・ツンデレとクリスマスプレゼント その20

 二人がけの小さな席に、私と別府君が向かい合って座る。
「さ。食べようぜ」
 席に座るなり、別府君がハンバーガーを手に取った。
『……随分、食べるのね……』
 別府君の前に並んだハンバーガーやポテトの類を見て、私は呟いた。私の声に、別府君
が顔を上げる。
「え? これくらい別に普通だろ?」
『だって……ハンバーガー、セット以外にもう一つあるし、チキンまで……』
 ちょっと驚きながら私は言った。私なら普通の状態でも二食分だ。だけど、別府君の意
外そうな声を聞くと、本当に普通らしい。
「えー? 別に、友達と来た時でもこのくらいは食べるけどなあ。運動部の奴らなんてもっ
と食うし」
 これ以上って……私なら、胃袋がパンパンになってしまいそうだ。男の子のお腹の中っ
て、随分大きいんだなあ、と、愚にも付かない事を考えてみる。
「あ、さっきも言ったけどさ。委員長も、食べたかったらつまんでもいいぜ」
 ポテトと、フタを開けたチキンを私の方に向ける。しかし、私は慌てて首を振った。
『い……いいわよ。正直、これだけでもちょっと多いかなってくらいだし……』
 メニューで見た時よりも、サラダの上に乗ったチキンが多くて、私は食べきれるかどう
か不安だった。もっとも、いつもならさすがにそんな事は無いんだけど。
 そんな私を、別府君は意外そうに見つめる。
「フウン…… ホントに少食なんだな。千佳やフミちゃんと比べてもさ。ま、もし食べ
切れないんだったら、無理しないで残しなよな。後は俺が引き受けるからさ」
『いっ……いいわよ、そんな…… 別府君だってそれだけ食べた後だとお腹いっぱいにな
るだろうし……その……人の食べかけなんて、食べて貰うもんじゃないから……』
 慌てて私は断った。別府君に私の残り物を処理させるなんて考えられない。申し訳ない
気持ちもあるが、何より恥ずかしかった。
――だって……それだと、間接キスになっちゃうし……
 しかし、別府君は気にしないのか気が付いていないのか、お構い無しだった。

「そんなの気にしないって。残すほうがもったいないしさ。それに、腹だったらこれだけ
なら全部食ってもまだ余裕あるし。だから俺は全然平気だぜ」
 笑って言う別府君に対して、私は首を横に振って拒絶する。
『大丈夫。多分……全部、食べられると思うし……』
「そっか。まあ、そんなら良いけど」
 納得すると、別府君はハンバーガーを食べ始めた。私なら、一個でお腹が膨れるような
大きさだ。別府君の食べっぷりに私は、感心しつつも、ちょっと呆れてしまう。
――全く……こんなに大食いだったら、別府君の奥さんになる人は、将来大変だろうな……
 別府君の食べ姿を見ながら、私はふと妄想に耽る。食事をする私たち二人の姿を。


 「おかわり良いか?」
 『また? 全く、どれだけ食べるのよ』
 「いやあ。だって、めちゃくちゃ腹減っててさ。一日働いて疲れて帰って来たんだし、
 飯くらいたっぷり食ったっていいだろ?」
 『せっかくお金稼いでくれても、貴方がそれを食いつぶしていたんじゃ意味ありません』
 「ゴメンゴメン。でもさ…… 静の作るご飯が美味しいから、ついついたくさん食べた
 くなっちゃうんだよ」
 『!!!!! もう……そんなお世辞言ったって、知らないんだから。バカ』


――とか、こんな風になるんだろうな。男の子なんて出来たら、それこそもう大変だろうし。
「委員長、どうしたんだよ」
『え?』
 妄想に耽る私の思考に、別府君の言葉が割って入る。私は我に返って顔を上げた。
「いや。フォークでサラダをこねくり回してばかりだからさ。本当に食欲無いのか? ま
さか、具合でも悪いとかじゃないよな? もしそうなら、無理すんなよ」
 心配そうに、別府君が声を掛けてくれた。私は慌てて首を振る。
『へっ……平気よ。ちゃんと食べるから』
 慌てて私は、チキンをフォークで突き刺すと、口に運んだ。

