その17

冬休みも半ば、今日は久しぶりの勉強会の日。
本当は毎日でもお願いしたい所ではあったが、さすがに委員長の都合を考えると言い出せず
結局年末までに1回、年が明けてから1回という事でお願いした。
その2回だけでも渋々という感じで承諾してもらったのだが。
ずっと部屋に篭ってたので、久しぶりの外の空気に清々しい気持ちになる。このまま公園とかで、本を読めれ
ばいいなと思わず考えてしまう。
待ち合わせの場所に着くと、委員長はすでに来ていた。長めの白いコート姿に、ちなみが以前に言った『天使』
という言葉をふっと思い出す。確かに、これで羽でも生えてたらより天使っぽく見えて来るはず。
そんな天使は、小さめの鞄を肩から下げ、手には大き目の鞄を持ちじっと地面の一点を見詰めて立っていた。
「おはよう、委員長」
声をかけたが反応がない。ただ、すごく嬉しそうな顔をしたり、ちょっと困った顔をしたりと表情は
変わっている。多分、考え事でもしているのだろう。
こういうときは、軽く声をかけただけではこっち気がついてくれない事は分かっている。
なので、向かいにある花壇の柵に腰掛、考え事が終わるまで待つことにした。
委員長はその後もころころと表情が変わり、今は何を考えているのかすごく幸せそうな顔付き。
不覚にも・・・委員長のこの表情にドキッとしてしまった。
しばらくして、ふと目が合う。どうやら俺が居る事に気がついたようだ。
『あ・・・えっと・・・い、いつからそこに?』
「ん?ちょっと前くらいから」
『どうして声をかけてくれないんですか?』
「声をかけたけたよ。でも、考え事に夢中で気がつかなかったみたいだったね」
ぐっと言葉に詰まる委員長。俺をじっと見詰めたまま、何か言いたげに表情。
やがて、ぷいっと俺に背を向けて歩き始めた。
『その・・・と、とにかく、勉強会始めますよ!』
座っていた柵から立ち上がり、急ぎ足で追いかける。横に並んで顔を見ると、ちょっと怒っているような
照れているような感じ。ちょっとフォローした方がいいかな?
「でもさ、声かけられても気がつかないって集中して考え事してるって事だよね」
『・・・変な奴って思ってるんですよね?』
「いや、そうじゃなくてさ、凄いなって」
むっとした表情でチラリとこっちを見て、さらに歩調を強める。
『凄い変な奴って事ですか?』
「違うって。集中力が凄いって意味で、変な奴とか思ってないって」
『・・・どうだか。そんな上辺だけの言葉じゃ信用できません』
まったく、どう言えば納得してくれると言うのだろう。しかも、フォローしていたつもりがいつの間にか
俺が責められる立場になっているし。
「それにさ、考え事してる時の委員長・・・結構可愛かったよ?」
ピタリと足が止まった。振り返ると、真っ赤な顔でじっとこっちを見ている。もしかして、余計怒らせて
しまったか?
「あ、いや・・・ゴメン、今のは聞かなかった事にして」
『別府君の方こそ変な人ですね。私の事・・・可愛いとか言うなんて』
そう言うと、背中を押してきた。
「わっ」
『まったく・・・馬鹿な事言ってないで、始めましょう?』
背中を押されたままだったので顔が見えないが、言葉はさっきまであった棘が無くなりちょっと柔らかい感じ。
なんだか分からないが、とにかく機嫌を直してくれたようだ。

図書館に入り、割と静かな2階席へと行くと同じ受験生で席は埋まっていた。仕方ないので、1階席へ
移動して、ようやく腰を落ち着ける。
『休み中やったところで、分からない所とかありましたか?』
「あぁ、えっとね・・・数学だとここかな?なんかイマイチ・・・」
『えっと、ここはですね』
学校での勉強会同様、委員長がぴとっと密着してくる。勉強会が始まったときは、まだ触れるか触れないか
くらいの距離だったのだが、最近はもう腕同士がくっついてくる感じだ。
そのたびに、女の子耐性のない俺はドキドキさせられてしまう。いや、もしかしたら・・・委員長だから
こんなにドキドキするのだろうか?
以前『告白なんてありえないです』と言われたけど、こうやってくっつかれたりすると内心では
本当は俺に気があるんじゃないのかな?と切ない期待をしてしまう。
『という感じですが・・・聞いてますか?』
「え?あ・・・いや・・・うん、あはは」
『もう・・・ぼーっとしないで、もっと集中してください』
冬休みが始まって以来、ずっと勉強会がなかったので、久しぶりの感覚についつい気が委員長の方に
行ってしまったようだ。
『まったく、しょうがないですね』
そう言いつつも、2回目を教える時は何故か嬉しそうな顔をする。前に何でか聞いてみたが『そんな事ない
です、気のせいです』の一点張りだったので結局理由は分からないまま。
ただ確実に言えるのは、気のせいでは無いという事。

