その5

タカシ「・・・」
唯「・・・」
オレと唯は無言のまま寒空の中を歩いていた。今は夜。こんな田舎の町に人などいるはずもなく、辺りは閑散としている。
ふと、そんな中一つの人影が見えた。その人影はオレたちを確認すると走りながらやってきた。
?「おいおい!お前もしかしてタカシか!?」
タカシ「え?・・・お前、山田か!?」
唯「・・・!!」
オレは驚いた。まさかこんなところで小、中学校と一緒だった山田と再開するとは。
山田「久しぶりだな!お前いつ帰ってきたんだよ!?」
タカシ「つい最近、旅行がてらな」
そう言った瞬間、唯は「いや・・・」とつぶやくと、後ずさりをした。
タカシ「唯?どうしたんだ?紹介するよ。こいつはオレの悪友の山田って言うんだ」
唯「イヤ・・・お兄さん、ボクに話し掛けないで」
唯の目は今にも涙がこぼれ落ちそうなほどうるんでいた。
その刹那、山田は信じられないことを言った。
山田「・・・タカシ、お前、誰 と 話 し て る ん だ ?」
周りの空気が一瞬にして凍り付いた。山田は一体何を言ってるんだ?
タカシ「は?いや、誰ってこいつだよ。オレの隣にいるじゃん」
山田「・・・オレには見えないが」
その顔は冗談を言ってる顔ではなかった。本当に訳がわからないと言ってるような顔だ。
唯「イヤーーーッ!!!!!!」
唯は突然大きな声で叫ぶと、オレの前から走り去ってしまった。
タカシ「唯!?」
山田「おい!タカシ!どうしたんだよ!?しっかりしろよな!!」
山田はオレの肩をゆさぶりながら、真剣な眼差しで言った。
タカシ「・・・山田、もう一度聞く。お前には本当に見えないし、声も聞こえなかったんだな」
山田「当たり前だ!」
タカシ「・・・わかった」
オレは山田の手を振りほどくと急いで唯のあとを追った。
山田「タカシ!?おい、タカシ!!」
後ろから山田の声が聞こえてきたが、オレは気にせずに走った。
オレの中で、全ての疑問が解けていく。
それは唯が『オレ以外の人間には見えていなかった』と考えれば合点がいくことだった。
タカシ「唯・・・どうして!?」
オレは走った。途中、唯を見失ってしまったが、オレには唯の向かう先がわかっていた。
公園だ。
あそこしかない!オレは全速力で走った。そして・・・そこにはやはり唯がいた。
タカシ「唯!!」
唯はゆっくりとオレのほうへと振り返った。
唯「・・・お兄さん」
・・・変だ。何かが変だ。唯が・・・薄い。いや、半透明というのだろうか。今にも消えてしまいそうだ。
オレは唯のもとへ真っすぐと歩く。唯はずっとオレの顔を見つめていた。
唯「・・・昔ね、小学生の女の子がこのブランコで一人泣いていました」
タカシ「え・・・」
唯はオレの顔を見て、力なく微笑むとそのまま続けた。
唯「その女の子は、重い病気にかかっていたの。そして、もう長くはないってお医者さんに言われて、いつまでもいつまでも泣いていたの」
どくん。
オレの心臓が高鳴った。何かが、何かが思い出せそうだ。
唯「でもね、そんな女の子に中学生のお兄さんが声をかけてくれたの。「肉まん食べるか?」ってね」
どくん。
まさか・・・いや、そんな・・・。
唯「女の子はね、お兄さんから肉まんをもらったの。それがその子には嬉しくて嬉しくて。もっとお兄さんと一緒にいたいと思ったの」
どくん。
唯「それで勇気を出して、また会えますかって。お兄さんは優しく笑いながら「いいよ」って言ってくれたの」
唯はゆっくりとブランコに手をかけると、オレを見つめた。その顔は雪のように悲しげで、美しかった。
タカシ「唯・・・オレ・・・!!」
全てを言い終わる前に、唯は話しを続けた。
唯「それからお兄さんと女の子は、毎日のようにお話しをしたんだ。そして、女の子はその頃からお兄さんに恋をしたの」
唯「でもね、お別れの時がやってきたんだ。それはクリスマスの日。女の子はお兄さんに手作りのクマさんをあげようと思って、ずっと待ってたんだ」
唯「お兄さんは来てくれた。でもね、とても悲しい顔をしてたの。それは、この町を引っ越さなくちゃならない・・・ってね」
唯「女の子はお兄さんを一生懸命引き止めた。でもね、それは無理だったの。女の子にもそれが本当はわかってた」
そして、オレは女の子からとても重大な相談をされたんだ。そう、あれはオレが中2のクリスマス。

