・ツンデレが男と会うのを規制されたら その8

 「今頃、何してんのかねー? あの二人」
「遊園地で、ジェットコースターでも乗って、楽しそうに騒いでんのかなー? 奈菜っち
ってば臆病だから、キューッて別府君にしがみ付いてたりして」
「お化け屋敷とかで、大声上げてキャーッ、とか抱きついちゃったりして。そんで別府君
も、大丈夫だよ。俺がいるから怖がらなくても、とか言って抱き締め返したり。いいなあ。
あたしも早く彼氏作ってそんな青春送りてえ」
「やかましいっ!! 妄想するのは勝手だけど、声に出す事ないでしょ?」
 イライラしながら、あたしは友子に文句を付けた。せっかく、友子がいれば気が紛れる
と思ったのに、むしろ思い出させるような事ばかりする。これじゃあ逆効果だ。
「これはね、かなみ。アンタの忍耐力向上の為なの。これに耐えて勉強できれば、この先
どんな悩み事とかあっても、勉強や仕事なんかに支障出ないでしょ?」
「鬱陶しいだけよ。別にあたしは、あの二人が休日をどう過ごそうが気にしたってしょう
がない訳だし」
 精一杯の虚勢を張った。しかし、もう一方で、これは自分に言い聞かせる言葉でもあっ
たのだ。今日、仮に最悪の事態に陥ったとしても、あたしにはもうどうしようも無いのだから。
「無理しなくていいのよ。恋に悩むのは良い事だ。大いに悩め、若人よ」
「何、年寄り臭いこと言ってんのよ。自分だって同い年のくせに」
 呆れたように言うと、友子はヘヘッ、と笑顔を見せた。
「ま、ね。でも、あたしからすれば、かなみは羨ましいな。奈菜っちも」
「何でよ?」
 あたしが変な顔をすると、友子は何故だか、寂しそうな笑顔を見せた。
「ううん。いい恋愛してんなーって思ってさ。まさに青春真っ只中を生きてるって感じじ
ゃない?」
「人の事羨んだり、付回したりする前に、アンタは自分の彼氏を見つけなさいよね。出来
ない訳じゃないんだから」
 その方が、あたしも鬱陶しいパパラッチに付回されなくて済むし、と心の中で付け加え
る。友子は、ヘヘッ、と複雑そうな笑顔を見せた。
「これがなかなかと難しくてね。あんた達のように、都合よくカッコ良い幼馴染の男の子
がいる訳じゃないしさ。ま、かなみが振られたらさ。二人で男漁りでも行きますか?」

「決まったように言うなっ!!」
 友子は面白そうにクスクスと笑った。
「元気出たね。ほれ。これ、やって」
「何これ?」
 友子から渡された紙を見て、私は首を捻った。少なくとも、数学の問題が羅列してある
事は分かるが。
「こないだのテスト問題から、出題傾向を予測して、仮の追試問題集を作ってみたの。大
体、追試なんて生徒を落第させない為に行うんだから、同じ出題範囲でも、若干易しめに
作るもんよ。これが解けたら休憩ね」
 さすがは友子。実力を勘と運でカバーする才能の持ち主だけの事はあった。
「分かった。やってみるわ」
 そう頷きつつ、時計を見る。午後一時を少し回った所だった。
――もう……二人は、お昼食べ終わった頃よね。タカシの奴、絶対カッコ付けだから、こ
こは俺が払うよ、とか言って……
「ほら。かなみ。余計な事は考えない」
 友子の突っ込みが入った。
「ち、違うわよ。考えてたのは……その……問題だもん。余計な事なんかじゃないわよ」
 何とか取り繕おうとするが、友子の笑い方を見ると、ごまかせていないのは一目瞭然だった。
「ダメよ。かなみが二人の事を考えている時は視線が泳いでるからすぐに分かるの。これ
ばっかりは早くして貰わないと、あたしのお昼の時間も遅くなるんだからね」
「さっきまで、そっちが妨害してたくせに」
 仏頂面で文句を言うと、友子は急に、偉そうな態度で胸をふんぞり返らせた。
「文句は言わない。ほら。やったやった。結果が悪ければ、かなみだけお昼抜きだからね」
「ふざけないでよね。空腹だと血の巡りも悪くなってますます脳の働きが悪くなるんだから」
「分かってるなら、ササッとやっちゃう。はい」
「フンだ」
 口を尖らせて、あたしは模擬テストに取り掛かる。しかし、何だかんだでこうして付き
合ってくれる友子は、やっぱり良い奴なんだと思う。いろいろ問題はあるにしても、少な
くとも、今は感謝だ。

