・ツンデレ視点

 えっと。
 ま、まあ、その。うん。
 私こと椎水かなみは、クラスメイトの別府タカシと、…その……い、いわゆる、恋仲……そ、そんなことくらい
で赤面してどうするよ私っ!
 と、とにかく! この春ようやく、幼馴染みから一歩踏み出したばかりの、こ…恋人どうし、だったり、する。
 ちなみに告白は私からだ。数々の、かつ精一杯のアプローチに気付きもしない朴念仁に、痺れを切らして勢い任
せに切り出したんだった。
 今でも一言一句思い出せるけど…随分、大胆な発言だったと思う。素面になった今もう一回って言われても絶対
ムリ。恥ずかし過ぎて物理的に心臓が飛び出るから。
 …ま、まあ、そんな感じで十年越しの恋を成就できて、たまに抱きしめてもらったり、ごく稀にキスしてもらえたりとか
幸せ一杯の毎日を過ごしていたわけだったりするのだけれどもっ!
 そう。あれだ。
 今まで一人しか眼中になかった経歴は伊達じゃなく、椎水かなみは確実に恋愛初心者だったりするわけで。
『あ、タ、タカシ』
「ん? ああ、かなみか。どうした?」
『え、えと…あ、アンタ今から帰りでしょ? だからその…お、奢らせてやるから、…いっ、一緒に、帰りなさ…』
「悪い、今日は用事あってさ…必ず、埋め合わせはするから」
『え? あ、そ、そう…べ、別にいいけどさ。アンタなんかと帰らなくったって…別に…さびしくなんか…』
「そか。じゃな、また明日」
『あ、ちょっと、待っ………バカ…』
 …こんな風に最近釣った魚に餌をくれない別府タカシに、手をこまねいているのが悩みだったりするのだ。

 今日こそは、と切り出した放課後デートのお誘いも空振りに終わった。これで丸々十日間『おあずけ』が続いてる
ことになる。
 学校ではバレないように、べたべたするのはなるだけ控える―そう提案したのは私だけど、それにしてもそっけない
んじゃないかと思う。
 …手だって、繋いでくれないし。
 大好きな『頭なでなで』もご無沙汰だし…き、キスだって、そろそろ来るかなと思ってるんだけど気配も無いしっ。
 キスにしても個人的には、ただでさえ週一から毎日にして欲し…じゃなくて! こ、これは、タカシが性犯罪者にな
ったらいけないから仕方なくさせてあげるだけで、別に私がどうこうとかじゃないんだってば!
 こほん…そう言う訳で、会話すらないっていうんじゃないけどその、一週間のおさわり禁止は結構な拷問で、今の私
は深刻なタカシ分不足だったりするのだ。
 そして今日はついに尾行なるものを行うことに決定。文句は言わせない。かまってくれないタカシが悪いんだ。
 教室から出る間際に躍り出てきた友子の誘いを断り、靴を履き替え玄関を出るターゲットを一人追う。感付かれたら
タイヘンなので、太い梁とか柱とか壁とか下駄箱の裏に隠れながらだ。なんだか漫画みたいだが気にしてはいけない。
吉田さん? そ、そんな人知らないもん。
 そうこうしているうちにタカシは正門を出て、いつもの交差点をいつものように右折していつものように真っ直ぐ家
へと向かい始めていた。
 こっそり追いかける私は、電柱の影からその背中を眺めながら…だから吉田さんなんて知らないと何回言えば(ry
 考える。どうしてかまってくれないのか。
 愛想を尽かした…わけじゃないと思う。多分。
 私の一世一代の大告白の答えにも、「生まれた時から、かなみのことが」って答えてくれたし――だ、駄目だ思い出
したら頬が緩んできた。
 ええいうろたえるな、こんなことじゃタカシを手玉に取るなんて夢のまた夢…で、でも、う………嬉しいよぉ……
 …か、閑話休題! 同じ病院でほぼ同時に生まれたから説得力のある返事だったとかそんなことはどうでもよくて!
 そう、きっとそれだけ長い間の付き合いだってこともあるし、私がなかなか素直になれないのはタカシも承知のはず
だ。だからそれが原因で嫌われることはないと思う。きっとそうだ。うん、大丈夫。
 それより思うのは、男の子がこんなに我慢強い生き物だったろうか、ということである。

