『兄の日編』

6/17(日) 9:07

?「あんちゃん、うちら今日で、16歳やで?」
?「…………レディーに、なった」
 え? どなた?
?「む、いけずやぁ……あんちゃん、うちらのこと忘れたんか?」
 いや、俺には現役女子高生の知り合いなんて居ないよ? しかも二人も……っていうか、君ら双子……?
?「……あかん、ボケとる……」
?「お〜い、しっかりしぃや〜? こ、これから三人で、幸せになるんやろ?(///」
 えっ!? ちょ、なんで!? 初対面だよね?
?「……本気……?」
 さっきからそう言ってるじゃん。
?「あーちゃん……これは、あかんな」
?「……うん、あかんね、このちゃん」
?「せやけど、こういうときこそ、乗り越えなあかん。今こそ、絆が試される、っちゅうもんやで?」
?「……せやな……あんちゃんが、うちらのこと忘れたなら……思い出させる、までや……」
 え、あの? なんで服脱いでるんですか?
?「一緒に、お風呂だって入ったんやで? うちら……(///」
?「……同じ、布団で寝たし……ちゅーも、した(///」
 え? え?
?「うちら、ずっと、あんちゃんに貰ってもらうために……(////」
?「……大事に……してきたんや……(////」
 き、君らは……も、もしかして……!!
?「「あんちゃぁん……」」
 アッーーーーーーー!!!!!


タ「ぶるああああぁぁぁぁぁ!!!」
 絶叫と共に目が覚めた。こんな漫画みたいな目覚めは初めてだ。
 昨夜、俺は土曜の晩と言うこともあり、しこたま酒を呑んで帰ってきた。
 気の合う仲間と呑む酒というのは、とても気分がいいものだ。しかもそこそこ量が利く体質なものだ
から、深酒をするのもしばしば。記憶をなくすというベタな失敗も、日常茶飯事とは言わないが、片手
では数え切れなかったりする。
 そして、今。日曜日の朝。とても静かで安らぎに満ちているべきの、休日の朝。
 一体、俺の身に何があったのだろう。

あ「んゅ……」 
こ「……むぅ」

 双子は俺の叫びにも構わず、のんきに声を漏らした。
 俺のベッドに、なんでこの二人がいるんだ? 姉妹の家は、アパートの隣の部屋だ。
 しかも、しかもいいか?
 
 未だ小学生のである双子の顔には、なんか白くてすえた臭いを放つ物体が付着している。
 
 
 ――あれ? 俺の人生、終わった?

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6/16(土) 14:00

「あーちゃん。きょうな、あんちゃんのかえり、おそなるて」
「む……どれいのクセに……よあそび……」
 姉の台詞に、あかねはピタリと生地を混ぜる手を止めた。ボウルの中では卵黄で薄い黄色に色づいた生地
が滑らかに動くのをやめ、ステンレスの表面を流れ落ちる。
 双子の姉であるこのみも、リンゴのような頬を膨らませて怒りを露にした。
「まったくや! ウチらがせっかく、ケーキつくってめぐんだろー言うとるんにな!」
「あららぁ……どないする? やめる?」
 監督役のおかんが、二人の顔を伺うように尋ねた。姉は母親の言葉に、ボウルを一瞥すると、軽く首を振る。
「そんなん、ざいりょうがもったいないやん!」
「……せやね」
 あかねも不満げな顔で、泡立て器の動きを再開する。
 だが、台所に充満する重苦しい空気はどうしても払えない
 このみは、カレンダーを見てため息をついた。
 台所に飾ってあるカレンダーは、一枚に二ヶ月分の日付が載っているものだった。その5月と6月の第3日
曜に、それぞれ印がつけてある。特に6月の方は『父の日』の『父』を塗りつぶして、子供らしいかっちりし
た筆跡で『兄』と書き換えてあったのだが、その『兄』の字も、おかんにからかわれたのがきっかけで、黒い
モジャモジャになって潰されていた。
 二人の『おとん』は、5年前に事故で死んだ。
 彼女らはその当時共に4歳だったから、おぼろげな記憶しかない。
おとんは肩幅が広くて力持ちで、幼稚園からの帰り道に二人をそれぞれおんぶと抱っこをして帰ることができ
た。このみは、いつも抱っこされる側だった。
 鼻に入るおとんの汗の臭いと、夕方になって目立ち始めたヒゲの辺りが、二人にとっての『おとん』だった。
 顔がボヤけていても、その二つだけは目の前にあるように、思い出すことが出来る。
 おとんは二人が嫌がっても、その不精ヒゲをジョリジョリ擦りつけて、頬擦りをしてくるのだ。その度に、
おかんによくドツかれていた気がする。
 
