その1

秋の夕方。
ボクは大好きな公園にいた。
でも今日はとても悲しいことがあって、大好きな公園の景色も黒い絵の具で塗り潰されたように真っ暗だった。
「・・・なんでボクだけ」
ボクは気がつくと涙を流していた。泣いてもどうしようもないのに、そんなことはわかっているのに、涙は止まらなかった。
「うっ・・・ううっ・・・」
ボクが座っているブランコの下は、涙でびしょびしょになっていた。
「どうしたの?」
突然、ボクの頭の上から声が聞こえてきた。すべてを優しく包んでくれそうな・・・そんな男の人の声だった。
「な、なんでもないよっ!」
ボクは急いで涙を拭うと声のしたほうを睨み付けた。中学校の制服を着たお兄さんだった。
「なんでもないってことはないだろ〜。お前、肉まん好きか?」
「えっ!?き、嫌いだよっ!」
「なあんだ。じゃあオレ一人で食うからいいや」
お兄さんは袋から肉まんを取り出すと勢い良く口にほうばった。
「ん〜、こりゃあうまいな!」
「・・・いらない」
「ほんとに?実はもう一個あるんだぜ?」
「・・・いらないもん」
「じゃあこれも食べちゃおうかなぁ」
お兄さんは袋の中からもう一つの肉まんを取り出した。・・・ボクは本当はすっごくその肉まんが食べたかったけど、素直に食べたいと言えなかった。
ボクは肉まんを見ないように自分の膝を眺めていた。・・・すると、お兄さんはボクの膝の上に肉まんを置いた。
「えっ・・・?」
驚いてお兄さんのほうを見るとお兄さんは一瞬ニコッと笑い、ボクの隣のブランコに座った。
「いらないってばぁ」
「まぁ、そういうなって!寒いときには肉まんが一番だぞ」
「うぅぅ・・・」
ボクはしばらく膝の上に乗せられた肉まんを眺めていたが、やがてその肉まんを一口だけ食べた。
「もぐもぐ・・・」
「なっ!うまいだろ?」
「ふんだ・・・」
ボクはできるだけお兄さんのほうを見ないように、肉まんを食べた。・・・だって、こんなの恥ずかしいもん。
「お前さ、年いくつだ?小学5年生くらい?」
「なっ・・・!!ボクは6年生だよっ!バカにするなっ!」
「ボク・・・?お前女なのに自分のことボクって言うのか。変わってるなぁ」
そう言われてボクは「かあっ」と顔が熱くなっていった。自分でも顔が赤いのがわかるほどに。
「うるさいなぁ!ほっといてよっ!」
「ははは。わりぃな。ちなみにオレは中学2年だ」
「聞いてないよっ!」
ボクはお兄さんから顔を背けて怒鳴った。なんだろう、お兄さんと話しているとすごくドキドキしちゃうよぉ・・・。
「なに怒ってんだよ?ま、いっか。んじゃあオレは帰るぞ!」
「え・・・」
お兄さんはブランコから立ち上がると地面に置いたカバンをひょいと拾い上げ、ボクに背を向けて歩いて行った。
「ぃゃ・・・」
お兄さんが行っちゃう・・・もう会えなくなっちゃうの・・・?そんなのイヤだよ・・・。
「いやっ!!」
気がつくとボクはブランコから立ち上がって、お兄さんのほうを見つめながら叫んでいた。
「ん?」
「あっ・・・」
お兄さんは立ち止まり、不思議そうな表情でボクを見つめていた。
ボクはつい大声を出してしまったことに恥ずかしさを覚え、顔を真っ赤にしながら地面に視線をうつした。
「どうした?」
「あ、う・・・その・・・」
ここで勇気を出さないと、お兄さんに二度と会えなくなっちゃうよ・・・!
「あ、明日も・・・その、ここに来てくれる・・・?」
恥ずかしいよぉ。変な女って思われたかなぁ。
お兄さんは少し間をおくと、ボクにニコッと笑いながら言った。
「ああいいよ。んじゃあ、また明日な!」
「えっ・・・?」
お兄さんはまたボクに背を向けるとすたすたと歩き始めた。
「・・・よかった」
ボクはホッとすると、ランドセルを持って走りながら家に向かった。
いつのまにか今日あった嫌なことも全部忘れていた。
その日から、ボクとお兄さんは毎日のように公園でお話しをした。
お兄さんは中学校の話を。ボクは小学校の話を。話しがつきることなんてなかった。
そして、秋が終わり冬になり、クリスマスの日がやってきた。
ボクはこの日のために手作りのクマさんを作って、お兄さんに渡そうといつもの公園に向かった。
「お兄さん・・・遅いなぁ・・・」
公園の時計は7時を指していた。ボクはすっかり寒くなってしまった手に、はぁはぁと白い息を吹きつけた。
「お兄さん・・・」
ボクはベンチに座りながらうつむくと、始めて出会った時と同じように頭の上から優しい声が聞こえてきた。
「わりぃわりぃ。遅くなっちまったな・・・」
お兄さんは申し訳なさそうにボクの隣に座った。
・・・なんだか、その時のお兄さんは元気がないように見えた。
「ふんだ。ボクは遅刻するお兄さんなんて大っきらいだよっ!」
「ははは。ほんとわりぃな・・・」
・・・やっぱり何かが変。お兄さんらしくないよ。なにかあったのかな・・・。聞いてみよう。
「お兄さんなんか変。なにかあったの?」
「あ、うん・・・」
お兄さんは視線を地面にうつした。空からは雪がこぼれ落ちだしている。
「実はさ、オレ、明日引っ越すんだ」
その一言はボクの頭の中を真っ白にした。お兄さん、そんなのイヤだよ・・・。
「今まで親に必死で反対してきたんだけどさ・・・ダメだったわ・・・」
ボクは何も喋れなくなっていた。空から落ちてくる雪は、ボクの頬や指、髪の先まで痛いほどに冷たくしていった。
「・・・オレ、この街好きだったんだけどな」
「イヤ・・・お兄さん、行かないで」
気がつくと、ボクの目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。それは地面に落ちると悲しそうに雪を溶かしていった。
「・・・お前とさ、始めてあった時、どうしてもほっておけなかったんだ」
「え・・・?」
「今みたいにさ、泣いてたじゃん」
「な、泣いてなんかいないよっ!」
ボクは急いで涙を拭うとお兄さんのほうを見つめた。お兄さんはその様子をみてニコッと笑った。
「・・・ボクが、あの時泣いていたのは」
ボクは、あの時泣いていた理由を話し始めた。お兄さんはボクの話しを黙って聞いていてくれた。
やがて、ボクの話しが終わるとお兄さんは一言。
「それは自分で決めることだよ。・・・つらいだろうけどガンバレよ」
そう言ってくれた。
ボクとお兄さんは雪の降る中ずっと話しをしていた。いつまでも話しをしていた。
でもボクはこの日、お兄さんにクマさんをあげることも、気持ちを伝えることもできなかった。

・・・そしてボクは、お兄さんに知られることもなく死んだんだ。


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