第14話『Diary』

○月×日
いつもどおりセバスチャンが運転するリムジンに乗っていたら、
あわてて走っている人がいましたの。
それはなんとウチの担任のタカシだったんですの。
時計を見ると車なら余裕でも、徒歩では到底間に合いませんわ。
彼のことです、どうせ寝坊でもしたんでしょうけれど。
コレが私たちのクラスの担任だと思うと、情けなくなりますわね。
見捨ててもよかったのですけど、そこが庶民と私の違うところ、
高貴な人間はまた慈悲深くもあるんですのよ。
しかたなく乗せてあげたらしきりに恐縮しながら私に何度もお礼を言ってきましたわ。
『修学旅行でも世話になった、何か礼をさせてくれないか』などというものですから、
『それじゃ、今度一緒にお茶に付き合ってくれませんこと?』と言って差し上げました。
『そんなことで、いいのかい?』
タカシが不思議がり、しきりに首を傾げているのがとても滑稽でしたわ。
まったく、タカシはものの価値というものが解っておりませんわね。
私にとって貴方にしてもらえるそれ以上の礼などないというのに…
でも、わざわざセバスチャンに遠回りしてもらって、彼の通勤ルートを通っていた甲斐がありましたわ。
今度彼を拾ったら、お礼に抱きしめてキスでもしてもらおうかしら…?
…なんて、そんな事、言えるわけも無いのですけれど。

○月×日

昼休み、私は図書室で読書をしていた。活字に目がちかちかするのを堪え。
すると、声をかけられた。声をかけたのは担任のタカシだった。
『お前が読書なんてな…なんていうか、珍しい』
失礼な奴だ。剣道ばかりしている、体力馬鹿とでも思っているのだろうか?
『私とて読書くらいする…』
『偏見を持って生徒と接するなど…最低だな、貴様は』
思わず私は刺々しい言葉を返した。
今思うと、言い過ぎただろうか…と思う。
嫌われてなければいいのだが…
だが、そんな言葉を言わせるアイツが悪いのだ。
誰のお陰でこうしていると思っているのだ。
貴様が『知的な女の子って良いよな』なんていうから…
こうして読書をしていたというのに。
まあ、『知的=本を沢山読む人間』という安易な発想しか出来ない時点で、
体力馬鹿と思われても仕方ないのかもしれないが。
アイツはその後私に謝ってきた。私はもう怒っていない事を伝えた。
その言葉にアイツは安堵の笑みを浮かべると、去って行った。
にしても…慣れないことはするものではないと、今日はつくづく思い知らされた。
やはり私には剣道が一番だ。また明日からは修練の日々に戻るとしよう。
今度こそ、大会で勝つために。
アイツは、また学校で待っていてくれるだろうか?
もしそうだったら、今度は満面の笑みを浮かべて、アイツの胸に飛び込んでやるのだ。

○月×日

ボクは今日、授業中に寝てたら、
タカシに罰として居残りさせられた。
ったく、心の狭い教師だよね。大人気なさ杉なんだってのー。
ホントタカシってば…

(幼稚な罵倒の言葉がン10行ほど続くので省略します)

…大体、寝てるからってテストで悪い成績とってるわけじゃないんだから、
うるさくいわなくてもいいじゃんって思う。真面目すぎるんだよね〜
…まあ、そんなトコは嫌いじゃないんだけどさ。
それに、悪い事ばっかでもなかった。
タカシも居残り勉強に付き合ってくれたんだ。
タカシと2人っきりなら勉強でもなんか楽しー♪
それに、勉強を終えたら、
『やれば出来るじゃないか』って頭を撫でてくれたんだ♪
つい恥ずかしくて、
『や、やめろってば〜…(//////)』
『そんなことされても嬉しくなんかないんだもんね(/////)』
何ていっちゃうけど、好きな人にナデナデしてもらうのは、嬉しいし気持ちいい♪
居残りも悪くないかな♪
なんて思った一日だった、マルッ♪