 おとんが居なくなってから、家族に『父の日』はなくなった。
 
 隣に住んでいる、大学生のあんちゃんは、おとんの代わりなんかじゃない。
 おとんに比べたらずっとひょろっちくて頼りないし、料理はちょっとだけ上手いけど、それだけ。時々お
かんがご飯作れないときに、代わりに食べさせてくれるから、便利に使ってるだけだ。
 ただ、世の中には『いっしゅくいっぱんのおん』というモノがあって、あんちゃんが自分に食べさせてく
れたご飯は一回じゃないから、やはりどこかでお返しをしなければならない。あんちゃんにそれを言うと、
きっと『いいよいいよ』と子ども扱いするので、黙っといて脅かしてやろう、と計画を立てたのだった。
 ところが、この有様である。アパートの前で出くわしたこのみに、『今日は遅くなるなぁ』と言い残して、
あんちゃんはいそいそと出かけていった。大人が『遅くなる』と言うときは、だいたい酒を飲みに行くとい
うことは既に知っていたので、このみはさらに不機嫌になる。
「ほら、そんな膨れっ面せんと、作ってしまお? な?」
 おかんが、苦笑いをしてその頭をポンポンと撫でた。

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6/17(日) 9:09

 OK、こういうときこそ、色々と試されるってもんだ。
 男としての度量とか、トラブル処理能力とか……まぁ、いろいろ。
 とにかく、こういうときは全部初めから思い出すんだ。酒で記憶が飛んでるとか、そんなのは言い訳にも
ならない。
 思い出せ、俺の脳味噌。絞り切れ、海馬。飛び出せ、ピリオドの向こう側!


 イイィィィィィマアァァァァァジイィィィィィィン!!!
 (注;イマジン(imagine)は『想像する』という意味です)
 

 脳味噌の血管が切れそうなほど頭をフル回転させる。
 知らず知らずのうちに手に力が入り、シーツに指を立てた。と、何かが手の中で音を立てる。右手の中に
シーツとは別の感触があった。
 ゆっくりと握り込んだ手を広げてみる。
 映画のチケットくらいの大きさの紙が指の人差し指と中指の形にシワシワになっていた。あまり質のいい
紙ではない。ざらざらとした表面に書いてあったのは……

「……卵1パック98円。お一人様2パックまで……マジ!?」

 ヤバい。これはヤバい。
 きっとブルジョアーヌな人々は、ハーブで育てた鶏の卵とか、黄身が指で摘める卵とかを常食してるんだ
ろうが(偏見)、庶民からしたらこれは一大事件だ。貧乏学生にとっては、もう万難を配して買いに行くべ
きだ。むしろ二回は並ぶべきだ。
 このチラシ、一体いつのだ? そもそもどこのスーパーの……なんてこった! 切れてるじゃないか!
 一体どこのどいつだ。チラシをこんな細切れにして遊ぶなんて。お陰で大事な情報がゴッソリ抜け落ちて
るじゃないか! 隣のキャベツの写真も真っ二つだ! 謝れ! キャベツに謝れ!
 そうだ、裏はどうだ!? 裏になにか有用な情報は……


