こここい、じゅうご!

―遠くから、ひぐらしの鳴き声が聞こえる。
それを背に、線香の細い煙がそよ風にたなびきながら、虚空へと消えていく。
煙の元は1つの墓石。作られてそう年月を経て居ない事を意味する光沢のある表面には『如月家之墓』と彫刻されている。
供えられた花が枯れていないのと、山となった線香の燃え滓から訪れる人の多さが窺える。
それは同時に、其処で眠っている人物がどれだけ多くの人に慕われ、そして親しまれていたかを物語ってもいた。
墓の主は、如月 夢。
俺が始めて……好きになった人の名。
その墓石の前で、俺こと荒巻 新は手を合わせ静かに黙祷する。
残された人に出来るのは、逝ってしまった人を想う事だけだから。
数ある別れの中でも、死別は決して避けられないものだ。
ゲームの様な復活の呪文なんて、現実には存在しない。死んだ人はけして、戻らない。
だから。せめて、その想いが届くようにと祈る。
そうして、人は誰しも大切な人を亡くした事実を受け止め、過去の記憶として整理する事が出来る。
それは心の引き出しの奥にそっとしまわれた後、何度も追憶されながら、少しずつ少しずつ風化していくのだろう。
きっと、それは俺も例外では無いのだと思う。
そうでなければ、俺の隣には誰も居ない筈だから。だが―
今は、『彼女』が居る。
胸まで伸びた艶やかな黒髪と、フレームレスのお洒落眼鏡が特徴の美しい少女。
その名は、草薙 恋。決まり悪げな顔で所在なさげに立ち尽くしている。
俺は瞑目していた眼を開いた。屈んでいた状態から立ち上がり、彼女の方を向く。
「景気の悪い顔だな」
「……辛気臭い顔で悪かったわね。墓地で晴れ晴れとした笑顔だったら、逆に可笑しいでしょう?」
「……それもそうだな」
口を尖らせる恋に苦笑し、同意する。
無論、俺は彼女が何故浮かない顔をしているのかは分かる。
俺には特殊な力があるから。人の考えている事を『声』として聞く力があるから。

野暮を承知で語らせてもらえば、恋は自己嫌悪に陥っていた。
<好きな人の初恋の人が亡くなってたからってホッとするなんて……最低じゃない……>
と言うワケである。俺が彼女に夢が故人だと伝えてからずっとこの調子だったりする。
気持ちは分からんでもない。恋のライバルが居ないと分かったのだから、安堵を覚えるのも致し方ない。
彼女を非難するのは酷と言うものだろう。それどころか、いちいちこんな事で自分を責めるコイツがいじらしくて堪らなかった。
……スマンな、夢。俺、お前の前で他の女に萌えちまったよ。
そんな事を考えながら、俺は数珠を手から外し、恋へ差し出す。
「折角だから、お前も祈ってやってくれないか。きっと、あいつも喜ぶ」
「本気で言ってる?……赤の他人にお参りされても嬉しく無いと思うけど」
「喜ぶさ。アイツはそう言う奴だ」
あいつ、ああ見えて結構寂しがりやだったからな。
「……解ったわ」
俺がそう言うと、恋はようやく数珠を受け取った。
《……決め付けるのもどうかと思うけどね、新》
俺達のやり取りを見て、そうボヤくのは俺の肩に乗る白猫、エミュだ。
確かにそうなのかもしれない。
『声』を聞いて、そいつの全てを理解したような気になるのは俺の悪い癖だ。
それはとても傲慢な行為だ。それなのに、そうしてしまいがちになる俺は恐らく未熟なんだろう。
先程の俺の様に、屈んで手を合わせ瞑目する。やがて『声』が聞こえてきた。
<―如月 夢さん。私は貴方の顔を知りません。それでも、不思議と貴方の事は身近に感じます>
それは、淡々としていて。それでいて優しさと、ある種の『熱』がこもった、そんな『声』だった。
<それはきっと……私が好きな人が、貴方を想っているからなんでしょう>
……本当に、自分のこの力には困る。そんなダイレクトかつストレートな事聞かされたらこっちが照れるわ。
《……何赤くなってるのさ、新?》
訝しげなエミュの『声』に黙ってろ、と小声で呟く。
まあいいけどね、と呟いた後沈黙する相棒だった。そんな俺とエミュを余所に恋の独白は続く。
<正直、羨ましいです。妬ましいとすら思います。彼にこんなに想われているから>

