『温泉旅行』編

タ「ふぃ〜・・・遠かった・・・」
 俺は三人分の荷物を抱えて、息も絶え絶えに旅館の前へと辿りついた。
?『だらしないなぁ、あんちゃん』
?『・・・・・・・』
 全く同じ顔が二つ、俺に冷たい視線を突き刺してくる。
 そうは言うが、君たちがはしゃいでオモチャやら何やら大量に鞄に詰めてるからだろうが・・・。
 双子の姉、このみちゃんが呆れて溜息をついた。
こ『ほんま、使えへんなぁ・・・ほれ、行くで』
あ『ぼやぼや、すな・・・・・』
 妹のあかねちゃんはクールだ。普通旅行に来たら、子供なんて大騒ぎするもんだろうに。
 微かに硫黄の匂いが漂う、寂びれた温泉地に俺たちは居る。
 駅から徒歩20分。それほどボロいわけではないが、さして繁盛してるとも言い難い。
 まぁ、どうせ商店街の福引の賞品だ。こんなもんだろう。当てたのは俺じゃないんだけどな。
 出発する前のやりとりを、俺は思い出す。

母『ほな、よろしゅうお願いしますぅ』
タ「はぁ・・・でも、ここまで来て言うのもなんですけど、本当いいんですか?」
 駅前で二人のお母さんを前に、俺は言った。
 本当に今更だ。もう準備万端、あと15分もしたら電車が着くという状況である。
 それでも俺が気後れするのは、今回の旅行を福引で当てたのが彼女だというのが理由だ。
あ『・・・・・ええわけ・・・ないやん・・・」
こ『ほんま、オカンなに考えとんねん!むすめをこんなヤツと旅行に行かすなんて!!』
母『堪忍なぁ。お仕事やねん。今やってる『月間お姉ちゃん』の仕事が住んだら、4人で行こな?』
双子『なんで4人やねん!!』
 不機嫌そうな声を上げる双子。
 福引で当たったのは、『美布(びっぷ)温泉家族3人ご宿泊券』。
 普段出版社で働くお母さんは、当選したのはいいものの、今担当している雑誌の仕事が忙しく行けない。
 チケットの期限もギリギリ。このまま駄目にするのももったいない。だが、子供だけで旅行に行かすのも・・・。
 そこで、俺が出てきたわけだ。
 日頃、帰りの遅くなりがちなお母さんに代わり、時々夕飯などを双子に振舞っていた実績(?)を買われたのだ。
こ『こんなんと一緒に旅行とか行ったら、きっと無事じゃすまんでぇ!?』
あ『・・・てーそーのきき・・・』
タ「待て待て待て!!』
 往来で不穏な言葉を並べるな!!俺が人さらいか何かみたいだろ!!
 不機嫌を絵に描いたような顔の双子を、お母さんはなだめる。
母『まぁまぁ。それにほら、二人とも、昨夜めっちゃ嬉しそうやったやんか。『あんちゃんと旅行やー!』言うて』
タ「え?」
母『おもちゃとか、ようさん詰めて・・・いらんって言うとるのになぁ』
こ『な、ななななななに言っとんねん!!んなわけあるかぁ!!(////』
あ『・・・・お、おかん・・・いらんこと、言わんとき(////』
 解りやすく動揺する二人。
 可愛いなぁ、もう。あ、いや勿論普通の子供としての話だよ?・・・誰に言い訳してんだ、俺は。
母『まぁまぁ、兎に角、もう準備してもうたし、電車も来るし、仕事にも行かなあかんし・・・ほな、お願いしますね』
 そう言うと、お母さんはせかせかと去っていった。なんて言うか、エネルギッシュな人だ・・・。
 後姿を見ながらそんなことを考えていると、脛を蹴られた。
タ「いっでぇ!!」
こ『なにおかんのケツみてデレーっとしとんねん!!』
あ『おかんは・・・うちらが守る・・・っ!』
 人を悪の大王みたいに言うな。

