『クリスマス編』



 ――サンタは居るか、否か。

 俺が紅顔の美少年だった頃から、全国の子どもの間で熱烈な議論が交わされている問題だ。
 年月を経て、子どもたちは現実に目覚め、大人の階段を上っていく。クリスマスにプレゼントをくれるのは
両親であり、トナカイの引くそりに乗って空を飛ぶサンタクロースはファンタジーの産物だということを知る。
やがてプレゼントを期待する相手が両親からさらに恋人へと移り、企業の年末商戦に乗っかって、ついにサン
タについて真剣に議論しようという純粋さは消え失せてしまう。
 中には恋人からのプレゼントさえファンタジーだという、俺のような人種も居たりするわけだが……。
 なんでこんな微妙な話題を出しているかといえば、それはさっきからお隣の姉妹が交わしている会話が原因
なわけで――

こ『せやから、サンタさんはおる言うとるやんか!!』

 このみちゃんのけたたましい声に、俺はフライパンを操る手を止めた。
あ『……あれは、おかんや……うち、きょねん……見た』
こ『そんなん、あーちゃんが、ねぼけとったんやろ』
 小ばかにするような台詞に、妹が息を詰まらせるのが解る。
 あー、これはヤバいかもしれん。
 台所から顔を覗かせて、さり気なく牽制しておく。
タ「おーい。ケンカすんなよー」
 と、このみちゃんが俺の忠告を一切無視して尋ねてきた。
こ『あんちゃん! あんちゃんは、サンタさん見たことあるか!?」
 予想以上の剣幕に、
タ「は……? いや、今の季節、何処にでもいるじゃん。ケン●ッキーの前とか……」
と戸惑いながら答えると、隣の同じ顔から静かで冷たい声が飛んでくる。
あ『そういうんやない……ほんもの……』
タ「それはない」
 サンタなんか信じてた純粋な心は、どこか遠くに置いてきてしまったんだ、お兄さんは。
あ『ほら……このちゃん……』
 向こうで、コタツに入ったままのあかねちゃんが、呆れ声で言う。当然、姉の方はやっきになって言い
返すよりない。
こ『あ、あんちゃんは、こころがきたないから見えへんだけや!』
あ『……それもそうか』
タ「納得するなよ……」
 そんな印象で喋られたら、建設的な議論なんかできないぞ? 
 しかし、このみちゃんはさらにあやふやな根拠による反論を続けた。
こ『それにな、サンタさんは、子どもにみられたらあかんねん! ともちゃんが言うてたで!!』
あ『……なんで』
こ『そ、それは……そういうきまりやからやん! みられたら、もう子どものとこにはこれへん」
 それは他の何かとごちゃ混ぜになっている気がする。どこまで行っても子どもの言うことだから、いち
いち突っ込んでちゃ身が持たないんだけどね。
 燃えかけた議論の炎を素早く察すると、俺はコンロの前に戻り、軽くいなした。
タ「とにかく、もうちょっとでチャーハンできるから、ケンカしないで待ってなよ? な?」
こ『う、うっさい! ケンカなんか、せぇへんわ!』
あ『……うちらは、にんげん……できとるからな……』 
タ「はいはい、とにかくこれ以上騒いだら、ご飯抜きですよ」
 背後に『ぎゃくたいや!』『……なまいき』といった声を聞きつつ、俺はフライパンの前に
戻った。
 このみちゃんとあかねちゃんは、アパートのお隣さんに住んでいる双子で、所謂『鍵っ子』という奴だ。
出版社に勤めるお母さんと三人で暮らしている。
 以前(と言っても、もう一年近く前のことだが)、鍵をなくした二人に夕食を振舞ったのがきっかけで、
それからもちょくちょくご飯を食べさせては、遊び相手になるという交流が続いていた。
 部屋の水槽では、四匹の金魚がのん気に泳いでいた。これも双子と夏祭りに行ったときに金魚すくいで
取ってきたものだ。ああいう屋台の動物は長生きしないのが相場だが、なぜかこいつらは冬になっても元
気だ。ちなみに、名前はまだない。
 他にも部屋を見渡せば。
 一緒に温泉旅行に行ったときの土産物のペナント。
 『父の日』ならぬ『兄の日』にくれて、結局使い切れなかった各種チケット。
 そんなこんなが、目に付く場所に飾られていた。台所を見れば、子供用の食器だって買い揃えてある。
 それらの品を見て少し感慨に耽っていと、後ろから急かす声がした。
あ『はやく……しろ……』
こ『おなかぺっこぺこやー! こっちゃ、そだちざかりやねん!』
タ「もうすぐできるって。慌てなさんな」
 香り付けのゴマ油を垂らしながら、俺はそれに答えた。


