その1 ちなみとちなみ

引き出しから1冊のノートを取り出す。ぱらぱらっとめくり、空白のページへ。
そこに今日あった事を書き込んでゆく。
遅刻しそうになった事、体育で転んだ事、帰り道で見つけた野良猫の事、晩御飯が珍しく上手に作れた事。
そして、それを美味しいよって言って食べてくれた兄の事。
思い出すだけで、嬉しくてにやけちゃう。
書き終わると、そっと引き出しに仕舞おうとしたとき、ふと一番下にあるノートが目に留まった。

「にっきちょう」

子供の字で書かれたノートを取り出す。私が兄から貰った最初のプレゼント。

覚えてる限り昔の記憶は、私が兄の腕の中でわんわん泣いているシーン。
ずっと泣いている訳が分からなかったが、最近になって知り得た事と照らし合わせて
ようやく分かった。
このシーンは柊ちなみだった私が、別府ちなみになった大事な場面。
私の本当の両親は事故で死んでしまった。幼すぎた私は、本当の両親の顔すら覚えていない。
そして、私は両親の親友だった別府さん、つまり今の両親に引き取られた、らしい。
別府さんには私より10歳年上の息子がいて、その人が兄となった。
いきなり見ず知らずの人達から「今日から家族」みたいな事を言われたのだと思う。
その事態を全然理解できず、泣きじゃくる私を兄がそっと抱きしめてくれた。

その次に覚えてるのは、兄がこのノートをくれた所。
この頃の私は、始終大人しくしてようと努めていた。多分、知らない人の家で嫌われないように
していたのだと思う。これも私が養子だと分かるまでは、なんで大人しくしてようと思ってたのか
思い出せなかった。
そんな時に兄が、「にっきちょう」と書かれたノートをくれた。
「いいかい、ちなみ。毎日の出来事をこのノートに書くんだ」
『なんで・・・?』
「そうすると、10年後、20年後に素敵な物語になるんだって。今日、先生が言ってた」
『すてきな・・・ものがたり?』
「ちなみの素敵な物語。お兄ちゃんに見せてくれないかな?」
『・・・うん・・・いいよ』
こうして私の日記は始まる。記念すべき最初のページには二人の人らしき絵。そこに
[にぃに にっきちょう]
と書かれていた。
そういえば、こんな事もあったな・・・とぱらぱらめくる。
[にぃにとまりお][にぃにとけーきたべた][にぃにとおにごっこ]
思わず顔がほころぶ。ほとんど兄との事ばっかりだった。
それもそのはず、両親は共働きだったので学校が終わった兄が保育園に迎えに来てくれ
母親が帰ってくるまでずっと二人で遊んでいた。

ぱらぱらとめくってふと、一際よれよれになったページで止まる。
そこにはこう書かれていた。
[にぃにおこった ごめんなの ゆるしてくれた だいすき]
心のどこかでは本当の兄妹じゃないって分かってて・・・それでも、私のことを
構ってくれる兄の気持ちに甘えて。どんなに酷い事言っても、笑って許してくれる。
そんな兄がたまらなく好き。だから、好きだという気持ちを隠すように兄に対して
ますます酷い事を言うようになった。そんな兄が、めずらしく怒った日。
目を閉じて、記憶の海に身をゆだねる。蘇るあの頃の記憶−

『にぃに・・・げーむ・・・かわるです』
「えー?1時間で交代だろ?まだ10分残ってるよ」
『うそ・・・もう・・・じかん・・・はやく・・・かわるです』
「嘘じゃないよ?時計見ながらやってるし」
『む・・・』
「もうちょっと待ってよ」
『めー・・・こんなの・・・こうなのです』
ぽちっ
「あー、まだセーブしてないのに」
『はやく・・・かわらないから・・・わるいです』
「い、いきなりリセットボタン押すと、セーブデータが消えちゃうかもしれない−」
ドゥルドゥルドゥルドゥ-ドゥドゥン
「・・・」
『へんな・・・おと・・・』
「あ・・・あ・・・き、消えた・・・」
『・・・』
「ちなみ!どうしてくれるんだよ、消えちゃったじゃないか!」
『ふん・・・いいきみ・・・』
「あー!もうすぐラスボスだったのに!」
『ふ〜ん・・・』
「謝れよ!」
『やだ・・・わるいの・・・にぃに・・・だもん』
「いきなりリセット押したちなみが悪いんだろ?」
『ちなに・・・げーむ・・・かわらない・・・にぃにが・・・わるい・・・』
「むむむ〜、もう知らない!ちなみと口きかないからなら!」
『いいもん・・・ちな・・・ひとりで・・・あそぶもん』
ドタドタ バタン
『ひとり・・・げーむ・・・ずっとできる・・・わーい・・・』
ピョーンピョーン
『う・・・ここ・・・むずかしい・・・にぃに・・・やって・・・』
しーん
『ふーんだ・・・にぃに・・・いなくても・・・あそべるもん・・・』

