その2

『次は〜雪桜町〜、雪桜町〜』
タカシ「ふぅ・・・やっと着いたかぁ」
この街を離れてから何年の月日が流れただろう。
オレ、稲本タカシは大学の冬休みを利用して、かつての故郷である雪桜町に戻ってきたのだった。
タカシ「なつかしいなぁ」
改札を抜け駅から出ると、そこには昔の空気が辺り一面に広がっていた。
これからこの街でオレが目指す場所は、昔住んでいた自分の家。
オレはしばらくの間、その家で寝泊りするのだ。
昔の記憶を頼りにその家に向かう。が、案外あっさりとついたため拍子抜けしてしまった。
タカシ「・・・ん?」
家の前を見ると、見慣れないばあさんと女の子が会話していた。
女の子のほうは見たところ高校生か大学生くらいだろうか。とても綺麗な顔と長い髪が印象的だった。
不審に思いながらもオレはその二人に近づいていった。
タカシ「あのー・・・」
オレがそう言うと、二人はゆっくりとオレのほうを振り向いた。が、女の子のほうはオレの顔を見ると、物凄く驚いた表情に変わり、全速力でその場から去っていってしまった。
タカシ「・・・」
ばあさん「ひょひょひょ」
その様子を見てばあさんは不気味に笑いだした。いや、これがこのばあさんの素の笑い方なのかな。
タカシ「なぁ、ばあさん。なんで人んちの前にいるんだ?」
ばあさん「ひょひょひょ」
タカシ「おーい・・・」
ばあさん「ひょひょひょ」
・・・ダメだ。完全に逝ってしまっている。オレはとりあえずばあさんは無視して家に入ろうとする。
が、その時。

ばあさん「お前に変えられるかのぉ・・・」
タカシ「・・・は?」
ばあさん「ひょひょひょ」
ばあさんはオレに向かってそうつぶやくと、笑いながら去ってしまった。
タカシ「・・・変なばあさん」
オレは家に体を向け直すと、ゆっくりとドアを開いた。・・・中は予想どおりほこりだらけになっていた。
タカシ「うへぇ・・・こりゃあ一日目は掃除だけで終わっちまいそうだなぁ」
とりあえず部屋に荷物を置くと、掃除用品と昼飯を買いに行くため近所のスーパーに向かった。
その途中、道端でばったりとさっきの女の子に出会った。
タカシ「あっ・・・」
女の子「あっ・・・」
その瞬間、二人の間に優しい風がふいた。女の子の長くて綺麗な髪が優しくなびく。
タカシ「・・・」
女の子「・・・」
二人の間に流れる沈黙。なんだろう・・・。オレはこの子にどことなく、なつかしさを感じていた。
タカシ「あの・・・」
女の子「あの・・・」
同時に出てしまった・・・。
女の子「・・・な、なに?」
タカシ「あ、いや、さっき、オレんちの前にいたよね?」
この子の綺麗さと、妙ななつかしさでイマイチうまく喋れない。
女の子「うん・・・そうだね、お兄さん・・・」
タカシ「お兄さん・・・?」
何かが思いだせそうだけど、なぜか思い出せない。なんだろう・・・この気持ちは・・・。
女の子「・・・」
タカシ「あ、いや、オレのことはタカシでいいよ、タカシでさ!」
女の子「えっ・・・!?」
女の子はとても悲しそうな表情に変わり、オレの顔を見つめてきた。心なしか、その目は少し潤んでいる気もする。
タカシ「どうしたの?」
女の子「ねぇ、もしかしてお兄さんはボクのこと・・・」
そこまで言うと女の子はうつむきながら黙ってしまった。
タカシ「あの・・・」
女の子「お兄さんの・・・バカ!!」
女の子はオレの前から走り去ってしまった。泣いていたようにも見えた。
タカシ「なんで・・・」
オレはしばらくの間、呆然と立ちつくしていた。

考えていてもしょうがないのでスーパーで掃除用品と昼飯を買い、家に戻って掃除を始めた。
半分くらい掃除が終わったところで時計は五時をまわっていた。
タカシ「休憩するかな・・・」
オレは近くのコンビニで二つの肉まんを買うと、そのまま家に帰ろうとした。
が、ふと近くにあった公園のことを思い出し、そこに行ってみることにした。
公園は相変わらず人がいなく、昔のままの雰囲気が気分を落ち着かせた。
ベンチに座って肉まんを食べようとすると、近くのブランコから人の気配がした。
・・・そこにはさっきの綺麗な女の子がいた。一人ぽつんとうつむいていて、とても寂しそうに見える。
タカシ「・・・話掛けてみようかな」
オレはベンチから立ち上がると女の子のほうへと向かった。女の子はオレに気がつくと、はっとした顔でこちらをみつめた。
女の子「・・・」
タカシ「肉まん、食うか?」
オレは女の子に肉まんを差し出す。女の子は一瞬だけオレの顔を見るとまた地面に視線を戻した。
女の子「いらない」
タカシ「そう・・・」
オレは女の子の隣のブランコに座ると肉まんを食べ始めた。
タカシ「キミ名前は何て言うの?」
女の子「なんでボクがお兄さんに教えなくちゃならないの?」
タカシ「ボク・・・?」
女の子なのに自分のことをボク。なにか引っ掛かるんだけど・・・なんだろう。
女の子「七瀬唯」
タカシ「えっ?」
女の子「ボクの名前は七瀬唯」
タカシ「唯ね。覚えとくよ」
オレは空を眺めた。夕日で綺麗なオレンジ色に染まっている。
唯「ボクたち、前にもこうして二人でさ・・・」
タカシ「え?なになに?」
唯「・・・ッ!なんでもないよっ!バカッ!」
唯は顔を真っ赤にしながらオレから顔を背けた。漫画だったらまわりから汗が飛び散りそうな感じだ。
タカシ「ふーん」
唯「ねぇ、お兄さん」
タカシ「ん?・・・って、そう言えばなんでオレのことお兄さんって呼ぶんだ?タカシでいいよタカシで」
唯「お兄さんなのっ!ボクがお兄さんって呼びたいからそう呼ぶんだっ!」
タカシ「そ、そう。別にいいけど」
唯「ふんだ!」
そう言うと、唯はぷいと空に視線を移した。心なしか表情が楽しそうだ。
それに夕日に当てられて、ますます綺麗に見える。
タカシ「さて、と。オレはそろそろ家に帰ろうかな」
唯「え・・・」
タカシ「家の掃除がまだ中途半端なんだ。だから早めに帰らないと」
唯「そう・・・じゃあ早く帰ればいいじゃない」
タカシ「うん。じゃあな」
オレは唯に背を向けると、スーパーの袋を持って帰ろうとした。が、その瞬間、唯に背中をつかまれる。
唯「・・・やっぱりイヤ」
タカシ「え?」
唯「・・・あなたと離れたくない」
タカシ「ごめん、小さい声で何言ってるのかわからないよ」
唯「・・・」
唯はしばらく下を向いていたかと思うとにこやかにオレのほうを見つめてきた。
唯「ボクが手伝ってやるよっ!家の掃除!」
タカシ「え?いや、わる・・・」
唯「仕方ないから手伝ってやるんだからっ!感謝しなよぉ」
タカシ「だから、あのさ・・・」
唯「うるさい!ボクが手伝うって言ったら手伝うんだっ!」
タカシ「なんだそりゃあ!!」
オレは唯に引っ張られるかたちで家に向かった。
・・・まぁ、綺麗なお手伝いさんが来るのは嬉しいけどさ、前途多難だよ。


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