『かたたたき拳』



 ――なにこの謎拳法。

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6/16(土) 15:20
 

 ケーキは出来上がっていたが、二人の顔は浮かない。
 真っ白いクリームが、のっぺりとしたゴムの作り物のように見えて、双子はうんざりとした表情を浮かべた。
「残念やったなぁ……二人とも」
 おかんが眉を寄せて声をかけると、このみは顔を真っ赤にして、
「ざんねんなんかや、あらへん!」
 と声を荒げた。妹はに至ってはずっと無言で、ケーキを睨みつけている。
「……」
「う〜ん……明日渡すのも、ちょっと危なそうやしなぁ。ウチらで食べてまおか」
「ん……しゃぁないな」
「……」
 双子が同時に頷くと、おかんは重苦しい空気を振り払うかのように、わざとらしい声で言った。
「んじゃ、お茶淹れるからな。二人はあっちで待っといてな〜」
 その声を聞いて、姉妹は台所から出て行った。と、あかねがテーブルの上から、裏が白いチラシを一枚、取
っていく。
「ん? 何するん?」
「……らくがき」
 おかんにポソリとそう告げると、自分のクレヨンとハサミを机の引き出しから取り出した。
 お茶を淹れている間、このみは、あかねに声を潜めて尋ねる。
「なぁ、あーちゃん……どないする?」
「……ケーキは、くさる……」
「せや。ったく、あのアホ……よりによって、今日でなくてもいいやんなぁ?」
 おかんが鼻歌を歌いながら紅茶を淹れている後姿のすぐ横に、カレンダーがかかっていた。お湯が沸いて、
シュンシュンと景気のいい音を立てるが、それは二人の今の気持ちには、余りそぐわない。
 『兄』の文字を塗りつぶしていても、二人は明日のことを忘れたことはなかった。
 視線をカレンダーから自分と同じ顔をした妹へ戻すと、その口元が再びボソボソと動く。
「ケーキが、腐る……なら、くさらないものを……やれば、いい」
「え?」
 首を傾げる姉の前に突き出されたのは、チラシの裏に青のクレヨンで書かれた
『かたたたき拳』
の文字だった。

「……ドレイにやるのは……チラシのうらで……じゅうぶん……」

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6/17(日) 09:10 


 待て待て待て……
 よく見れば、ベッドの付近に同じような紙の束が散らばっている。
 あるものは特売の情報を上にし、あるものはクレヨンの文字をこちらに見せ、折り重なって床に落ちていた。
 色とりどりのクレヨンの文字は、今手元にある『かたたたき拳』に始まり、『マッサージ拳』『耳そうじ拳』
といったライトなものから、『せなかながす拳』『いっしょにねる拳』という比較的過激なものまである。
 中には、『だっこする拳』『すりすり拳』等、どっちが得なのかよく解らないものもみえた。
 そして、なぜか字をことごとく間違えてる。『拳』より、『券』の方が漢字として簡単な気がするのだが。
 だが、そんな突っ込みどころよりも、目が覚めて完全にクリアになった俺の頭を騒がせるものがあった。
 ベッドの傍らにおいてあるタンスの上に、卓上式のカレンダーが置いてある。その第3日曜日、すなわち今日
の日付の部分に、印がついていた。
 俺の部屋のカレンダーなのだから、印をつけたのは俺のはずだ。
 なんで印をつけた?
 
 ――そう、あれは先月の母の日の出来事でした。 
 俺は双子と共に、隣のお母さんへ日頃の感謝の気持ちを込めてケーキを作ったのでした。
 そして、その日の夜。お母さんは言いました。
『あ、そうだ。じゃぁ、一個、いいこと教えますわ』
『あの子ら、来月の父の日に印つけてるんですよ? 『父の日』の『父』を塗りつぶして、代わりに『兄』って』
『一ヵ月後、楽しみにしといて下さい』
 一ヵ月後――
 
 そうだよ。
 そうじゃないか。
 
 今日がその一ヵ月後じゃないか――。

 俺は一体なにをやってるんだ。
 きっと双子は今日を楽しみに、俺に内緒のつもりで準備を進めてきたはずなのに。
 当の本人は酒で飲んだくれて、夜遅くに帰ってきて……。