<私、貴方が亡くなっていると聞いて、ホッとしてしまいました。だって、貴方が居たら私は絶対に敵わないから>
<それ以前に、私は彼に会う事無く一生を終えていたのかもしれないんですから。……最低ですよね、私は>
すぅ、と息を吸う音が聞こえた。恋の深呼吸の音だった。
<でも、それくらい私は彼の事が、荒巻 新って人の事が、好きです。好きで好きで堪らないんです>
《……ひょっとしてものすごーく臭いというか、恥ずい事言ってる?恋ちゃん》
「……ビンゴだ」
おずおずと『声』で問うエミュに俺は再び呟き声で返答した。最早恥ずかしいって言うレベルじゃ無いけどな。
誰か助けてくれ。この甘ったるいスットロベリーな空間から俺を救い出してくれ。
<貴方は、私の知らない彼を知っている。私が彼を知らない時、貴方は彼の傍で笑いあっていたんでしょうね>
<それは少し、悔しいです。でも、私はコレから貴方が知る事の出来ない彼を知っていきます>
<貴方がもういないこの世界の時の中で、彼といつか笑いあえる仲になりたいと願っています。だから―>
そして、恋は目を開き。不敵な笑みを浮かべ。
<―負けませんよ?>
そう、心の中で言い放った。
《……言うなぁ》
呆れるような、それでいて感心するような『声』のエミュ。
恋がどんな事を言ったかの見当が大方付いているらしかった。
「そうか……にしても、コイツ……」
墓前でライバル宣言する奴があるか。しかも故人相手に。その不謹慎さに顔を顰めるべきか此処まで想われている事に身悶えするべきか。
「……長かったな、どうしたんだ?」
「貴方には関係ないわ」
「嘘だッ!!!」
恋のお決まりの台詞に、俺は思わず瞳孔を開き叫んでいた。あんだけ情熱的な事を言っておいてよくもまあぬけぬけと。
「……いや、嘘とか言われても。……詮索家は嫌いと何度言ったら解るのかしらね」
クールに言いつつ数珠を手から外し、俺に寄越した。
「私は先に行くわ。2人水入らずにしてあげる。外で待ってるから」
と言うと、スタスタと軽快に歩き去っていった。その颯爽とした後姿は凛々しく、見惚れてしまいそうだ。
<うう〜っ。もう、照れ臭くて新君の顔マトモに見れないっ>
……こんな『声』さえ聞かなきゃあな。

恋がいなくなったのを確認し、俺は墓に向き直り再び屈みこむ。
「あれから3年か……案外早いもんだな」
1人ごち、俺は墓に向かって色々な事を報告する。
前回ここにお参りに来た日から今日に至るまで、何が在ったかを。
また引っ越した事。叢雲と言う街の事。今通っている学校の事。学校の人達の、事。
幸薄そうで忘れっぽくて。意外とイイ性格をしている担任の事。
ダメ人間まっしぐらで、だけど気の良くて生徒思いの、無駄にナイスバディな養護教諭の事。
クラスメイトの事。その中で中心人物の、明るくお節介な三つ編みの少年の事。
そいつにいつもくっ付いている、失語症で人見知りの激しい少女の事。
娘を溺愛していて、想い余って時々暴走する親バカな父親であり、大企業のトップである男の事。
彼の妻であり、5文字以上喋れない難儀な女の事。
その2人の娘であり、クールな人物を装っているくせに結構ドジで乙女チックで情熱的で。
刺々しい態度の裏で、一途に俺を慕ってくれる1人の少女の事。
そんな人達といる街で、俺が体験した色んな事。
そんな人達と作り上げた、賑やかで退屈しない日々の事。
―俺が、そんな毎日を楽しいと感じ始めている事。
「時間ってのは凄いもんだな……。治らないだろう、って思っていた心の傷も塞がりつつあるみたいで、な」
「お前の事を考える機会が、少しずつ減ってるんだよ、これがな」
最も、時間の所為だけじゃない。もしそうなら、未だに俺は塞ぎこんだままだっただろう。それはきっと―
「この毎日を楽しくしてくれた奴らのお陰なんだよ。……夢」
そんな奴らを大切にしたいから。いずれ、俺はそいつらの元から去らなければいけないのだけれど。
それでも、言いたい事がある。言わなければいけない、事がある。
俺は今日、この台詞を言う為にここに来たんだ。
「もう……いいか?お前の居ない日常に、幸せを感じても」
―風が、吹いた。
呟いたその問いかけを、空へ溶かし運び去って行く。
俺の頬を、一筋の涙が流れていった。

