『はぢめての〜』編

 バイトから帰ってくると、隣の玄関の前に女の子が二人居た。
 引越しの時にご挨拶に来たから知ってる。お隣のこのみちゃん(姉)とあかねちゃん(妹)だ。ちなみに双子である。
あ『おねえちゃん・・・どないするん?カギ、なくしてもうて・・・』
こ『それはゴメン言うてるやろ?とにかく、おかんかえってくるまで待たな』
あ『そない言うても・・・さぶい・・・』
 なんか会話だけで、おおよその事情が解ってしまった。
 すでに小学校低学年の女の子が外に居る時間ではない。
 学校が終わってから、既に結構な時間待って居るのではないか。ランドセルも背負ったままだ。
タ「あの・・・こんばんは」
双子『『ひゃあっ!?』』
 流石双子だ。悲鳴が揃っている。しかし、こりゃどっちがどっちか解らんな・・・。
 一かバチか、話しかけてみることにする。
タ「えっと、ほr『おかんから、知らん人と話すなて言われてるねん』・・・え?」
こ『あんた、ふしんしゃやろ?』
あ『・・・おおごえ・・・出す』
タ「いや、待ってくれ。覚えてないか?ほら、お隣に住んでる・・・」
 ここで大声を出されてはマジで困る。今のご時世、洒落にならない。
双子『『・・・あ』』
 よかった。どうやら同時に思い出してくれたようだ。
タ「鍵なくしたの?」
 尋ねれば、これまた2人同時に頷く。なかなか面白いが、言ってる場合ではない。
タ「よかったら、うちでお母さんが来るまで待つ?」
こ『・・・・ちょい待ち』
 そう言うと、2人は俺から離れたところでゴソゴソと相談をし始めた。
あ『どないする・・・?』
こ『ウチはやめたがええと思う・・・なんか、あいつキモい』
 ・・・・orz
あ『それはうちも同じやけど・・・・ここで待ってても、さぶいだけ・・・・』
こ『むぅ、しゃあないか・・・』
あ『うん・・・・しゃあない・・・・風邪ひいたら、おかんにめいわく・・・』
 『しゃあない』と言われてまでウチに上げる義理はないのだが、どうやら相談は終わったようだ。
あ『しゃあないから・・・待つだけ・・・』
こ『よけいなことしようとしたら、大声出すで?ええか!?』
タ「はいはいっと・・・ところで、お母さんの勤め先の電話番号とか知らない?』
こ『あ、やっぱ、みのしろきんを「ちがーう!」』
タ「一応、うちに居るのを伝えるだけだから、ね?」
あ『・・・しゃあない』
 あかねちゃんがランドセルを漁って、定期入れを取り出した。開くと、中に番号の入った紙が入っている。
タ「ちょっと待っててね」
 と断りを入れ、俺は携帯でその番号に電話をかけた。
受付『はい、こちらVIP出版です』
タ「あ、すみません。私、別府と申しますが、そちらに椎水さんいらっしゃいますか?』
受付『あ、はい。少々お待ち下さい。椎水さーん!2番にお電話でーす!』
 どうやら小さい会社のようだ。でも受話器くらいは塞いだ方がいいと思うよ?
母『はい、お電話変わりました。椎水です』
タ「あ、突然すみません。椎水さんの隣に住んでる別府と申しますが・・・かくかくしかじか」
母『あら、それはえろうすみません。出来るだけ早く切り上げて帰りますから、それではお願いできますか?』
タ「あ、はい。解りました」
母『にしても、珍しなぁ・・・』
タ「え・・・?」
母『いえ、こっちの話です。ほな、すみませんけど、よろしくお願いしますね』
タ「あ、はい・・・失礼します」
 
 ――あれ?
 