 夕方近くまで勉強して、その後は友子とダラーッとして過ごす。
「遅っそいねー、あの二人」
 六時を回ったところで、友子が何回目かの呟きを口にする。あたしはさっきから、友子
の思わせぶりな発言にはほとんど構わなかったのだが、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
「るっさいわね!! まあ、その……奈菜にしてみればさ。初めてのデートなんだし……
出来ればその……長く一緒にいたいって事もあるでしょ?」
「そう考えて、不安を紛らわせてるって訳だ」
 友子の言葉は、ざっくりとあたしの胸を抉る。実は、友子以上にあたしの方が時間を気
にしてる。時計を見なくたって、携帯を弄って、ネットを見てるフリをしつつ、実は一番
気にしてるのは時間だったり。
「ここでさ。もし奈菜っちから電話掛かってきて、『お母さんに……今日……夕ご飯……い
らないから……』とか連絡があったりしたら、確定よね。今日はホテル直行だわ」
「――――!!」
 ビクッ、とあたしは体を震わせた。唇を、キュウッと真一文字に結ぶ。帰って来た奈菜
が、出かける時よりも、さらに可愛らしくなっていたりしたら……あたしは、耐えられる
だろうか?
「ご、ゴメンゴメン。冗談だからさ。今日が初デートなんでしょ? 多分そこまでは無いって」
 友子が慌てて前言を翻す。彼女が焦るほど、あたしは怖い顔をしていたんだろうか? そ
れにしても……本当に遅い。不安で不安でしょうがない。あたしも、タカシと遅くまで遊
んだ事はあったけど、でもそれはそもそも集まる時間が遅かったりした時だし。
 その時、ふとあたしは、思った。
――もしかして……奈菜も……こんな感じだったのかな……? あたしとタカシが、遅く
まで一緒にいるたびに、付き合い始めたんじゃないだろうか、エッチしたんじゃないだろ
うかって……
 それは、積極的に行動して来なかった奈菜が悪いんだから、あたしのせいなんかじゃな
い。でも……今、あたしが苦しんでいるのも、タカシとの関係をハッキリさせなかったあ
たしが悪いのだ。
 その時、玄関のドアが開く音がした。あたしは、反射的にガバッと身を起こす。友子も、
玄関の方を向いて、それから立ち上がった。

「帰って来たみたいね。いよいよ運命の時って奴ですか?」
 友子の言葉に、あたしは何も答えられなかった。帰って来たら来たで、心臓がキリキリ
と痛む。今日、何事も無かったからといって、奈菜とタカシが付き合い始めたわけじゃな
いという確証はどこにもないのだ。
「さてとっ!! 結果聞きださなくちゃ」
 対照的に友子は元気そうだ。パッと身を翻して、玄関へと一直線に駆け出す。
「奈菜っちーっ!! おっかえりーっ!!」
 叫びながら玄関を走っていく。
 一方であたしは、立ち上がりはしたものの、歩き出す事が出来ずにいた。
――どうしよう……怖い……怖いよ……
 膝頭がガクガクと震える。奈菜の性格から、告白したのは――それだけは、間違いない
と確信できる。あの子が、あんな真剣な思いで出かけて行って、なあなあで済ませて帰っ
てくるなど、有り得なかった。
――でも……聞かなきゃ……
 左の、乳房の下を、手で痛いほどに強く掴む。下唇をギュッと強く噛む。そして、あた
しは、無理矢理に一歩ずつ、足を進めて行った。
 しかし、廊下に出ると、急に脚の震えが止まった。スッと自然に顔が上がる。もちろん、
不安は増大する一方だし、心臓の痛みも激しい。だけど、二人の前で弱いところは見せた
くないという無意識な思いが、体の動きを楽にさせた。
「……お帰り、奈菜」
 少し、距離を置いてあたしは声を掛けた。
「ただいま」
 いつもと同じ、冷静な口調にあたしの心はかき乱される。今日、奈菜はタカシとどんな
一日を過ごしたのだろう。
「ね、ね。聞かせてよ。今日、どうだったの?」
 好奇心に満ちた顔で、友子が奈菜を急かす。
「……友子……せっかち過ぎ…… 今……帰ったところなんだから……少しは……落ち着
かせてよ……」
 呆れたような口調で、奈菜は友子を諭すが、友子はわくわくして待ち切れないようだ。
――これが、さっきまであたしの事を心配してくれたのと同一人物とはね。全く……呆れるわ。

 あれは演技だったのではないかと疑いたくもなる、友子の期待っぷりにはあたしも呆れ
た。まあ、どっちも本当の友子の気持ちなんだろう。きっと。
 ブーツを脱ぎ終えた奈菜が、玄関から上がる。付きまとう友子を無視して、あたしの方
へと真っ直ぐに歩いて来た。
「……ただいま。かなみ」
 奈菜が声を掛けて来ても、あたしは答えられなかった。何だかもう、何が何だか分から
なくて、自分の体の状態すらも良く分かっていなかった。
「……疲れちゃった……とりあえず……飲み物……飲ませて……」
 無視した形になったあたしに、それ以上気に掛ける様子も無く、奈菜はスッと傍を通り
過ぎた。フッと突然我に返り、あたしは慌てて、奈菜の背中に声を掛ける。
「おっ……お帰り!!」
 慌てたせいか、いささか大声であたしは、遅ればせながら奈菜に挨拶を返す。すると、
奈菜が立ち止まり、背中越しに私を無言で見つめた。
 聞かなくちゃいけない、その一言は、意外にもスルリと、自然と言葉になって発せられた。
「その…… どうだった?」
 奈菜の視線が、あたしを打つ。一瞬――ほんの一瞬の空白が、何倍にもあたしには感じられた。
 不意に、奈菜の表情が動いた。ニッコリと……この上もなく、幸せそうな、穏やかな笑
顔を見せて、彼女は答えた。
「……すっごく……楽しかった……よ……」
 その答えに――その表情に――あたしの心は、真っ白になった。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system