第15話『終わりの足音(前編)』

1月4日。
かなみは出かける準備をしていた。
「コートよし、髪のセットよし、化粧よし」そう言いながら、姿見の前に立ち、指差し確認をする。
元来、彼女は真面目で几帳面な面があるが、今日はいつになく気合が入っていた。
それもそのはず。
(今日は、先生と初詣なんだから、適当な格好、してられないよね…えへへ(//////))
と、いうわけである。心の中で1人ごちて、事実を再確認したかなみの顔に笑みが浮かぶ。
が、すぐにあることを思い出す。
(ちなみたちも一緒じゃなきゃなぁ…はぁ…)心の中で呟き、ため息をつく。顔に落胆の色が浮かんでいた。
そんなかなみに声をかける者がいた。
「あ、何かいやにめかしこんでるね〜彼氏とデートとか?」
そうニヤニヤしながら聞いてきたのは、妹のこのみだった。
「お姉ちゃんも真面目なフリして結構やるね〜」
「ち、違うってば!ちなみたちも居るし、それに先生とは…そういうんじゃないし」
あわてて取り繕うように言うかなみ。だがこのみは、
「へぇ〜…先生、かぁ…そのリアクションを見るに、お姉ちゃん、その先生に片思いってワケか〜」
「べ、別にこのみとは関係ないでしょ!(//////)準備しなきゃ行けないんだから、あっち行っててよ」
「はいはい」その言葉にこのみは渋々とかなみの部屋から離れていった。
「…よし、完璧!」ようやく満足の行くものになったのか、かなみは満足げな笑みを浮かべる。
予定の時間まで、もう間もない。
かなみは家を出て神社へと向かった。

歩いて程なく、神社の境内へとたどり着く。時計を見ると約束の時間の15分前。上出来だろう。
三が日を過ぎたというのに、神社は初詣に来た人でごった返していた。
何故か露店や屋台なども立ち並び、ちょっとした祭りの様になっている。
「すごい人…人ごみに酔いそう…あ!」雑踏の中に1人の見知った顔を見つけた。
タカシだった。彼は狛犬にもたれかかり、時折時計を見ながら露店で買ったらしい甘酒を、ちびちびとすすっていた。
彼の姿を見るだけで自然と笑みが浮かび、心が軽くなる気がする。
(我ながら重傷だなぁ…)かなみは苦笑しながらそう思う。
ともあれ、かなみは彼に近づき、声をかけた。
「先生、あけましておめでとうございます。今日は遅刻しないんですね」照れ隠しに皮肉を付け加える。
「椎水、あけましておめでとう。しかし、僕がそんなに時間にだらしの無い人間に見えるかい?」
「修学旅行って言う前科がありますから」ニヤリと意地悪く笑いながら言った。
「ひどいな。それを言われたら反論のしようが無い」タカシは困ったように笑う。
「まあ、今日は遅刻してない事ですし、良しとしてあげます」
「ソイツはどうも」
「あれ?ちなみたちはまだ来てないんですか?」
「まあ、まだ時間あるし、これから来るんじゃないかな?」
(ってことは短い間だけど、先生と2人っきりか…年の初めからラッキーだなぁ)
という彼女の思いは、すぐに打ち砕かれた。
「あけましておめでとう。思ったより早かったんだな」
そう微笑みながら、声をかけてきたのは、尊だった。
「あけましておめでとう、御剣」
「あ、お早う」かなみはそう返しながらも、
(やっぱりそううまく行くワケないよね…)
と思いつつ内心落ち込んだ。
「ん?椎水、どうした?」
かなみの様子を見てタカシが怪訝そうな顔でかなみの顔を覗き込む。
「何でもないです…そんなに見ないで下さい(//////)」
「そうだな、変質者と間違われて通報されるぞ?」
「人聞きの悪い事を言うな。まあ、何でもないならいいんだけどな…それより御剣」
「何だ?」
「なんで巫女装束なんだ?」
「当然だろう。ここは私の家なんだから」
「何!?…そういえば住所はこのあたりだったな…」
「そういうことだ。元々御剣の一族はこの神社を守る守人の一族だったらしいんだが、宮司の血筋が途絶えてな」
「それ以来宮司も兼任するようになったと言う話だ」
「成る程な…しかし…なんというか…」タカシは尊の巫女装束をしげしげと見つめた。
「…なにかおかしい所でもあったか?」
「いや、よく似合ってるなと思ってさ」
「…下手な世辞だな。まあ、一応礼は言っておこう」
尊はぶっきらぼうにそう言うと、そっぽを向いた。
真っ赤に染まった顔を見られないために。