 電話を切ってから気がついた。
 なんで2人は自分で電話しなかったんだ?
 携帯はともかく、電話代の小銭くらいは持たされててもいいようなもんだが・・・
こ『終わったんか?』
タ「あ、うん」
あ『なら・・・早く・・・さぶい言うてるやん・・・』
こ『トロい男はモテへんて、おかんが言うてたで?はよしぃや』
タ「はいはい・・・っと」
 俺は自分の部屋の鍵を開けると、なぜか態度のでかい双子にせっつかれて家の中に入った。



 部屋に入るなり、いきなり言われる。
こ『なんや、さっぶい部屋やなー』
あ『・・・おそとと、かわらへん・・・』
タ「今暖房つけるから、コタツに入って待ってて」
 エアコンとコタツのスイッチを入れると、すぐに部屋が暖まった。
 いつも通りに、飯を用意しようと鍋を取り出して気付く。
タ「あの・・・おなか空いてない?」
 学校が終わってから、かなりの時間を外で待っていたはずだ。
 普段どうしているかは知らないが、もしかして夕食食べてないんじゃないか?
 だが、2人の答えは
双子『『すいてへん』』
 だった。ここまで来ると見事だね。
タ「じゃぁ、俺今から飯食べるけど、要らないね?」
こ『くどいで?かってにしたらええやん』
あ『・・・せや、うちらはべつn[グゥ〜〜〜](/////』
タ「おっと・・・」
 思わず吹き出してしまうと、思いっきり睨まれた。
こ『は、はら減ってんなら、はよしぃや!』
あ『せ、せや・・・なにボケっとしてる・・・』
タ「え・・?」
こ『れでぃに、はらのむしなんか聞かせんなや!」
あ『まったく・・・・おとなのくせに・・・・』
こ『ええわ。あーちゃん、テレビ見よ?』
あ『うん・・・このちゃん」 
 あれ?これはアレか?
 エレベーターの中でおならの臭いが漂ったときに起きる『お前がやったんだろ』的な空気?
タ「はぁ・・・」
 俺は溜息をつくと、テレビの電源をつける双子を見ながら使おうとしてた鍋をしまい、大きい鍋を取り出す。
 たっぷりのお湯を沸かして、塩を多めに。スパゲティを茹でながら、たらこをほぐし、バターと混ぜる。
 フライパンを火にかけ、オリーブオイルとニンニク。子供の栄養を考えて、タマネギも炒めておく。
タ「た〜らこ〜、た〜らこ〜・・・」
 なんとなく歌いながら作業を続けていると、後ろから声が聞こえてくる。
双子『『た〜っぷり、た〜らこ〜・・・』』
 振り返ると四つの目と視線がかち合ったが、すぐにテレビの方を向いてしまう。
こ『・・・っていうCMやってたなぁ?あーちゃん』
あ『せやな・・・・このちゃん』
 俺は苦笑いをすると、料理を続ける。
 麺が茹で上がったらザルに開けて、タマネギとあわせる。
 塩コショウで軽く味付けしたら、火を止めてたらこを投入。余熱だけで火を通す。
 と、ここで一言。
タ「あ〜、しまったぁ〜!」
こ『なんや?けったいな声出して』
あ『うるさいねん・・・テレビ見とんのに・・・』
タ「ごめ〜ん。スパゲティ作りすぎちゃった。よかったら食べてくれる?」
 2人は一旦顔を見合わせて、それから自分のお腹を同時に見た。
 最後にもう一度視線を交わし、こちらを見る。
 一連の動作が全部揃ってるのが可愛い。
 たかだか二十分ほどの付き合いだが、俺はもう2人の次の台詞も読めていた。
双子『『しゃあないなぁ』』
 ビンゴ。
こ『ほんとはお腹空いてへんけど”食い物無駄にしたらあかん”て、おかんに言われとるさかいな』
あ『せや・・・・どうせ、おいしないやろうけど・・・・食べたる』
タ「そっか〜。いや、ありがとう。助かるよ」
 そういうと、俺は皿を三つ出してスパゲティを盛った。最後にもみ海苔を散らして完成。
 皿が不揃いなのは一人暮らしのご愛嬌。フォークも一つしかないので、コンビニのプラスチックのヤツを出す。
タ「はい、おまたせ〜」
こ『べ、別に待ってへんわ!』
タ「あぁ、そっか。ゴメンゴメン」
 軽く流してコタツの上に皿を並べる。うん、我ながら良く出来た。
ち『・・・なんや、しょぼ』
タ「・・・・・た〜らこ〜、た〜らこ〜」』
双子『『た〜っぷり、た・・・般ッ』』
タ「プッ・・・アハハハハ!!」
 目線は皿の上のままで歌い出す双子に、俺はとうとう我慢できず吹き出してしまった。
こ『わ、わらうなや!さっさ食うで!(/////』
あ『・・・・・・・(//////』
タ「はいはい、いただきま〜す」
双子『『いただきます』』
 怒っているようで挨拶はちゃんとするのがまた妙におかしくて、俺は笑いを噛み殺すのに必死だった。
こ『うまないなぁ。おかんのがうまいわ』
あ『・・・しょうもな。』
 バクバク食べつつそんな言葉を言う、説得力のない2人をを見ながら食事を終える。
 食べ終わった食器を片付けながら、ふと尋ねてみた。
タ「ところで、お母さんはいつ帰ってくるの?」
こ『ん〜、9時くらいやろか?あーちゃん』
あ『せやなぁ・・・そんくらいやな、このちゃん』
タ「なるほど・・・」
 あと一時間くらいか。テレビでも見て過ごすとしようかな。



