・ちょっと会えないだけなのにこの世の終わりみたいな顔をする敬語妹ツンデレと無表情姉

「……」
「えー……あの、かなみさん?」

確か一週間前にも、今と似たような状況が起こった気がする。
母さんと父さんが新婚旅行に出かけて今日で二日目。
明日には俺も学校のウィンタースクールで長野に出発だ。
なのになんでだろう。いっそこのままサボって家にいた方が平穏に思えてしまうのは。

「あ、あのさ舞姉?」
「…………」

妹のかなみは台所で黙々と包丁を動かしては、無情にも食材達を惨殺している。っていうかちょっと殺意を感じ。
一方、姉である舞は無表情にほっぺを膨らませたまま、絶賛俺様シカト中でテレビを見ている。
なんだ、この村八分な状況は。

「だ、だってさ、仕方ないだろ? 学校行事だぞ?それにたった三泊じゃんか」
「わかってますよそのぐらい」
「その三泊が問題」

やっと口を開いたかと思ったら、もう言葉の節々に棘棘のオーラが巻き付いてて心が痛い。
って、なんで俺こんなに責められてるんだろう。
ちょっと理不尽だと思うんだが、しかしこの姉妹自体が理不尽の塊だからあきらめるしかない。
幼稚園のころ、親父と再婚した今の母さんの連れ子だった二人は、突然俺の姉と妹になったのだ。
最初こそぎくしゃくした関係だったものの、たった一歳差ということもあって気がつくと、それぞれ個性を持ったいい姉弟妹(きょうだい)の関係になっていた。
かなみは敬語を使うのが特徴的で、母さん以上に家事全般が得意。成績優秀で優等生だけど、運動系がダメダメに狂ってる。
舞姉は運動神経がキチガイじみてて、陸上で男子とタメをはってる。しかも勉強もできるっていうある意味化け物。ただしこちらは家事がダメダメに狂ってる。
かくいう俺は平々凡々で、でもどれも基準値以上はこなせる器用貧乏。
でも、この姉妹の間にいると、どうしても自分が何段階も下の下等生物に思えてくるんだよなぁ。
それゆえか、この二人はどうしても会話していると俺より優位に立つ。っていうか上目線で立つ。
こうしてわけのわからない理由で非難轟々な目に会うのも、ようは日常のちゃめしごとなのだ。

「舞姉も去年行ったじゃんか。その時はなんも問題なかったろ?」
「それは来年かなみが行くから。今回とは全然違う」
「いや、意味がわからないんだけど……」
「兄さんはだから唐変木と言われるんです」

なんていうかもう四面楚歌。完全包囲。
どうすればいいのかわからず、俺は冷や汗を流しながら黙り込むしかない。
これじゃ、本当に明日無事に出発できるのか、とか心配になってくるなぁ。
起きたら用意していた荷物がごっそり亡くなってたとか、バスがでるまでベッドに縛り付けられるとか、想像してみたけど実際この二人ならやりかねそうで怖い。

「そんなことしません」
「むしろずっと抱き枕にして離さない」
「姉さん! 不謹慎です!」
「むっつりスケベ。自分もやりたいくせに」
「な……! そ、そんなことありませんっ!」
「隠しても無駄。お姉ちゃんには筒抜け」
「お母さんみたいなこと言わないでください! もう、ご飯取り上げますよ!?」
「ごめん。ちょっとからかってみた」
「まったくもう……」

なんというか、相変わらず無表情で淡々と話す舞姉と、感情豊かにてきぱきとしゃべるかなみの会話はいつみても不思議な光景だ。
っていうか単に舞姉が無表情なのが原因なんだろうけど。

「とにかく、明日は普通に起こしてくれよ? 遅刻なんてシャレにならん」
「だったら自分で起きてください。私は起こしません」
「私はむしろ起きれない。無理。絶対」
「……なんていうか、間接的に俺の邪魔する気まんまんだよね」

もはや説得は無駄。こうなれば明日は本気で自力で起きた方がいいかもしれない。
はぁと、かなり重い溜息を吐きつつ、何故か俺の苦手な辛い物尽くしな食卓についたのだった。