 既に恋人持ちだった他の女子から、たまに聞くのだ……い、いわゆる、その、えっ……ちな…………ああもう、とっ、
とにかく、『そういう』系の話をっ!
 それによると、男と言うのは年がら年中、『そういう』ことを考えてたりする、要するにケダモノなのだとか。
 でも、タカシは意外なほどに紳士だ。友人たちの一般男性に対する定義を覆すほど紳士だ。
 こ、こ、婚前交渉だなんてとんでもない! 今でも私の体に手が触れたら謝るし、お尻に当たったら驚いて飛び下がる
ほど。
 キスの時に…し、舌を、入れたことも、ない。思わず赤面するくらい甘い言葉をくれることはあるけど、その大元がど
んな味なのかは未確認のままだったり、する。
 別に嫌だなんて言ってないのに、これほどにまで徹底してると逆に清々しいほどだ。いや、自分としては何となく不満
だったり…べ、別に構わないんだけど! 触ってほしいなんて一言も言ってないけど!
 つまり、そういうことで、二人は非常にプラトニックな関係なのである。現代日本に住む未成年としては考えられない
くらいに。
 …そこ、タカシが不能とか言うな。そうじゃないことは確認済みだ。
 まだ付き合う前、タカシの部屋でお茶を汲む彼を待っていた時にその手の本の存在は調査を終えている。結果としては
まあ、常日頃鈍感の極みにあったタカシが正常と言うことがわかって、少しだけほっとしたんだけど…私より大きい胸の
モノだけは全部密かに没収しておいた。大きなのは敵よっ。全人類の何パーセントいるかわからないくらいだけどとにか
く敵なのっ。
 …ちょっとだけ悲しくなった。ダイエットが祟ったんだろうかと過去の自分を呪いたくなった。
 それはともかく。そんなわけで三大欲求が人並程度にはあると確認されたタカシだけど、未だに私に対して何もしてこ
ないのはどういうことなんだろうか。
 男の子って、溜まってきたら、発散させないと辛いんだった気がする。…現実に確認したことはないけど。件の友達は
皆そう言っていた。
 じゃあタカシは、どうやってるんだろう…って決まってるか。ベッドの下のブツにお世話になってるに決まってる。
 …と思うと腹が立ってきた。今度遊びに行ったら完膚なきまでに滅ぼしてやろうと誓いを立てる。あんなものがあるか
ら手を出してくれないんだ。あんなのがあるから触ってくれもしない……ああもう! し、思考がピンク色になってるっ!
 悶々としながらも、あの背中を追いかけるのは忘れない。いつもの角を曲がり、いつもの坂を下り、いつものように脇
道を………ん?
『…あれ……あそこ…?』
 そこは普段通らない場所のはず。もうそろそろ家につくかなという頃になって、タカシは普段使わない、さらに言うと
近道ですらない、とある暗く、細い路地にそれていった。

 これだ、と直感する。
 目的はわからない。でも理由はなんとなくわかってきた。つまりは自分に見せると拙いことになる、そんな何かをしに行
くんだろう。
 一瞬、不安がよぎる。
 …考えることそのものが失礼だってことはわかってる。
 タカシは私に嘘をつかない。好きなら好きと言ってくれる…というより言ってくれたし、付き合えないならそうと言うは
ずだ。
 普段ちょっと調子に乗ることはあっても、基本的に誠実なんだ。自分への告白が混じりっけのない本気の言葉だってこと
くらいわかってる。疑うことが無礼にあたるくらい、馬鹿正直で愚鈍なヤツだってことは十分知ってる。
『…何よ……』
 でも、不安。
 私だって女の子だ。昔から気が強くて素直じゃなくて照れると殴ったりしちゃう乱暴者だけど、それでも椎水かなみは、一人の女の子なんだ。
『……何よっ……』
 わかってる。別府タカシという男の子が、そんな人じゃないことなんて心の底から理解してる。それでも、不安は、消え
ないんだ。
(…こうなったら……)
 一瞬止めてしまった足を、再び動かし始める。
 意地でも暴いてやる、そう私は決心した。
 安心したかった。ちょっとでも疑ってしまう弱い心を、そうじゃないっていう事実を突き付けて握りつぶしてしまいたか
った。タカシはそんな人間じゃないってことを、何よりも自分自身に、証明してやりたかった。
 意を決して、私は角を曲がった。
『…あれ?』
 …そして目を疑った。そこにはタカシどころか、人も動物も植物も、影も形もなかったのである。
 おかしい。ありえない。
 タカシの運動能力の良さはクラス内でも定評があるがこれはそんなレベルじゃない筈だ。
 向こうまで続く距離からして、角を曲がってから私がそこを覗くまでの間に通り抜けることなんか、絶対に不可能だ。た
とえ世界記録保持者だって無理なはずだ。
 なのに、なんで? どうして? どうやって?