ガチャ
『にぃに・・・』
「何だよ?口きかないって言っただろ?話しかけるなよ」
『げ、げーむ・・・やって・・・いいよ?こうたい・・・だから・・・しょうがない・・・』
「やらない、つまんないし」
『で、でも・・・』
「出て行けよ」
『ビクッ)あの・・・えっと・・・』
「邪魔だから!出て行けよ!」
『にぃにの・・・ばか・・・』
バタン

『ぐすっ・・・にぃに・・・ひっく・・・あふっ・・・』
コンコン ガチャ
『ちなみ、ご飯よ?』
『い、いらない・・・です・・・たべたくない・・・』
『どうしたの?風邪?』
『お、おやつ・・・たべすぎた・・・から・・・ごめんなさい・・・なの』
『そうなの?じゃぁ、冷蔵庫に入れておくから・・・お腹すいたら食べてね?』
『はい・・・なの』
バタン
『おなか・・・すいた・・・でも・・・にぃに・・・おこってる・・・』
ぽふっ
『ぐすっ・・・にっき・・・かかなきゃ・・・にぃに・・・おこった・・・ごめんなの・・・』
ぽたっ ぽたっ
『ふぇぇぇぇん・・・ごめんなの・・・ゆるしてなの・・・ふぇぇぇ』
ガチャ
「ちなみ・・・」
『う・・・にぃに・・・?』
「あ、あのさ・・・おにぎり、作って持ってきた」
『・・・』
「さっきは・・・言い過ぎてゴメン。だから、ご飯食べよう?」
『・・・ぐすっ・・・ふぇぇ・・・にぃに・・・ちなのこと・・・ゆるして・・・くりぇるの?』
「うん、許す。だから、ちなみも・・・お兄ちゃんのこと許して?」
『ぐすっ・・・やだ・・・』
「え?」
『なでなで・・・してくれたら・・・ゆるしゅ・・・』
「こ、こう・・・?」
なでなで
『・・・』
「ちなみ?」
『ぐすっ・・・ひっく・・・ごめんなの・・・にぃに・・・ごめんなの・・・』
「・・・」
ぎゅ・・・
『ふぇぇぇん・・・にぃに・・・にぃに・・・』
「お兄ちゃんもゴメンだよ」
『きょう・・・いっしょに・・・ねよ?』
「うん、いいよ」
なでなで
『なでなでも・・・ずっと・・・してて・・・』
「わかってるよ」
『えへへ・・・にぃに・・・だいすき・・・』

その後、兄の作ったおにぎりを食べて一緒に寝たんだっけ。美味しかったな・・・あのおにぎり。
朝起きた時に、日記の続き書いたんだよね。「だいすき」なんて、今じゃ恥ずかしくて言えないな。
そんな事を思いつつ日記を仕舞って、引き出しに鍵を掛ける。

随分読みふけっちゃったな。あ、でもこの時間は兄が夜食を漁り始める頃だ。
私は台所に行き、案の定牛乳を飲んでいた兄に無理を言っておにぎりを作ってもらった。
今は手馴れて綺麗な三角形だけど、それでも味は昔の歪だった頃の名残が感じられた。
そうだ、ワガママついでだ。
『今日・・・添い寝・・・してやる』
「は?どうしたんだよ?」
『バカ兄が・・・夜更かしして・・・会社で・・・居眠りしないように・・・見張ってやる』
「ったく・・・いつまで経っても甘えん坊なんだから・・・」
『ふん・・・甘えん坊は・・・バカ兄のほう・・・勘違いするな』
当然私が寝るまで、なでなでしてもらうのは決まってるからね?


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