 そんなこんなで、電車に乗ったわけだが、これも大変だった。
 なにしろ、ほれ。
こ『あ、トンネルやー!!』
 これだもの。トンネルではしゃぐのも、子供らしくて可愛いもんだが、少々他の乗客の視線が痛い。
 四人掛けのボックス席。窓際に双子が座り、俺は通路側だ。残ったシートには、網棚に乗せきらなかった鞄がおいてある。
 ふと、隣のあかねちゃんの方を見ると、顔をしかめている。
タ「どした?」
あ『・・・・耳・・・いたい』
 あぁ、なるほどね。気圧の関係ってヤツだ。
タ「唾を飲み込んでみ?」
あ『・・・・コクン・・・あ、なおった」
タ「うん、よかったねー?」ナデナデ
あ『・・・・うん(/////』
 頭を撫でてやると、珍しく素直に頷く。いつもこうだといいんだけど。
こ『あ、あー・・・・コホン、コホン」
 わざとらしい咳払いが横から聞こえる。
 このみちゃんが、僅かに赤い顔でこっちを見ていた。
こ『あ、あー。ウチも、なんか耳がいたい・・・かもなぁ・・・』
タ「・・・・さっきまで元気だったじゃん」
こ『う、うっさいねん!いたいったら、いたいんや!ど、どうすればえぇねん!』
タ「いや、だから唾を飲みこんで・・・」
こ『そ、そうか。ま、まぁ、あんちゃんの言うままになるのも、シャクやけど?しゃぁないもんなぁ?』
 誰に言い訳してるんだ、この子。
こ『うん・・・コクン』
 いや、そんな上目遣いで、こっちを見ながら唾を飲まれても・・・。
タ「・・・・治った?」
こ『ま、まぁ・・・治った、みたいやな・・・』
タ「そう、それは何より・・・」
 何はともあれ、治ったのならよかった。そう思い、時刻表を鞄から出そうとする。
こ『ま、待ちぃや!それだけかいな!!』
タ「え?何が?」
こ『くっ・・・も、もうええわ!!アホ!』
 捨て台詞を吐いてふてくされる。いや、俺にはなんのことかさっぱりだ。
 首を傾げていると、服をクイクイと引っ張られる。
あ『このちゃん、頭なぜてほしいんやって』
こ『な、なに言うとんねん!!ん、んなわけ、あるかぁ!』
 あかねちゃんの的確な通訳によって、このみちゃんは目に見えて動揺した。
 アハン、なるほどね。
 俺は納得すると、そっと手をこのみちゃんの髪の毛に乗せた。
こ『あうぅ・・・きやすぅ、さわるなや・・・(/////』
 そういう割りに、抵抗しない。いやはや、実に解りやすい。ずっとこうなら楽なのに。
 もちろん、そういったことは口に出さず、俺はトンネルを出るまで、このみちゃんの頭を撫で続けた。

 旅館で受付を済ませ、荷物を置くと、双子に急かされて街へ繰り出す。
 もう旅館への道すがら、興味深々といった風なのは解っていたので、俺も疲れを押して出かけることにする。
 普段とは違う町並み。今風に言えば、レトロと言う奴だろうか?
 昭和の時代から取り残されたような看板や、今となっては珍しい木造の土産物屋を、腕を引っ張られながら歩いていく。
 一頻り歩いた後で、休憩に立ち寄ったのは団子屋だった。
 時代劇に出てくるように、店先に長椅子が置かれ、そこで休めるようになっている。
こ『うち、あんみつー!』
あ『・・・・・三色だんご』
双子『『おごりで!』』
タ「へいへい・・・」
 まぁ、小学生から取り立てるわけにもいかんだろう。
 あんみつと団子を頬張る二人を見て、他愛もないことを話す。にしても、がっついちゃて。電車で駅弁食べたろうに・・・。
タ「このみちゃん、頬っぺたに餡子がついてるよ」
こ『ふぇ?ど、どこ?」
 そう言うと、彼女は手で無造作に顔を擦る。
タ「あぁ、こらこら。余計広がったし・・・・」
 こういうところが妙に子供なんだよなぁ。仕方がないので、お絞りを差し出す。
タ「ほら、拭きな?」
こ『・・・・・・・ふけ』
タ「・・・・え?」
こ『・・・・かお、ふけ。あんちゃんは、うちらのドレイやからな』
 いつから奴隷になりましたか・・・・。
 しかも、目を閉じて顔を上向き加減にするし・・・。何か、お父さん変な気分になっちゃうぞ?
 やむなく、優しく頬っぺたを拭ってやる。
こ『こ・・・うん・・・もっと、優しくせんかい・・・ふぁ』
 な、何かお父さん、本格的に変な気分になっちゃいそうだぞ・・・。
あ『・・・・コホン』
 あかねちゃんの咳払いで、俺は現時に戻った。
あ『・・・なに、デレデレしとんねん』
 いや、別に俺、デレデレなんかしてませんよ?えぇ・・・。
こ『フフン・・・ま、あんちゃんは、うちの魅力にメロメロっちゅーこっちゃな?』
タ「頼むから、もうちょっと育ってから言ってくれよな・・・」
 口に出した途端、脛を蹴られた。痛い。