○月×日

今日、学食でメシ食うてたら、センセが学食の食券販売機の前で打ちひしがれてた。
どうやら食べたかったメニューの食券が買えなかったらしい。
それは、ウチが食べてるメニューやった。
いや、もうなんていうかエライ優越感や。
たく、センセはいつもトロイっちゅーか、間が抜けてるねん。
機先を制するものが勝つ、時は金なり、や。
コレに懲りて普段からもうちょっとピシッとすれば惚れ直すのになぁ…
なんて思いながら食うてたら、センセがこっちにきて、『隣、いいかい?』っていってきてな。
『な、なんでワザワザウチの隣やねんな?(//////)』って聞いたら、
『他の席全部埋まっちゃっててな』って。確かに周りをよく見たら、満席やった。
生徒諸君GJや!お陰でセンセと隣り合えたわ。
もう、隣ばっかり気になって、メシの味なんぞわからへんかった。
そしたら、タカシがこっちをじっと見つめてたんや。
『な…何ジロジロ見てるねんな、ヘンタイ(//////)』まあ、ホントいうと悪い気せえへんかったけどな。
『いや、お前が食べてるメニュー、今日食べたかった奴なんだよ。ちょうど食券売り切れててな』
『なんや…そういうことか…』少なからず落胆したのは秘密や。センセはそんなウチに構わず、
『半分たべたら互いに取りかえっこしないか?』って提案してきたんや。
まあ、センセの頼みやし、同じ値段で2つのメニューの味が楽しめるのは得やなって思って、承諾したんや。
で、交換したメシを食うてたら、
『あ、コレって間接キスだよな』なんていうもんやから、思い切りメシ吹き出してもうた。もったいない…
でも、センセと間接キスできた…今日はサイコーに得した1日やったな♪

○月×日

今日は家庭科で調理実習があった。
今日作ったのは肉じゃが。オーソドックスではあるがそれだけに料理の腕が問われるメニューだ。
作った料理を先生におすそ分けしに行く生徒もちらほら見える。
私もその例に漏れず、担任の先生、すなわちタカシ先生のところへ行った。
『調理実習の授業であまったんで、おすそ分けに来ました』
私は緊張しているのがばれないように勤めて冷静に言った…つもりである。
『ちょっと多く作りすぎちゃったから、処理に困ってたから…仕方なくですからね!』
嘘だ。今日は私はわざわざ2人分作ったのだから。
この日のために何日も練習を重ねてきたのだ。
美味しいっていってくれるか…ソレだけが不安だった。
だから、『美味しいな、コレ。分けてくれて、ありがと』
って言ってくれたときは、うれしかったなぁ…
顔が緩むのを押さえるのが大変だった。
そんな私に、
『コレだけ料理が上手いんだ、いいお嫁さんになれるな』なんていうものだから、
『べ、別に大したことじゃないです』
『ソレより、先生1人暮らししてるんですから、料理の一つくらい作れないと』
彼は毎日家ではコンビニ弁当やインスタントラーメンらしい。
『結婚なんてできませんよ?ただでさえ先生はパッとしないんですから、いろんな意味で』
なんて、照れ隠しに言ってしまう。素直になれない自分に、軽く自己嫌悪する。
その言葉に、『相変わらず手厳しいな』と彼は苦笑を返した。
それほど気分を害していなかったのが、幸いだった。
それにしても、『いいお嫁さんになれるな』かぁ…
しばらくこのことを思う出すたびに顔がにやけそうだ。

○月×日

今日も、休み時間に窓の景色をボーっと見てたら、俺の名前を呼ぶ声がした。担任のタカシだった。
『何だよ?』と俺はつっけんどんに尋ねちまった。ああもう、そうじゃねえだろ…
もうちょっと可愛げのあるリアクションをとれば良かったと今でも後悔している。
だがタカシはそんな事気にしちゃいない様だった。こういう時はコイツの鈍感さが助かるな。で、アイツが何を言ってきたかといえば、
『今度合唱コンクールがあるのは知ってるよな?午後にある個人部門に出てみないか?』といって来たんだ。
その言葉に、俺は大いに慌てたっつーか、うろたえたね。
『さ、参加なんて面倒だけだっつの…それに人に聞かせられるような腕前じゃねえよ…』ああは言ったが、ま、要は恥ずかしかった。
今考えてみると歌手目指してる奴が人前で歌うのを恥ずかしがってどうするんだって話だが。笑い話にもならねぇ。
だが、アイツは、
『そんな事ないだろ。俺はお前の歌の最初のファンとして言わせてもらうけどな』
『少なくとも、この学校でお前に歌で敵う奴は5人と居ない。だから自信を持て』
『お前に、勝手なイメージを持ってた先生たちや、生徒たちの度肝を抜いてやれ』何て言ってきやがった。
まったく…そんな事言われたらその気になっちまうだろうがよ。
それで俺は『大げさな奴だな。そこまで言うんなら参加してやってもいいぜ。でも条件がある』って言ったんだ。
『何だ?』と尋ねるアイツに俺は言ってやった。
『そうだな…いい結果出せたら、メシでも奢ってくれよ。ま、タカシは貧乏だからそんなに期待してないけどよ』
って軽口混じりに言ったんだ。内心緊張しまくってたけど。
『OK決まりだな。それじゃ、楽しみにしてる』っていってアイツはいなくなった。もうちょっと話したかったんだがな…
まあ、頑張らないとな。何しろメシを奢ってくれる…コレ2人っきりで出かけるワケだし、で、デートって言ってもいいよな。
ふぅ…こんな不純な目的で燃えてるなんて、タカシにゃ口が裂けても言えねえな。