それから数分後、ちなみ達がこちらにやって来た。
こちらに来ると軽く新年の挨拶をそれぞれタカシたちと交わす。
だが、1人様子のおかしい者が居た。泉だった。
「や〜…センセ…おめでとさん…」
「どうした難波、3点リーダーが妙に多いぞ。七瀬じゃあるまいし。具合でも悪いのか?」
「いやな…バイト先の新年会に誘われて…そこでしこたま呑んでしもてん」
「要は二日酔いや…気にせんでええがな」
「…あのな、僕は一応先生だってこと、分かってるのか?ったく、未成年なのに酒を飲むなんて…」
「なんや?問題にするんか?」
「しないよ。そうなったらお前のバイト先のことも話さなきゃいけないだろう」
「そういうことじゃなくて。成長途中の若者がアルコールを多量に摂取すると、発育に影響が出たりするんだ」
「身体機能が未熟な場合もあるからアルコール中毒になりやすいしな」
「まあ、今日日酒を飲んだことの無い若者のほうが珍しいだろうし、僕にも少なからず心当たりがあるから、そう厳しくは言わないが」
「重度の二日酔いになるほど大量に飲むな。ハメをはずし過ぎだ」
「…ったく、年の初めから説教かいな…しらける奴やな…」
「…でもまあ…ウチを心配しての説教やしな…」
「ごめんな…そして、ありがとな…」
「まあ、分かったならよし。それじゃ、参拝に…」
「待つのじゃ」
「どうした纏?」
「…儂を見て何か言う事は無いのか?」
「なんだ、お前も具合が悪いのか?」
「このうつけ者が。儂の振袖姿をみて何とも思わんのか!」
確かに、纏はかなみたちと違い、振袖姿だった。
だが、他の参拝客にも振袖姿の人は沢山いたと言う事と、先の尊の巫女装束のインパクトと相まって、殊更意識していなかったのである。
よく見ると振袖は、丁寧に着付けされている上に、彼女の白髪に(昔の事件による精神的なストレスから、髪の色素が抜け落ちています)
あわせた赤い布地といい、金糸で描かれている花や鳥の模様といい、一見してそれが高いものだと分かる。
おそらく、精一杯着飾り、おめかししたつもりなのだろう、
なるほど、これは怒るのももっともな話である。
「纏、本当に悪かった。でも、馬子にも衣装とはよく言ったもんだな。綺麗だぞ」
タカシは心からの謝罪と感じたままの率直な感想を述べた。
事実、纏の振袖姿は中々に綺麗で、とても様になっていた。
よく見れば、すれ違いざま彼女を見て振り返るものもちらほらと。
タカシの言葉に纏は、
「…まったく、そういうことはもっと早く言わぬか。気の聞かない奴じゃ」
そう言いつつ、纏は頬をほんのり桜色に染めながら微笑んでいた。

