・お嬢様な妹がメイドに挑戦してみたら

『服装……よし。メイクもバッチリ。うん。完璧ですわ』
 鏡の前の自分の姿を確認して、私は頷いた。
『お嬢様。その……やはり、お止しになった方が……』
 横から心配そうに声を掛けるメイドを私はジロリ、と横目で睨み付けた。
『うるさいですわ。メイドA改め瑛子26歳独身。わたくしが決めた事です。貴女がいちいち口を挟む事ではありません』
『どうしてそこで私の個人情報を漏らすんですかぁっ!! あと、やはりお嬢様はこういったことには向いていないかと思うのですが……』
『これ以上止めるというのなら、貴女の生年月日からスリーサイズ、恋愛遍歴に至るまで全て2ちゃんねるで晒して差し上げますわ。それでもなお止めると言うの?』
『ううううう…… わ、分かりました。その代わり、私がその……傍に付いてサポート致しますから、くれぐれもご無理はなさらないよう、宜しくお願い致しますよぉ』
『貴女、よほど私を信用していないようね』
『い、いえ……けしてそのような事は……』
『なら、安心なさい。このわたくしにやってやれないことなどありませんわ』
『どこからその自信が出て来るんだか……』
『聞こえましたわよっ!!』
『いっ……いいええ。悪口なんてとんでもありません。いいい、今のはその、ほ、褒め言葉で、わ、私はその……気弱ですから、お嬢様のその自信過剰っぷりが羨ましいなと……』
『どこも褒めてませんわっ!!』
『ひいっ!! も、申し訳ありません!!』
 いい加減堪忍袋の緒が切れそうな私の怒りの前に、瑛子は身を縮みこませた。弱気なフリをしつつ、発言はもっとも大胆かつ失礼極まりないこのメイドに、私はため息をつく。
『まあいいわ。今日は貴女の力が必要になることもあるでしょうし、処分は保留にしておきましょう。で、まずは何をすればいいのかしら』
 瑛子が私の為にと徹夜で作ってくれたと広言する一日メイドさん体験ガイドブックをめくりながら聞くと、彼女はちょっと呆れた顔をした。

『当然、まずは貴志様をお起こししないといけません。でないと、お嬢様の場合は仕事が始まりませんから』
『いっ……いきなり、お兄様の寝室へ入るんですのっ!?』
『当たり前ですよぉ。そこで恥ずかしがっていたら、どうやって一日、貴志様のお世話をすれば宜しいんですかぁ?』
 私にとってはいきなりぶち当たった第一関門だと言うのに、瑛子は平然とした顔で答えてくる。彼女は兄の専属メイドなので、当たり前の事なのかもしれないが。という事は、瑛子は毎日兄の寝姿を見たり、お着替えやその他諸々の世話をしている訳で……そういう事を考えると、何故か腹立たしくて仕方がなくなった。ついでに言えば、その間延びした口調が今日は特にむかつく。あのしゃべり方もいつか矯正してやろう、と私は心に誓った。
『さあ、では参りますよぉ、お嬢様。レッツゴー♪』
『ちょちょちょ、ちょっと待ちなさい。まだ心の準備が……てか、待ちなさいってば!!』
 瑛子に手を引かれつつ、私は強制的に兄の部屋の前まで連れて行かされた。
『さあ。お嬢様。まずは最初が肝心ですよぉ。貴志様を驚かせなさるんでしょう。キチンとノックをして、失礼致します、と挨拶をして――』
『それくらい常識もいいところですわっ!! わたくしを何だと思ってますの。全く……』
 心配性なんだかバカにしているんだか分からないメイドを小声で注意すると、彼女はスッと下がって手振りでドアの方に誘った。
『では、お嬢様。初仕事、頑張ってきてください』
 私は兄の部屋のドアの前に立った。いつ入る時も緊張するが、今日はとりわけ胸の動悸が激しい。
――落ち着きなさい、私。落ち着いて……
 心の中で何度も自分に言い聞かせると、私は静かにドアをノックした。
『し……失礼致しますわ。お……お兄様……』
 静かにドアを開けて、私は兄の部屋に入った。そのままつかつかと、兄のベッドの傍まで歩み寄る。

『お兄様!! 朝ですわよっ!! 起きてくださいませっ!!』
「んん…… 瑛子か……? 今日は日曜だろ……? もう少し……寝かせろ……よな……」
 兄は寝ぼけたままそう言うと、布団を頭から引っ被ってしまった。
『全くもう……わたくしと瑛子の区別すらつかない程寝ぼけてるなんて、だらし無いにも程がありますわ』
 これは、一筋縄では行きそうにないな。そう思った時、私の脳裏に瑛子のアドバイスが蘇って来た。
 『貴志様は寝起きが宜しくありませんから、もし起きなければ、思いっ切り布団を引っぺがしちゃって構いませんよぉ』
――これは……仕方ありませんわ。
 あっさりとそう決意した私は、布団に両手を掛けた。
『お兄様。いい加減に……起きなさいませっ!!』
 掛け声と同時に私は布団をエイッとまくった。そして、兄の姿を見た途端、私はあらん限りの声を上げて、絶叫した。
『いっ…………やああああああああっっっっっっっ!!!!!!!!』



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