○月×日

休み時間のことじゃ。儂を見て女子の何人かがヒソヒソと話しておった。
気になったから、聞き耳を立ててみた。奴等、
『花山さんってなんていうか年寄りくさいよねー』
『ホントホント、話題合わないし』
『もうちょっと普通に出来ないのかなぁ』などと言っておった。
余計なお世話じゃ。コレばっかりは昔からの習慣じゃ、おいそれとどうにかできるものではないというに。
一言文句を言ってやろうかと思ったその時じゃった。先に彼女たちに言い寄る奴が居た。タカシじゃった。
『そういう言い方はないだろう』
『言動や趣味なんて十人十色だろうが。迷惑かけてるわけでもないのに、人を中傷するのは止めろ』
タカシが儂の為に怒ってくれている…不覚にも胸が『きゅーん』となったわ。じゃが、その後が蛇足じゃったな。
『小久保を見ろ!精神年齢幼いけど精一杯生きてるだろうが!』と、タカシは梓を指差しながら言った。
と言ったのじゃよ。ちなみに梓と言えば
『1万年と2千年前から愛してるー♪』などと歌いながら自由帳に向かってぐりぐりとお絵かきしておった。確かに幼い。
タカシはなおも言い続けおった。せめてこの辺で止めとけばよかったものを…
『その所為でちょっと可哀想な言動してる上に、周囲に迷惑掛けまくりだ!それに比べればマシだろう!』
『だから…』そこまで言ったところでタカシは吹っ飛んだ。梓のドロップキックを後頭部にモロに喰らったからじゃ。
『誰が精神年齢低い可哀想な美少女だ!ダメ教師の癖にナマ言ってんじゃねーよー!』
言わんこっちゃ無い。儂はタカシを見下ろしながら、
『他人にどうこう言う前に、先ずお主が自分の言動をどうにかする事じゃな…そのままではいつまでもダメ教師じゃぞ』
『まあ、でも、礼は言っておこう…ありがとう、先生。嬉しかったぞ』ちょっと、顔が赤くなってたのは内緒じゃ。
タカシは聞いてはいなかった。
『このっこのっこのー!死んで反省しろゴミ虫がー!』と梓に罵倒されながら踏みつけられ悶絶しておったからな。

○月×日

放課後、校門に居た私に声がかけられた。別府先生だった。
『今から帰るのかい?』と微笑を浮かべながら聞いてきた。
『…当たり前じゃ、無いですか…』そう私が返すと、
『それじゃ、一緒に帰るか。もう大分遅いしな。送っていこう。家の方向も同じだし』
その言葉に私は、『…余計な…お世話です…』と言ったが、勿論本音ではない。
私は先生と一緒に帰るためにずっと校門で待っていたんだから。だから私は、
『まあ…夜道の一人歩きは危険ですし…一緒に帰ってもいいですよ…居ないよりは…マシ…』
どうして素直に『一緒に帰りたい』と言えないのだろうか。私の口下手には自分でもいい加減呆れる。
『ひどいな…まあ、でも送るよ。行こう』先生は苦笑しながらそういうと私と並んで歩き出した。
並んで一緒に歩く。ただそれだけのことが無性に嬉しい。
ああ、私は先生のことが好きなんだな…好きでいられたんだな…と再確認する。
家に着くまでの間、特別な事や特別な話なんかなかった。学校に居るときも、特に何かあったわけじゃない。それでも良かった。
先生と一緒に居るだけで、
先生の姿をじっと見つめているだけで、
先生と同じ時を過ごしているだけで、
先生と同じ空気を吸っているだけで、
先生の、笑顔が見れるだけで、
私は、とても幸せ。
今は、素直になれないけど、ゆっくり、ゆっくり素直になって、ゆっくり、ゆっくり仲良くなろう。
まだ3年もあるんだから。
先生に会いたくて祈り続けた数年間に比べれば、それくらいの事、どうってことないもの。




○月×日

今日はいつもどおりの一日だった。
今日も生徒たちには元気で、僕を疲れさせる。
でも、その疲れは充実感と相まって心地よいものになっている。
決してMではない。
明日も、こんな風に楽しく生徒たちと一日を過ごせればいいなと思う。
僕は、教師として、そして1人の人間として生徒たちには幸せな人生を歩んで欲しい。
そのために、生徒たちを導くのが僕の仕事だ。
これからも、頑張ろう。
精一杯、生徒たちのために。
僕に、時間はそう長くは残されてはいないのだから。
僕は、このクラスの生徒たちが卒業する前に、この学校を去るのだから。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system