 
 それから三日後。
 遠慮がちに玄関のドアがノックされた。
 時刻は夕方、ぼちぼち双子も帰って来る頃ではある。二人が来るときは決まってお母さんが連絡をくれ
るが、時々夕飯目当てでなくても遊びに来ることがあるので、俺は今回もそうだと思った。
タ「はいは〜い」
 軽い返事と共にドアを開けると、
母『あ……突然すみません』
 お母さんだった。一瞬でスイッチを切り替える。
タ「あ、ども……」
母『今、大丈夫ですか?』
タ「いえ、もう全然! えっと……立ち話もなんなので、良かったら……」
 吹き込む風に首をすくめると、お母さんは俺の台詞に素直に従った。
母『どうも、すみません。ほな、ちょっとお邪魔します』
 深刻というほどでもなく、いつも通りの調子で彼女は部屋に上がった。
 お茶を入れて、コタツに向かい合うとお母さんはもう一度、頭を丁寧に下げて見せた。
 こんなに腰の低い人から、あんな毒舌な双子が生まれるとは……生命って不思議なもんだ。
 しばらく、他愛のない世間話をした後、お母さんはおもむろに本題に入った。
母『あの……実は、クリスマスのことなんです……』
タ「はぁ……」
母『ちょっと、お聞きしづらいんですが……イヴのご予定って、入ってますか?』
 誠に聞きづらい質問だ。
 こんなことを訊ねるということは、お母さんとしては空いていて欲しいはずだ。イエスとなれば自分の
希望は裏切ることとなる。かと言っていい若者の答えがノーでも、それはそれで気まずい。
 まぁ、そんなことはどうでもいいか。
 俺はできるだけさり気なく、大人っぽいウィットを交えて答える。
タ「いえ、お恥ずかしながら、フリーなんですよ。はは……」
 うん、正直『ウィット』って何かよく解ってないんだ。普通じゃん。
 それでも、お母さんは微笑んでくれる。いい人だ。
母『そうですかぁ。いえ、実は毎度厚かましいんですけど、お願いがありまして……』
タ「できることなら、なんでもやりますよ」
 頼もしく見えるように、しっかり目を見て頷くと、お母さんはまず眉を寄せ、それから突然こう言った。
母『あの……変なこと訊きますけど、最近、あの子らサンタがどうしたとか言うてませんでした?』
タ「は?」
 
 こ『あんちゃん! あんちゃんは、サンタさん見たことあるか!?』

タ「あぁ……そう言えば」
母『あぁ、やっぱり……いえ、実はですね……』
 それからお母さんが語ったところによれば。
 どうやら、双子の間で『サンタがいるか、否か』という議論は、あの後双子の間でかなりのヒートアッ
プを見せたらしい。普段は大抵行動が揃っている二人が、こうまで意見を食い違わせるのも珍しいことで
ある。
 で、結果を言えば、二人とも寝ずの番をして、サンタを見届けよう、というお決まりの展開になった。
 それで困るのは、お母さんである。
母『やはり、普段から寂しい想いをさせてますから……クリスマスくらいは、夢を持たせてやりたくて』
 毎年多少を無茶をしてもクリスマスイヴは休みを取り、二人の枕元にプレゼントを置き、朝無邪気に喜
ぶ顔を見るのが、一年の内で屈指の楽しみなのだそうだ。
 そこで、お母さんはこう提案した。
 このみちゃんは、『サンタさんはいる』、あかねちゃんは、『サンタさんはおかんだ』という主張をし
ている。
 つまり、双子の疑問は正確に言うなら、『サンタの存在の是非』ではなく、『サンタ=おかん説の是非』
なのだ。すなわち、『サンタがおかんでない』=『サンタさんはいる』ということになる。
 論理的には穴のある話だが、そこは小学生の議論だから棚上げして、お母さんの提案とはこうだ。
 クリスマスイヴには、お母さんを中心にして、三人で川の字に眠る。その際、手でも握っておけばよい。
 お母さんが動けば、双子は目覚める。逆に言えば、お母さんに怪しい動きがなく、それでもプレゼントが
枕元にあれば、『サンタさんはいる』という結論になるのだ。
 そこまで話が来れば、俺にもこの先の展開は読める。
タ「えっと……つまり、俺が枕元にプレゼントを置けばいいわねですね?」
母『はい。まぁ、二人が寝込んだ隙を見てこっそりやってもいいんですけど、起こさない自信がないもので
……つまらないこととは思いますが……』
タ「あぁ、いえ。大丈夫ですよ。そのくらいなら、お安い御用です」
 済まなさそうに頭を下げるお母さんに、ほいほいと安請け合いをする。なんだか、放っておけないんだよ
なぁ、この人。
 彼女は顔を上げると、それからニコッと笑って見せた。その笑い方が唐突だったので、俺の方がどぎまぎ
してしまう。
タ「え……あの……?」
母『あ、ごめんなさい。でも、あの子らが別府さんになつく理由が、ちょっと解った気がして』
タ「はぁ……」
母『まぁ、あの子らも、プレゼント用意してるみたいですから、楽しみにしてください』
タ「え……」
 こないだはそんな素振り、欠片もなかったけど……。
母『あ、中身は、お楽しみ言うことで……ふふ』
 お母さんの意味深な笑顔を見ていると、なぜか妙な緊張感が背中を強張らせた。