 ひとしきり、土産物屋を見物して宿に戻った俺らは、飯の前に温泉に入ることにした・・・・んだけどね?
タ「お二人さん・・・重大発表があるのです」
こ『・・・・なんやねん』
あ『もったいぶらんと、さっさと言えや』
タ「じゃ〜ん!」
 俺が手にしているは『家族風呂無料サービス券』だった。
 家族風呂とは、要するに浴場を貸切にできるサービスで、福引の景品に入っていたものだ。
 流石に大浴場ではないが、受付で聞いたところによると、一応露天らしい。
タ「と、いうわけで、先に2人で入ってきな」
こ『あんちゃんはどないすんねん』
タ「俺は大浴場にでも行くよ。家族風呂は時間も決まってるし」
あ『・・・・・ドレイのくせに、しゅじんをほったらかしか』
こ『せ、せや!うちらが、へんしつしゃにおそわれたらどないすんねん!」
タ「そうは言っても・・・一緒に入りたいの?」
 半分冗談で言ったことなのに、2人は解りやすく狼狽した。
こ『だ、だだだだれがんなこと言うたんや!ただ、ドレイとしてのつとめをやな・・・』
あ『・・・・・・・せ、せなかくらい流すのが、ドレイのしごと・・・・」
タ「へいへい、解りましたよ」
 これ以上駄々を捏ねられて、家族風呂の予約時間を消費するのはもったいない。
 だが、一つ疑問がある。
タ「・・・まさか、1人で身体洗えないなんてこと、ないよね?」
こ『こ、こどもあつかいすんなや!!そんくらい、ひとりでできるわ!!』
あ『・・・・・しつれいな』
 オーケー。だが、そういう台詞は、せめてシャンプーハットを隠してから言うもんだ。

