ひらひら、ひらひら。
見とれるほど美しく、ただ優雅に桜は舞う。
慣れない制服に身を包んだ俺に、君は笑いかけてくれた。
君の何気ない笑顔から、俺の学園生活の全ては始まったんだ。

春、君と出会い、

夏、君に触れて、

秋、君が恋しく、

冬、君を愛して。

そしてまた、春が来る。

何も知らず、無邪気に舞う桜よ。
春が来るたび、どうかまた。
どうかまた、彼女のために――。


「君と出会い、俺も笑って。」

ガヤガヤと、楽しそうな喧騒が聞こえる。
堅苦しいスーツやネクタイできっちり服装を決めた男。
清楚な感じのするワンピースや果ては晴れ着を着た女。
みんな、精一杯に自分を飾って、また友と笑いあっている。
今日は、私立香里帝高校の始業式があったのだ。
校長の長い話も終わり、皆開放感に浸って明日からの学校生活に思いをはせる、そんな時間。
そんな時間の中、俺は行き場を見つけることができずぼうっと桜の木に寄りかかっていた。
ほう、と暖かくなってきた空気に俺のため息が混じる。
「くだらね……」
思わずもれた一言は、周囲の会話にかき消された。
俺の名前は別府高志。今年からこの高校に通うことになった、高校三年生。
「やっぱ、やめときゃよかったかな……」
今更になって、下宿してこの高校に通うという決断をした自分に腹が立ってきた。
距離にして数百キロ。時間にして飛行機で三時間。
そんな遠くはなれた異郷のこの地に知り合いなど一人もいない。
素直に我慢して地元の高校に通っていればよかった……そんな思いでいっぱいだ。
ひらひら、と鬱陶しく舞っている桜の花びらをそっと払い、俺は髪をかきあげて天を仰ぐ。
そんな俺に、どこの物好きかは知らないが、声をかけてきたやつがいた。
「ねえ、アンタ何組?見慣れない顔よね」
頭の後ろ、つむじの裏から声。
俺はその方面へ首を曲げる。上から俺を覗き込むようにして、俺を見下ろす女の子がいた。
ツインテールにしたその髪は、桜と共に風に舞う。
視界の中で反転している彼女を、俺はじっと見ていることしかできなかった。
目と鼻の先にいる彼女は、見慣れない顔である俺をただじっと見つめている。
「……はぁ?」
奇妙な相槌を打って、俺は姿勢をただし彼女と視線を交わす。
「私はB組よ」
彼女は微笑んで、俺にそう言う。
クラスを聞いてきたんだよな?
「……俺も、Bだ」
しばらく間を空けてそう答えた。
彼女は微笑んで、「じゃあ、一緒だね」と呟いていた。
名前も知らない俺に声をかけてくれた君が、少し眩しかったあの日。
これが、俺の新しい生活の始まり。彼女と俺の初めての出会いだった。
桜の花は、ただひらひらと舞い降りる。


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