 で、お話はクリスマスイヴ――つまり、今現在に至る。手はずはこうだ。
 『そろそろ寝ます』という連絡を受けたら、こっそり二人が寝付くまで窓の外で待機する。それから、頃
合を見計らってこれまた、あらかじめお母さんから預かったプレゼントを枕元に置く、という段取りである。
とりあえず、お膳立てはお母さんがしてくれるので、俺は家の中に入り、プレゼントを置けばそれOK、と
いうだけのことだ。
 ただそれだけのことなのに、今の俺の格好と言えば、ところどころに白いふわふわした飾りがついた真っ
赤な服。頭には同じデザインの帽子。顔には白い付けヒゲ。

 どう見てもサンタです。本当にありが(ry

 その上、窓の鍵を開けておくから、そこから入ってくれとも言われた。そもそも寝ている間のことなら、
どこから入ろうが、どんな格好だろうが構わないはずなのだが。まぁ、雰囲気の問題だろう。しかし、お
母さんは毎年、仮装してるんだろうか? それはそれで凄いけど。
 窓の中は、話し声も絶え、すでに真っ暗だ。
 口から吐いた息が、真っ白になっている。この季節の空気は、むき出しの顔が引き攣りそうなるほど冷た
い。まぁ、付けヒゲのお陰で多少はましだけど。
 そういえば、ドアの前で困ってる二人を見かけたのも、こんな寒い日の夜だったな。
 あの日はまるっきり不審者扱いで、二人もかなり固かったんだよなぁ。いや、不審者という点では、今も
引けを取らないか。誰かに見られたら、まったく言い訳できないなぁ……。
 窓をそっと開けて中を覗きつつ、そう思う。
 開けたそこは、すぐに寝室のようだった。真っ暗なので、おぼろげな像しか見えないが、布団が三人分敷
かれ、それぞれに影が横たわっている。中央がお母さんなので、『川』の字というよりは『小』の字に近い。
両側の枕元には、可愛らしい毛糸の靴下が置かれていた。
 窓際で素早く、しかし音を立てないよう慎重に履物を脱ぐと、部屋の中へ軟着陸する。このために、寒さ
を我慢して足だけはサンダル履きで来たのだ。あまり冷気を入れると、それだけで双子が起きてしまいそう
なので、窓はすぐに閉めた。
 変に慌ててるせいか、普段の癖で回転式の鍵までかけてしまった。まぁ、出るときにまた開ければいいだ
けだが。
 もぞ、と真ん中に寝ている影が動いて、こちらを見ると、軽く頷いた。
 俺もそれに頷き返すことで返事をすると、預かっていたプレゼントを布袋(これもお母さんが用意したも
のだ。芸が細かいというかなんというか……)から取り出し、枕元に置く。まずは手前のあかねちゃんの分。
二人が寝る場所も、あらかじめお母さんと打ち合わせ済みだった。ただですら同じ顔なのに、その上暗いん
じゃ、さっぱり見分けがつかない。
 しかし、お母さんもよく解らない人だ。信用してくれていると言えばそれまでなのだが、それにしたって
これでも男ですよ? 夜中に寝巻き姿の状態で家に入れようというのは、ちょっと無防備に過ぎないか?
 いやいや、余計な心配だろう。誰が見たって、俺は善良な一市民に過ぎないわけで。その点は誇っていい
と思う。お母さんも、そこを見込んでくれたはずだし。
 リボンのついたオモチャの箱を靴下に乗せると、続いてこのみちゃんの枕元に移動する。片手を袋に入れ
た。目が慣れて、安らかな寝顔が判別できるようになってきた。まったく、寝てれば可愛いのに……。
 などといらないことを思っていたのが命取りだった。
 がばっ、と目の前に四角い壁が現れた。
 それが子供用の掛け布団だと気付いたときには、既に手遅れ。