――回想――
唯「ボクがね、あの時泣いていたのは、ボクがもうすぐ死んじゃうからなんだ」
タカシ「え?ウソだよ・・・ね?」
唯「ボク、ウソなんてつかないもん!それでね、今手術すれば治るかもしれないんだ」
タカシ「うん・・・」
唯「でも、成功する確率は50%もないんだって。失敗すれば、ボクは死んじゃうの」
タカシ「うん・・・」
唯「でもこのまま手術をしなかったら、一年間は生きられるみたいなの。・・・ねぇ、お兄さん。ボクどうしたらいいのかな・・・?」
タカシ「それは自分で決めることだよ。つらいだろうけど・・・頑張りなよ!」
唯「うん、そうだね!ボク頑張るよ!」
――回想終了――

オレは・・・なんでこんな大事なことを、忘れていたんだよ・・・くそっ!!
唯「・・・思い出してくれた?」
タカシ「ああ。・・・唯、すまん」
唯「本当はね、お兄さんには自分から思い出してほしかったんだ。でも、ボクの独り相撲だったんだね」
タカシ「違う!違うんだ!!」
唯「ボクはもうすぐ消えちゃうんだ。約束、破っちゃったから」
タカシ「どういうことだ!?」
唯「お兄さん・・・短い間だったけど・・・間・・・だった・・・けど」
唯は泣きだしてしまい、そこから先はなかなか言葉にならなかった。
唯「ありが・・・とう・・・ずっと・・・ずっと・・・大好きだったよ」
タカシ「唯・・・!!オレも・・・大好きだ・・・!!」
唯はそのまま「ニコッ」と笑うと消えてしまった。あとに残ったのは静寂だけだった。
タカシ「・・・ウソだろ」
オレは公園に手をついて、がくりとうなだれると、いつまでも泣いていた。そう、いつまでも泣いていたんだ・・・。



気がついたころには朝になっていた。どうやら泣き疲れて公園のベンチで寝てしまったようだ。
タカシ「・・・まぶしいな」
朝日がオレを容赦なく照らしてくる。冬だというのに今日はなぜか暖かい。
タカシ「オレは・・・どうしたらいいんだよ・・・唯」
途方に暮れながら歩いていた。すると、ある表札が目に入った。
七瀬
唯と同じ名字だ。たしか、唯にこの家のことを聞いた時やたらと焦っていた。
まさか・・・!
オレは意を決してチャイムを鳴らした。数秒後、中からどこか唯に似たおばさんが出てきた。
おばさんはオレの顔を確認すると、不審な面持ちで尋ねた。
おばさん「どなた?」
オレは正直に答えた。その昔、唯と公園で話していたということを。
全てを話し終えるとおばさんは優しい表情にかわり、「お兄さん、ね」と言った。
なぜおばさんがオレのことをわかったのか疑問だったが、中に通されたので入ることにした。
おばさん「唯ね、いつもあなたのことを話していたのよ。二言目には必ず「お兄さんがね」ってね」
タカシ「それで・・・唯は!?」
オレがそう尋ねるとおばさんは悲しそうに「もういないの」と答えた。
タカシ「・・・手術、ダメだったんですか」
おばさん「いいえ。手術は受けなかったわ」
!?なんだって・・・?

