・O J O U
9月の日曜日、のどかな昼下がり。
穏やかな日差しが射す中、対照的に俺の心は酷く焦っていた。
タ「ああああっ、やべぇっ! 時間がねぇ……っ!!!」
待ち合わせの場所まではどんなに急いでも10分。俺の時計が示す時間は約束の正午まであと1分。
瞬間移動も青狸のドアも時を止める背後霊も使えない俺では、どう考えても遅刻だ。

タ「あー、ちくしょう、遅れたらタダじゃ済まないだろうなぁ……」
なにしろ待ち合わせの相手は神野リナ。
俺ランキング、怒っている姿が似合う女の子部門ぶっちぎりの1位。
つーか、俺と話してるときっていっつも怒ってるような気がするし……。
今回のデート(と俺は思いたい)にしても、何故か半ギレで有無を言わさず約束を取りつけさせられたし。
まぁ、俺としてはそれでも嬉しかったんだけどな、なにしろ神野さんは俺の気になる女の子部門でも1位。
つーか校内女子人気ランキングでも開催したらやっぱりぶっちぎりの1位だろう。
とにかく高嶺の花という言葉がこれ以上ないくらい合う美人お嬢様で、
そんな圧倒的な魅力差を僅かばかりでも埋めるためには、別府家における資源を引っ掻き回さざるを得ず、
そのための10分ぐらいの遅刻はやむを得ないと許してくれないかなぁ……。
などと淡い希望を抱いたりするが、まぁ無理だろうな。

と、そんな設定説明的モノローグが終了したところでちょうど待ち合わせ場所に着いたわけだが……。
タ「い……いない」
待ち合わせ場所は彼女の希望で人の少ない静かな通り、案の定今日もとても静かだ。
だって、俺以外誰もいないんだもん……。
タ「マジかよ……遅刻したから帰っちゃったのかな……」
いや……そもそも最初っからからかわれてただけかも……
そうだよな……俺みたいな凡人をあの神野リナが本気で誘うわけないじゃないか……。
タ「はは……俺かっこ悪りぃなぁ……」
そっか、人ってマジで落ち込むと本当に orz←こうなるんだな……。
なんてできれば身をもって実感したくない事実を噛み締めている俺に、
リ「ちょっと、そんな道の真ん中で這い蹲らないでくださいません? 見苦しいですわよ」
突然、鈴のように綺麗な声がかけられた。

タ「あれ……? 神野さん……どうして?」
視線を上げた俺の目に映ったのは、見間違えようのない美人。神野リナその人だった。
リ「何を呆けているのです。元々締まりのない顔が更にたるんで見るに耐えませんわ」
う゛……今日はなんかいつにも増して機嫌が悪いように見えるのは気のせいでしょうか。
友「あ、それは緊張しているだけですから、気にしなくても大丈夫ですよ」
いつの間にか神野さんの隣にいた、メイドの友子さんが答える。つーか俺の心の声を読まないで下さい。
リ「な……っ! なななな何故この私がタカシごときを相手に緊張なんて……!」
友「タカシ様、聞いて下さいます? お嬢様ったら、折角のデートなのに一人だと緊張するとか言って私まで……」
リ「ちょ、ちょっと友子さん!? いい加減なことを言わないでください!」
友「本当に昨日の夜から大はしゃぎでもう大変……
リ「それ以上続けたらお給料カットですわよ(ぼそっ)」
友「……というような事実は一切確認されておりません」
何か二人の間で政治的なやりとりが行なわれたらしい。