こ『つかまえたー!!』
 
 片手を袋に入れていたせいで、反応が遅れた。
 小さい影の突進を受けて、派手に後ろにすっ転ぶ。
 ――マズい……!!
あ『んゅ……どないしたん……?』 
 騒ぎに乗じて、起きてしまったのか、もう一つの小さい影が動きはじめる。
 お母さんは初めから狸寝入りだったので、この予想外の展開に息を呑んだのが聞こえた。しかし、こうな
っては仕方もない。無言で立つと、明かりを点けた。
こ『サンタや! サンタさんつかまえたで!!』
あ『……』
母『……』
 興奮状態のこのみちゃんを置いて、二人は俺に視線を注いでいる。あかねちゃんは呆れた顔で、お母さん
は少し困った表情で。
あ『……よく見てみ、このちゃん』
こ『……んぁ?……あっ……ああぁぁぁぁ!!』
 やっとここで俺の顔を見たこのみちゃんは、絶叫した。どうやら、付けヒゲでも誤魔化せなかったようだ。
こ『あんちゃんやん!!』
あ『……せやね』
タ「ども……こんばんは」
 あかねちゃんがツカツカと歩み寄り、ヒゲを剥ぎ取った。耳に引っ掛けてたゴムが、ぱちんと音を立てる。
こ『どーいうつもりやねん! こら!!』
タ「えと……め、メリークリスマス!!」
 とりあえず、手に持ったままだったキャラクターの縫いぐるみを差し出す。このみちゃんは丁寧にリボン
が巻かれたそれを受け取ると、目を白黒させた。
こ『あ……おおきに……やなくて!』
あ『……ふほーしんにゅーや……けーさつ……』
タ「ま、待った!」
 このままでは笑えない事態になってしまう。俺は縋る目でお母さんを見た。
 お母さんは、困惑した表情で一瞬考え込んだが、やがて何かを思いついたように目を光らせた。

