その11

「桜舞うころ、振り向けば」


カラン、カラン。
お客さんの訪れを告げるベルが鳴り響く。
「いらっしゃいませー」
いつものように、自分の中で最強(当社比)の笑顔と共にその人を迎え入れる。
「おう」「こんにちは、カリンちゃん」
そこにいたのは、腕を組み優しく微笑む涼せんぱいとちなみさんだった。
「……お久しぶりですぅ!」
お二人がここへ来てくれたのは、本当に久しぶりだった。
髪型が変わったちなみさん、相変わらず変わらない涼せんぱいのどちらも、愛しくて。
「お席は、あちらへどうぞ!すぐに注文お伺いに行きますから!」
自分でも分かるくらいに声も弾み、私はせんぱい達を案内していくのだった。


「はい。ホットコーヒーとホットミルクティー、それとアップルパイです」
お二人のご注文の品を、丁寧にテーブルに置く。
ありがとう、とおっしゃってお二人はカップに口をつける。
「大学生活は、楽しいですか?」
「ああ、楽しいぞ。卒業後に受験がないのが最大の魅力だな。遊び放題だぜ」
「涼は早速講義サボりだしたからね……。カリンちゃん、こんな子になっちゃだめよ?」
「まずは大学受かる事からですね……また勉強漬けの日々です……」
ちなみさんががレベルの高い国立大学へ合格したのは、二年前のこと。
浪人生となった涼せんぱいと受験生だった私と、ちなみさんを家庭教師として一緒に勉強したのが去年の事。
せんぱいとちなみさんと同じ大学を受け、今度は私が浪人生となってしまったのが、今年の春の出来事だ。せんぱいはちゃんと合格した。ビバ愛の力。
いいんです、私もせんぱいに対する愛で来年合格するんですから。
そんな私を見て、涼せんぱいとちなみさんは微笑み、
「今度は俺とちなみで勉強教えてやるからさ。頑張ろうぜ」
「また、よろしくね」
といってくれた。
「いいんですか?ありがとうございますっ」
同じように笑うお二人。なんか悔しいし、羨ましい。
私には、今はそんな相手がいないから……。
「あーっ、カリンちゃん仕事サボってるーーっ!」
私の後ろから大声が飛んできた。お二人はその声の主を見て眼を丸くしている。
「店長に言いつけちゃうぞー。ちゃんと仕事しなさい!」
「あの、カリンちゃん?この子は……」
おずおずと聞くちなみさんに、そいつは私のとなりに来て挨拶する。
相変わらず、疑問とか驚きとかが隠せない表情のままだ。まあ、無理もない。
「はい!ぼく、カリンちゃんの同僚の桐谷です。いつもカリンちゃんがお世話に……」
「愛希!あんまり余計なこと言ってると怒るよ!」
今、私の隣にいるコイツ――桐谷愛希(17) は私の幼稚園のころからの幼馴染で、子供のころはよく一緒に遊んでいた。
私が早生まれだから、学年は違うけど生まれた年は同じなので「カリンちゃん」と呼ばれている。もっとも、私はずっと「愛希」と呼び捨てだが。なぜって気に食わないから。
なにしろ愛希は男のクセにその辺の女の子より可愛いのだ。
さらさらな黒髪、華奢な肩、すべすべな肌、身長の割り(156センチ)に長い手足。
本っ当に、ムカつくぐらい可愛らしい。
私が髪や肌にどれだけ苦労しているのかいちいち復唱させたいぐらいだ。
私が怒鳴ると、愛希はそのまま頭に両手を置いて上目遣いでこちらを見る。
「……カリンちゃんが怒った」
「泣きまねしてもダメ」
「……カリンちゃん……」
「……ダメって言ったらダメ」
「カリンちゃん、ぼくのこと嫌い?」
「ダ、ダメなんだからね?絶対……」
「やっぱり嫌いなんだ……」
「だ、ダメ……」
「…………グスッ」
「……」
「………ふ、ぇぇぇぇぇ」
「………うそでしょ?」
けれど、愛希の声は止まらない。顔を抑えた手は、時折震える。
助けを求めるように、ちなみさんと涼せんぱいをみると、
「カリン……頑張れ」
苦笑いが返ってきた。ぐすり。
とにかく、ほかのお客さんの迷惑だ。泣き止ませよう。
「あ、愛希?泣かないで、ほら?よしよし、よしよし」
とりあえず頭をなでてみた。
「………グスッ、ヒクッ」
効果なしですか。
「愛希ちゃん?泣かないでよ……」
「………好きって言ってくれたら泣きやむ」
「……愛希、実は泣いてないでしょ」
自分が有利だからって調子に乗って。
「………ぅぁぁぁぁぁ……」
「カリンちゃん……」
ちなみさんまで愛希の味方ですか。みんな外見にだまされすぎです。
分かりました、言えばいいんですね・
「あ、愛希……」とくん。
いざ言うとなると、すっごく緊張するのは何ででしょう。
心臓がばくばくいって、ほおが熱くなる。
「す……」とくん。
ただ、好きと言うだけのことで、こんなに頭がぼうっとする。
妙に懐かしい、けれど絶対に慣れそうにない不思議な感覚。
「……好きよ……」とくん。
言う直前に、とてつもなく恥ずかしくなって、愛希の耳元でささやく感じになってしまった。
「やりぃーーー!!」
その瞬間、愛希は満面の笑顔で跳ね上がった。
「言わせちゃったもんね!ぼくのこと大好きだって!」
その声に、お二人はもちろん、周囲のほかの客まで私たちのことを見る。
「大好きなんて言ってないでしょ!?」
「けど、ぼくはカリンちゃん大好きだよ?」
「えっ……」
なんのためらいもなく、愛希はそういってのけた。
「だから、カリンちゃんもぼくのこと大好きになってくれるよね?」
そして、すごく可愛らしい笑顔で私を見た。
う……。
「けど、今は逃げよっと」
振り返って、厨房へと消え去る愛希。
「……愛希ィィィィィィィィィ!!」
恥ずかしさと照れで、いっぱいになった胸が痛い。
だから愛希を追いかける。とりあえず一回怒鳴っとかないと気がすまない。
「待ちなさぁい!!」