 ―ふぅ。
 …背中からため息が聞こえてきた。
 瞬間、全てを悟った。まんまと嵌められたのだ。
 甘かったと自分でも思う。普段は鈍感なくせに、自分の色事以外にはとても敏感という、やっかいな性格をすっかり忘れて
いた。
「…何してんだ、かなみ?」
 大好きな澄んだ瞳に、わずかな呆れの色を含ませて。
 別府タカシが、そこにいた。
『―――っ!!?』
「いや驚くな引くな。ちょっとショックだから止めれ」
 後ずさる私に、肩を落として言うタカシ。
 でもしょうがない。何せ尾行したと思っていたら、思いっきり一杯食わされていたんだから…驚くのはこちらの優先権のは
ずだ。文句は言わせない。
『なっ、あ、アンタなんでここにっ』
「それはこっちの台詞だって。お前こそ何でここに?」 
 切り返されて、うっと唸る。
 そうだ。ここにいておかしいのはむしろ私。タカシは個人的に出かけていただけであって…それを追跡するなんて言う馬鹿
な真似をしたのは私の方だ。
『な…何よ! アンタがこそこそどこか行こうとするから悪いんでしょ!?』
 …でも、嫌な性格というのは、こういうものなのだ。
 自分が悪いんだってわかってても、正直に認めることができない。
 言ってしまったことを後悔する。でも、内心泣きそうになっているにもかかわらず、口は止まってくれなかった。
『せっかく放課後誘ってもついて来ないし! ここんとこ最近、私のこと無視して一体どういうつもり?!』
「ちょ…無視なんかしてる気はないって」
 彼の言ってることの方が正しいのはわかってる。きっと理由があってのことだっていうのもわかってる。これがただの八つ
当たりなのもわかってる。でも、もう止まらなかった。
『教えなさいよ! 今日という今日は許さないんだから! 話すまで逃がさないわよ!!』
「いや、だから…ああもう全部台無しだ! 後で文句言うなよ…!」
 すると、タカシは…吹っ切れたように、そう言って。
 手に下げていたカバンの中から何かを取り出し、私の前に突き出してきたのだ。

『……え?』
 思わず受け取る。受け取ってから言葉が漏れた。
 言葉が漏れてから凝視して、数秒後になってようやく悟った。
 白い底に、紺色の蓋。
 シンプルなれど上品なその箱は、自分が子供のころ憧れた、あのお店の。
『こ、これ、私に?』
「…ああ。開けろよ」
 震える手で、箱を開ける。
「バイト、してたんだよ…結構したんだぞ、それ」
 中から零れたのは銀色の鎖と、その中に通された、燃えるような赤い光。
『……』
 言葉が出ない。
 何も考えられない。
 全身が驚きと、そして幸せでいっぱいになって。
 もう、馬鹿みたいにその炎のような輝きと、大好きな男の子の瞳を交互に見ることしかできない。 
「……貸してみ。……よし、と。ほら、できた」
 ふうと息をついて、タカシは私の手からそれを取り上げるとそのまま首の向こうに持って行く。
 顔が近くて、後ろ髪に触れるタカシの手にどぎまぎして、首筋にかかる息を妙に熱く感じたのは内緒だ。
 …そんなことよりもタカシが自分にしている行動そのものの方が夢みたいで、感覚なんてもう全部痺れてしまっているのだ
けれど。
「誕生日は過ぎてるけど…何かしたかったんだよ。付き合ってるんだからさ」

 贈り物を身につけた女の子を、満足げに見つめながら、そんなこと言われて。
「…似合ってるよ、うん…気に入ってくれるといいんだけど」
 …現金な女の子だと、自分でも思う。
 でも、タカシはずるいと、同じくらい思う。
 あんなに不安だったのに、プレゼント一つ貰っただけで、もう吹き飛んでしまっている。
『…………ばか』
 タカシの顔がまともに見れなくて、私は耳も、首の裏まで真っ赤にしながら…ようやく、それだけ答えることができた。
 きっと話し出したら、赤面ものだろうが人前では言えないものだろうが、自分の思ってたことを全部ありったけ話してしま
っていただろうから…この時ばかりは、素直じゃない自分の性格に感謝した。

 さて、一人の少女のちょっとしたお話は、これにてやっと終幕を迎えます。
 御静聴ありがとうございました…ってちょっと待って。誰に言ってるのよ私。落ち付け落ち付け。
 ま、まあ、誰か聞いてるか聞いてないかはともかく…このお話には、その。
 ちょっとだけ、続きがあって。
『ね、ねえ、タカシ?』
「…ん?」
『あ、あの…あのね、その……と、等価交換って、知ってる?』
「錬金術ktk…ってちょっと待て。別にオレは対価が欲しくてやったんじゃないぞ」
『っ…わ、わかってるわよ! でも何かしないと、私のプライドが許さないの!』
「だから別に…はぁ、わかった。で、かなみは何をくれるんだ?」
『え、えと…だ、だからね、その、う、ぅぅ………わ、わたし………とか……(////』
「…は?」
『ほ、ほら、あれよ。よく考えたら、タカシだって、この十日間私に何もしてないんだから…その、ぎゅって、させてあげて
も…いいかな、とか』
『…髪だって触らせてないし、手もつないでないし、き、キスだって…その………してないし……』
「………ちょっ、え?」
『そ、それに…ね? わ、私も…十日間も『おあずけ』食らったんだから…あの、その…だから……』
『……と、十日ぶん………可愛がってよ……(////』
 …やっぱり、プラトニック脱却はできなかったけれど。
 場の雰囲気に飲まれた椎水かなみは、けっこう大胆だったりするかもしれないと思った。
 あと、ぎゅーっしながらのなでなでこうげきは、きょうりょくだとおもった。
 しあわせすぎて、しにそうだった。


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