――わ、私ってばまた……別府君の前だって言うのに……
 うっかり妄想に耽った事を後悔する。うまく誤解してくれたからいいようなものの、こ
んな妄想癖があると知れたら、呆れられてしまうかもしれない。
 何事もなかったかのように、私は澄ましてチキンを口に入れた。すると、香ばしい味が
口に広がり、私の空腹感を刺激した。躊躇いなく、今度はレタスを口に運ぶ。
「良かった。食欲はあるみたいだな」
 別府君が安心したように私を見て言った。私は口の中の物を飲み込んでから答える。
『うん。大丈夫そうみたい』
 別府君が心配してくれた事を、申し訳なく思うと同時に、何だか嬉しくもあった。別府
君も頷くと、食事を再開しようとして、ふと思いついたように手を止めた。
「そういや委員長さ」
 思い返すように、別府君が聞いてきた。
「プレゼント選び、随分と時間掛かってなかったか?」
 その質問に、私の体がビクッと反応した。思わず、食べようとしたレタスがフォークか
ら落ちてしまう。
「どうした?」
 不思議そうな別府君に、私は慌てて適当な言い訳をして、取り繕った。
『なっ…… 何でもない。このフォーク、結構使い辛いよね』
 サラダを突き刺すのに苦労する風の私に、別府君がクスッと笑う。
「確かにね。こういうファーストフード店のフォークって、どうしてこうも使い辛いんだか」
『コンビニとかもね。まあ、安全対策とかあるんだろうけど、それにしても、もうちょっ
と使い易く出来ればいいのに』
 えい、えいと突き刺して、ようやく一口分のレタスを刺し直すと、私は口に運んだ。う
ん。上手い事話が逸れたかな、と、別府君の様子を窺うように見る。
「だよな。で、話は戻るけどさ……」
 どうやら、ダメだったようである。私はため息をつきたい気分だった。別府君に取って
みれば興味があるかも知れないけど、私にすれば触れて欲しくない。

「いや。俺、時間掛かったかなーって思ったからさ。委員長、待たせちゃったんじゃない
かって心配して行ってみたらまだ来てないし。だから、何やってたんかなーって思って」
 別府君をお待たせしてしまった時間の大半は、実は別府君の家でゲームをやる事になっ
た時の事をあれこれ考えていたからなんて言える訳も無く、私は答えに迷ってしまった。
「もしかして、本当はまだ何も決まってなかったとか?」
 窺うような顔付きで聞いてくる別府君に、私は慌てたように、首を振ってそれを否定した。
『何もって事はないわよ。ちゃんと……見てたし。ただその……候補が二つあって、どっ
ちにしようかずっと迷ってたから、それで……』
 咄嗟に出た言葉だったが、それらしい言い訳が出来て、ちょっと私はホッとした。私の
答えに、別府君もちょっと笑顔になって頷く。
「ああ。あるある。どっちの方がより多く貰った奴が頭を抱えるかとかさ。反応を想像す
ると、すっごく迷ったりとか」
『言っとくけど、私はちゃんと、みんなが使えるものを選んだつもりだから。ネタとかじゃなくて』
 別府君の言葉が、私の事を指しているのかと思って、私は咄嗟に反応してしまった。し
かし、言った後で私はマズイ事を言ったと思ってしまった。秘密にしなきゃいけないこと
なのに、何もヒントを与えるような事を言う必要はなかったのに。
「へえ。委員長が何買ったのか、気になるな。何せ初参加だから全く傾向とか分からない
し。良かったらさ。ちょっとだけでもヒントとか教えてくんね?」
 案の定、別府君が私のプレゼントに興味を持ってしまった。特に意味はないのだが、何
となく、プレゼントの入ったビニールの袋を引き寄せてから、私は不満そうに別府君に言った。
『ダメよ。当日まで秘密なんだから』
 万が一にも別府君にも当たる可能性だってある。いや。万が一どころか四分の一だ。そ
んな高確率なのに、今バレたりして万が一にも当日に別府君にヒットしたりすれば、興ざ
めもいい所だ。
「委員長は固いなー。プレゼントもどうせ、実用一点張りの物だったりして」
 ちょっと意地悪い言い方で別府君が私のプレゼントを予想する。その言い方が気に入ら
なくて、私はちょっとムッとした。
『ち……違うわよ。みんなが使えるものって言ったけど……その……そんなつまらない物
とかじゃないもの。人の性格から勝手な予想しないでよね』