リ「ところで、タカシ」
タ「な……何っ?」
急に話しかけられて自分でも緊張してるのが情けない。
リ「貴方、私とのデ……待ち合わせに遅刻しましたわね?」
やべぇっ、やっぱ追求されたか……! くそうここは平謝りするしか……って、あれ?
タ「なんで俺より後に着いたのに知ってるんだろう……」
友「ああ、それはですね」
リ「ど…どうでもいいでしょう!! 何ですの!? まさかタカシごときがこの私の遅刻を咎める気ですか!?」
なんか論点がズレてるような気がするんだが……とりあえず謝っておくか。
リ「ま、まあいいですわ。こんなところで時間を無駄にしていないで、さっさと行きますわよ」
そういって歩き出す神野さん、うーん、私服姿も絵になる人だなぁ……。
リ「……何をしているのです、私をエスコートさせて差し上げると言っているのですよ、感謝なさい」
うーん……エスコートって言っても、隣を歩く彼女はまず歩き方からして優雅すぎて尻込みしてしまう。
俺の側にある手が不自然にそわそわと浮いているような気がするのだが、これも何かの作法なんだろうか?
駄目だ、判らない事が多すぎる、これは下手を打たないようついて行くしかない気がする。
リ「………………この鈍感」

リ「ところでタカシ、貴方、お昼は済ませましたの?」
タ「あ、そう言えばまだだったな……」
どうも浮かれすぎていたらしい、自分の空腹具合なんかさっぱり忘れてた。
リ「そ…そうですか! よかった……」
タ「え? 良かったって、何が?」
リ「な……っ! 何を勝手に独り言を聞いているんですか! 私の声は私が許可するときだけお聞きなさい!!」
タ「は…はあ」
なんか凄い無茶なことをいわれているような気がするんだが。
リ「で…その……。も、もしよろしければ……」

タ「うわっ、めちゃくちゃ美味しそうだな」
リ「ふふ、感謝なさい。本来なら貴方ごときが口にできるものではないのですよ」
神野さんの提案は、彼女が持ってきたお弁当を一緒に食べないかというものだった。
その弁当も流石は神野財閥の令嬢、見たこともないほど豪華なもので、味も最高だ。

タ「あぁ……マジでうまいよ、これ」
リ「そ…そう……頑張ってよかっ……ではなくて! ト、トーゼンですわ!!」
……? 何故か彼女の顔が赤い気がするのは気のせいでしょうか。
タ「しかし神野さんはいつもこんな料理を食べられるなんて羨ましいなぁ、ホント毎日でも食べたいよ」
リ「え……っ! ま、毎日って……っ!?」
うーん、なんか余計に赤くなってしまったぞ、どうしたんだろう?
タ「この焼魚なんて最高だよ、俺和食派だからさぁ」
リ「へ…へぇ、そ、そうなのですか……タカシは和食派……」
友「ふふ、これからまた大変ですね、お嬢様」
タ「へ……? 何が?」
友「実はこのお弁当を作ったシェフは、洋食が得意分野なのですよ」
へ〜、で、それとどう関係あるんだろう。神野家なら和食専門の料理人も雇っていると思うんだけど。
って、別に俺の好みとか関係ないんじゃ……そもそももう一回食べられるって言う保障すらないし。

リ「(……帰ったら、日本料理の特訓ですわね)」

さて昼食が終わり次は買い物だ、どんな店に彼女が入るか判らず困っていると、友子さんから
友「そういえばお嬢様、今度のパーティ用のドレスが仕立て終わっているはずですよ」と助け舟。
そんな訳で神野さんのドレスの試着に俺も付き合うことになったのだが……
タ「うわ……綺麗だ……」
試着室から出てきた彼女を見た俺は、ただ呆然とそう言うしかなかった。
リ「と…当然でしょう……っ!! そんな台詞は言われ慣れていますっ! あ…貴方などに言われてもうれしく…なんか……(////)」
ま、そうだろうなぁ。彼女くらいの美人だと綺麗って評されるのにも飽きてるんだろう。
タ「ごめんごめん、本当に綺麗だったからつい」
リ「だだだだだから……っ! 何度も言わなくてもいいと言っているでしょうっ!」
って……その割にはやけに照れているような気がするんだが……気のせいだろうか。
友「(ふふ、好きな人に言ってもらうのは初めてですものね……)