 だが、まだ疑問は消えない。
 双子の顔についてる、この白いヤツはなんだ?
 どう見てもせいs……いや、やめてくれ。
 流石に、酒に酔っていたとはいえ、小学生に手を出すほどの犯罪者気質はないはずだ。多分、きっと、おそらく。
だが、記憶がない以上、情けない話だが自分を信用できないのも事実だ。
 この白いのは……。
 俺は恐る恐る、このみちゃんの顔へ手を伸ばしてみた。震える指でそれを掬い取り、鼻先に近づける。
 
 ――甘い臭いがした。

「……クリーム?」
 思わず呟くと、それに応えるかのように、双子が同時に目を開けた。

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6/16(土) 16:30

「ごめんなぁ〜! ほんと、ごめん!」
 おかんは大げさに言うと、両手を合わせて二人に頭を下げた。
 今しがた、電話で会社から呼び出しを受けたところだった。おかんは出版社で働いていて、普段からとても忙し
い。そもそも今日ケーキを作ったのも、日曜日はおかんが忙しいから、今日にしようという理由だった。
 二人は、こういう事態にはもうすっかり慣れっこなので、特に怒る気もしなかった。
 というか、今となってはむしろ好都合ですらある。
 このみとあかねは、そんな考えは顔にも出さずに、
「大丈夫やから! 行ってき!」
「……きぃ、つけて……」
と送り出した。おかんはそこで感極まったように、顔をクシャクシャにして突然、二人を抱き締めた。
「おかんは幸せもんやなぁ……こんなえぇ娘らが居るんやもんなぁ」
 そう。
 おかんだって、休日くらいは娘たちと一緒に過ごしたいはずなのだ。日頃なかなかそれが出来ないことに、心
苦しさを覚えているのも、知っている。だから二人は相談して、こんなときは絶対に笑顔で送ることにしようと
決めていた。
「く、くるじい……」
「お、おかん……」
 双子が抗議すると、ようやく腕の力が抜ける。
「ハハ、ごめんなぁ……よっしゃ! バリバリ稼ぐでぇ!!」
 とてつもなくパワフルな雄叫びを上げ、おかんは颯爽と玄関を出て行った。その姿は、まさに双子が思い描く
『デキる女』の姿であり、同時に彼女たちの(年齢相応に漠然とはしているが)目標でもあった。
「さて……」
 このみは閉まったドアを見てから、妹の方を見た。あかねも、それに応じて頷く。
 おかんは明日の夕方まで帰ってこない。その間の食事は、出かける前におかんがチンするだけで食べられるよ
うに用意してくれていた。
 あとは、あんちゃんの帰りを待つばかりだ。

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6/17(日) 09:12

こ『んく……あんちゃん……?』
あ『……おはよう』
 以前、双子と旅行に行った際、すさまじく寝ぼけられたことがある。だが今回は残念なことに、ごく普通に目覚
められて、ごく普通に挨拶をされた。
タ「おはよう……」
 双子は全く同じ動作で目をこすり、それから部屋中に散らばる『〜拳』を見回してから、俺を睨んできた。
双子『『あんちゃん……』』
タ「はい、なんでしょう……』
 まったく同じ笑顔。全く同じ声。だが、なぜか不安が胸の中を駆け回る。嵐の前の静けさとはまさにこのことか。
 それから、二人は全く同じリズムで大きく息を吸った。
 一瞬の溜めを作った後。

双子『『このっ! ドアホウ!!』』

 二つの足が、俺の腹を蹴り飛ばした。
 凄まじいチームワークによる、ツープラトンキック。俺はなす術もなく、ベッドから転げ落ちる。
 ヤベェ、コイツは世界が狙えるぜ……。
 だが、打ち付けた背中の痛みに耐える時間も与えられない。
 そのまま、二人は衝撃の言葉を放った。
こ『こ、このぉ、う、うちらに、よくもあんなこと……』
あ『もう……およめに、いけへん……』
こ『せっ、せきにん、とってもらうからな! このドヘンタイが!(////』
あ『……一生……かけてもらう(////』
 
 ΩΩΩ<な、何だってー!!