TV [それにしてもこのオヤジ、ノリノリである]
 三人でコタツに入ってテレビを見ながら、ドッキリに嵌ったオヤジのオーバーリアクションに笑う。
 そういえば誰かと並んでテレビを見るのは久しぶりな気がする。
 そう思ってこのみちゃんの方を見ると、肩をすくめて寒そうにしていた。
タ「ん?このみちゃん、もしかして寒い?」
こ『うん・・・すこし』
タ「エアコンの温度上げようか?」
こ『いや・・・ええわ。”でんきだい”かかるやろ?』
 子供のくせに、変な遠慮をするものだと思ったが、隣が母子家庭だったことを思い出す。
 女手一つで双子を育てるのも大変なんだろうな、と人事ながら考える。
 親の脛をかじって大学に通っている身としては、想像もつかない話だが。
 ぼんやりと考えていると、突然このみちゃんが立ち上がった。
タ「ん?どした?」
こ『そこ、ちょっとどき』
タ「へ?」
こ『ええから』
 言われるままコタツから身を離すと、突然俺の胡坐をかいた膝の上に身体を割り込ませてきた。
タ「おいおい・・・」
こ『だまっとき。どうせあんた、彼女もおれへんのやろ?きょうのごはんのおれいや』
タ「お礼って・・・」
あ『せやったら・・・・』
 今度は、それまで黙っていたあかねちゃんが立ち上がって来た。
あ『このちゃんだけは・・・ふこうへい・・・・うちも・・・お礼・・・・』
タ「待て待て待てって・・・」
 いくら子供でも、膝の上に2人はきつい。だが、そんなことに構わず、妹さんは無理やり体をねじ込んでくる。
こ『ほんとはイヤやねんで?ただ、さぶいけど”でんきだい”もったいないから、しゃぁないからやねんで?』
あ『・・・・・狭い・・・・もっと空けぇ・・・』
 結局、俺は完全にコタツから出て、2人を膝の上にどうにかこうにか乗っけることになった。
 テレビが見にくいが、こうなってはしゃぁないか。あ、うつった。
タ「寒くない?」
双子『『ん、くるしゅうない』』
 どこで覚えてくるんだ、そんな言葉。
 これがあとせめて10年、いや8年先ならば、確実に極楽なんだろうがなぁ・・・。
 まぁ、あったかいからいいけど。
あ『・・・・・”せくはら”したら・・・おかんに言う・・・』
タ「しませんって」
こ『ぜったいやで?”よめいりまえ”やねんからな!』
タ「大丈夫だってば」
 本当に、昨今の子供のボキャブラリーはどうなってるんだ?
 そんなことを言うのはマジでもうちょっと育ってからにしなさい、と言いたくなるのをグッと堪える。
 いかに子供といえど、2対1は分が悪い。
TV[もう絶対に子供だけで焚き火なんかしないよ・・・]
 番組がレスキュー物に移ると、突然このみちゃんの首がカクンと傾いだ。
 うとうとしてしまったらしい。見れば、あかねちゃんも目がトロンとしている。
 小学生でも寝る時間には早いが、まぁ、ほとんど知らない奴の家に上がって過ごせば気付かれもするか。
タ「眠い?お布団敷く?」
こ『へいきや・・・もうすぐ、おかんも帰ってくる』
あ『・・・・・・こども扱い・・・・せんで・・・』
 眠そうでも、すぐに減らず口を叩くのは変わらない。
 とはいえ、口ではそう言ってても、体は正直。
 テレビが次のレスキューに行き
TV[・・・三ヵ月後、そこには庭を走り回るジョニーの姿が!!]
 の決め台詞が出る頃には、2人とも完全に俺の腕の中で寝息を立ててしまっていた。
 ここで寝かせて風邪を引かれても困るが、下手に動くと起きそうだし・・・。
 やむを得ず、そのままテレビを見ることにする。
こ『・・・・・・ん』
あ『・・・と・・・』
 何事か寝言を言っている。完全に俺に体重を預けて、夢を見ているようだ。まったく、いいご身分――