そんなこんなで買い物が進んでいく。俺も彼女に何かプレゼントしてあげたいんだけど、
値札の0の数を見たら目の前が暗くなったのは言うまでもない。
タ「と…言うわけなんですけど、友子さん、なんかいい案ないでしょうか」
友「はぁ……お嬢様になら何をあげても喜んでいただけると思いますけど」
タ「いや、さすがにそれは……」
彼女が値段4桁のアクセサリとかを身につけてる姿はちょっと想像できない。
友「いえ、そういうのが逆に新鮮でいいかもしれませんよ、あそこの露店とかどうでしょう」
タ「はあ……友子さんがそう言うなら……」
リ「ちょっと、早く来なさい! 何を二人でこそこそと話していますの!?」
タ「ごめんごめん、今行くよ」

リ「…………友子さんは名前で呼びますのね」
タ「え、なに? よく聞こえなかったんだけど」
リ「何でもありません、さっさと荷物を運びなさい! 貴方など他に存在価値もないのですから」
ありゃ……また不機嫌になってしまったようだ、何がいけなかったんだろう。
とりあえず友子さんのアドバイスに従って、露店でプレゼントを買ってみるとしよう。
それで機嫌を直してくれるといいんだけど……。

リ「それは何のつもりですか、一体」
露店で買ったシルバー製のペンダント、それを見た彼女の表情で俺は自分の失敗を悟った。
リ「こんな安物をもらって相手が喜ぶとでも? 全く、甲斐性のかけらもありませんわね」
うう……全くもって仰るとおりです。目の前のお嬢様に見合う甲斐性など俺などにあるはずもなく……。
リ「こんな物、我が神野家のメイドには恥ずかしくて着けさせられませんわ」
ああ…余計怒らせてしまった。やっぱり俺なんかじゃ分不相応……ってあれ? メイド?

タ「あ……いやこれ、友子さんじゃなく……神野さんにあげるつもりで…………」
リ「…………え? わ…私に……?」
って、こんなこと言ったら余計呆れられるかもしれないな。
リ「……うそ……タカシが……私に…………」
メイドさんに着けるのも恥ずかしいものをよりによってお嬢様本人に渡すなんて、無謀だろ、俺。
タ「ご、ごめん。こんなのいらないよな、ハハハ……。俺が処分するから」
リ「ま…待ちなさい! …………そ…その……どうしてもと言うのならもらってあげても……」
タ「い、いや無理しなくても。どうせ安物だからさ」
リ「いいから寄越しなさい! この私が受け取って差し上げると言っているのです!」
……ってこれ、もしかして気に入ってくれてるのかな?
リ「そ、そんなわけないでしょう!! 仕方なくもらってあげると言っているのです……っ!」

とかなんとか言いながら嬉しそうにペンダントを身に着ける彼女の姿は、
いつもの大人びた仕草ではなく、歳相応以下のかわいい女の子といった感じに見えて何とも微笑ましい。
リ「ほ、ほんの少しだけ感謝して差し上げますわ……! 感激なさい!」
ありがとうが言えない人だなぁ、なんて、そんなところまで可愛く見えてくる。
リ「ど…どうです? 似合いますか?」
タ「ああ、うん。リナは何でも似合うよ………………って、あ」
そのせいか、つい俺は彼女の事を名前で呼び捨ててしまっていた。

リ「え……タカシ……貴方、今……?」
タ「あ、ああ、その……つい」
って俺、テンパってる場合じゃないだろ。せっかく機嫌を直してくれたのに、また失敗だ。
リ「やっと…タカシが……名前で呼んでくれました……」
って……え? な…なんか感激されてる? な、なんで……?
リ「その……もう一回呼んでいただけますか……?」
彼女は俺の服の裾をぎゅっと握りながら上目遣いに言う。
タ「え…えっと……」

