・ツンデレが男と会うのを規制されたら その7

 部屋に戻ると、あたしは机の上に置きっ放しの携帯に目が行った。
――友子の奴……マジで奈菜の後を付ける気なのかな……?
 いささかうんざりした気分になる。もし、そうなるとしたら、友子の事だからご親切に、
デートの状況を逐一あたしに報告してくれるだろう。それこそ、後をつける必要もないく
らいに。
 そっと携帯を手に取って開く。自然と履歴から友子の番号を呼び出した。
――あたしがウザイからだけなんだから……別に、奈菜の邪魔をさせないようにとか、そ
んなんじゃないんだから…… そうよ。たまたま利害が一致しただけで……
 発信ボタンを押す。コール四回で、相手が電話に出た。
「もしもし、かなみ? どしたの? もしかして、メール読んだとか?」
 電話口の向こうから、明るい友子の声が聞こえてくる。あたしは大げさにため息をつい
て言ってやった。
「ったく……朝から迷惑メール送ってくんな!! おかげで早起きしちゃったじゃないの」
「てことは読んだのよね。どーよ? このあたしの情報収集能力は。少しでも役に立った
でしょ?」
 何か得意気な友子の声に若干の苛立ちを覚えてあたしは怒鳴った。
「立つかっ!! てか、アンタのメールなんて読まなくたって、そんな事くらい知ってる
っつーの」
 一瞬、友子が息を呑むのが聞こえた。なるほど。友子的には奈菜はあたしにバラさない
と踏んでた訳だ。そして、すぐさま食いついてくる。
「マジで? つか、誰から聞いたの? タカシ君……って事は無さそうだし、もしかして
……奈菜っち?」
「他に誰がいるってのよ……」
 無愛想に答えたが、電話口の向こうからは、キャーッ、という悲鳴にも似た叫び声が聞
こえた。そして、すぐさまウキウキした声で、友子が一気に畳み掛けて質問してくる。
「うっそおおっ!! それって奈菜っちからの挑戦状じゃない。で、で、どうだったの?
姉妹骨肉の争いは。あたしのタカシを取らないで!!とか言っちゃったりして?」
「言うかバカッ!!」
 反射的にあたしは友子を怒鳴りつける。

――全く……人の恋愛を何だと思ってんのよ。単なるネタにしか思ってないのか。
 真面目な事を茶化して言うのは友子の悪いところだと思う。もっとも、口の割りに真剣
に悩みに付き合ってくれるのはいいところだと思うけど、この件に関して言えば、友子の
出番は無い。
「ていうか、何であたしがそんな事言えるのよ。デートするもしないも二人の自由じゃな
い。あたしが口を出す幕なんて……ないわよ……」
 一昨日の……そして、ついさっきの、奈菜との会話が思い出される。ずっとタカシを独
占し続けてたのに、曖昧な態度を取り続けた事。奈菜がいかにタカシを好きかという事。
突きつけられたのは、背けたくても背けられない、厳しい現実だけだった。
「いいの? まだそんな強がり言ってて。奈菜っち、かなり本気だよ。タカシ君が……奈
菜っちと付き合うことになっても……」
「やかましいっ!!」
 友子の言葉を、あたしはばっさりと切って捨てた。声色から面白そうな響きが消えた事
から察しても、友子が真面目にあたしを心配してくれた事は分かる。だけど、そんな事言
われても、今更手遅れなんだ。
「分かってるわよ。アイツが……奈菜が、どれくらい本気かって事くらい…… だけど、
あたしにはどうしようもないもの。タカシが…………」
 その先は言葉にならなかった。タカシが、奈菜を選んでしまえば、それまでなのだ。後
になってから、実は好きでしたなんて言っても後の祭りだ。
「かなみ。本当にいいの? 今ならまだ遅くはないわよ。デートを妨害する方法なら幾ら
だって――」
「止めてよ。冗談でもそんな事、考えたくも無い。第一、そんな汚い方法取って上手くい
かなかったら……自殺ものよ」
 吐き捨てるように言うと、さすがの友子も押し黙った。二人の間に、珍しく無言の時間
が流れる。だけどそれはほんの少しだけで、やがて、電話口の向こうから、嘆息したよう
な息の音が聞こえ、友子が口を開いた。
「で、妹に好きな男を取られそうになったかなみちゃんは、一体どうするつもりなの? あ
たしは……まあ、どっちかと言えば、アンタの味方よ」
「勉強する」