 待て、顔についてる白いのは、クリームだったはずだ。俺は断じて無実の――
双子『『……』』
 あれれ〜? 双子の真っ赤な顔を見てたら、なんか段々自信なくなってきたよ〜……
 俺は一体、何をしてしまったというのだろうか。
 一つだけ言えるのは、俺が何をやらかしたとしても、それは酒のせいであって、俺は悪くないということだけだ。

 うん、言い訳なのは知ってる。だが、俺に言えることはもう、言い訳くらいしか残されてない。

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6/16(土) 23:17

「……ふあぁぁぁ」
 あんちゃんが帰ってくるまで待つ。
 口で言うのは簡単なことだが、『遅くなる』というのは当然、子供の感覚とは大きく異なる時間だ。
 夜11時も回ると、どちらともなくあくびを連発し始めていた。
 この時間になると、子供が見て面白いような番組も少ない。消えているテレビの画面に、テーブルと眠そうな双
子の様子が凸面に歪んで映っていた。
 テーブルに突っ伏して手作りのチケットの束を指でいじりながら、このみはトロンとした声で妹を呼ぶ。
「あーちゃん……?」
「ん……」
 あかねもまた、同じようにテーブルに伏せていた。
「ねてへん?」
「……へーき」
「……うちら、なんでこんなことしとるんやろな……」
「せやな……」
 しばしの沈黙。
 そして、再開。
「あーちゃんは、あんちゃんが……すきなん?」
「……だれが、やねん……このちゃんこそ……すきなんやろ?」
「すきなわけ、ないやん……」
「うち、しってるで」
「なにを?」
「このちゃん……こっそり……『けっこん拳』つくってたやろ」
「そのセリフ、そのままかえすわ」
「む……考えることは、いっしょか……」
「そういうこっちゃ」
 不思議と、お互いに恥ずかしいという気持ちは沸かなかった。一見、性格も正反対のような二人だが、同じ
オモチャを取り合うのはしょっちゅうだったし、それほど広くないアパートの部屋に無理やり置いてある二台
の勉強机も、殆ど同じような形で物が置かれている。
 だから、もうとっくにお互いの気持ちには気がついていた。だけど、やはり『けっこん拳』のことまでお見
通しとなると、苦笑いを抑えられない。

 ――静かな夜だった。

 週末の夜だからか、アパートの住人殆どが出かけているようだった。閉めたカーテンの隙間から見える外は
すでに真っ暗で、もしかしたらこのまま誰も帰ってこないのではないかと不安になってくる。
 ふいに、あかねがゆっくりと頭を起こした。
「? どしたん?」
「……おなか、すいた」
「ん……せやな。そう言われれば」
「……ケーキ、食べてまう?」
 昼間に食べたケーキの余りが、まだ冷蔵庫にラップをかけて入っている。二人で分ければ、今の腹具合には
ちょうどいいかもしれない。
 冷たくなったケーキを分け合ってつついていると、表の方で足音がした。同時に、上機嫌そうな鼻歌も漏れ
てきている。その声を聞いた双子の手が、同時に止まる。