双子『『こっち見んなや!!(////』』
 という双子のお達しにより、背中合わせでクロスアウツ。腰にバスタオルを巻く。
タ「もういいかい?」
双子『『お、おう・・・(////』』
 振り向くと、2人は身体にバスタオルを巻いていた。
タ「あの、恥ずかしいんだったら、やっぱり俺居ない方が・・・」
双子『『うっさい!!いくで!』』
 なぜそんなに威勢がいいんだ。顔真っ赤じゃないか。
タ「あー、俺はバスト80以下は興味ないからな?安心しな?」
 そう言ったら、洗面器が飛んできた。
こ『こどもあつかいすんな、いうたやろ!!』
あ『・・・・ふたりをたせば、そんくらいある』
タ「なにその超理論」
こ『うっさい!だまって、せ、せなかでもながせ!!』
 偉そうに、このみちゃんは椅子に座り、バスタオルをはだけた。
 俺は言われた通り、スポンジに石鹸を泡立て、白くて小さな背中を擦る。
あ『こっちも・・・・あらえ』
タ「いや、ちょっと待って・・・」
あ『片手・・・・あるやろ』
 結局、右手でこのみちゃんの背中を、左手であかねちゃんの背中を洗う。
 っていうか、洗いにくい・・・。
 四苦八苦しつつ、時折『力が強すぎる』とか文句も言われつつ、何とか背中を流し終える。
タ「はい、前は自分で・・・」
あ『・・・かみ』
タ「へ?」
こ『かみのけも、あらわんかい!気のきかんドレイやなー』
 そう言いながら、二人とも同じ動作でシャンプーハットを装着した。
 何か、順序が違う気もするが・・・。
 また、片手でそれぞれの頭を同時に洗う。
 って言うか、二人とも髪が長いので、手が疲れる。
こ『ほれ、もっとちゃんとあらわんと、キレイにならへんぞー?』
あ『・・・・・はんぱなことしたら、やりなおしやで』
 シャンプーハット外してやろうか、この子等は・・・。
タ「あー、手が疲れた」
 双子の髪の毛を洗い終えると、両手が痺れたようになった。
 自分の身体を洗おうと、椅子に座って握力が回復するのを待っていると、俺の後ろで双子がウロウロしてるのが鏡に映った。
タ「あの・・・湯船に浸かりなよ。風邪引くよ?」
 小さくとも露天風呂である。
 温泉の湯気で寒いというほどではないが、バスタオル一枚でウロウロして平気な気温でもない。
こ『な、なぁ・・・あんちゃん。手、つかれたんか?』
タ「おかげさまでね」
 俺の答えに、双子は満足そうな笑顔を交わした。
双子『『しゃぁないなぁ』』
タ「?」
あ『・・・・スポンジ、貸しぃ』
 言われるままに、渡すと、背中を擦られた。
タ「あ、なんだ。洗ってくれるの?」
こ『か、かんちがいしなや!あんちゃんが、つかれたーとか、なきごと言うから、しかたなくや!』
あ『・・・うちら、優しいからな』
タ「はいはい・・・」
 姉は俺が差し出したスポンジで、妹はそれまで自分が使っていたそれで、俺の背中を流してもらう。
 おぉ・・・他人に身体を洗ってもらうのは子供のとき以来だが、これは中々気持ちいい。
こ『かゆいところはございませんかー?』
タ「うむ、苦しゅうない」
あ『・・・・調子に、乗るな。アホ・・・・足、開け」
タ「うん・・・んん?」
 心地よさに、つい言われるまま足を開いてしまったが、どういうことだ?
 前は自分で洗うつもりなのだが・・・とか考えている内に、小さい体が膝の間に割って入ってきた。
タ「え?ちょ・・・前は、自分でやるって・・・」
あ『だまれ・・・・・だまって、あらわれろ』
 変な命令だな、おい・・・。
 股間は辛うじてタオルで隠しているが、あかねちゃんがチラチラと見てくるので落ち着かない。
こ『ほれ、足もっと開けんかい!!』
タ「な、何が・・・」
こ『んなとこで、いもうとを一人にしておけるかいな!うちの見えないとこで、何させてんねん!!』
タ「いや、そんな誤解を招くような発言は・・・」
こ『ええから、前開けや!あぁ、ええわ。膝に座る!!』
タ「ちょ、待て!それはマズいって!!」
 いくら子供相手でも、柔肌に免疫のない身としては、ダイレクトは刺激が強すぎる。
 しかも、よりによって跨ろうとするし!自分の状態がわかってんのか!?
タ「大丈夫だって!前くらい、自分で洗うから・・・!」
あ『あばれんなや・・・・あ・・・』
 げっ・・・タオルが!
こ『こらー!あーちゃんになんてもの見せてんねん!!』
タ「違う!不可抗力だ!」
あ『むずかしいことばで・・・ごまかして・・・もう、およめにいかれへん・・・・』
タ「あああぁぁぁ!もう、勝手にしてくれええぇぇぇ!!」