おばさん「あの子、「自分で決めたんだから手術はしない」って言ってきかなくてねぇ・・・」
まさか・・・オレのせい・・・か。そんな・・・ウソだろ。
おばさん「それでそのまま衰弱して死んだわ・・・」
タカシ「そう・・・ですか」
オレは頭の中が真っ白になっていた。気がつくと、唯の住んでいた家から出て、町をぶらぶらと歩いていた。
タカシ「唯が死んだのは・・・オレのせい・・・」
「タカシ!!」
突然、背後から声が聞こえてきた。声の主は山田だった。
タカシ「山田・・・」
山田「タカシ、聞かせろよ。お前なにか見えてたんだろ?からかったりしねぇから、聞かせてみろよ!」
タカシ「でも・・・」
山田「でももへったくれもあるかよ!お前がそういうウソをつかないことくらいオレにはわかんだよ!」
タカシ「・・・わかった」
オレと山田は近くの神社に行くと、昔のこと、そしてこっちに来てから起こったことを全て話した。
山田「なるほどな・・・」
タカシ「ウソみたいな話だろ」
山田「ああ。だけど信じるぜ。お前以外には姿が見えない、か・・・」
タカシ「うん。そうなん・・・!!!!」
突如、オレはあることを思い出した。それはもしかしたら、この状況を打破できるかもしれないほどのことだった。
山田「どうした、タカシ?」
タカシ「なぁ、山田。もしかして、この町に「ひょひょひょ」って笑う不気味なばあさんがいないか?」
山田「んー?ミコトばあさんのことかぁ?それがどうしたんだよ?」
タカシ「そのばあさんには唯が見えていた・・・いや、むしろ会話してたな」
山田「なっ、マジかよ!?」
タカシ「ああ。オレがこっちに来た初日に、オレの家の前で唯と会話していた。間違いない」
そうだ。たしかに会話をしていた。そしてその後、ばあさんはオレに「お前に変えられるかの」とか言った。
・・・間違いない。このばあさん、何か知っているはずだ。
タカシ「山田!そのばあさんの家は!?」
山田「ここからそう遠くはないぜ!・・・行くのか?」
タカシ「当たり前だ!」
山田「よし、わかった!ついてこい!」
オレは山田についていきながら、そのばあさんの家へと向かった。
そしてばあさんの家の前へ到着する。今にも崩れ落ちそうなボロ屋だ。
タカシ「ここか・・・」
山田「ああ」
タカシ「わざわざ悪かったな。ここからはオレ一人で行くよ」
山田「なっ、オレも行くよ!!」
タカシ「いや、気持ちはありがたいけど、これはオレの問題だ。だからオレ一人で行かせてくれ」
山田「・・・わかった。気をつけろよ」
タカシ「ああ」
オレはばあさんの家へと踏み込んだ。
タカシ「ごめんくださーい!」
返事がない。今は留守にしてるのだろうか・・・と思ったその時!
ばあさん「やっと来おったか」
突如、オレの背後からばあさんが現われた。オレは思わずびくっとしてしまう。
ばあさん「用はなんじゃ?」
ばあさんのその言葉に「はっ」とすると、オレは真剣な眼差しで答えた。
タカシ「唯を・・・助けたい」
ばあさん「ひょひょひょ」
それを聞くとばあさんは不気味に笑いだした。
タカシ「・・・なんで笑うんだよ?」
ばあさん「あの娘のことを忘れておったヤツが何を言うか。バカめ」
タカシ「・・・オレは、おふくろが死んだクリスマスの夜から、クリスマスに関する思い出が全て消えてしまったんだ・・・だから」
ばあさん「そんなのは言い訳じゃ」
ばあさんは「やれやれ」と言った表情で椅子に座ると、オレに語り掛けてきた。
ばあさん「小僧、あの娘がどれだけお前のことを思って、この時代に来たと思っとるんじゃ?」
タカシ「この時代・・・?」
ばあさん「そうじゃ。あの娘は死ぬ一週間前から、この時代に飛んで来たのじゃよ」
タカシ「・・・!?」
ばあさん「わしには人を転生させる力と言うのがあってな。それで娘をこの時代に送ってやったのじゃ」
タカシ「そういうことだったのか・・・でもなんで、唯は突然消えたんだよ?」
ばあさん「わしの力も万能ではない。あるリスクをともなうのじゃよ」
タカシ「リスク?」
ばあさん「まず転生先では思い人以外に姿は見えないこと。それと思い人にそのことがバレたら死ぬ。その二つじゃ」
タカシ「死ぬって・・・そんな!?」
ばあさん「あの娘はそれを聞いても憶せず、お前に会いたいために転生したのじゃ」
タカシ「・・・」
ばあさん「お前にその覚悟があるのか?」
タカシ「・・・ある」
ばあさん「・・・本当じゃな」
タカシ「当たり前だ」
オレはばあさんの目をまっすぐ見て答えた。
ばあさん「・・・ならば行ってくるがよい!」
突然、オレの視界が歪んだかと思うと周りが真っ暗になった。そして・・・。