「そろそろ、行くよ。恋を、待たせてるしな」
立ち上がり、墓に背を向け歩きだそうとしたその時。

―いいよ。

声が、聞こえた。それは、夢の声にとてもよく似ていて。
驚き、振り向いても、其処には誰もいない。太陽の光を照り返す墓石が、変わらぬ様子で鎮座するのみ。
声の主を必死に探し。考え、そして1つの可能性に思い至り、肩を見やる。
「……お前か。紛らわしいんだよ」
肩に乗る相棒を見て、顔を顰める。『声』の主は間違い無く、この猫だ。
《バレたか》
小さく、舌を出す。その余りにも人間臭いその仕草は、夢が俺をからかったり、悪戯をする時いつもするもので。
酷く、胸がざわざわとした。
「タチの悪い冗談は止めろ。心臓に悪い」
《ごめんごめん。でもさ、きっと彼女が居たらそう答えていたんじゃないかと思うと、つい》
「……エミュ」
《自分の所為で幸せになれない人を見るのは、とても……とても辛い事だと思うよ、新》
「そう、かもな」
《大切な人を置き去りにした人には、相応しい罰なのかもしれないけどね》
「そんな事は無い。もし罰が下るのなら、それは俺にこそ与えられるべきなんだ」
《前々から思ってたけど、君は自分を責めすぎなんだよ。もう少し自分に甘くなれ、優しくなりなよ。新》
だから眉間に皺が寄って怖い顔になるんだよ、と彼女は言った。
「やかましい。……前にもこんなやり取りした気がするな」
《何度でも言うさ、君の為なら何度でも、ね》
迷いの無い口調の『声』に、俺は暖かい溜息をついた。
「猫にしておくには勿体ないな、お前はよ」
《ボクは猫で十分だよ。それでいいんだ、新》
「そうか。―行くぞ」
《うん》
今度こそ、俺達は墓地を後にした。

「遅い」
墓地の入り口で俺達を出迎えたのは仏頂面の恋だった。
「勝手に付いてきて勝手な事言って勝手に出て行ったのはお前だ」
「だとしても少しは気遣うとか空気を読むとかしなさい。進歩が無いわね」
そんないつも通りの嫌味にこれまたいつも通りに皮肉で返す事も出来たが―
「そうだな。確かに俺は進歩が無いな」
今回ばかりは、彼女の言葉を微笑みと共に肯定した。
なんでかって?俺も分からん。なんとなくそんな気分だっただけさ。
「……調子が狂うわね。どう言う風の吹き回し?それともなにか企んでいるの?」
「俺だって素直になる時くらいある。それに、こんな場所で悪ふざけをするほど不謹慎な人間になったつもりはないんでね」
「安心したわ。やっぱり何時もの貴方ね。腹が立つくらい」
「安心か、そりゃあ何よりだ。……さて、帰るか」
「…………………………え?」
歩きだそうとした俺に恋がきょとん、とした顔を向ける。
「何だ、ハトが豆鉄砲喰らったような顔して。見てくれだけは良いのに、それが台無しだぞ」
「一応褒め言葉として受け取って置くわ……それより、帰るってどう言う事?」
「そのままの意味だが?明日には帰るから、その準備もしておきたい」
俺の言葉に恋は驚き目を見開く。
「もう帰るの!?折角里帰りしたのに?……私も色々見て回りたかったし」
「悪いが、観光したいんならお前だけでやってくれ。……あんまり、この街に長居したくない」
出来るくらいだったら、そもそも転校なんかしない。
「どうして?貴方の故郷じゃない」
「“だからこそ”だ。夢の事にも関係あるんだが、色々あって俺はこの街の知りあいに会わせる顔がなくてな」
……色々思い出したくない事も、思いだすというのもあるが。
この街は、今の俺の原点だ。ここに居続ける事は、余りにも辛すぎる。
誰だって、傷口を故意に開かせる様なマネはしないだろう?