しばらくそんな感じで勉強をしていると、館内に12時を知らせるチャイムの音が響き渡る。
委員長とほぼ同時に伸びをして、思わず顔を見合わせてニヤリとしてしまう。
そういえば何時までやるか決めてなかった。とりあえず分からなかったところは聞けたし、このまま
解散となっても問題はないのだけど。
「どうしようか?」
『とりあえず、お昼にしましょうか』
どうやら午後も勉強会は続けてくれそうな感じだ。荷物をまとめ、委員長と共に外へ。
外へ出ると、冬とは思えないほどの暖かな陽気。ただ、時折吹く冷たい風がコートを脱ぐのをためらわせた。
『あ、あの・・・お昼ですが』
「うん」
『こ、これを・・・つ、作ってきました』
そうって差し出したのは、手に持っていた大き目の鞄。受け取り、ファスナーをあけると布に包まれてた
四角い箱らしきものが二つと水筒が入っていた。
「弁当?俺の分も?」
『じ、自分のために作ったんですよ?でも・・・どうせ別府君の事だから、何も用意してなさそうですし。
 だから、ついでに・・・というか・・・二つ作るのも手間はそんなに変わらないし・・・』
何とも歯切れの悪い言い方だが、色々言いつつも俺の分も作ってきてくれたという事だ。
母親以外の女性からお弁当を作ってもらうなんて初めてで、すごく嬉しい気持ちになった。
委員長に連れられるままやってきたのは、元々雑木林だった公園。初めて委員長とちなみが対面した場所だ。
カサカサと乾ききった落ち葉を踏み鳴らしながらいつも座るベンチへ。誰もいない公園で二人きり、何だか
デートしてるみたいだ。
でも、それを委員長に言っても多分全力で否定されそう。だから、言わないでおく事にした。
俺がそんな事を考えている間、お昼ご飯の準備は整って行く。広げられた包みの上に置かれた弁当箱の
蓋を開けると、色とりどりの具を挟みこんだサンドイッチ。
「へ〜、凄いな。何時から起きて作ってたの?」
『昨日のうちに具の方は準備してたので、今朝はそんなに時間掛からなかったですよ』
渡されたおしぼりで手を拭いて、一つ摘まんで口に入れる。見た目も良いが、味もまた格別に良い。
そのままの勢いで2つ3つと食べてしまった。
4つ目に手を伸ばそうとしていると、委員長がこっちをじっと見ていることに気がついた。
「あれ?委員長は食べないの?」
『え?た、食べますよ。食べますけど・・・その・・・な、何か感想とか無いんですか?』
「あ、ゴメン。すっごく美味しいよ」
『言うのが遅いです。もうこんなに食べた後で・・・』
「それだけ美味しいって事だよ。言葉で色々言うより説得力あるだろ?」
『そ、そんなの・・・知りません』
ぷいっとそっぽを向かれてしまったが、口元はちょっと嬉しそうに笑っている。
相手が俺であっても、やっぱり作ったものを美味しいって言ってくれれば嬉しいんだろうな。
それからはお互い無言で食べ進め、気がつけば弁当箱が2つとも空っぽになっていた。
「ふぅ、ごちそうさま。全部美味かった」
『え?もう・・・いいんですか?』
「は?」
『あ・・・その・・・た、足りたのかなって』
足りたかどうかで言われれば・・・サンドイッチだったし微妙な腹加減。でも、あんまり食べ過ぎると
眠くなってしまうし、この位が調度いいと思う。
「うん、十分」
『ほ、本当ですか?嘘ついちゃダメですよ?』
もしかして、まだ満腹になっていないのが伝わってしまったのか?それとも、男はみんなもっと食べると
思ってるのだろうか?とはいえ、現に食べ物が無いわけだし、腹が減ってるからと言って何も食べれる訳
でもないだろう。
「ん〜・・・食べろと言われればもっと食べれない事もないけど、この位で十分かな?」
『そ、そういう意味じゃなくて・・・その・・・えっと・・・』
俯いてもじもじとしている。そういう意味ではないってどういう事だろう?考えても考えても
全然分からない。
「なぁ、委員長。どういう意味だ?」
『そ、そんなの・・・私から言わせる気ですか?男として最低ですよ』
もっと疑問が深まった。男として、と言われたからには作法とかの問題でもなさそう。だいたい、こっちは
女の子と二人で食事をするのも始めてなんだから、ちゃっと言ってもらわなくては困る。
マンガや小説なんかでは良く見る・・・待てよ、マンガや小説?
ふとある考えが浮かぶ。委員長もよく本を読んでるし、その中にはきっと今の俺達みたいに女の子から
お弁当を作ってきてもらって、二人で食べるというようなシーンが描かれているのもあるはず。
つまり・・・そういう事か?
「あ、あのさ・・・何となく何だけど」
『な、何ですか?』
でも、このセリフから始まる事って・・・お互いが好き合ってて初めて成立する事。それを言って欲しい
という事は、委員長はやっぱり俺の事が好きなのだろうか?
いや、過剰な期待は禁物だ。とりあえず、思いついたことを言うだけだ。違う可能性も大いにあるしな。
「で、デザートって・・・ないの?」
『・・・』
否定されない。つまり・・・正解か?自分から言ったセリフだけど、体が芯から熱くなってきた。
マンガや小説でこういう展開は、大抵は『私がデザートですよ』っていう感じで・・・キスしたりとかする。
場所も人気の無い公園に二人きり、誰に邪魔されるという事もなさそうだ。
ドキドキしながら、委員長の次の言葉を待つ。視線は自然と委員長の顔―唇へと行ってしまう。
その柔らかそうな、綺麗な色の唇が動いた。
『あ、ありますよ』
そう言うと、鞄に手を入れてみかんを二つとりだした。

「そ、そうだよな。やっぱりデザートとかは男から言った方がいいよな」
『そ、そうですよ。甘いものは別腹っていうじゃないですか?それなのに・・・』
二人して妙な雰囲気の中、みかんの皮をむいて食べる。今が旬のみかんだが、なんだか甘さが足りない感じだ。
その分、酸っぱさが妙に際立っている。なんだか、今の俺の心境を表しているみたいだ。


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