 ・・・で、勝手にされた結果がこれですか。
こ『うごくなや!ゆびいっぽんでもうごかしたら、おおごえだしたる』
タ「ふぇーい」
あ『へんじは・・・・はい、や」
タ「はい・・・」
 俺は今、双子と背中合わせに湯船に浸かっている。
 二人同時に体重を預けられると、結構辛いものがあるが、そこは我慢と言うか、甲斐性だ。
 しかしあれだな。子供の身体ってのも、けっこう柔らかいもんだな・・・。
 湯船ではさすがにタオルは外しているので、すべすべした肌の感触がダイレクトに背中に伝わる。
あ『あんちゃんのせなか・・・・広い』
こ『何にもかんがえとらんから、からだだけデカいねん』
あ『・・・背もたれくらいには、やくにたつ・・・』
 本当に勝手なことを言うな、この娘たちは。
 俺はもう後ろの会話は完全にシャットアウトして、空を見上げた。
 よく晴れた夜空に、星が切れそうなほど鋭い光を放ち、冬の澄んだ空気を切り裂くようだった。
 眼下には、街の明かりが点々と灯っている。野郎同士で来たなら、この後飲みにでも繰り出せるが、子供連れではそうもいくまいて。
 しかし、なんだかんだでやっぱり、気持ちいいなぁ・・・日中の疲れが、溶け出していくようだ。
 双子は、相変わらず俺の後ろで何事か話している。もう完全に俺の存在を忘れているようだった。
あ『・・・ほし、きれーやな・・・・』
こ『せやなぁ・・・ふーりゅーやなぁ・・・・』
 その年で風流とは、片腹痛い。千利休が臍で茶を沸かすわ!
 当然思っても、口には出さない。千利休も知らなさそうだしな。
あ『・・・あ、流れ星』
こ『願い事!』
 そうそう、お子様は、そうやってメルヘンな世界を楽しみなさい。
 背後で騒がしくなる気配を感じながら、俺はもう一度空を見た。こっちの方にも、流れ星見えないk――
双子『『あんちゃんと、けっこんできますように!!』』
タ「ふにょあっ!?」
 思わず、未知の言語を叫びながら振り返ってしまう。
双子『『え?・・・わあぁっ!』』
 俺の叫びに驚いたのか、向こうもこっちを見つめていた。


こ『・・・・・』
あ『・・・・・』
タ「・・・・・」
 夕食の席は、目茶苦茶に空気が重かった。露天風呂での一言からこっち、ずっとこの有様だ。
 普段ならば、多少の失言はこのみちゃんがハイテンションで誤魔化して、あかねちゃんが適当に締めるという連携なのだが、
今回ばかりはそうもいかないようだ。やれやれ。
 そもそも、空気が重い原因といえば、姉妹がお互いを牽制しているような雰囲気のせいでもある。
 どうも、二人同時におんなじ願い事をしたため、俺の取り合いという様相を呈しているようだ。そもそも、背後の俺の存在を
完璧に忘れていたのも原因らしい。無茶苦茶やん。
 モテるんだったら、あと8年後くらいがベターなんだがなぁ・・・。
 そんなことをボンヤリと考えていると、ふいにこのみちゃんが話しかけてきた。
こ『あ、あんちゃん?」
タ「うん?なに?」
こ『び、ビール、空やで?つつつ、ついだるわ』
 そう言うと、こっちに素早く回り込んできて、ビール瓶を手に取った。子供連れとはいえ、一本くらいならいいだろうと、注
文したものだった。
タ「あ・・・ありがと」
 反射的に、コップを手に取る。お母さんに注いであげているのか、手つきは慣れているようで、ビール瓶の重さにフラつくこ
とはなかった。
こ『し、しかし、よう飲むなぁ、こんなにがいもん』
タ「苦いって・・・飲んだことあるの?」
こ『おかんのを、ちょびっとだけな?にがぁて、かなわんかったけどな』
あ『・・・む』
 あ、ヤな予感。和気藹々と話す俺とこのみチャンを見て、あかねちゃんが恨めしげな視線を送っている。
あ『・・・・あんちゃん・・・これ、うまいで・・・・?』
 そう言いつつ、あかねちゃんは自分の皿からお刺身を一切れ箸で摘むと、差し出してきた。
タ「え?食べさせてくれるの?」
あ『かんちがいすな・・・ひるまの、おだんごのおれいや』
タ「あ・・・ありがと」
こ『むぅ・・・あ、あんちゃん、こっちもうまいで?』
 あぁ、もう本当に嫌な予感しかしません。目の前に突き出された二枚の刺身を見て、俺は軽く途方に暮れる。
こ『ほら、はよ食べや?』
あ『うちが、さきや・・・あーちゃんは、あとだしやし・・・』
こ『う、うちのが、おねえちゃんやもん!」
あ『かんけい、ない・・・』
 これ、どっちを先に食べても角が立つって奴か?
 焦ってヒートアップするこのみちゃんに、冷静な反論を返すあかねちゃん。
 いや、しかし『あんちゃんと、けっこんできますように』とは可愛いもんだ。
 肝心の俺の存在を忘れ去っていたのが少々アレだが・・・。
タ「い、いや〜・・・なんか、困るなぁ・・・アハハハハハハ・・・」
 調子に乗って乾いた笑い声を上げると、二人から同時に睨まれた。
 あれ、何で空気がこんなに凍り付いてるの?
あ『・・・・・・・・キモ』
 !!!!!
こ『・・・アホくさ。すぐ、ちょうしにのるな。やっぱ、あまやかしたらあかんか』
あ『・・・・・・』
 あかねちゃんは黙って頷き、刺身を自分の口の中に入れた。このみちゃんも、それに倣う。
タ「あ・・・あの・・・」
こ『・・・・あ?』
タ「ナンデモナイデス」
 精神を一気に侵すような目で睨まれて、俺は自分の分の飯を食った。
 と、あかねちゃんが俺の御膳を見ている。
あ『・・・あんちゃん・・・これ・・・』
タ「うん?・・・お肉がどうかした?」
あ『・・・交換や』
 そう言うと、彼女は自分の皿から人参を俺の皿に置き、あっという間に肉を攫っていく。
 いや、人参は君が嫌いなだけだろ?
こ『あ、うちも、しいたけやるわ』
 だから、椎茸も嫌いなだけだろうが!俺の家で何回も飯を食ってるから、好き嫌いくらいはとっくに把握している。
 結局、俺の皿は二人が嫌いな食材(主に野菜)に埋め尽くされた。
 おのれ、次俺んちで飯食うときは、野菜たっぷりのメニューにしてやる。

