最終話「れすとらんぶる!」

クリスマスも終わりまるで祭りの後のようななんとも寂寥感を感じさせる景色を窓の外に見ながら。
僕、山田 文は自分の部屋で寝ていたベッドから上半身だけを起こしタバコを吸っていた。
その隣には僕が経営するレストラン『Bird Nest』のシェフであり、
高校生時代のクラスメイトであり、
憧れの人物だった人であり、
そして、僕の…………………………恋人になった人。
六道 六華が一糸纏わぬ姿で横臥していた。
それだけで昨夜何があったのかは想像に難くないだろうと思うので詳しくは語るまい。
思い出すだけで顔が自然と緩んでしまうことだし。
「すぅー…」安らかな寝顔で静かに寝息を立てる六華。
彼女のそんな顔を見て愛しさとか保護欲とかよりもまず、『やったね!』という感情が先に湧き上がってしまう。
僕はやはり人間として普通に生きて行く上で大事な物を何処かに落っことしてきたんだろうか。
「んっ…」寝返りをうつ六華。すると彼女の体にかかっていた毛布が彼女の躰からずり落ちてしまった。
垣間見える彼女の無駄な肉の無いな均整の取れたしなやかな肢体。
女性としての重要なアッピールポイントの1つである、上半身の『ある部分』にも無駄な肉がついていないのが玉にキズ。
まあ小振りなのも好きなので良いけど。小さいのは感度が良いって言うし。
実際感度はすこぶる良好だったのだけれど。
そんな事を考えつつ僕は毛布を彼女の躰にかけ直す僕だったが、
「うう…ん…………………………あ…ブン?…なんで…?」寝ぼけ眼で僕を見上げ、六華。
「お早う、六華」
「あ…お、オハヨ。…そっか。昨日、私…」

「起こしちゃったか。ごめんね。それににしても『なんで…?』でって酷いなぁ」
「…昨日はあんなに激しく君の方から僕を求めてきたのに」ヨヨヨ、と泣き崩れる振りをしてシーツの端を噛んだりしてみる。
「ひ、人をまるで痴女みたいに言わないでよ!」
「あれはブンが私にそうするよう仕向けたんじゃない!」
そう、僕の言葉巧みな誘…ゴフゲフ、雰囲気づくりの結果が彼女をそう言う行動に走らせた要員の一つである事は認めざるを得ない。
「えーなんのことかなぼくわかんないやー」でもとりあえずとぼけてみる。
「握りつぶすわよ」
「何をさ!?」
「ふぅ。全く、どうしようもないヤツ。てゆーかブン、なんであんなにう…巧いのよ」
「いやぁ、僕初めてじゃないし」
「誰で練習したのよ」しかめっ面で僕に問う六華。
「聞きたいの?本当に?」
「なんとなく想像がつくから止めとく」どんよりとした顔で、六華。
「…にしても私、初めてだったのに。あんな、あんな…うう〜…恥ずかしいっ」真っ赤に染めた頬に手を当てイヤイヤと首を振る。
「うん。確かに初めてとは思えない見事な乱れっぷりだったよね?」
「少しは表現をぼかすとかオブラートに包むとかしろこのバカ!」
「そんなこといわれても事実だしなぁ。それに今の殆ど同じ意味だよ六華?」
「あんたホントいっぺん死ねばいいのに…」
僕らがそんな愛溢れる微笑ましくも甘ったるい会話を楽しんでいるとインターホンの音が。
良い雰囲気の所を邪魔された僕は、舌打ちしたい気分を堪えトランクスとズボンを急いで履く。
そしてワイシャツを素肌の上に直接羽織りつつ玄関へと向かった。