タカシ「・・・?」
雪?
雪が降っている。
オレはゆっくりと体を起こすと自分の体に、ある違和感を覚えた。
タカシ「学ラン・・・?」
中学生の時に来ていた学ランを来ている。いや、それだけじゃない。体も縮んでいる。
タカシ「うまくいったみたいだな・・・ばあさん、ありがとう」
オレは見事に中2のころへと時を遡っていた。どうやら転生に成功したようだ。
我に返ると自分の腕時計を眺めた。
12月24日午後6時50分
・・・もし歴史がそのままなら、唯はまだあそこで待ってるはずだ!
オレは公園へと走った。息が切れようが全速力で走った。
タカシ「唯・・・!!」
絶対に歴史を変えてみせる!唯のことを助けてみせる!そのことだけを頭の中で考えていた。
そして・・・
タカシ「唯!!」
オレは公園のベンチで一人待つ唯を確認すると、大声で叫んだ。
唯は一瞬驚いた表情をするが、すぐにぶすくれた顔に変わりオレに言った。
唯「お兄さん、遅いよ!ボクもう待ちくたびれたよ!」
小学生の姿の唯。昨日まで一緒にいた大人の唯とは違う唯がそこにはいた。
タカシ「ごめんな」
唯「別に謝らなくてもいいよーだ!お兄さんのバーカ!!」
そう言いながらも唯の唇はわずかにゆるんでいた。
タカシ「唯・・・大事な話があるんだ」
唯「なによぉ?」
タカシ「オレ、明日引っ越すんだ」
唯「えっ・・・!?ウソ・・・」
唯の表情はみるみるうちに変わっていった。その目からは雪に紛れた涙のようなものも見える。
タカシ「本当だ。・・・急で悪いんだけどな」
唯「そんなっ・・・!」
タカシ「でもな・・・」
唯「イヤだよ、お兄さん!!行かないでよっ!ボク・・・ボクッ・・・!」
タカシ「唯、あのな・・・」
唯「お兄さんのバカッ!!なんで急にそんなことを言うんだよっ!!」
タカシ「唯!!」
唯「えっ・・・?」
オレは唯を抱き締めた。小学生の唯を強く強く抱き締めた。
唯「お、お兄さん、なにするんだよ・・・は、離してよ・・・恥ずかしいよぉ・・・」
タカシ「イヤだ」
唯「お兄さん・・・」
唯は背中に腕を回してきた。オレは抱き締める腕にますます力をこめる。
そして・・・言った・・・
タカシ「唯、好きだ」
唯「えっ!?な、な、何言ってるんだよっ!ボクに冗談は通じな・・・」
タカシ「好きだ!大好きだ!」
そこまで言うと、唯は黙ってしまった。降りしきる雪の中、長い沈黙が続く。
やがて、唯は口を開いた。
唯「・・・お兄さん、ボクも・・・ボクも好き・・・」
オレは唯から離れると、真っすぐ彼女を見つめた。
唯は恥ずかしさのためか、顔を真っ赤にしながらうつむいている。
タカシ「唯、手術を受けよう」