 夕食が終わると、仲居さんがやってきて布団を敷いてくれた。
 特にやることもなく、三人でトランプなんぞやっていると、あれよあれよと結構な時間になった。
あ『・・・・・ふぁ』
こ『・・・・眠いん?あーちゃん』
あ『・・・・・んゅ・・・』
 口から可愛らしい呻き声を出して、頷く。
タ「もう寝るかい?」
あ『・・・・・』
 擬音として、『コクン』なのか『ガクン』なのか良く解らない動作で、あかねちゃんはもう一度頷き、歯を磨くために
洗面所へと向った。
タ「さて・・・このみちゃん、どこで寝る?」
こ『あーちゃんとジャンケンで決めるわ。あ、あんちゃんは、そこな』
 指差した先は、もっとも入り口から遠い、壁際の布団だった。
タ「別にいいけど・・・なんで?」
こ『うちらがねたあとで、よあそびとか行きそうやからな」
タ「行きませんよ、そんなの」
 どれだけ信用ないんだ俺は。仮にも人様のお子さんを預かる身で、一人で夜遊びなんか行くわけないだろうに。
 だが、その辺りのことを言っても、結局言い返されて終りになるので、俺は黙って自分の布団に移動した。
あ『ん・・・どないしたん?』
こ『なんでもあらへんよ。な、どっちで寝よかジャンケンしよ』
あ『ええよ・・・まけたほうが、あんちゃんのとなりな・・・』
 俺の隣は罰ゲーム扱いかよ。
 二十数回の熾烈なあいこ合戦の結果、最終的には壁際から、俺、あかねちゃん、このみちゃんの順番で寝ることとなり、
その日は消灯となった。
 移動と、双子に振り回された疲れだろうか。俺はウトウトとまどろんでいたが、中々深い眠りに到達できずにいた。
 先ほどから、あかねちゃんたちが、何か話しているのが聞こえる。どうやら、俺が寝たのを確かめて、何か相談してい
るらしい。気だるさで、いちいち構うのも面倒だった俺は、耳に入ってくる会話の断片を聞きながら、二人に背を向ける
ように寝返りを打った。顔に落書きとか、しょうもない悪戯をされなければ、別に放っておいてもいいだろう。
 寝返りのせいで、二人こちらを気にするのが気配でわかったが、それも一瞬のことで、俺は深い眠りに落ちていった。


             ※             ※          ※
こ『・・・びっくりしたなぁ・・・おきたか思たやん』
あ『・・・よれよか、このちゃん・・・おふろのときの、ことやけど・・・』
こ『あー・・・うん(////』
あ『・・・このちゃんは、あんちゃんが、すきなん?』
こ『あ、あほいいなや!あんなん、誰が・・・そういう、あーちゃんこそ、すきなんやろ?』
あ『・・・・・・・・・・む(/////』
こ『ほれ、だまってるっちゅうのは、みとめるってことや』
あ『・・・このちゃん・・・そんなことより、さぶない?』
こ『そんなことよりって、なんやねん!はなしはまだとちゅう・・・』
あ『さぶいわ・・・なんか、こう・・・・あったかい、だきまくらみたいなんがあれば・・・ええんやけど・・・』
こ『!!・・・せ、せやな・・・だ、だきまくら、ほしいなぁ・・・』
あ『・・・・・・・』
こ『・・・・・・・』
あ『・・・・・・・』
こ『・・・か、かべぎわは、いややで?』
あ『しゃぁないなぁ・・・・そこは、ゆずるわ・・・じゃぁ(////』
こ『・・・・・うん(////』