――翌日

結論からいえば、いつもと変わらない朝だった。
ゆさゆさと揺さぶられて起きてみれば、かなみがバツの悪そうな顔→慌ててわたわたする→そっぽを向いて顔を真っ赤にするという一連のコンボを行い、決め台詞。

「お、おはよう、兄さん」
「……んぁ? かなみ? なんだ、結局起こしに来たのか……ふぁあ」
「き、昨日のはただの冗談です。私がそんないじわるな人間に見えるんですか?」
「いやぁ……念には念を入れて、さ」

むーっと、唸るようにして俺を睨んでくるかなみ。
ずらりと、机の上にぎっしりと敷き詰められた目覚まし時計の軍隊を見ながら、俺は寝ぼけ頭で苦笑する。
かなみはやっぱり不服なのかちょっぴり不機嫌になりながらも「ご飯できてますから、早く下りてきてくださいね」と残して部屋を出て行った。
……そういや、なんで目覚まし鳴ってないんだろう。もしや、全部とめた?

「……律儀なやつ」

全ての時計の目覚ましスイッチがオフにされているのを確認して、俺は再び苦笑した。

「好感度あっぷ?」
「うぉわぁああ!? ま、舞姉!?」
「よ、弟」
「よ、じゃなくて、い、いつの間に俺の部屋に?」
「そんな……昨日あんなに激しくしたくせに」
「いやいやいやいやいやいや!」

器用にも、無表情で平淡な口調のままのまま頬をほんのりと赤くして、事実無根のでたらめをのたまううちの姉。
すると、どたどたと凄まじい勢いで人間が階段を駆け上がる音と共に、俺の部屋のドアが乱暴に開け放たれた。

「姉さん、兄さんの邪魔しないのっ! ほら、早く来なさい!」
「かなみ、八当たり良くない」
「姉さんの突飛な行動にあきれてるだけです! 兄さんも早く支度してくださいね!」
「お、おーう……」
「さらば弟」

首をつかまれずるずると引きずられていく舞姉。
うん……なんていうか、やっぱりいつもの一日だ。
しかし、そんな安堵も、結局は出発直前までしか続かなかったわけで。

「ひっく……えぅ……ぐずっ」
「あー……」

頭を抱えたくなった。
目の前では顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしたかなみ。
まるで世界が終るかのような絶望のオーラをその背後に漂わせていて、思わず俺もその鬱にひきずりこまれそうになる。
隣では無表情のままかなみの頭を撫で続ける舞姉。どうやら止める気はさらさらないらしい。っていうか舞姉もちょっと泣きそう。なんでさ。

「な? 三泊四日なんてすぐだからさ、帰ってきたら三人で遊びに行こう。それならどうよ?」
「ぐすっ……本当ですか?」
「ああ、約束する。だから泣きやめって。なんてーか、お前に泣かれると後ろ髪ひかれるっていうかさ、その不安になるから」
「ぐしゅっ……はい……行ってらっしゃいです、兄さん」
「ん。留守番任せたぜ、舞姉も」
「まかせろがってん。でも交換条件」
「なんだよ、条件ってぇえええええ!!?」

相変わらず無表情ながらも強かな姉の交渉術に苦笑しながら、その要求を聞こうとした瞬間――やられた。

「これでよし。あとはまかされよ」

……不意打ちにキスされた。ほっぺに。

「な、ななな!?」
「兄さんずるいですっ!」
「か、かなみお前もか!?」

ほっぺを膨らまして抗議してくるかなみに頭を押さえつけられ、今度は逆側にキスされる。
あまりの出来事に茫然としていると、かなみはまだ涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、でもとても晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。もちろん、舞姉は無表情。ちょっと顔が赤いけど。

「いってらっしゃい、兄さん! 約束忘れないでくださいね」
「忘れたらひどいよ? とてもひどいよ?」

……なんなんだこの姉妹はほんとに。
でも、悪くなかった。
こんな風に心配してもらって、想ってもらえて、大切にされているなら。
そうだな、早いとこ帰ってきて、おもいっきり遊んでやるか。
先ほどまでの動揺は既になく、俺もかなみに負けないくらいの笑みを浮かべると、元気に言ってやった。

『いってらっしゃい!』
「おう、行ってくる!」

――まさか、この姉妹があんなとんでもないことをやらかすなんて、この時の俺には想像もつかなかったんだ。


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