唯「!?」
唯は驚いた表情でオレの顔を見た。無理もない。唯は当時のオレに、まだそのことを話してないのだから。
タカシ「治る可能性があるなら、受けないとダメだ!」
唯「お、お兄さん、どうして知ってるの・・・?」
タカシ「・・・唯のことならなんでも知ってるよ」
そう、オレは知っている。唯がどんな想いで大学生のオレのもとへ転生してきたか。唯がどれだけ病気に苦しんでいたか。
そして、当時の唯がどれだけオレのことを想っていたかも・・・。
唯「でも・・・ボク、怖いよ。お兄さんがいないと、怖いよ・・・」
タカシ「・・・なら、約束しよう」
唯「約束・・・?」
オレはベンチの前まで歩いて行くと、くるりと唯のほうへと向き直る。
タカシ「数年後、唯が大人になった時、ここで待っていてくれ」
唯「ボクが・・・大人になった時・・・?」
タカシ「うん。オレは必ず迎えに行く。必ず唯のことを迎えに行くよ」
唯「約束・・・」
タカシ「約束だ。だから、唯も必ず手術を受けてくれ。オレとの約束を守ってくれ」
唯「・・・仕方ないなぁ。約束だよ。お兄さん、絶対約束やぶるなよなっ!」
タカシ「当たり前だろ」
唯「じゃあ、しょうがないからこれあげる・・・」
唯はごそごそとポーチをあさると、中から小さいクマのぬいぐるみを取り出した。
唯「・・・はい」
オレはそれを受け取ると、まじまじと眺めた。所々ほつれていて、お世辞にも綺麗とは言えない。でも、どこか可愛らしいクマのぬいぐるみ。
タカシ「これって・・・」
唯「クマさん・・・。ボクの手作りなんだからなっ!だ、大事にしろよなっ!」
唯はそう言って顔を真っ赤にすると、くるりとオレに背を向けた。
タカシ「ありがとな・・・大事にす・・・」
突然、それ以上の言葉が出なくなった。オレの体が消えかかっている。
ああそうか・・・想い人に全てを告げると転生が終わるんだな・・・。
唯の背中を眺めながら、オレはゆっくりと暗やみの中に引きずり込まれていった。
唯、約束守れよ。
オレも、必ず守るから。
12月24日。
その日は雪が降っていた。
もとの時代に戻ったオレは唯からもらったクマさんを握り締めると、約束の場所、公園へと向かった。
時刻は夜の7時。もし唯がそこに居れば、手術が成功したということ。
居なければ・・・。
タカシ「・・・いや、絶対にいる」
オレは自分にそう言い聞かせると、唯の待つ公園へと足を踏み入れた。
だが・・・
唯は・・・いなかった・・・。
タカシ「ウソ・・・だろ・・・?」
オレは放心状態でベンチへ向かうと一枚の手紙が置いてあることに気がついた。しばらく放置されていたのか、たくさんの雪が積もっている。