「「あんちゃんや!!」」

 立ち上がるのも同時。
 玄関へ駆け出すのも同時。
 頬っぺたのクリームさえも、同じだった。
 違うのは、姉がチケットの束を手にしていることくらいだ。
 ドアを開けて、狭い玄関を押し合いながら外に出ると、自分の部屋の鍵を開けているあんちゃんが居た。
「♪〜〜……お……」
 二人を見たあんちゃんは、鼻歌をやめて呆気に取られたようだった。確かに、もうそろそろ日付も変わると
いう時間に二人が出てくれば、驚きもするだろう。
 だが、すぐにその顔は角砂糖に水を垂らしたように、ニヘラ、と崩れた。
「あ、あんちゃん……そ、そのな。う、うちらはべつに、なんとも思ってないねんけどうゎひゃあぁっ!!」
 このみの台詞は、神風のようなあんちゃんの動きによって遮られた。
 普段は見せない恐るべき機敏さで、あんちゃんはこのみを抱き上げたのだ。
「ははは〜っ! かぁ〜いぃなぁ〜! このちゃんは〜!!」
「や、やめっ! お、おろせや……にゃぁ……」
「こ、このちゃん……」
 只ならぬ様子に思わず声を上げたあかねと、あんちゃんの蕩けた目がかち合う。
「んふふ〜……ろっくお〜ん!!」
「え……やぁっ!!」
 そのまま、二人一緒に抱え上げられた。
「ちょっ、このぉ……ヘンタイ! おろせぇっ! おおごえだすで!?」
「くっ……チカン……とうとう、ほんしょうを、あらわしよったな……っ!」
 仮に、この場で二人が大声を出して助けを求めたとしたら、もうあんちゃんは一溜まりもなかっただろう。
 だが、今日の彼はそんなことでは怯まない。
 なぜなら、酔っているから。
「んん〜、どーひた、二人ともぉ〜、いつもは、『あんちゃん』『あんちゃん』ってラヴラヴじゃないかぁ〜!」
「「だれがラブラブやねん!!」」
 息の合った突っ込みも空しく、あんちゃんはそのまま二人の顔で自分の顔をサンドイッチするように、頬擦りを
してきた。 夜も遅く、伸びかけたヒゲが当たる。そのせいで、頬っぺたについたままのクリームが盛大に伸びて
しまったが、それどころではなかった。
 そのジョリジョリした感触は、二人のおとんがふざけてそうしたのと、よく似ていたのである。双子だけに、そ
れに気づくのも同時だった。
「うにゃ……」
「あぐぅ……」
 気づいてしまうと身体から力が抜けてしまう。酒の臭いに混じって漂う汗臭さも、おとんの記憶を刺激して、逆
らう気力がなくなってしまった。
「ん〜? なんか、急におとなしくなったにゃ〜。よしよし、ご褒美に、撫で撫でしちゃるぞ〜!」
 ワシワシと乱暴に二人の頭を撫でると、あんちゃんはゆっくり二人を地面に降ろした。
「んふふ〜、じゃぁ、おやすみぃ〜」
 そう言って、自室に引っ込みそうになるあんちゃんを見て、このみが一足先に我に帰った。
「ハッ!……あ、あんちゃん! ちゃうねん!!」
「ん〜、なんだぁ。良い子はもう寝る時間だぞぉ〜!」
 この男の酔い方の特徴なのか、無駄に声がデカい。少々うんざりしながらも、このみは手に持ったチケットの束
を突き出す。
「こ、これ! ひ、ひごろ、せわになっとるれいや!」
「ありがたく……う、うけとれ……」
 一番上は『かたたたき拳』になっている。うけとったあんちゃんは、きょとんとした後、それからおもむろに絶
叫した。
「おおおぉぉぉぉっ!! これは凄いぞォ!!」
「な、なんやねん! うっさいわ!」
「……め、めーわく……ほな、かえろ。このちゃん」
「せ、せやね、あーちゃん」
 かなり派手なリアクションに、喜ぶよりも驚きが先行した二人は、一先ずここは退くことにした。
 だが、背中を向けた瞬間に、後ろから伸びた腕に絡みつかれる。
「えっ、ちょ……」
「ありがとなぁ〜、二人ともぉ〜……あんちゃんは嬉しいよぉ〜!」
「わ、わかれば……えぇから……」
 完全に酔っ払いのペースに飲まれて、ドン引きの二人は腕を振り払おうともがいた。だが、あんちゃんは離して
くれない。むしろ、腕にぎゅうっと力を込めてきた。
「これは、このまま帰すわけにはいかないにゃぁ〜?」
「「はぁっ!?」」
「今日は一緒に寝たげよぉ〜!」
「「はあぁぁっ!?」」
 双子の声を無視するかのように、すさまじい力が働いき、玄関の奥へと引きずりこまれる。
「「ぎゃあああぁぁぁぁぁっ!!」」
 叫び声の残響が消えた後、あんちゃんの部屋のドアが静かに閉まった。