ナニコレ、どういう展開ですか?
江戸時代の武士が刀の鞘を当てる行為は、決闘の合図という意味を持っていたと云う。
では現代のお嬢様が服の裾を掴む行為は、一体何を意味するんでしょうか……?
助けを求めて周囲を伺うが、友子さんの姿はどこにもない。全くもってメイドの鑑だよあの人……。
タ「えと……その、リナ……?」
リ「は…はい……っ(////)」
まぁ、いくら鈍感な俺でもここまでされれば気付くというもので……
どうやら俺は想像より遥かにこのお嬢様に気に入って頂いていたらしい。

タ「あのさ、リナ……」
リ「は、はい」
名前を呼ぶ度にリナの頬はどんどん緩んでいく。
なんだこの可愛過ぎる生き物は、キスしたくなっちゃうじゃないか。
リ「な……っ、キ…キキキキキキキスですかっ!!!?」
あら、つい思っていた事が口から出てしまっていたようだ、悪い癖だな。
タ「あ、う…うん。そんなに身構えなくても……」
いやまぁ俺も憧れの相手とこんなムードになっているわけで緊張はしてるんだけど、
なんかテンパりすぎなリナを見ていると逆に落ち着いてくるんだよな。
リ「み…みみみ身構えてなどいません、キ…キスくらいなんだと言うのです!? 慣れていますわ!」
タ「そうなのか……ちょっと残念だな。俺は初めてなんだけど」
リ「わ…私はさんびゃくにんくらいですわっ!?」
……お嬢様となると嘘も豪快なんだな。豪快すぎてバレバレだが。

リ「貴方など所詮300人の中の1人なのですからこの程度の事で調子に乗っ…………っ!! 〜〜〜〜〜〜っ!!」
再び勢いを取り戻しそうになったリナの唇を、俺は強引に塞いでしまう。
すると、すぐにリナの目はとろんと潤んで、俺に身を預けてくれた。リナの、いい香りがする。
……って、いくらなんでも体重預けすぎじゃないでしょうか、これじゃ完全に寄りかかって…ってあれ?
リ「ふああぁぁぁぁぁぁ…………(///▽//)」
俺が手を離すと倒れそうになるリナをとっさに抱き上げる……。
すげぇ……この人立ったまま気絶してるよ……。

その後リナは一向に目を覚ます気配を見せず、
仕方ないのでどこからともなく現れた友子さんに彼女を預け、今回のデートはお開きとなった訳だが……。

ピンポーン。
次の朝、俺が学校に行く支度をしているとき玄関から呼び鈴が鳴ったので出てみると
リ「あ……そ、その……一緒に登校したいと思いまして……その…迷惑でしたか?」
と、昨日の夢のような出来事を裏付けるお嬢様が待っていた。
無論、迷惑などと言うことがあろう筈がないので快諾すると、
リ「と、当然ですわね! 私と朝から登校できるのですから、感謝しなさい!」
さっきまで不安そうにしていたお嬢様の顔がぱっと明るくなる、ああもう可愛いなぁ。

リ「ほら、グズグズしていないで乗りなさい」
タ「え……って、ちょっと待って、車で行くの?」
俺の腕を引く彼女が促す先には黒塗りのリムジン……さすがにこれに乗るのは緊張しますよ。
リ「こ…このくらい慣れていただかないと、将来はこれが当然になるのですから……」
タ「え……将来って……」
つまり、リナは俺と……?
リ「わ、私は全く不満なのですが、神野家には初めて唇を許した相手と生涯を共にしなければならないという家訓があるのです!」
か…家訓って、つーかやっぱり昨日のがファーストキスだったのか。
リ「タ…タカシは私が相手では……その…不満ですか?」
タ「んな訳ないだろ、リナが相手なら大歓迎だよ、不満なんてあるわけがない」
リ「と…当然ですわね、まぁ私は不満ですけど……ふふ、仕方ないですね……」
そういって微笑む彼女の顔は、やっぱりとても幸せそうでしたとさ。


(は…恥ずかしいから省略しますわ! 続きは…その……家で……(////))


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