その手紙には、こう書かれていた。

『今、お兄さんがこの手紙を読んでいるということは、ボクの手術は失敗したみたいだね。
つまりボクは死んでしまったというわけだ。残念!
ま、しょうがないよな。もともと成功する確率のほうが低かったんだし。
なんとなくわかってると思うけど、ボクはこの手紙を手術前に書いています。
失敗したらお母さんにこの公園のベンチに置いておくように頼んでおきました。
とりあえずボクは手術をするという約束は守ったけど、お兄さんのほうは約束守ってくれたかな?
守ってくれてなかったら怒るからなっ!・・・って、この手紙を読んでいる時点で守ったってことになるか。感心感心。
手術は失敗しちゃったけど、ボクはお兄さんのこと恨んでないよ。むしろ感謝してる。
だって、お兄さんはボクに勇気を与えてくれたんだからね。
それにね、お兄さんがボクに好きだって言ってくれて、本当にうれしかった。
ボク、こんな気持ちになったのはじめてだったんだぞ。
・・・ボクもお兄さんのことが好きです。大好きです。

・・・ボクね、散々強がってみたけどやっぱり死ぬのは怖い。
お兄さんにもう一度だけでいいから会いたい・・・。
会いたいよ・・・。

とまぁ、湿っぽいのはなしにして、お兄さんはボクのことなんかすっぱり忘れて新しい恋を見つけてください!
それじゃ、バイバイ!!
もう一度だけ書くけど、お兄さんのこと大好きでした。
本当に、大好きでした。』


オレは手紙を置いた。
目から涙が止まらなかった。手紙に涙がこぼれ落ちる。地面に涙がこぼれ落ちる。
周りなど気にせずオレは泣いた。声をあげて泣いた。
結局・・・なにも・・・変えられなかったんだ・・・。
タカシ「唯・・・ちくしょう!ちくしょう!!」
舞い落ちる雪が、髪の先、耳の先、指の先まで痛いほどに冷たくした。
タカシ「唯・・・唯ッ・・・!!!!」
クマのぬいぐるみを握り締め、手紙をくしゃくしゃになるまで握り締め、ベンチを思いっきり殴った。殴り続けた。

その時、誰かがオレの肩をトントンと叩いた。
「お兄さん」
!?
オレは聞き覚えのある声に振り向いた。そこに立っていたのは、大人の姿の唯だった。
タカシ「え・・・なんで・・・?」
唯「何泣いてるんだよぉ。顔くしゃくしゃだぞ」
タカシ「いや、お前、手紙・・・」
唯「その手紙ね、手術前に書いたんだけど、手術成功しちゃったから捨てるのもったいなくて。いたずらしちゃった」
タカシ「え、いや、つーかお前、この手紙はシャレにならんぞ・・・」
唯「えへへ・・・ゴメンゴメン」
唯は愛らしく笑った。オレは、その微笑みにもう我慢できなかった。

タカシ「唯!!!!」
オレは唯を抱き締めた。誰よりも強く、強く抱き締めた。
唯「お、お兄さん!?ボ、ボク心の準備がまだ・・・」
タカシ「バカ野郎!!本気で・・・本気で心配したんだぞ!!バカ!!」
唯「・・・ゴメンね」
唯はオレの背中に腕を回すと優しく抱き締めた。
タカシ「好きだ・・・大好きだ!!ずっと・・・ずっと・・・唯!!」
唯「ボクも・・・す・・・す・・・好きっ!!大好きっ!!」
オレたちは雪の降りしきる中、いつまでも、いつまでも抱き合っていた。
タカシ「・・・唯」
唯「・・・お兄さん」
そして、長い長い口づけをかわした。幼い頃から交わらなかった想いが、長い時を経て今一つに交錯した。
ばあさん「若いのぉ・・・」
どこからか、ばあさんがそんなことを言ったような気がした。でも、今のオレには目の前の唯しか見えない。見えないんだ・・・。



クリスマス。それはオレがもっとも忌むべき日だった。でも今は、いや、これからは違う。オレと唯の二人で最高の思い出を作っていくんだ・・・。

冬。美しい雪がオレたちを祝福してくれている。そんな気がした・・・。



糸冬


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