・ お嬢様な妹がメイドに挑戦してみたら その13
・ ツンデレ妹メイドが男の部屋を掃除したら その6

『は……? い、今その……何と仰られ……』
「いや。だから、早い話が一緒に買い物に行くぞって事だが」
――お兄様とお買い物に……お兄様と……こここ……これはもしかして……デート!?
 一瞬、体が火だるまになったような熱を帯びる。が、心に片隅に辛うじて残っていた理
性が、その火を吹き消そうとした。
――お、落ち着きなさい理奈。わたくしとお兄様はあくまで兄妹。おまけに今は主従関係
という間柄ですわ。断じてデートなどでは…… でも、あああああ……二人きりで外出で
すもの。わたくしにとってはもはやそんな肩書きなど関係ありませんわ。お兄様と二人きりで……
 結局、片隅に残った理性は情欲の炎に吹き飛ばされ、私は兄と二人きりの外出について
思いを馳せたのだった。
――まずは……やはり、お洋服ですわ。そういえば、Vipperの春物の新着の案内が来てお
りましたっけ。ちょっと見ていくのもいいですわね。お兄様に「理奈、良く似合うよ」な
んて言って貰えたら……はぅぅぅぅ…… それと、ジュエリーショップにも寄っておきま
しょう。これだけのプレゼントを差し上げたんですもの。わたくしの誕生日に欲しい物を
それとなくアピールしたって罰は当たりませんわ。そしてその後は二人で食事をして……
 しかし、私の妄想デート計画を瑛子の無粋な一言が打ち破った。
『えーと、それじゃあ、今日は三人でお買い物ですね?』
「お待ちなさい、瑛子!!」
 私は慌てて瑛子の言葉を跳ね除けた。冗談ではない。ここで瑛子に付いて来られては、
せっかくの兄と二人のデート、いや、ショッピングが台無しになってしまう。
『誰が貴女にまで付いて来いと言ったのです? お兄様……いえ。ご主人様は、その……
わ、わたくしに命じられたのですわっ!!』
 しかし瑛子は、反抗的な目で私を見つめ、口を尖らせて言った。
『ダメですよ。これは遊びじゃないんですから、ちゃんといろいろと仕事はあるんです。
私がキチンと手本を見せなければ、理奈ちゃんの事ですから、きっと戸惑われて、貴志様
に御迷惑をお掛けするに決まってます』
『決まってるとはどういうことですの? 失礼な言い草ですわね。わたくしだって普段、
美衣に付き添わせているんですもの。メイドの仕事が何かくらい、瑛子の教えなど受けな
くても分かりますわ』

『ダメですよぉ〜 自信過剰は理奈ちゃんの悪い癖です。貴志様からも何とか言ってあげ
てください』
 グッ、と私は、奥歯を噛みしめた。兄を使うとは卑怯極まりない。ここで兄に、瑛子に
付いて来いと言われたら、さすがに拒む訳にはいかなかった。
「いや、瑛子。今日はお前は留守番だ」
 決断はあっさりと、そしてはっきりと下された。瑛子は驚いた顔で兄を見て、慌てて兄
に抗議に掛かる。
『えええええっっっっっ!!!!!  ななな、何でですかぁ〜!! ダメですよ、そん
なお二人だけだなんて…… 理奈ちゃんにしっかり仕事をして貰うためには、私がキチン
と監督しないと……』
「別に仕事って言ったって、最後に会計をして貰うのと、店内での荷物持ちくらいだろ? 
それに、大抵の店なら大きな買い物した時は店員が俺たちの車まで運んでくれるはずだし」
 兄にサラリと切り返されて、瑛子は口ごもった。
『う……それはそうなんですけどぉ……でも……』
「大体お前、買い物の付き添いを口実に、仕事サボる気満々だろ?」
『ふぇっ!? ちちちちち、違いますよそんな、アハハハハハハハ…… 断じてそんな事
ありませんてば』
 兄の疑いを懸命に晴らそうとする瑛子だが、あの様子はどう見ても図星を突かれたとし
か思えない。
「嘘付け。大体、お前が来ると全然物事が進まなくなるからダメ。ページ数も三倍になる
し。いいな?」
『ぅぅぅ……分かりました……グスン……』
 きっぱりと兄に言われ、さすがの瑛子もしょんぼりとうな垂れた。これで話は決まった。
兄と二人きりの外出など、初めての事だ。お化粧を整え直して、服もキチンと見栄えの良
いよそ行きに着替えて、しっかりとデート気分を満喫しなければ。
『そういうことでしたら……わたくしは、早速支度をして参りますわ』
 兄の気が変わらないうちに素早く行動を起こそうと思い、私は部屋を出ようとドアに向
かった。その時、兄の手がさらに素早く、私の手を掴んだ。