母『あ……お、お兄ちゃんはな、サンタさんに頼まれてきてんやで?』

双子『『……は?』』
 俺も一緒に『は?』と言いそうになった。てっきり、こういう事態になった状況を説明してくれる
と思ったのに、どうやらお芝居を続けるつもりらしい。しかも、こういう言ってはなんだが、よく聞
く筋書き。
 しかし、子どもの夢を壊さずこの場を切り抜けるには、もはやこれしかないかもしれない。
 双子は同時に眉を寄せて、まったく同じ顔をしている。お母さんが俺に目配せをして、先を促した。
タ「そ、そうだ。今まで黙ってたけど、実はお兄ちゃんは国際サンタ検定一級ライセンス持ちなんだ」
双子『『…………』』
 凄まじい疑惑の視線に心が折れそうになる。
 そりゃ、いきなりこんなこと言われてもなぁ。いくら相手が小学生でも信じろというのが無茶なわけで。
 だが、苦しいなりに可能な限りで言い逃れてみることにする。
タ「ほ、ホントだって! 国際サンタ検定一級ライセンスの持ち主は、鍵がかかっても家に入れるんだぞ?」
あ『…………このちゃん』
こ『ぼーはんじょう、しゃぁないな。しらべるで』
 すぐに二手へ分かれて、戸締りを確認し始める二人。その間、俺とお母さんは声を潜めて、話す。
母(どうも、すみません……)
タ(いえ、よもや寝たフリしてるとは、予想できなかったので……)
母(私も、すっかり騙されてしまいまして……)
こ『こら! なにコソコソしとんねん!!』
 俺らの様子を見て、このみちゃんの声が響く。その後ろから、暗いあかねちゃんの声がした。
あ『……このちゃん……いじょーなしやで……そっちは?』
こ『こっちも、ぜんぶしまっとる……どうやって入ったんや?』
 普段の癖がこんなところで役に立つとは。つーか、入った後で閉めたくらい気付いてもいいような気が
するが、まぁ、小学生なんてこんなもんか。
 首を傾げる双子に、お母さんは畳み掛けるように言う。
母『ほ、ほら、これ、二人がサンタさんに手紙書いてプレゼントしたプレゼントやん?』
こ『あ……ほ、ほんとや!』
あ『……なんで、しっとる」
タ「あー……えっと、それは……」
 お母さんを見ると、一生懸命目で訴えていた。俺はそれに乗ることにする。
タ「だ、だから言っただろ? サンタさんに聞いたんだって」
 つーか、あかねちゃんはサンタに対して懐疑的だったはずなのに、プレゼントの手紙は出してたんだ。
いや、それもサンタ=お母さんなら、不自然はないか。きっと『おかんがサンタさんに出しとくからねー』
みたいなことだろう。サンタさん=お母さんなら、どちらにせよプレゼントは手に入るわけだし。
 そんなどーでもいいことをつらつら考えていると。
こ『ふぇ……えぅっ……」
 ……あれ?
 こ、このみさん? なんで急に泣いてるんですか……?
あ『うぅ……ぐすっ……』
 妹さんまで!?
 俺とお母さんが顔を見合わせてる内に、見る見るうちに二人の目からは涙が溢れて、やがて大きな叫
び声となった。
双子『『ふえぇぇぇぇぇん……』』
タ「えっ……ちょ……どした?」
こ『だ、だだだって……だってぇ……』
あ『うちらが…………あんちゃん見たからぁ……うくっ……』
こ『ともちゃんが、言うててっ……あうぅ……』
あ『あんちゃんが……おらんくなってまうよぉ…………』
こ『いややぁ、いやっ……ふええぇぇぇ……』
 ちっとも要領を得ない。
 お母さんの方を見たが、やはり心当たりがないようで首を傾げられてしまう。
 二人は一向に泣き止む気配がない。順序だてた話を聞くのは当分無理だろう。となれば、推理するし
かないわけだが。
 『ともちゃん』というのは多分二人の友達の子だろう。しかし、『俺を見たから居なくなる』という
のはよく解らない。というか、『ともちゃん』って名前はごく最近、どっかで聞いたようn――。

   『サンタさんは、子どもにみられたらあかんねん! ともちゃんが言うてたで!!』
   『みられたら、もう子どものとこにはこれへん」


タ「あっ……あーーーーーーーーー!!」
母『っ!? ど、どうかしましたん?』
 お母さんが怪訝そうな顔で俺を見た。夜中だというのに、俺まで大声を出してはどうしようもあるま
い。慌てて口を塞ぎ声を潜めると、パジャマ姿の双子へ向き直った。双子も俺の大声にびっくりしたの
か、泣くのを忘れて俺の方を見ている。
タ「えっと……大丈夫。見られても、俺は居なくならないからさ」
こ『……ほ、ほんとか?』
タ「あぁ、俺はほら……ば、バイトだからさ。そこまで厳しくないんだな、はは……』
  苦しい話だが、二人は完全に泣き止んでいた。
あ『……ほんと?……あんちゃん、明日も……お隣におるん?』
 あかねちゃんが目元を拭うと、潤んだ瞳の奥にぱっと光が点る。それを嬉しく感じながら、
タ「おるおる、余裕余裕」
と、わざと軽く答えると、二人は顔を見合わせ、大げさなくらい大きく安堵の息を漏らした。それから、
はっと我に帰り、俺を鋭い視線で睨みつける。
 そのまま、手近にあったものをポイポイ投げつけてくる。
こ『お、おどかすなや! ぼけ!!(////』
あ『…………あ、あほ(////』
母『こ、こら! 二人とも……っ!』
 枕の次に飛んできた、毛糸玉をキャッチすると、怒りかけたお母さんを、軽く手で制する。俺は自分
でもだらしないと思うような笑顔で、双子の言い分を聞いた。
こ『べ、べつにうちらは、さびしいこともなんもあらへんのやからな!!(/////』
あ『どれいのくせに……こ、これは、バツやな……(/////』
タ「うん、なにしたらいい? お姫様」
 パジャマで仁王立ちの双子を見上げて、俺はそこでようやくふざけた帽子を取り、胸に当てた。大仰
な芝居のように跪いて見せる。
 その動作に、さらに気を良くしたのだろう。二人は、俺に命令を告げた。
 それは前々から決まっていたことのように、スムーズなものだった。
 けれど、それを聞いた俺の顔からは、余裕が消え去っていた。