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6/17(日) 09:30

タ「すみませんでした!!」
 視界に見えるのは、フローリングの木目と、そこについてる自分の両手。
 日本の伝統、DO☆GE☆ZA☆ってヤツです。
 両手の先には四つの足がプラプラしている。ベッドに腰掛けた双子は、膨れっ面で俺を見下ろしていた。顔につ
いていたクリームは綺麗に洗い落とされてはいたが、それが何の慰めにもならない空気だった。
 昨夜の自分の行動を説明され、顔から血の気がザアザアと引いていくのが解った。よくもまぁ、近所の人に通報
されなかったもんだ。
 床に散らばったままの『〜拳』が、その先の惨状を如実に語っている。
双子『『……はぁ』』
 双子は同時ため息をついた。
こ『ま、えぇわ……はんせいしとるようやしな』
あ『つぎは……ない』
タ「肝に銘じます」
こ『それよか……これ、どないする?』
 顔を上げると、床中に散らばったチケットを見ていた。その眼差しは、どことなく悲しそうだ。確かに、自分た
ちが作ったものをこんな扱いされては、いい気持ちはしないだろう。
 俺は罪滅ぼしも含めて、懸命に懇願した。
タ「それはもう、二人さえ良ければ、全力で活用させて下さい!」
 それを聞いた二人の顔が、ニヤけかけて留まった。
あ『と、とーぜんや……ウチらのプレゼントやもん……』
こ『つ、使わんなんて、ありえへん! ぜんぶ、キッチリ使ってもらうからな!』
 床に散らばった大量のチケットは、全部で30枚ほどありそうだった。すべて使うのは骨だろうが、これも仕方
のないことだ。まぁ、一週間くらいかければ、いけるだろう。
 それにしても、さっきまで怒っていたのにこの変わり様。決して馬鹿にするわけではないが、子供はやはり単純
だと思う。
 明らかにニヤけるのを我慢してる顔を見て、安堵の息を漏らしかけた瞬間だった。

こ『あ、せや。ゆうこうきげんは、きょうまでやからな!』

 それはまさに神の宣言。
タ「きょ、今日中にこれ全部消化すんの!?」
あ『あたりまえや……『あにのひ』のプレゼント……やもん』
こ『つかいきれんかったら、ゆうべのこと、おかんにぜぇ〜んぶ、ほうこくしたるかんな!!』
 無茶苦茶な理屈ではなかろうか。
 それに、肩叩き程度ならともかく、それぞれ違うバリエーション豊かなチケットを一日で使い切るのは厳しい。
あ『なに、ボヤボヤしてる……』
こ『せや! アホづらしてたら、日がくれてまうで! な、なにからするんや! マッサージか!? だ、だっこ
  か!?(////』
あ『耳……きたない……そうじ……する……ひざまくら、ひざまくら(////』
 ベッドから降りてしゃがみこみ、俺と目線を同じにして詰め寄る双子に、俺は焦った。
 鏡合わせに同じ顔が迫ってくる感覚なんて普通では中々味わえないだろうから、この際どんな感じか教えておく。

『No』って言えなくなるんだ。

 この場で『No』って言えるヤツが居たら、俺はそいつに一生ついていく。もうマジで。
タ「え、えっと……」
 黙っていてはマズい。俺は手探りで床を探った。
 その中で一番最初に手に触れたものを引っつかむと、二人の目の前に差し出す。
タ「じゃぁ、これで!!」
 はっきり言って何が書いてあるかすら見てない。適当にこの場をしのぐためのものだった。俺の方からは、ス
ーパーのお買い得情報が見えるだけだ。
 だが、それを見た双子は一瞬顔を真っ赤に染め、それからお互いに顔を見合わせて頷き合うと、すっと身を引
いた。そのまま、トコトコと玄関の方へ向かう。
タ「え? アレ……」
 俺が「どうした?」と尋ねるのを遮るように、双子は同時に言った。
双子『『30分ごに、しゅうごうや(////』』
 何だ? どういうことだ?
 とてもイヤな予感がする。
 俺は、恐る恐る手の中のチケットを見た。
 そこには、赤いクレヨンの子供らしい文字で、
 
 『デート拳』

と書いてあった。 


 
 ――ちなみに。
 この後、2枚の『けっこん拳』という最終奥義の前に、俺は完全に撃沈されることになるのだが、その件に関し
てはまぁ、想像に任せることにする。


                                             終り


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