 あたしは、即答した。好きな男云々のくだりは敢えて無視した。いちいち突っ掛かって
いたらキリが無いし。
「は?」
 友子の意外そうな声が聞こえた。
「ちょっ……ちょっと待ちなさいよ。好きな人が他の女の子とデートしてて、今、まさに
取られようとしてるってのに、そんな事してる暇あんの?」
 ちょっと焦った様子にも思える友子の質問に、あたしはキッパリと答える。
「……関係ない……って訳じゃないけど……だけど、今のあたしには、明日の数学の方が
大事なの」
 強がりでも何でもない。掛け値なしの本心からの言葉だ。しかし、友子はそうは受け取
らなかったらしい。まあ仕方がない。普段が普段だし。
「アンタねえ。こんな状況の時に強がってる場合? あたしが何年アンタと友達やってる
と思ってんの? 今更ごまかそうなんて無駄だからね」
「ごまかしてなんていないわよ」
 あっさりと、友子の言葉を否定する。と、同時に、嘆息気味に胸の中で思った。
――全く……奈菜も友子も、よく見てるわ。あたし以上に……あたしの心の中を知ってる
んじゃないかって思うくらいに……
 それだけ外から見ていてバレバレな行動を取っていたのかと思うと、我ながら呆れる想いだ。
「言った通りよ。今日……ジタバタしたって、今更打つ手なんてないもん。それより……
明日のテストで、もし成績が悪かったら、今度は一ヶ月規制延長だもの。そんなの……考
えられないし……」
「そっか。まあ……それもそうよね……」
 友子は考えながら相槌を打つ。どうやらあたしの気持ちはちゃんと汲み取ってくれたらしい。
「……今日の結果が最悪じゃなかったら、凄く重要になる事だもん。で、友子。そこでお
願いがあって電話したの」
 ようやく、本題に入る事が出来た。全く、友子と話しするといつもこうだから困る。気
が付くと、本題に入らないまま話が終わる事だってあるし。

「なになに? 尾行出来ない代わりに、あたしに逐一デートの様子を報告して欲しいと
か? それとも、怪しい雰囲気にならないように妨害工作を行って欲しいとか?」
 友子の口調が再び楽しげになる。本気で好きなんだろうなあ。こういう事が。そういや、
進路志望の第一志望のところに女スパイって書いて担任に怒られてたっけ。
「全部違うわよ。つーか、付けて回る気満々じゃない」
 呆れた口調で答えると、友子は自慢げにえっへんと咳払いをした。
「当然でしょ? ジャーナリストとしての血が騒ぐんだもの。で、何よ、お願いって。さ
すがにそろそろ支度しないと待ち合わせ時間に遅れるんだけど……」
 全く、どうやってそこまで知ったのか。物理的に考えてみても謎だとあたしはつくづく
不思議に思う。しかし、今から支度してもまだ待ち合わせ時間に間に合うとは、奈菜は随
分と早く出たらしい。落ち着かなかったのか、あたしといつまでも顔を合わせたくなかっ
たのか。
「そんなのはどうでもいいの。それより、さ。明日の試験対策に協力して欲しいんだけど」
 すると、即座に友子から返事が来た。
「無理よ、そんなの。だってそんな事してたら、デートの尾行出来なくなるし…… 大体、
あたしだって数学得意じゃないもん。あたしに教えてもらおうったって無駄じゃない」
「今更、あと一日でジタバタしたってしょうがないじゃない。それよりもね。その大して
良くもない頭で、毎回試験だけはキッチリ六十点台カバーしてるそのコツを知りたいのよ。
あと、アンタから奈菜のデート報告メールで勉強妨害されるのも真っ平ゴメンだし」
「そ、そんなものは気合と根性で…… それと、かなみが邪魔だって言うんなら、リアル
タイム実況は止めにするわ。夜にまとめて報告書出すって事で――」
「却下」
 言い訳付けて断ろうとする友子の言葉を、一言で切り捨てる。そしてあたしは、切り札
を打った。
「さっき……友子、あたしの味方だって言ったわよね?」
「え? えーっと……その……確かに言ったけど……」
 気まずそうな友子の声が聞こえた。どうやら、自分でもマズイ事を言ったと感じている
ようだ。あたしは、敢えて快活そうに言葉を続けた。
「だったら、協力してくれるわよね? あたしにとっては、まずはこの規制の呪縛から逃
れないと、お話しにならないんだから」

 数瞬のあと、友子が大きくため息を吐いた。どうやら観念したらしい。
「……分かったわよ。今日は諦めてかなみんトコ行くわ。それでいいんでしょ?」
「サンキュー。助かる」
 本当は、勉強を教えてもらう事よりも何よりも、友達が傍にいてくれれば、少しでも奈
菜の事は忘れられる。無駄な不安に心を奪われて、悶々としなくてもいい。
 だからあたしが、友子に対して言ったお礼は、本当に心からの言葉だった。


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