その3 結婚祭り

学校から帰って来て、制服から家着に着替え、鞄から宿題を取り出す。
理数系に弱い私には、真上に投げたボールが何秒後に地面に落ちるかなんて分かるはずも無い。
まったく進まない宿題を文字通り投げ出して、机の突っ伏す。
『お兄ちゃん・・・早く帰って来て・・・宿題手伝ってよぉ・・・』
ぼやいてみた所で、社会人の兄がこんな時間に帰ってくる事なんてありえない。
はぁ・・・とため息をつく。と、ふいに遠くから音楽が流れてくるのに気づいた。
『お祭り・・・今日だっけ・・・?』
年に1度、決まった日に行われる我が地域唯一のお祭り。故に、雨が降って中止になれば
1年通じて祭りが開催されない「祭り過疎地域」なのだ。
・・・ま、私はそこまでお祭りが好きなわけではないけれど。
引き出しのカギを開けて、昔の日記を紐解く。日が決まっているだけに、探し出すのも簡単。
10年前の私は、はてさてどんな祭りを過ごしたのだろう?

『にぃに・・・はやく・・・するです・・・』
「待ってよ、確かここに・・・あった、あったぞ」
『いそぐです・・・のろま・・・』
「はいはい、それじゃ、服脱いで?」
『・・・』
「どうした?」
『・・・えっち・・・へんたい・・・ちかん・・・』
「じゃあ一人で着れるの?」
『・・・きれない』
「じゃ、我慢しろよ?」
『しょうがない・・・がまん・・・する・・・です』
「はい、腕通して・・・反対側も・・・よし」
『・・・』
「うん、可愛いぞ。浴衣、似合ってる」
『ふん・・・そんなの・・・あたりまえ・・・ほめられても・・・うれしく・・・ない・・・』
「髪もちょっと上げてみようか?どれ・・・」
もそもそ
『ふぁ・・・ん・・・・』
「ん?嫌・・・か?」
『は、はやく・・・するです・・・おまつり・・・はじまってる・・・』
「はいはい・・・っと。あとはこうやって纏めれば・・・こんなもんかな?」
『・・・』
「ほら、鏡見てごらん?」
『わぁ・・・かーいいです・・・』
「だよな?よっし、お祭りに出発!」
『おー・・・なのです・・・』

「今日はな、晩御飯代わりに出店の物食べていいってさ。お金もらったから、好きなの食べていいぞ?」
『じゃ・・・あれ・・・』
「焼きとうもろこし?いきなり渋いチョイスだな」
『はやく・・・かうです・・・』
「はいはい。すいません、1本ください」
「あいよ〜。ほい、どうぞ」
「はい、ちなみ。熱いから気をつけろよ?」
『ふん・・・にぃにみたいに・・・おまぬけ・・・ちがうから・・・だいじょうぶ・・・』
「先食っていいぞ。残ったらお兄ちゃんが食べるから」
『ぜんぶ・・・たべちゃうもん・・・』
「それでもいいけど・・・お腹一杯になったら、他の食べれないぞ?」
『む・・・たしかに・・・』
「だから、ちょっとずつ買ってさ。二人で食べようぜ」
『にぃにと・・・はんぶんこ・・・やだけど・・・しょうがない・・・はい・・・たべて・・・』
「おう。いただきま〜す」
『つぎ・・・なにに・・・しようかな・・・?』
「お兄ちゃん、たこ焼き食べたいな」
『じゃ・・・たこやき・・・』
「あっちにあるよ」
『たべない』
「ガクッ・・・な、何でだよ?」
『ちなが・・・たべたいの・・・たべる・・・にぃには・・・そのへんの・・・くさでも・・・たべてろ』
「ちょ、酷ぇな」
『ふに・・・いいにおい・・・あっち・・・いくです・・・』
「お、おい、あんまり離れると迷子になるぞ?」
『・・・』
「どした?」
『にぃにが・・・まいごになるから・・・しかたない・・・て・・・つないで・・・あげる・・・』
「俺がかよ。まぁ、いいけどさ」
『そ、それより・・・はやく・・・あっち・・・いくの・・・』
「はいはい」