それから、俺は直ぐに実家に戻り叢雲に戻る準備を始めた。
家族は、何も言わなかった。もう何度も繰り返してきた事だからだ。
ただ、夕食の時に親父が静かに云った、
「……お前を責めようと思う人はもういない。此処に居る事にお前が引け目を感じる理由は何もない」
その一言が、深く心に響いた。お袋と真優は、黙って俺を見つめていた。
それが家族の総意だと言う事だろう。
俺は、何も言わなかった。そんな事は、分かっていた。
なのに、俺がこの地から逃げる様に出て行こうとしているのは、未だに俺が俺自身を許しきれないからだ。
一方、恋はしぶしぶと言った様子だった。それでも彼女は文句1つ言わなかった。
彼女なりに俺の気持ちを汲み取ってくれた。その事が堪らなく嬉しく、そして申し訳なかった。
だから。俺は叢雲へ行く電車に乗る前に1つの提案をした。
「……今、何て言ったの?」
「ギコ達も誘って、皆で何処か行かないかって言ったんだ」
戻った後は特にやる事もないからな、とさり気無く。あくまでもモノのついでの様に。
「……ふぅん。よ、予定を確認して開いてる日があったら、考えてもいいけれど」
<嘘!?新君から誘ってくれるなんて!……2人っきりじゃないのは何だけど、きっと照れ臭いからかな?>
凄まじくポジティブな予想は、ピュアな乙女心の成せる技か。…………………………まあ、図星なんだがな。
「嫌なら無理強いはしないぞ」
「いちいち極端ね、貴方。考えておくって言ってるでしょう」
<嫌なわけないじゃないのーーーーーーーーー!!!!!!>
「そ、そうか」
「……なんで耳押さえてるのかしら」
「ちょっと耳鳴りがしただけだ。気にするな」
「変な人。あ、電車が来たわね」
駅の構内に流れるアナウンス。遠くから聞こえる列車の音。
「―じゃあな、夢」
天を仰ぎ、俺は呟いた。

そんな紆余曲折を経て、俺達は電車の中で静かに揺られながら帰途に着く。
戻ったら銀弧達と何をしようかと思案に暮れながら、車窓の風景をぼんやりと眺めていると。
ぽふ、と小さな音。漂ってくる甘い香りと共に、肩に掛かる柔らかな感触と重み。
猛烈な既視感を覚えながら振り向くと、俺の隣に座っていた恋が俺の肩に寄りかかっていた。
その瞳は閉じられ、規則正しい寝息が聞こえてくる。ただし、それは余りにも“規則正し過ぎる”ものだった。
<ふっふっふ……ステキな状況をもう一度!>
……味を占めたらしい。
こいつ馬鹿だ……。可愛いけど馬鹿だ……。いや馬鹿だから可愛いのか。まあ馬鹿なのは変わりないんだが。
刃さん申し訳ない。俺の所為でテスト学年3位の優等生である貴方の愛娘は、相当なアホの子になってしまいました。
「仕方ない奴だな。また寝ちまったのか」
<実は、寝てないんだけどね>
楽しそうな『声』はまるで悪戯をしている時の子供の様。俺もこの状況は大歓迎だが、コイツの思うままにしておくのはどうにも癪だ。
「重いんだよ」
不機嫌そうな声を出し恋の頭を押しのける。
<いーやー>
が、直ぐに俺の肩に戻ってくる。起き上がりこぼしかお前は。
今の恋を、彼女を憧憬の対象としている後輩たちや一目置いてる先輩・クラスメイトが見たらどんな顔をするんだろうか。
仕方ない。なら―
「起きないと、キスしちまうぞ?」
すると、恋の肩がビクッと震えた後、『声』が聞こえてくる。
<その手にはのらないんだから。どうせまたマジックで落書きする気なんだから。直前で起きれば良いわよね、うん>
流石に前の様な反応はない、か。だが、俺が2度同じ事をすると思うなよ、恋。
ニヤリと笑うと、恋の頭を掴み俺の方に向け――唇を、重ねた。
「んぅ…………………………ッ!?????」
<ええ!?ちょっとまってちょっと待って…………………………ええ!?>
混乱の極みに達する恋。彼女に向かって俺はニヤリと満足気な笑みを浮かべ、こう言い放った。
「―お返しだ」

