その24 聖夜の誓い

時計を見ると、6時を少しまわったところ。
薄暗くなった街はイルミネーションやライトで彩られている。
街路樹に括り付けられた青のライトが照らすメインストリートは人通りも多く
人ごみの苦手な私にとっては歩くだけでも一苦労。
お店の前を通るたびに聞こえるクリスマスソングを楽しむ余裕もなく、足元と前を行く人の背中に
全神経を集中させる。
駅から離れるにつれ徐々に人と人との間隔が開いていき、やっと息のつける所までくると
そこは家からさほど離れていないところだった。
この人ごみさえなければ、クリスマスももっと楽しいのにな・・・。

『ただいま・・・』
家のドアを開けて、まっすぐ台所へ向かう。
テーブルにケーキの箱を置いて椅子に座ると、目の前に湯気の立ち上るマグカップが置かれた。
「お帰り。寒かったろ?」
ニコリと笑う兄。
マグカップを手に取り、一口啜ると体の芯がじーんと暖まる。
『誰かさんが・・・ノロノロ・・・料理作ってるから・・・寒かったなぁ・・・』
心遣いを嬉しく思いつつも、ついつい憎まれ口を言ってしまう。
元はといえば、私が行く言い出したのに・・・。

兄への思いを伝えようと決めたあの日からすでに何日も過ぎていた。
話そうとすれば声がでず、それなら手紙にでもと思っても書けず。
理由は・・・結果はどうあれ、今のままの関係でいられなくなるから。
私に向けてくれる笑顔が、思いを伝えた瞬間から消えてしまうのではと思うと
怖くて何もできなくなってしまう。
そして、今日は止めて明日にしよう、明日よりは土日の方がいいかな等と延ばし延ばし
結局クリスマスイブを迎えてしまった。
『もう・・・これ以上は・・・延ばせないよね』
プレゼントの手編みのセーターをぎゅっと抱きしめ、何度も練習した告白を頭の中で思い描く。
思い描いて・・・ゴメンって断られるシーンが浮かんで・・・そしてため息。
どうしよう、今更になって怖くなってきた。
決めたのに・・・迷わないって決めたのに・・・どうしてダメなんだろう。
来年でも・・・来年のクリスマスでもいいよね?1年延ばしても変わらないよね?
今年は決意の年で、来年実行って事にしよう。
そう思った瞬間、背後でドサッと音が。振り返ると、昔の日記が机から落ちていた。
手に取り、今日の日付を探す。

[くりすますいぶ さんたさんからにぃにをもらった]

兄がプレゼント?どういう意味だろう?
セーターを脇に置いて、代わりに日記を抱きしめる。
目を閉じて意識を集中する。空中から緩やかに落下する感覚、雲を通り抜けると昔の自分へとなっていた。

『にぃに・・・くつした・・・ちょうだい・・・なの』
「靴下?いいけど・・・はい」
『こっちは・・・いらない・・・ぽいっ・・・です』
「わっ、投げるなよ。つか、片一方だけでどうするの?」
『さんたさんに・・・ぷれぜんと・・・もうらうです』
「あぁ、クリスマス用か。で、ちなみは何を貰うんだ?」
『な、ないしょ・・・です』
「ほら、サンタさんでも上げられる物とそうじゃない物があるからさ」
『む・・・そうなんだ・・・』
「言ってごらんよ?よっぽどの物じゃなければもらえるから」
『・・・にぃに』
「は?」
『に、にぃに・・・には・・・ないしょ・・・だもん・・・おしえる・・・ひつよう・・・ないもん』
「でも・・・」
『だめなら・・・だめで・・・いいもん・・・ほかに・・・ほしいの・・・ないし』
「そっか?じゃ、欲しいものを紙に書いて入れておきなよ?」
『そ、そのくらい・・・わかってるもん・・・ふ〜んだ』

「ちなみ、良い子は寝る時間だよ?」
『ん・・・まだ・・・はやい・・・です』
「良い子にしてないと、プレゼントもらえないぞ?」
『そ、それは・・・こまる・・・ね、ねるです・・・』
「おやすみなさい」
『に、にぃに・・・』
「うん?」
『さんたさん・・・うちに・・・くるよね?』
「世界中の良い子の所にはちゃ〜んと行くさ」
『そっか・・・そうだよね・・・じゃ・・・おやすみなさい・・・なの』
「あ、ちなみ」
『んに・・・?』
「プレゼント、ちゃんと貰えるから安心して寝な?」
『べつに・・・にぃにに・・・そんなこと・・・いわれても・・・うれしく・・・ないから』
「あはは、そうだな」
『へんな・・・にぃにです・・・・・・あ・・・へんなのは・・・いつものこと・・・か』
「なんだと?」
『おこった・・・にっげろ〜・・・なのです』