                    ※        ※       ※

 あぁ、クリスマスなんか大嫌いだ。
 駅前の広場には、馬鹿でかい光の円錐がそびえ立っていた。その周囲には、きっと『光の円錐教』の
信者に違いない数多くのカップルがうようよしている。俺はこの広場の静かな佇まいが好きだったのに、
台無しじゃないか。
 大体なんだ、あの円錐は。無粋なことこの上ない。きっとあのカップルに訊ねれば、『宇宙からソー
ラス星人のメッセージを受信するアンテナです』とか帰って来るに違いない。一体警察は何をしてるん
だ。こんなカルト宗教を野放しにしておくなんて、子どもに悪影響だろう、常識的に考えt――
こ『あーちゃん! ツリーきれーやね!』
あ『……せやね。きらきら……』
 あぁ、遅かったか。子ども達への洗脳は、既に始まってしまっているらしい。きっと、あの光の円錐
から邪悪な電磁波が昼夜問わず放射されているに違いない。
 姉は赤、妹は黄のマフラーを巻いて、もこもこと着膨れていた。なんだか、マスコットみたいで可愛
い。お持ち帰りした――いかんいかん。
 『ゆうべ、おどかしたバツやー!』などと唆され、二十五日の夜に双子を連れて来てみたのはいいも
のの、油断したのが間違いだった。このあどけない双子を使って、俺を信者に引き入れようとは奴ら下
劣な真似をしやがる……!
あ『…………なに、しんきくさいかおしとん』
こ『うちらみたいな、びしょーじょときとんのやで〜!? もっとよろこばんかい!』
 左脛を蹴られる。しかし、あの光の円錐に心を奪われているのか、いつもに比べて威力が少ない。お
のれ、いたいけな幼女まであちら側の世界に引き込むとは……許しがたい! 俺がっ……俺がぶっ壊し
てやる……っ!!
こ『はんのうなしかいな! こら!』
あ『……はらたつ……』
 双子は俺を挟んでぼそぼそと言葉を交わしている。
 しかし、あの邪悪な光の円錐を打ち破る決意を固めたものの、俺の左手はこのみちゃん、右手はあか
ねちゃんがそれぞれ握っていて、動くこともままならない。なってこった!罪もない小学生を使ってま
で反抗勢力を押さえ込むとは……卑怯な!
 と、できるだけ広場全体に充満したラブラブオーラを吸わないようにと、そこまで妄想したところで
突然、がくんと膝が折れた。
 あかねちゃんが、俺の膝の裏を蹴り抜いたのだ。要するに、膝カックン。
タ「あだっ!」
こ『ほれ、じっしとけ!』
あ『このちゃん……ひとりで、ずるい……』
こ『ず、ずるいとか言いなや! ほら、反対側……』
あ『ん……』
 二人が、何か布状の物を丸めて持って迫ってくる。な、なんだ……まさか、早くも『光る円錐教』の
陰謀に気がついた俺の息の根を止めようと……。
 妄想の続きに逃げ込もうとした俺の首に、なんだかチクチクする素材で出来たものが巻きついた。
 甚だ奇妙なデザインだった。首にタオルをかけるように巻くと、右側が赤で、左側が黄色という、派
手な感じになる。
タ「ちょ、くるじ……うぐっ!」
こ『うっさいなぁ、がまんせぇや!』
 しかもかなり短い。首を締め付けられて呻くと、非情な命令が降りた。
 このみちゃんが、ムリヤリに端を折り込んで、どうにか固定しようとする。 
あ『……ん……できた』
 しばらく小さい手が俺の首周りを走り回っていたが、やがて二人は離れて、しげしげとこちらを眺め
出した。
 ……あれ? これってまさか……。
こ『……プレゼントや。きのう、わたせへんかったからな!』
あ『…………二人で、あんだ……ありがたく、うけとれ』
 編んだって……これ、まさかマフラーなのか?
 いやいや、それにしちゃ――
 その先を考えようとすると、四つの目がギロリとこちらを睨んだ。
こ『……みじかい、とかおもたやろ」
あ『…………』
タ「あんー……ソ、ソンナコト、ナイデスヨ?」
 あぁ、俺って根が正直なんだろうな。自分の台詞の空々しさに、愛想が尽きそうになる。
 怒られるかと思ったが、予想を裏切り、姉妹は相似形の顔をこれまた同じように歪めた。
こ『しゃ、しゃぁないやんかぁ……なぁ、あーちゃん……』
あ『……はじめて、やもん』
こ『せ、せや! うまくできひんかって……また、なんかいもすればええやん』
タ「うん、解った! すげーあったかいや! これ!」
 俺がわざとはしゃいだのは、双子の台詞に通行人がこちらを見て眉をひそめたからではない。
 本気で悲しそうな顔をしている姉妹を見たせいだった。
 ――正直、この二人が泣く姿はもう見たくない。
タ「うん、ありがとうな! 大事にするよ!」
 声も高く言うと、二人はいつもの調子でニカッっと笑い、さっそく心地よい憎まれ口を叩いた。
こ『さ、さいしょから、そう言うたらえぇねん!』
あ『……まったく……れいぎが、なっとらん……』
タ「はは、ごめんなさい」
 マフラーの不揃いな目を撫でると、二人の苦労が文字通り手に取るように解った。
 きっと、実際は一本ずつのつもりだったんものを、出来上がりが間に合わず、お母さんが繋いでそれらしく
したんだと思う。だから、半分で色が違うわけだろうけど、それでも確かに暖かかった。ついでに言えば、こ
のみちゃんのマフラーは赤、あかねちゃんが黄色だから、このお手製マフラーは、半分ずつペアルックでもあ
る。
 頬が緩む俺の首元を見て、このみちゃんが言った。
こ『ま、いちねん、うちらのドレイとして、えぇこにしてたら、次のクリスマスにながくしたるわ!』
 続きを、妹が引き取る。
あ『…………10センチくらい』
タ「みじかっ!」
 マフラー一本に何年計画だ。俺は両手を合わせて懇願してみる。
タ「も、もうちょっとお願いしますよ」
 だが、双子は同じ動作で首を振った。