仕事中だということを分かっているのだろうか、あの二人は店の奥へと消えていった。
「仲いいな、あの二人」
手にしたカップを口につけ、涼はそんなことを漏らす。
「涼もそう見えた?すっごいお似合いのカップルだよね」
アップルパイを咀嚼する。うん、おいしい。
「ちょっと、あいつらにも似てるんじゃねえ?」
あいつら、私達の親友の二人。
「ああ〜、なんか分かるかも。否定してるのに、はたから見ると相思相愛なトコとか」
そういって、私達は顔を見合わせて、
「「苦労するんだろうなぁ」」
とお互い呟いた。
そんなことも、嬉しくて笑いあう。
「あ、そういやあいつらでいいんじゃね?」
不意に、涼が手を打ってそういった。
「ん、何が?」
「ほら、あの……」
なるほど、と私も手を打った。


「……店長に怒られちゃいました、くすん」
ホントに、愛希はー。と愚痴っていると涼せんぱいが言った。
「あのさ、ライブのチケットいらない?」
「へ?」
間の抜けた声がでる。なんの話でしょう。
「いや、俺の友達がインディーズでバンド組んでてさ。そのライブが二週間後の日曜にあるんだ」
それは、せんぱい達が学生時代に組んでたバンドのメンバーの方でしょうか。
「けどさ、私と涼がどっちもあわてて二人分チケット買っちゃってさ。二枚あまってるの」
「で、捨てるのももったいないから、お前にあげようかなと」
「けど、それでも一枚余りますよ?」
私が指を折って、余った人差し指を揺らすと、
「桐谷君でも誘って……」
「はいはいはい!ぜひください!」
いつの間にか戻ってきていた愛希が、手を上げて叫んでいた。
「でーとだね!カリンちゃん!」
嬉しそうな愛希。複雑な気分の私。
そんな私達を見て、お二人はやっぱり同じように笑うのだった。


時間通りに待ち合わせ場所の、桜の木へと向かう。
涼さんとちなみさん、そして驚く事にカリンちゃんまでも先に来ていた。
「愛希!遅いよ」
いつものようにぼくを小突くカリンちゃん。
いつもとちがうのは服装だった。ずいぶんとおしゃれをしている。
それがなんとなく嬉しくて、ぼくは笑った。
そしてぼく達を微笑みながら見ている涼さん達の呼ぶ声を聞いて、会場に向かった。


会場は、インディーズにしてはそこそこ満席だった。
手製のうちわとか、応援する文章を書いた布とかはもちろん、どうやらメンバーのファッションやメイクを真似している人もいる。
ライブが始まってもいないのに会場はざわつき、熱気もこもっている。
「楽しみだね」
そういってカリンちゃんを見ると、雰囲気に圧倒されたのか彼女はただ、
「うん」といってステージを見つめていた。
「あ、そろそろ始まるぞ」
涼さんのその声で、カリンちゃんから目を離しぼくもステージを見る。
照明が消え、一瞬会場が暗転した瞬間。
中央にスポットライトが当てられ、曲が始まる。
イントロから会場は歓声に包まれ、盛り上がる。
耳が割れそうな音量の怒号の中、ボーカルの女の人がマイク片手に高らかに宣言した。
「こんちはー!チェリーティアーズです!」
よく通る、きれいな声だった。
ツインテールの長い髪をなびかせて、もう一度大きく叫ぶ。
「今日は、来てくれてありがとう!」
ああ、この人が二人の友達だな。となんとなく思った。
会場の興奮にあてられたのか、ぼくも騒ぎたくなる。
カリンちゃんを立ち上がらせて、二人で声を上げよう。
そう思ったとき、自然にカリンちゃんと手をつないでいるのに気付いた。
「……えへへ」
思わず笑みが漏れる。
今日は、最高の日だよ。


夕焼け空は、きれいだな。
ベンチに座り、ぼんやりと空を見ながらそう思う。
ライブの余韻も冷めやらぬまま、客は会場をあとにし、話に花を咲かせる。
もちろん話題は、先ほどの祭り。
かくいう俺も、馬鹿みたいに騒いだアホの一人だ。
声は枯れ、流れた汗で髪は濡れ、気持ちのいい疲れが体をめぐる。
「……明日は飛行機だってのによ」
大学に復帰したときは、誰かに代返してもらおう。
そう決意したとき、後ろの桜の花びらが目の前を舞った。
「今日も、お勤めご苦労さん」
独り言を茜色の空に投げて、俺は背をベンチに預ける。
待ち人は、まだ来ない。
目の前を通り過ぎる人々は、みんな笑っている。
それがなんだか無性に安心する自分に気付き、苦笑。
その時、目の前が急に暗くなった。
暖かい感触を顔に感じ、いい匂いも鼻をくすぐっている。
「だーれだ?」
それは、世界で一番きれいな声だった。
聞いているだけで安らいで、なにより俺が大好きな声だ。
「はっ、俺をなめんなよ?」
春、桜と希望の舞う季節。
「久しぶり、かなみ」
「うん、久しぶり!高志」
振り返ればいつだって、君がいる。


                〜fin〜


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