 そう文句を言いつつも、ちょっと落ち込む。やっぱり私って真面目で堅物で面白くない
女の子だと思われていたのかと思って。
 しかし、別府君の意図は実は別の所にあったようだった。
「なるほど。実用一点張りじゃないと。じゃあ、ファンシーグッズの目覚まし時計とか、
そういう類の可愛い物系だろ?」
 ニヤリと笑って指摘してくる。実はカマを掛けていたのだと知って、私は思わず顔をしかめた。
『ズルイ。そうやって探るの、無しよ』
 別府君てば、意外に策士だ。敢えてちょっと外した所を予想して、私の反論を期待するなんて。
 私の抗議に、別府君は楽しそうに笑う。
「あっははは。ゴメンゴメン。もう止めにするよ。あんまり予想し過ぎると、当日の楽し
みが無くなるからさ」
 楽しそうな別府君とは裏腹に、私はため息をつく。一体、今日別府君にからかわれたの
は何度目だろう。実は私って、体のいい玩具なんじゃないだろうかとすら思えてくる。
『ズルイわよ。人の事ばっかり予想して。そういう別府君だって何買ったのよ。そもそも、
随分たくさん買ったみたいだけど』
「俺? そりゃ言えないなあ。もっとも、プレゼントはこの袋だけで、後は……まあ、俺
の個人的なもの、とか……」
 私の質問はサラッと流されてしまった。まあ、そんなものだろうけど。そもそも私は、
こういう心理的な読み合いとか、苦手だし。
『個人的なものって……何買ったの?』
 何となく、別府君が何を買ったのか興味があって聞いてみた。多分、ヒーロー物の玩具
かフィギュアだろう。
「まあ、俺の奴はさ。プラモとかだけど……」
 大体、予想通りかな、と私は内心で満足する。ちょっとでも、別府君の趣味が分かるの
は嬉しい事だ。
 と、そこで、別府君は言葉を切ると、ビニール袋の一つを私の方に向けて差し出した。
「あと……これ、かな……」
 私は、思わず戸惑った。別府君がどういう意味で私にこの袋を差し出したのか、意味が
分からない。
『……何? これ……』

 聞き返すと、何故か別府君は照れ臭そうに笑って言った。
「その……ちょっと、開けて見て欲しいんだ」
 ますます、私は訳が分からなくなった。私に見て欲しいもの? 何なんだろう?
『いいの? 本当に?』
 鸚鵡返しに聞くと、別府君は頷いた。本人がそう望んでいるんだから、大人しく従うべ
きか。結局私は、ビニール袋を開け、中を見た。
『……何、これ? ぬいぐるみ……?』
 中に入っていたのは、シベリアンハスキーのぬいぐるみだった。
 私は、ちょっと意外に思って別府君を見た。別に、男の子がぬいぐるみを買って悪いわ
けではないが、別府君とぬいぐるみというのが想像つかない組み合わせだったので。

 その別府君は、何だか酷く恥ずかしそうな感じで、私から視線を逸らし、頭を掻いたり
している。
『別府君……こういうのも、買うんだ』
 そう呟くと、別府君がパッと反射的に私の顔を見た。片手を上げて私に手のひらを向け、
それを振る事で否定の意を表す。
「ちっ……違う違う。それ……俺のじゃなくて、その……プレゼントに買ったんだ」
『何だ。別府君が実はぬいぐるみ好きなのかと思って、びっくりしちゃった』
 私はそう答えてぬいぐるみをジッと見つめた。
――そうだよね。別府君とぬいぐるみなんて……やっぱり、似合わないもの。うん。でも、
プレゼントだとすると、誰にあげるんだろう。私に見せた以上、パーティーの景品という
ことは有り得ない。友田さんかな? それとも、親戚の子とかだろうか。別府君に妹さん
はいないはずだし。
 そんな幸運にめぐり合える人は誰なのか。気になってしょうがなくなり、私は思い切っ
て聞いてみる事にした。
『で、これ…… 誰にあげるの?』
 すると別府君は、照れ臭そうな顔をして視線を逸らしかけたが、急にまた私の方を見た。
そして、ジッと見つめたままで、こう呟いた。
「それは……委員長に…………って、思って……」
 私は思わず、目をぱちくりとした。


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