ」
「だ、旦那様……朝餉が冷めてしまいます。今日は、儂特性のぬか漬けが……」
 朝の目覚めはいつも騒がしい。
 長生きできないかも、という心配はなくなった。地獄在住の俺に、死ぬとか生きるとか、もうそういうのは馬鹿馬鹿
しくって仕方ない。
 どこで、俺の人生間違えたんだろう。
 言うまでもなく、発端はあの日、かなみの代わりにダンプに突っ込んだことだ。
 みんな、命は大事にしような。でないと、地獄行きだ。
 第8738代目閻魔大王の俺が言うんだ、間違いない。
 とりあえず――

「お前ら全員、なんで裸エプロンなんだ!!」

 ――俺を仕事に行かせてくれ……。


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