                ※            ※          ※
 ゆっくりと意識が覚醒していき、俺は目覚めた。瞼越しに、辺りが明るいのが解る。
 目を閉じたまま、枕もとの腕時計を見ようとして違和感に気付いた。腕が重くて上がらない。というか、腕だけじゃない。
 体の両側が妙に重たい。何かが上に乗っかってるのではなく、体の両側に重りをつけられたようだ。
 まさかこれが心霊現象か!畜生、曰くつきの旅館が商品とは、商店街め、いい度胸してやがるじゃねぇか!!
 俺が当てたわけじゃない商品だが、このまま幽霊の思い通りにさせといて溜まるか!祓ってやるぞコラァ!!
 閉じていた目を、思い切って開けてみる。
タ「・・・・うん、冷静に考えればそうだよね」
 俺は呟くと、左右に絡み付いて安らかな寝息を立てる双子を見て、溜息をついた。
 二人とも、普段は縛っている髪を下ろして、浴衣を盛大にはだけている。剥き出しの脚が、左右から俺の腰の辺りに乗っていて、
どうにもこうにも。
 下手に動けば起きるだろう。だが、この状況で起こしては、何を言われるか解らない。
 どうしたものかと、このみちゃんの寝顔を見、あかねちゃんに視線を移す。まったく、寝てれば大人しいものを。
 もう一度このみちゃんを見ようと首をひねると、目が合った。いつの間にか起きてる。
タ「あ・・・」
こ『・・・・・・あんちゃんやー』
 寝ぼけてるのだろうか?呂律の回ってない言葉で、にやけられた。
あ『・・・ぅん・・・』
 げ、あかねちゃんも何か動き出してるし。
こ『あんちゃん・・・あんちゃ〜ん・・・』
 スリスリと俺に頬擦りしてくる姉に対し、妹は俺の浴衣の首元に手を突っ込んで、まさぐり出す。
 あ、そんな大胆な・・・いや、待って、そんなとこクリクリしちゃらめえぇぇぇぇ!!
 このみちゃんも、そんなスベスベの肌を擦りつけてこないで!やめてえぇぇぇ!!
 脚を、足を動かすな!擦れるから!デリケートなところ、かすってるから!!
あ『・・・ん・・・・んん?・・・・あ』 
 あかねちゃんの目が、パッチリと開いた。
 まず、俺の目を見て、それから俺の浴衣の中に入っている自分の手を見る。
 さらに、まだ寝ぼけて俺に顔を擦り付けてくる双子の姉の姿を見るに至ると、その顔が爆発しそうな朱に染まった。
あ『あ・・・あゎ・・・あ・・・・こ、このちゃん!!』
こ『んー・・・あーちゃん・・・・?・・・・あんちゃん!?』
 ようやく完全に覚醒したらしいこのみちゃんは、俺の顔を見て絶叫し、それから固まった。
 いくらなんでも誤魔化しが効かない状況なのを悟ったらしい。
 バッと、バネ仕掛けのように左右に飛びのく二人。俺は浴衣がはだけて、完全にお婿に行けない状態だ。
こ『うぅ・・・あーちゃん、こっちや!』
 姉の一声で、双子会議が始まる。打開策を模索しているらしい。切れ切れに台詞が聞こえる。
あ『・・・くちふうじ・・・・』
こ『・・うめる?・・・ながす?・・・』
 あの、凄く物騒な単語が聞こえるんですが。お兄さん、ちょっと二人の将来が心配だな。
 やがて、話し合いは終わったようだ。俺は布団の上に胡坐を掻いて、次動きを待っている。
 その前に、立ちはだかる双子。さぁ、どう出るんだ!?オラ、なんかワクワクしてきたぞ!
 このみちゃんが、唾を飲むと一気にまくしたてた。
こ『・・・と、とつぜんですが、うちらは、いま、ねぼけてます!!』
タ「・・・・は?」
あ『せやから・・・・なにしても・・・おかしく、ありません』
 言うなり、二人して俺に抱きついてきた。
 待て、流石にそれは想定外だ!自分からブレーキぶっ壊してどーするんだ!
双子『あんちゃぁん・・・・・』
 顔近い!近いから!!なんで二人とも、目が据わってるんだよぅ!!
 ・・・・・・あっ。


