最終話 「・・・・・・うんっ!」

「・・・・・・お待たせ、いいんちょ」
吹き飛んだ拍子に、体中のいたるところを痛めた。
頭の中がズキズキ痛む。が、意識はいたってクリアーだ。
「な、なんなんだよおまえ」
千奈美の周りに群がっていた男たちが一斉にこちらへ向き直った。
千奈美は、地面にぺたりと尻餅をついたまま、呆然とした眼差しで俺を見ていた。
・・・・・・彼女の身体中は泥で汚れ、制服は前が少し破れていた。
この状況を見るだけで、千奈美がこれから何をされるところだったのか、容易に予想できた。
俺は、こぶしを握り締めた。
「もしかして、こいつがタカシ君じゃね?」
「マジで?いいタイミングで登場したなー」
ゲラゲラと男たちが笑う。
「で、正義の味方がやってきたはいいが、おまえそんなボロボロでどうするつもりよ?」
「この人数相手に勝てると思ってんの?」
「・・・・・・勝てねぇだろうな」
俺は呟いた。それは事実だ。
例え怪我をしていなかったとしても、だ。五人を相手に一人で喧嘩をした所で100%勝ち目はないだろう。
「・・・・・・だけど・・・・・・」
俺は、足を引きずりながら千奈美と男達の間に立ちはだかる。
「・・・・・・必ず、いいんちょは守る!」
「・・・・・・別府君・・・・・・」
「俺は―――」
俺は、千奈美が好きだから。

[]

「ギャハハ、青春だなーっと・・・・・・オラッ」
「ぐあっ!」
男の一人が、俺の腹部に蹴りを入れる。
俺は鈍い痛みに、一瞬膝を折る。
そこへすかさず、もう一人の男が蹴りを入れてくる。
耐え切れずに俺は、地面に突っ伏した。
そこからはもう、喧嘩なんて呼べる代物ではない・・・・・・リンチ状態であった。
千奈美が何かを叫んでいるのがわかるが、耳がキンキンしてよく聞こえない。
「おいおーい。彼女を守るんじゃなかったかー?」
次々に男たちが俺に蹴りを入れる。
「けっ。よえーなこいつ」
「早くこの女やっちゃおーぜ」
「・・・・・・待てよ」
俺は、軋む身体に鞭を入れ、立ち上がる。
「しっつけーな!」
再び、倒される。だが、すぐに立ち上がる。
それが、一体どれだけ続いただろう。
倒されても倒されても、俺は立ち上がった。
何度でも、何度でも、何度でも。
「ハァハァ・・・・・・な、なんだよこいつ・・・・・・」
明らかに一方的な暴行を行なっている男達の間にどよめきが走る。
「・・・・・・いいんちょには何もさせねーぞ・・・・・・絶対にな・・・・・・」
「・・・・・・やべーよこいつ!イカれてんじゃねーか!?」
「ちっ。も、もういい。興醒めだ。帰るぞ」
「ま、待ってくれよ〜」
男達はとうとう、俺をねじ伏せる事を諦め、ぞろぞろと退散していく。
それを確認し・・・・・・俺はようやく、その場に倒れた。

[]

「・・・・・・別府君!」
「・・・・・・い、いんちょ・・・・・・」
「何で・・・・・・っ!何でわたしなんかの為に・・・・・・こんなに・・・・・・」
俺は何も言わずに、寝転んだまま千奈美を抱き寄せた。
「・・・・・・っ!」
「・・・・・・ごめん、いいんちょ」
口の中が切れて、喋る度にひりひりする。だけど俺は、言葉を止めない。
「俺、いいんちょが好きだ。そのことに気付くのに、こんなに時間かかっちまった・・・・・・ほんとに、ごめんな」
「・・・・・・・・・・・・」
いつのまにか、夜の雨は止んでいた。
だけど、俺の頬に、温かい雫が落ちてきた。
「・・・・・・すごく・・・・・・すごく泣いたんだからね・・・・・・」
「・・・・・・うん」
「すごく・・・・・・傷ついたんだからね・・・・・・」
「・・・・・・うん」
「すごく・・・・・・恐かったん・・・・・・ひっく・・・・・・だか・・・・・・ら・・・・・・」
「・・・・・・うん」
千奈美が、俺の胸に顔を埋めて、泣きじゃくる。
まるで胸の中にあった涙を、すべて吐き出すように・・・・・・
「好きだ、いいんちょ・・・・・・」
「いいんちょじゃ・・・・・・ない・・・・・・」
「え?」
「わたしの名前、いいんちょじゃない・・・・・・名前、呼んで・・・・・・」
「・・・・・・」
千奈美、好きだ。
初めて呼んだ彼女の名前は、涙とキスの味がした。
「ぐすっ・・・・・・わたしは・・・・・・キミなんて・・・・・・嫌い・・・・・・よ・・・・・・」

[]

俺は、千奈美を背負って月明かりが照らす夜道を歩いていた。
身体の至るところが、ぎしぎしと痛む。だが、背中越しに感じる千奈美の体温は、それらをすべて奪ってしまう。
「・・・・・・ごめん、嘘ついた」
「・・・・・・ん?」
千奈美の言葉はいつだって唐突だ。
今も、これからもきっと。
「・・・・・・ほんとは、キミのこと・・・・・・」
・・・・・・大好きよ。
最後の言葉は、擦れてよく聞き取れなかったけど、それでも気持ちは伝わった。
「・・・・・・うん。知ってる」
「・・・・・・ばか」
ぎゅ、と千奈美が両手に力を込める。

―――
「ったくよ。何だよあのガキは」
「ムカつくよなー。それにあの眼鏡の女もヤリ損ねたしよ」
「・・・・・・眼鏡、だと?」
「あぁ?」
「その話、詳しく聞かせろや・・・・・・」

―――
「へっ。本気ならそう言えってんだよな」
山田が、夜空を見上げて呟く。
その足元には、ボコボコにされた先程の男たちがうずくまっていた。
「てめぇら・・・・・・いいか、あの二人に二度と手ぇ出すなよ・・・・・・?」
「ひ・・・・・・ひぃぃ!出しません出しませんー!」
「へっ。ま、うまくいくよう祈ってるぜ、別府・・・・・・」
「おーい、山田。あそこの鉄クズ、おまえの原付じゃね?」
「ちょwwwwwおまwwwwwやっぱ死ねや別府!」
その日、夜の公園では、野太い男の泣き声が延々とこだましていたそうな―――

[]

―――春が来た。
わたしの、少し伸びた髪を、教室の開け放たれた窓から入る優しい風が撫でてゆく。
かち、かち、かち。時計は動く。一瞬一瞬を過去へと変えて、未来へと。
終業の鐘が鳴る。ざわざわと生徒達の喧騒が広まってゆく。
そしていつものように、背後から聞こえる、彼の声。
「いいんちょ・・・・・・あ、いや。えーと・・・・・・」
わたしがじっと見つめると、彼は言葉を飲み込んだ。
「・・・・・・帰ろうぜ、千奈美」
彼は恥ずかしそうに、わたしの名前を呼ぶ。
ふふ。その様子がとてもかわいくて、わたしは思わず笑いだしそうになる。
そしてわたしも、立ち上がって答える。
精一杯の気持ちを込めて。
精一杯の大好きを込めて。
精一杯の笑顔を浮かべて。
まだうまくできないけど、それでもいい。
それが、わたしなのだから。
もう、一人きりじゃないから。
だからわたしは答えるんだ。


「・・・・・・うんっ!」


〜Fin〜


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