「さて、そろそろ参拝するために列に並ぶか…ん?何か忘れてるような…」
「勝子なら私と後で行われる神楽舞に出るから神社のほうに一足先に行っているぞ」
「へえ。でも何で庄田が?」
「私も初めて聞いたんだが先ほど元々の宮司の血が絶えたと言ったな。その親戚筋だったらしくてな」
「ただでさえ人手が足りなかったからな。私の知り合いだったこともあって、アイツがピンチヒッターになったというわけだ」
「今頃必死で練習しているだろう」
「なるほど。でもそうじゃないんだよ…何か足りないような…」
「…リナちゃんなら…お賽銭のこと聞いたら、慌てて家に戻っていきましたよ…」
「普段…カードしか使ってなかったみたいだったから…小銭なんて、なおさら…」
「そんなの僕が立て替えてやるのに…まあ、プライドの高いあいつのことだ、突っぱねるのがオチか」
「…ですね…」
「まあ、神野が居ない理由は説明がついたが、まだ何か足りない気がしないか?」
「そういえば、梓ちゃんが居ませんね」
「変じゃな…さっきまで一緒に居た筈なんじゃが…」
そのときだった。
『こちら迷子預かりセンター、こちら迷子預かりセンター』
それは地元民の有志を募って作られた迷子センターからの放送だった。
コレだけ人が居るのだ、迷子の1人や2人は出ても当然だろう。タカシ達は気にも留めずに話を再開しようとした。
だがその続きが問題だった。
『こちらで16歳、高校1年生の小久保 梓ちゃんをお預かりしています』
『お連れの方、あるいは保護者の方はお迎えに来てください。繰り返します…』
それを聞いたタカシたちは声をハモらせ、異口同音に、
「「…あの馬鹿!!!!!!」」と叫ぶのだった。
寒空の下、タカシ達の心は今ひとつになった。

「僕は小久保を迎えに行って来る。お前たちはここで待っていてくれ」
そうタカシはかなみ達に言い残すと、迷子センターに向かった。
設営されていた『迷子預かりセンター』という看板の掛かったプレハブ小屋の中に梓は居た。
「…ったく皆ってばボクが目を離すとすぐにいなくなるんだから。困ったもんだよね〜」
「目にいっぱい涙溜めてなに言ってんだお前」
「う…泣いてなんかないもん!」ほっぺを『ぷくー』と膨らませて抗議の声を上げる梓。
「はいはい、かなみ達のところに戻るぞ」
「待ってよ」
「何だ?」
「ボクはこんなところで待たされて大いにメイワクしてるんだからね!なんかお詫びの印がほしいなぁ…」
「…お前って奴は…まあいいや、もう突っ込むのもめんどくさい。で、何が欲しいんだ?」
「そうだな〜…あ、そのチョコバナナなんかいいね」
「了解。ったく、かなみたちには内緒だからな」そういうとタカシは屋台でチョコバナナを一本買うと、梓に手渡す。
「わかってるって〜♪」そういうと梓はチョコバナナをぱくり、と咥えた。
「…この部分だけR指定になりそうだな」
「…R指定?」
「いや、何でもない」
「あっそ。あ、チョコバナナ少し分けてあげるよ。ボクは太っ腹だからね〜♪」
「元々僕が買ったものだろう…まあいいや。お言葉に甘えて、少しもらおうかな」チョコバナナを手にとり、一口食べるタカシ。
「お、結構美味しいな…あ、コレって、間接キスだな」
「…な、なに言ってんのさ!は、早く返してよね!(/////)」そう言うと梓はひったくるようにチョコバナナをタカシからもぎ取る。
その後は梓は何も言わず黙々とチョコバナナを食べていた。
心なしか、先ほどよりもおいしそうに食べているように見えた。

梓とタカシがかなみ達のところに戻ると、梓に口々に叱咤の声が飛ぶ。
「もう!心配かけさせないでよ!」
「…っていうか16にもなって迷子って…」
「まったく、情けないな。タカシ並に情けない」
「来年には後輩が来るのじゃぞ。お主がそんな事でどうする」
「…しっかりせえや…っていうか…かなちゃんたち、大声ださんといてや…頭に響く…」
「う、うるさいなぁ!」
「っていうかボクが迷子になったんじゃなくて、キミたちがボクからはぐれたんだもん!」
口論を交わすかなみたち。
それをタカシは微笑みながら見守っていた。
話に夢中になって、かなみたちは気づかなかった。
今のタカシの様子が、いつもと少し違っていた事に。
微笑むタカシの瞳に、ある2つの感情が浮かんでいる事に。
悲しみと寂しさという、2つの感情を。
かなみ達は、まだ知らない。
タカシとの別れが、少しづつ迫っている事を。


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