ドアを空けるとそこには…大男が居た。『Bird Nest』の副店長であり僕の親友である五代 剛だ。
背中にはすやすやと寝息を立てている草薙 凛を背負っている。
「どうしたのさ剛?」
「この近くの凛の友人の家で行われていたパーティーに同席してな。明け方まで騒ぎに付き合っていた」
「ホントだ。凄い眼のクマ」
「なぜ彼らは空が白むまで高いテンションを維持し続けられるのだろうか…若さと素晴らしいものだな、文」
「年寄りくさい事言わない。君僕と同い年だろうに…」
「そうなのだがな…。それはともかく、だ。その帰りに通りがかったので寄っただけだったのだが…邪魔したようだな」
「そうだよ剛。折角程よく熟れた瑞々しい果実を思う様堪能した余韻を味わっていたのに…痛!?」
部屋の奥から目覚まし時計が飛んできて僕の後頭部にぶつかった。六華が投げたようだ。
『変な事言ってんじゃないわよ!』
「でもオブラートに包めって君が」
『言い方ってもんがあんでしょーがッ!それ以前にペラペラ人に言うなぁ!』
「…まあそろそろ帰らせてもらう。今日は休みだった筈だな?」
「うん。クリスマスの翌日だからそれなりに客足は見込めるのかもしれないけど…。皆、疲れてるし一応平日だしね」
「そうか。では遠慮なく休ませてもらおう。早くマンションに帰って寝たい」
「うーわー草薙君と寝たいなんて君も言う様になったねぇ」
「…悪いがそんな元気は無い。突っ込む気力もな」
「ゴメンゴメン。それじゃまた店で…ん?」彼の背中で凛がもぞもぞと動き、少しずつ眼を開けていく。
「ふぁ…あれ?剛さん?…って店長?…なんですか?コレはどう言う事ですか?」
「やあ草薙君、お早う。昨夜はおたのしみだったね?」
「…………………………剛さん、後でおしおきですから」
「何故だッ!?」背負い背負われたまま、2人は器用にやいのやいのと言い合いをしつつ部屋を出て行った。
「…さて。六華の所に戻ろうか」1人ごちながら踵を返す僕だった。

さて、六華と僕の関係が多少変わろうとも僕が店長である事実とそれに伴う責務は変わらないわけで。
次の日。僕はいつも通り『Bird Nest』で開店準備を進めていた。
「…で、無事六華さんとくっついたと。よかったッスね、てんちょ?」パフェ用の果物をストストと切りながら、奈那。
パフェ等簡単なデザートを作る(と言うか盛り付ける)のはウェイトレスの仕事なのである。
「そうなれたのは君のお陰もあるよ。有難う、奈那君」
「て、てんちょにストレートにお礼を言われると照れるッスね」
「日ごろの行いの所為ってヤツ?」
「自分で言うなッス」そう奈那君が言った後2人で笑いあっていると。
「ホラホラ2人とも、無駄口叩かないでさっさと支度する!タイムイズマネー、よ」と不機嫌そうな顔で、六華。
「いいじゃないッスかちょっとくらい。…ははぁ、ひょっとして妬いてるんスか?」ニヤリ、と笑う。
「口答えすんじゃないの!それに私は別に妬いてなんか……妬いて…うう、そーよ。妬いてるわよ、悪い?」
「逆切れッスか…。まあ少しは素直になれてるみたいッスし、自分も素直に指示に従うとするッスかね」
「僕達の事はさておいて。アレからハチ君とはどうだった?」
「そこそこうまく行ったッスよ。その後は普通に遊んで一緒に寝たッスよ。性的な意味じゃなくて本当にただ一緒に寝ただけッスけど」
「うわぁなんでそこで何もしないでいられるかね。っていうか何もしないんだろうね」
「ホントそうッスよ。踏み込みが足りんッスよ」
「なんともチキンな彼氏を持って同情するよ、奈那君」
「聞こえよがしに人の陰口叩くなよな…」額に青スジ立てつつ背後から突っ込んだのは食器をひたすら磨いていた八郎太。
「チキンに反論する資格は無いね」
「チキンは黙ってろッス」
「なんで俺を弄る時だけはそんなに息ピッタリだよお前ら…」

