魔暦1年2月2日

――はぁ……。
ため息が部屋に響く。
私はあの日以来浮かない日々を過ごしていた。
自分でやったこととはいえ、
取り返しのつかないことになってしまった。

タカシの異動が決定した。
人事異動の不正操作については不問とされ、
それどころかこの人材不足の中、優秀な人材を放っておくはずがなく
昇格とともにひとつの部門を任されることになったのだ。
そして今日でタカシが旅立ってから半月。
『大丈夫です。任せといてください』
と謎めいた言葉を残していった恋人を想う。
「大丈夫って何が大丈夫なの!? 私は全然大丈夫じゃないんだけど!?」
やるかたない怒りを枕にぶつける。
そしてまたはぁ〜、とため息をつくのだ。

「……そういえば今日で休暇は終わりかあ。今日のうちに挨拶にいっておこうかな」
こんな時でも真面目な自分に笑ってしまう。
でもうちでウジウジしていても滅入るだけだ。
手早く着替えると、いつもの慣れた道を通って職場へ向かう。


コンコン。
「どうぞー」
とくぐもった声が聞こえる。
「失礼します」
私は本部長の部屋に入室した。
本部長はトランプタワーを作っていた。
「おお、カナミ君。出勤は明日からだと思ったが」
タワー作りの手を止めてこちらを見て言う。
「はい、でも一ヶ月の休暇をとらせていただいたお礼とお詫びをしておきたいと思いまして」
本部長は眼鏡をくいっと上げると
「君は本当に真面目だな。君のような悪魔を手放すのは我々にとってもつらいんだがなあ、うん」
と腕組みをしてつぶやいた。

「えっ? 今なんて……?」
耳を疑った。
作りかけのタワーが崩れる。
一瞬悲しそうな顔でそれを見る本部長。
だがすぐに私に向き直る。
「おや、そういえば当の本人の君には連絡していなかったねえ。
 まあ、休暇中だったしなぁ、うん」
何を言ってるのかわからない。
「えーと、だね。君は明日付けでの異動が決まった。突然だが人事部の意向でね」
異動? 何故――?
悪く思わないでくれ、と付け加えてさらに言った。
「場所はね――」

   ◆

午後四時。
私は今、人間たちの世界の小さな島国にいる。
ここに私のこれからの職場がある。
「せっかくだから今日のうちに異動先の上司に挨拶でもしてきたらどうだね?」
という本部長の言葉を受け、ここにやってきたのだ。
オフィスビル群の下を雑踏をかき分けながら歩く。
人間たちは誰もが忙しそうに歩いている。
だがそれがこの国の活気を表しているのだろう。

都市の中心部からやや外れたところにそれはあった。
『悪魔教教会 第二軍事部先鋭戦略統括部門』
そうかかれた質素だが大きなビルを見上げ、一つ深呼吸した後、私は入り口へ向かう。

軽い動悸を覚えながら私は歩を進める。
玄関の自動ドアを抜けると受付の女性が会釈するのが見えた。
だが、それは一瞬のうちに意識から外れた。

そこに見慣れた男性がいつもの笑顔で迎えてくれていたから――。


「ようこそ第二軍事部先鋭戦略統括部門へ。
 私はあなたの直上の上官となる統括部長タカシ別府少将です」

――ああ、私の大好きな笑顔。
この笑顔を、離したくない。
だから私も精一杯の笑顔で答えるんだ。



「――明日からまたお世話になります、カナミ椎水少佐です。今後ともよろしく、お願いします!!」


FIN


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