・ツンデレと新婚生活

 目が覚めると、タカシの顔が目の前にあった。
 結婚してから、毎朝のことだけど、やっぱり私は少し驚いてしまう。
 結婚して一番嬉しいのは、一日の最初に彼に『おはよう』と言えて、一日の最後に彼に『おやすみ』と言えること。
 けれど、それを素直に言える可愛げは、私にはない。
 私は朝食を作るために、そっとベッドを抜け出した。

「起きろ、バカ……」
 朝食を作り終えてもまだ寝ている彼の頬に、私は容赦のないビンタを当てた。
「おぅふっ!」
 変な声と共に飛び起きるタカシに、一瞥をくれて宣言する。
「私より……遅く起きてはいけない。私より……早く寝てはいけない」
「いや、休みの日くらい、カンベンして下さい。っていうか、ちなみはいつも俺より早いじゃん」
「当然」
 それだけ答えて、私は部屋を出る。
 今朝のメニューは、トーストにマーマレード。それに昨夜のオニオンスープの残りを付ける。
 ようやく着替えて出てきたタカシ。でも頭には寝癖がついたままだ。
「む、だらしない……そんな有様で、私の隣を歩こうとは……」
 背伸びをして、手櫛で髪の毛を梳いてやる。
「ん……」
 まだ寝惚けているのか、タカシは目を細めただけだった。私が同じことされたら、絶対照れちゃうのに。ちょっと
悔しい。
 恨めしいような、悔しいような気持ちでいると、突然額に暖かい物が触れた。
「っ……!」
 思わず飛びのくと、タカシが残念そうにこちらを見ている。
「ち、おでこまでだったか」
「……あ、朝からサカるな……変態」
 そういって何とか取り繕う。
「はぁ、顔洗ってこよう……」
 私の動揺には一切触れずに、タカシはそのまま洗面所へ向かう。
 その背中が視界から消えるのを待ってから、私はそっとおでこに手を当てた。
 タカシの唇が触れた場所は、ほんの少し湿っているようだった。
 ――ずるい。
 いっそのこと、多少無理矢理にでも口にしてくれたら、まだ言い訳できたのに。
 おでこで止めるなんて、半端すぎる。
 微かな湿気を指先に押し付けると、そのまま自分の唇に当てる。

「それって、間接キス……なのか?」

「うひゃぅっ!!」
 洗面所からタカシが顔を覗かせていた。顔の下半分をシェービング・クリームで真っ白にしている。
 飛び上がって驚いた私を、ニヤついた顔で観察しながら、能天気に言い放つ。
「まったく、ちなみってば。そんなことせずとも、いつでもオッケーなのに」
「……うるさいっ」
 少し、語気が荒くなってしまったのは、やっぱり恥ずかしかったから。よりによって、あんなところ見られちゃう
なんて……。
「いい加減、結婚したら素直になるかなぁ、って思ったんだけどな」
「……お生憎様」
「ふむ、よしよし。それじゃ、クリームついたままキスして、そのまま『朝から一緒にお風呂でイチャイチャ』作戦
になだれこむとしようそうしよう」
「……その作戦、極秘のつもりなのかもだけど……セキュリティに問題あり。脳内ダダ漏れの変態と、結婚してしま
うとは……」
 己が身の上を嘆いていると、タカシは苦笑いして
「ごめんなぁ、でも、運のつきだと思って諦めて? 幸せにするからさ」
と惚けてみせる。
 私は、口をつくいつもの悪口を思いとどまる。
 休日の朝くらい、はね。アメとムチって言うし。さっき、おでこで止められた仕返しもしなくちゃ。
 口を開くと、今、真顔で言える最大限の台詞を秤にかける。
 うん、よし。
 以下、私の結論。

「まったく、タカシで幸せになれるのは……私くらいだ……困った、困った」
 
 タカシが満面の笑顔でこちらに寄ってくる。
 きっと、ぎゅってして、ちゅぅってしてくれる。
 ――あ、でも待って。クリームついたままだから。それでちゅぅはちょっと困るっていうか、さっきの作戦、まだ有
効なの? 今日はお出かけでしょ? 夏物の買い物の荷物もちなんて言ったの強がりって知ってるでしょ? ごめんな
さい謝るからデートしたいから、せめて顔を拭いてから――――!!

 ――でも、毎日、多分、きっと、幸せです。
「うはっ、白いので顔がベタベタのちなみん萌え〜〜!!」
 変態と一緒だけど。取りあえず殴っといた。


   おしまい


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