『ぷれぜんと・・・もらえるといいな・・・』
ぽふっ
『さんたさん・・・くるまで・・・おきてよ・・・』
ガチャ
『(んに・・・さんたさん・・・かな?)』
もそもそ
『(お、おふとんに・・・はいってきた・・・ふぇぇ・・・どうしよ・・・どうしよ・・・)』
なでなで
「・・・」
『さんた・・・さん?』
「え・・・起きてた!?」
『そのこえ・・・にぃに・・・?』
「あ、いや・・・あれれ〜?俺、なんでここに居るのかな?」
『にぃに・・・さんたさん・・・こなかったの?』
「いや、その・・・来たんじゃないかな・・・?」
『でも・・・ぷれぜんと・・・あれ?・・・くつした・・・なくなってる・・・』
「靴下?・・・あ、俺が履いてる。てことは、プレゼントは俺って事なのかな?」
『にぃにが・・・ぷれぜんと?』
「あ、靴下に紙が入ってる。えっと、ぷれぜんとは」
『ふぇぇぇ・・・み、みちゃ・・・めーです・・・』
「にぃにのおよめさんになりたいです・・・か」
『あ、あの・・・その・・・ち、ちがうの・・・』
「何が違うのかな?」
『さ、さんたさん・・・せかいじゅうに・・・ぷれぜんと・・・おかね・・・たいへん・・・』
「そうだね」
『だ、だから・・・ちなは・・・やすいので・・・がまんしようって・・・おもっただけ・・・』
「あ〜、だから俺がここに居たのか。いやぁ、ビックリだな」
『にぃには・・・さんたさんに・・・あった?』
「いや、会ってはないけど・・・」
『そっか・・・ぱぱ・・・まま・・・より・・・いそがしいもんね・・・』
「あ、でも、伝言があったよ」
『でんごん・・・?』
「ちなみちゃんが、ずっと願い続ければ、いつかは叶うよって」
『・・・』
「それじゃ、寝ようか?」
『にぃに・・・』
「うん?」
『さんたさんに・・・あってないのに・・・どうして・・・でんごん・・・もらえたの?』
「え?あ、あれだよ・・・その・・・」
『さんたさんって・・・もしかして・・・にぃに・・・?』
「お、俺のはずないだろ?そんな訳・・・あはは」
『ふ〜ん・・・そっか・・・』
「あ、あのさ・・・」
『きをつかって・・・そんしたです・・・らいねんは・・・たかい・・・おもちゃとかに・・・しよっと』
「ち、ちなみぃ・・・サンタさんは」
『もう・・・おねむなの・・・だから・・・おやすみ・・・なの』
「あ、あぁ・・・おやすみ」
『にぃに・・・きょうは・・・ここで・・・ねても・・・いいよ?』
「いいの?」
『さんたさんが・・・おいていったから・・・しょうがない・・・いっしょに・・・ねてあげるです』
「今から自分の布団に行くのは寒いから助かるよ」
『そのかわり・・・ゆたんぽ・・・かわりだから・・・ちなを・・・ぎゅって・・・するの』
「はいはい」
ぎゅっ・・・
『にぃに・・・あったかい・・・』
なでなで
『ん・・・ぎゅって・・・しながら・・・なでなで・・・ふにゃぁ・・・って・・・なるです』
「いいよ、ふにゃぁってなっても」
『えへへ・・・ふにゃぁ・・・ふにゃぁ・・・ふ・・・にゃぁ・・・にゃ・・・』

名前を呼ばれてふと目が覚める。ドアの向うから兄が私を呼んでいた。
「ちなみ、準備できたよ」
『すぐ・・・行く・・・待ってろ』
そう言うと、足音が遠ざかっていく。
足音が完全に聞こえなくなってから、再び目を閉じる。
『ちなが・・・ついてる・・・だから・・・できるよ』
小さい私の声が聞こえた。
ここで逃げてちゃいけない・・・ずっとこのときを待っていたんだもん。
目を開けてプレゼントを手に取り、立ち上がる。

今すぐ伝えなきゃ・・・ありったけの思いを。

台所は、すでにディナーの準備がすべて整っていた。
私の姿を確認した兄は、席から立ち上がり、側まで来た。
「ささ、どうぞお席へ」
ニコリと笑いながら椅子を引いて、座るように促す。
この笑顔はこれで見納めになるかもしれないと思うと、少しだけ逃げたい気持ちになる。
その気持ちをぐっと堪えて、ずっと思い暖めてきた気持ちを口に出す。
『バカ兄・・・ううん・・・お兄ちゃん・・・話があるの』
不思議そうに私を見つめる兄。
『わ、私は・・・私は・・・』
頬を暖かいものが伝う。
『ぐすっ・・・わ、わたし・・・は・・・』
「ちなみ」
抱きしめよとするのを押さえる。
『そ、それは・・・ぐすっ・・・全部言うまで・・・まって・・・』
いまそうされたら、逃げてしまうから。そしたら、もういえなくなってしまうかも知れない。
兄の顔をもう一度見直し、意を決して続きを言う。
『私は・・・ぐすっ・・・今日で・・・お兄ちゃんの・・・妹を・・・ぐすっ・・・や、やめます』
何かを言いかけるのを制して、私は続ける。
『妹じゃなくて・・・別府ちなみじゃなくて・・・柊ちなみとして・・・お兄ちゃんと・・・
 タカシさんと・・・ずっと・・ずっと・・・一緒に・・・居させてください・・・』
言い切った瞬間、留めておいた気持ちが涙と一緒に流れ出す。
泣きながら、昔の事、そしてその時思った事・・・ずっとずっと好きだった気持ちを伝える。
兄も目に涙を浮かべながら、頷いて聞いてくれた。
そして、耳元にそっと呟いた。
「これから妹じゃなくて・・・恋人として・・・いずれは夫婦として・・・ずっと一緒に居て欲しい」
その言葉で、押さえていた最後の一線が全て崩れ、タカシさんの胸に飛び込んだ。
そして、恋人として初めてキスを交わしたのでした。

ようやく成就した私の願い。でも、これはやっとスタートラインに立っただけ。
これからもずっとずっと一緒に居られるようにと願いながら、今日の日記は締めくくろうと思う。


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