「何とか言ってくださいよ六華さん」六華に助けを求める八郎太。だが六華は、
「…………………………」目を逸らし何も言わない。額に汗が浮かんでいる。
「どうしたんすか六華さん。いつもみたいにこの駄目人間ゲージが振り切ってるクサレ店長にきっついツッコミ頼みますよ」
「君今度の給料査定の時覚えてろよ?」
「ハチ、ゴメン。えーとね?その話題についてはツッコめる筋合いじゃ無いって言うか資格無いっていうか…………………………」
「神は俺を見捨てたのか!?」
「何言ってるんですかハチ君…」そう溜息をつきながらバックヤードに入ってきた凛。その傍らには剛が。
「スマンな。少し、遅れた」
「コレくらいなら別に問題ないさ。お早う、2人とも」
「ああ」ここまではいつも通りだったのだけれど…
「はい。おはようございます、皆さん」あれ?草薙君の顔でにこやかに笑みを浮かべつつ爽やかな挨拶を返した彼女は一体誰だい?
「…君、草薙君の双子の姉妹か何か?」
「確かに私には妹がいますが、違いますよ。本人です」
「そんな!?だって草薙君の朝の挨拶と言えば―」
「テンションの低い機嫌悪そうな無表情で『…どうも。おはようございます』ってボソボソ言うのが普通だったじゃない!?」
「まあ、その。心境の変化ってところでしょうか」苦笑する草薙君。いやホント誰よ君?キャラ変わりすぎだよ?
「そんなに可笑しいですか?皆さん」微笑み、聞く凛。
「スイマセンゴメンナサイ俺ナニカしたでしょうか許してくださいユルシテクダサイ」
と、ガタガタ震えながら八郎太。女性の笑顔にトラウマでもあったのだろうか。
「えー…あー……………………………日頃の行いっていうか、言動って重要よね」気まずげに、六華。
「…………………………」たちまち不機嫌顔になる凛。
「そうだよ!その綺麗なくせに可愛げの全く無い顔こそ何時もの君ぐぁ!?」脛を蹴られた。
僕が脚をおさえたその時、ベルの音。外から誰かが入ってきたらしい。
一応の従業員は全員揃っているのに、誰だろう?僕はフロアに向かった。

「ふっふっふ…来てやったわよ山田 文!」
なつめ なゆた が あらわれた! 
やまだ ふみ の テンション が ぐっと さがった!
「…開店前に何しに来たんだい?那由多」半目で、僕。
「ご挨拶じゃない。まあアレよ。この前の勝負が『何故か』引き分けだったから改めて宣戦布告って奴をね」
「まあそれ以外にも…ね」言いつつ僕の後ろに目線を向け、不敵な笑み。
「…なによ」そこにはバックヤードから出てきていた六華が居た。
「今は預けとくけど、いずれ返してもらうわ。棗の女は一途でしつこいんだから」
「アレはアンタのじゃないでしょ」
「そうかもね。だったら…戴いて行くまでよ」
「あのさ、2人とも良く分からないけど…喧嘩は良く無いとおもうな」
「誰の所為だと!」「思ってんのよ!」立て続けの口撃。君達実は仲良いだろ?
「そして2人が争っている間にボクが漁夫の利を得る、と。…そうだろ?文」
「君が何を言ってるのかわからないよ京!」
「ちょっと抜け駆けはだめだっつったでしょうが京!」
「ブン!あんたちょっとしなだれかかられて耳に息吹きかけられたからって赤くなってんじゃないわよ!」無茶言うなよ。
しばらく六華と喧々諤々と言いあっていた3人だったが。開店時間が近くなり、ようやく2人が帰っていった。
「ふぅ…」それを見てホッと胸を撫で下ろす僕。
それを見ていた剛達は、笑っていた。六華も、笑っていた。
僕もなんだか可笑しくて、笑ってしまった。
ここは今、間違いなく世界で一番幸せな空間だった。

この先、何があるかなんて分からない。一寸先は闇、何て諺があるくらいだ。
一年前の同じ日、僕がこの店の店長になるなんて思わなかった様に。
奈那君や草薙君、ついでにハチ君たちと知り合えるなんて思わなかった様に。
そして。六華と恋人同士になれるなんて想像もしなかった。
そもそも会えるとすら思っていなかったのだから。
もしかしたら、少し後にはもうここのメンバーが殆ど入れ替わってるかもしれない。
考えたくもないけれど、僕の隣に六華が居ないかもしれない。
それでも、少なくとも今は。僕は、明日がとても面白いモノになるのだと信じる事が出来るんだ。
なぜならば―

小さな町の小さなレストランで織り成す、騒がしい日々は、まだ始まったばかりなんだから。

なんて事をぼんやりと考えていると、六華が僕の肩を叩く。
「何ボサッとしてるのよ。しっかりしなさい。私の…」
「私の?」
「私の…て、店長なんだから。…頑張れ」
「うん…そうだね。それじゃ今日も一日、僕ららしくいつものゆるーいペースで頑張りますか」
従業員一同が頷く。すると再びベルの音。今度こそ、お客様らしい。
さあ。日常を続けよう。

「「「「「いらっしゃいませ!」」」」」

『Bird Nest』は今日も変わらず営業中です。


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