タ「・・・お世話になりました」
双子『『なりましたー!』』
 宿をチェックアウトして、外に出るとまだ冷たい風が微かな硫黄の香りを運んできた。
 この後は、適当に観光地を回って、お土産を買って帰る予定だ。重たいバッグと両手に食い込む鞄を持って、
俺は空を見上げる。良く晴れた空に雲が一つ二つ浮かび、絶好の観光日和という奴だ。
 ふいに、右の袖を引かれた。このみちゃんだった。
こ『・・・かばん、よこしぃ』
 そう言って俺の右手の鞄を奪い取り、素早く肩にかけた。『よこしぃ』もなにも、自分の鞄なのだが。
 重くないか聞こうと口を開きかけると、今度は反対側の鞄も取られた。
 それから、二人に手を出される。俺が首を傾げると、焦れったそうに、
双子『『・・・手』』
 と睨まれた。
 言われるまま、双子と手を繋ぎながら、歩く。
 綺麗なお姉さんとすれ違うと、手に目茶苦茶力が入る。その度に、
こ『はなの下のばすんやない!ドアホ!』
あ『・・・・ヘンタイ』
 と、辛辣な言葉が飛んできた。だが、これはまだいい方だ。
こ『・・・うちらのはじめて・・・うばったくせに』
 とか往来で言い出された日には、全速力で逃げ出したくなる。
 初めてと言っても、『ほっぺにチュー』だぞ?・・・・ホントにそれだけだぞ!?
 まぁ・・・たしかに、双子に両側からされるような機会は、そうそうないだろうケドさ。
こ『あんちゃんは、うちらがせきにんもって、めんどーみるからなー?』
あ『・・・だまって・・・ついてこい』
タ「それなんて関白宣言?っていうか、うちらって・・・」
こ『うちらは、うちらや!あんちゃんは、もう、ふたりのもんやからな!』
あ『うわきしたら・・・うめる・・・ながす・・・・』
 あかねちゃんが黒いよー!あと、俺の人権とか、色々その辺は〜?
 とはいえ、俺も双子に黙ってチュー(キスって感じじゃないな、あれはチューだ)された以上、あまり強くも言えないし、
なにより、さっきから俺の手を強く握ってくる小さな手に、情が湧いているのも確かで・・・。
タ「はぁ・・・せめて、あと8年育てば・・・」
双子『『あ?』』
 思わずそう口に出すと、間断なく両側から脛を蹴られた。
 しゃがみこんで悶絶する俺を、四つの瞳が鋭い眼差しで見下ろす。
こ『ほんま、このすけべは、うちらが目をはなしたらあかんな』
あ『・・・・・せやね』
こ『はんざいしゃよびぐんやな!』
あ『・・・・・せやね』
こ『だいたい、8年くらい、すぐやっちゅーねん(///)』
あ『・・・・・せやね(///)』
こ『8年たったら、うちらもボンキュッボーンってなって、けっこんだってできるしな!(/////)』
あ『・・・・・せやね(/////)』
こ『あ、けっこん言うても、あれや。あんちゃんは、うちらのペットみたいなもんやからな!(/////////)』
あ『・・・・・せやね(/////////)』
 何か言うたびに、顔が真っ赤になっていくのですが。
タ「っていうか、待て。結婚という制度は、現代日本に置いては一夫一妻制でね?」
こ『そないむずかしことしらん!あんちゃんがなんとかしぃや!』
タ「俺に独裁者になれってか!!」
 温泉街に、俺の悲鳴が轟く。
 
 ・・・・でも、万が一ってあるよな。少子化も激しいらしいし、万が一、億が一制度が変わるってのも、無視できないよな。
 結婚資金、二人分いるかな?いやいやいやいや・・・・

                                     終り


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