こ『おとん・・・いかんといて・・・』

タ「・・・!?」 
 心臓が跳ねた。不意打ちかよ・・・勘弁してくれよな、そういう重いのは。
あ『・・・おとん・・・・・・・』
 夢まで一緒なのか?双子って。困ったもんだ。
 どうしていいか解らんが、とりあえず俺はそっと片方ずつ2人の手を握ってみた。
 このみちゃんの右手と、俺の右手。
 あかねちゃんの左手と、俺の左手。
 小さな手を包み込むようにすると、きゅっと握り返してきた。
こ『・・・・うん・・・・』
あ『・・・・・・・・おとん』
 一瞬起きたかと思ったが、違った。心なしか、寝顔が安らかになった気がする。
 こんな小さい子がどれだけ辛い思いをしてきたのだろう。
 本当、俺には考えもつかないし、それについてかける言葉もない。そんな自分がイライラする。
 ――神様、あんた、意地悪だ。
 胸の奥広がる苦いものを感じて、俺は2人の手を握りながらテレビを見続けた。
 
 ・・・いつの間にか、俺もウトウトしてしまったらしい。
 玄関のチャイムの音で目が覚めた。
タ「はっ・・・・」
こ『おかんや!!』
あ『・・・・せや』
 俺の膝からあっという間に出て行く2人。
 少しだけ名残惜しく思うが、仕方がない。それが彼女たちの日常なのだから。
こ『おか〜〜ん!!』
 このみちゃんが玄関のドアを開けて母親に飛びつく。あかねちゃんは無言だが、その顔は笑顔だ。
母『あぁ、ほらほら・・・どうも、ご迷惑おかけしまして・・・ほら、お兄ちゃんにお礼は?』
こ『おおきにな!あんちゃん!』
あ『・・・・・・・おおきに』
母『もう、そうやなしに、ちゃんと・・・あぁ、もうええわ。ほれ、鍵あげるから、先に家に入っとり』
 そう言うと、お母さんはポケットからキーホルダーを取り出し、このみちゃんに渡した。
双子『『は〜い!』』
 さっきまでの寝顔はどこへやら、電光石火で隣のドアを開けて中に消えていく。
母『どうも、ありがとうございました・・・これ、つまらないもんですけど・・・』
 そういうと、お母さんはケーキの箱を掲げた。
タ「あ、そんなつもりじゃ・・・それだったら、2人に・・・」
母『いえ、あの子らの分はありますから・・・それより・・・』
 そこで、お母さんは声のトーンをぐっと下げた。
母『もし、迷惑やなかったら、これからもあの子らのこと、気にかけてやってくれませんか?』
タ「へ?」
母『あの子ら、人見知りが激しぃて・・・自分で、仕事場にも電話出来ないくらいなんですわ』
タ「・・・・・」
 なるほど、それで番号はあっても電話はできなかったわけね。
母『それでも、別府さんには懐いてるみたいやし・・・学生さんで、色々忙しいかもしれませんけど・・・』
タ「あぁ、いえ。そのくらいなら、別に大丈夫ですよ」
 ・・・・あれこれ考える前に、口が勝手に動いた。

 
・・・・そんなわけで。
こ『あー!つぎ、ウチの番やってば!』
あ『・・・・このちゃん、下手やん』
タ「ほら、喧嘩すんなよ。飯できたから」
 今日も俺はゲームのコントローラーを奪い合う双子に、夕食を作る。
 食べるときに文句を垂れるのはいつものことだが、変わったことと言えば『ごちそうさま』でなく
双子『『おおきにな、あんちゃん(////』』
 と頬を染めて言うようになったことだな。
                                       おしまい 


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