こ『あかん。あとは、そのつぎのとしや』
あ『……まいとし……のばしたる……』
こ『せ、せやから……やから……らいねんも…………(////』
あ『……つぎも…………な?(////』
こ『ち、ちかくにおらな、あかんで? う、うちらが、こえかけたら、すぐにこれるとこや!(/////』
あ『…………マフラー……ながく……したるから、な?(/////』

 あぁ……全く。これだからクリスマスってヤツは……。
 俺は双子に手を伸ばす。右手にこのみちゃん。左手にあかねちゃん。少し離れただけなのに、剥き出
しの手はもう冷たい。空いた方の手は、コートのポケットに収まっていた。
 二人は頬をリンゴのように染めて、俺の手をぎゅぅっと握る。
 夜を無視したように明るいイルミネーションの真ん中に、きらきらと輝くクリスマスツリーを見ると、
俺はあごを引いて、首もとのマフラーの感触を確かめた。
 そう言えば、俺、双子にプレゼントってあげてない気がする。イヴのヤツはお母さんからの預かりも
のだったし、折角なんだから、ここで何かしてあげたいところだ。
タ「よし、今日はいっちょ、外食するか!」
 たまにはこういう金を使ってもいいだろう。そりゃ、余り高いトコは財布的にも無理だし、それでな
くても今日は予約なしで入れる気がしない。それでも少しは贅沢をして、双子をもてなしたいと思った。
 ところが、双子は俺の予想以上に孝行娘だった。
こ『うちらに、おかんをおいて、そとでめしをくえと?』
タ「あ……」
あ『……けーわいめ』
 “KY”つまり、空気読めない。正直、飲酒できる年になって小学生に言われると、かなりキツい。
 へこみかけると、両手が乱暴に引っ張られた。
こ『えぇから、かえるで! おかんのごはんがまっとんねん』
あ『……あんちゃんのぶんも……つくる……言うてた』
タ「そっか。そりゃ、ありがたいな」
こ『ケーキくらいは、てみやげにかってくで!』
あ『…………じょーしきやな』
タ「はいはい」
双子『『へんじは、いっかいや!』』
 双子の声は、口から出てきた白い息まで同じ形だった。




                                        おしまい


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