「ふぅ、結構食べたな」
『にぃに・・・あれ・・・なーに?』
「くじ引きだな」
『やりたい・・・です』
「ダメダメ。あーいうのは、当たりが入ってないの」
『む〜・・・でも・・・やりたい・・・です・・・』
「ったく、しょうがないな。1回だけだぞ?」
『はやく・・・おかね・・・はらうです』
「すいません、1回」
「はーい。そっちの嬢ちゃんがやるのかな?」
『ちなが・・・やる・・・です』
「じゃ、このなかから1枚取ってね」
『・・・これ』
「え〜っと・・・お、おめでとう。4等だよ」
「お、ちなみ、すごいな」
『えっへん・・・ちな・・・すごい・・・』
「4等はこのカゴの中から好きなの1個持っていって」
「ちなみ、どれにする?」
『ん〜・・・ん〜・・・これがいい・・・』
「指輪か。綺麗だな」
『にぃに・・・つけて・・・』
「それじゃ・・・はい」
『む・・・へんなの・・・なんで・・・ここ?』
「左手の薬指につける指輪は結婚指輪なんだよ?」
『ふぇ・・・!?け、けっこん・・・』
「うん、そう」
『べ、べつに・・・ちな・・・にぃにと・・・けっこん・・・したいわけじゃ・・・ない・・・もん』
「何だよ、寂しいなぁ」
『・・・にぃに・・・これ・・・つけるです・・・』
「髪留めのゴム紐?」
『ち、ちなだけ・・・ゆびわ・・・つけてるの・・・やだから・・・にぃにも・・・つけるです』
「結婚式の指輪の交換みたいだな?」
『ち、ちがっ・・・し、しかえし・・・しただけ・・・けっこん・・・なんて・・・』
「誓いのキス・・・する?」
『やっ・・・しょんな・・・めー・・・です・・・で、でも・・・にぃにが・・・どうしても・・・なら』
「冗談だよ、冗談」
『へ・・・そ、そんなの・・・わかってたもん・・・だまされた・・・ふり・・・してた・・・だけ』
「そうか?結構焦ってなかった?」
『あせってない・・・も、もうかえる・・・さよなら・・・なの・・・』
「ちょ、ちょっと待てよ!一緒に帰ろうぜ」
『しらない・・・ふ〜んだ・・・』

パタッと日記帳を閉じる。お祭りで結婚式なんて・・・兄は凄い事を言い出したものだ。
誓いのキスって言われたとき・・・ドキドキしたな。本当にしてくれると思ったもん。
なのに肩透かしとか・・・酷いにぃにですこと。今だったら蹴っ飛ばしちゃう所だよ?
そういえば、あの指輪はどこへ行ったんだろう。私のことだから、大事に引き出しにでも
入れておくはずなのに・・・。まぁ、今度何かの機会に探せばいいかな?
とにかく、天気もいい事だしお祭りにでも行って気晴らしでもしようっと。

「おいおい、一人で行くなんて連れないんじゃない?」
玄関を出て、ドアに鍵を掛けているときに後ろから声がかかる。
あまりのタイミングの良さと、一緒にお祭りへ行けるかもという嬉しさで、ついつい
心にも無いことを言ってしまう。
『やけに早い・・・ついに・・・会社・・・クビ?』
「今日は祭りがあるから定時ピッタリ上がってきたんだよ」
『ふん・・・不良社員・・・』
「一緒に行こうぜ?」
『お断り・・・バカ兄と・・・一緒なんて・・・嫌すぎ』
一緒に行こうって言われてすっごく嬉しいのに・・・なんでそんな事言っちゃうかな、私は。
でも知ってる。こう言っても、絶対兄なら後からついてきてくれるはず。
・・・ほら、後ろから慌てたような足音が聞こえてきた。
祭りのお囃子と、兄の足音に心躍らせながら早足で会場へ歩き出す。
簡単に追いつかせてあげないんだから。


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