―幕間―

日もとっぷりと暮れた夜遅く。
質実剛健を絵に書いたような近代的な豪邸―草薙邸である―の一室。
パステルカラーを貴重とした、爽やかかつファンシーな内装のその部屋で、部屋の主である恋の声が室内に響き渡る。
彼女の手には携帯が。電話の相手は彼女の姉であった。
結局姉を訪問する事が出来なかったため、こうして電話をかけていた。
最初は謝罪に始まり、互いの近況を伝え合い。
そして道中と十拳の地であった事の話へとシフトして行った。
ただし、キスされた事を恋は話さなかった。
自分の中ですら整理しきれていなかったからだ。
「こんな所ね。退屈はしなかったわ。一緒に居る人が人だったからね」
『そうなんですか。随分と楽しめた様でよかったですね』
恋の言葉に姉が返すのは敬語。彼女は家族を含むあらゆるに人に対して敬語を使うのである。
彼女を良く知る知りあい曰く『旦那と2人っきりの時は敬語じゃなくなる』らしいが。
「別に楽しかったとは言ってないわ。退屈はしなかったと言っただけよ、凛姉さん」
『そうですか?でもとっても楽しそうな声でしたから。特に新君、でしたか。彼の話をする時は』
「気のせいです。それはもうとても気のせいです。気のせいったら気のせいなんです」
熱の篭る恋の声に少し引き気味になる凛だった。
『……まあそれなら別にいいんです。ですが』
「何?」
『もう少し、素直になった方がいいと思いますよ。こと恋愛に関しては後悔してからでは遅いんですから』
「……どうして、そんな事を?」
『簡単です。私も、それで後悔した事があるんですよ。……初恋の人にですね?振られちゃったんですよ』
「……本当に?その人の感性を疑うわ」

恋にとってその言葉は俄かには信じがたかった。
才色兼備という言葉がピッタリ当てはまる才媛である姉。
苦手な事など無く得意な事は数知れず。かつて叢雲一の美女と謳われたあの姉を?
そいつはきっとホモか脳に障害があるかロリコンに違いない、と恋。その予想があながち間違っていない事を、彼女は知らない。
『恋愛は理屈じゃないんですよ。心と心のぶつかり合いですから。自分の想いをさらけ出せない人間は負けるだけなんです』
「わかったわ。…………………………努力、してみる」
『頑張ってくださいね。余計なお世話かもしれませんが』
「ううん。そんな事、ないわ。……姉さん、1つ、聞いても良い?」
『なんですか?』
「ブーゲンビリアの花言葉って知ってる?」
『急にどうしたんです?』
「十拳で、彼に買ってもらったのよ」
照れ臭そうな恋の声にひゅぅ、と凛の口笛の音。
『やりますね、彼』
「……連れ回したお詫びにって、申し訳程度に1輪無造作に寄越されただけよ」
『そんな事は無いですよ。……大切に想われてるんですねぇ、恋ちゃん』
「……どう言う事?」
『それはですね?ブーゲンビリアの花言葉は―』
凛から『答え』を聞いた瞬間。恋は受話器を取り落とした。
『あれ!?どうしましたか!?返事をしてください恋ちゃん!?』
受話器に向かって慌てた様子で呼びかける凛。だが恋は答えない。彼女は真っ赤な顔で放心していた。
今恋の頭の中では凛から聞かされた『答え』が頭の中でぐるぐると渦巻いていた。

―ブーゲンビリアの花言葉はですね?『あなたは魅力に満ちている』ですよ。

(……明日からどんな顔して彼に会えばいいのよ)
恋は途方に暮れた。その答えは、何時までたっても出そうに無かった。


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