「待った」
『な……何をなさるんですのっ!!』
 思わず大声で叫んでしまった。そして、兄の手が一瞬緩んだ隙に、パッと手を引っこ抜
き、自らの胸に当てる。突然の兄の行為に、心臓がバクバクと音を立て、顔は一瞬にして
紅潮してしまった。
『お……お兄様っ!! いいい、いきなりレディの手を握るなんてそんな、その……
いいい、いくら兄妹とはいえ、あるまじき行為ですわっ!!』
 照れ隠しの為に、必要以上に大きな声を出して怒鳴ると、兄は戸惑った様子で謝罪を口にする。
「いや、まあその……手を握ったのは済まなかったな。それはともかくだ、理奈」
『何ですの? 言い訳がましい言葉は、別府家の男子としては相応しくありませんわ』
 私の非難の言葉など聞こえなかったかのように、兄は不満そうに私をジト目で見つめた。
「お前……外出の準備はいいけどな。その前にすることがないか?」
『すること? 何ですの?』
 私が聞き返すと、兄はグルリと部屋を見回して言った。
「人の部屋を散々荒らすだけ荒らしてだな。まさかほったらかしにするつもりじゃねーだろうな」
 う、と私は言葉に詰まった。確かにそれはその通りなのだがしかし、今から掃除を開始
していては、外出の時間など無くなってしまう。どうやって片付けから逃れようかと思案
を巡らしていると、視界にポケーッとしたまま佇んでいる瑛子の姿が入ってきた。
『でっ……でも、グズグズしてお兄様をお待たせする訳にはいきませんわ。片付けなどは
瑛子にやらしておけば良いでしょう?』
『ええーっ!! やーですよ、そんなのぉ…… 御自分でなされた事はキチンと自分で後
始末までなさらないと。ねぇ、貴志様ぁ』
 兄に縋るように訴えかける彼女の様子に、私はギリと歯軋りした。
『お黙りなさい。貴女は外出なさらないのですから、たっぷり時間はあるでしょう。こう
いう場合は効率第一ですわ。ねえ、お兄様?』
 悔しいので、私も兄に訴えかけてみた。が、兄は厳しい表情を崩さず、あっさりと、し
かしキッパリと答えた。

「却下だ却下。お前が散らかしたんだから、責任持って片付けろ。つーか、掃除するのが
そもそもの仕事だろ?」
『そ……それはそうですけど……』
「だったらグダグダ言ってないでとっととやれ。これが終わらないうちは出掛けないから、
そのつもりでな」
 さすがにそこまで言われてしまっては、もはや私に抵抗する道は残されてなかった。
『う……わかりましたわよっ!! やれば宜しいのでしょう? やれば』
 しかし、部屋を見回せば見回すほど、キチンと片付けるのは不可能に思えてくる。とい
うか、よく自分一人でこれだけ散らかしたものだ。人間、目的の為なら時に信じられない
力を発揮するものなのかと、自分でも呆れる想いがした。
――とにかく……見た目だけでも適当にキレイにして、あとはわたくしたちが出かけてか
ら、こっそりと瑛子にやらせておきましょう。
 その為には兄の存在が今は邪魔だった。
『お兄様。お掃除の邪魔ですから、リビングでお待ちして貰えません?』
「ダメだ。手を抜かないよう、しっかり見張っているからな。全部キチンと綺麗に掃除しろよ」
 見抜かれていた。兄にそこまで私の気持ちを読まれるのは悲しくもあり、同時に嬉しく
もあったが。
 ノロノロと私が片付けを始めると、瑛子がコソコソとした様子で立ち去ろうとした。兄
の視界から外れた所で足を早めてドアへと向かおうとする。と、兄の手が素早く伸びると、
瑛子の襟首をガシッと掴んだ。そしてそのままグイッと引き戻される。
『グエッ!! な……何ずるんですがぁ〜……ゲホッ、ゴホッ…… ぐるじ……』
 涙目で喉を押さえながら瑛子が抗議すると、兄の鋭い言葉が掛かる。
「お前……どこへ行く気だ?」
『どごへって……ゴホッ…… い、いや……そのぅ……貴志様が監視なさるのでしたら、
私はお邪魔ですから失礼させて頂こうかと思いまして……』
「何言ってるんだ。お前も一緒にやるんだよ」
『ええーっ!! わ、私もですかぁ? だって貴志様、さっき散らかした人が責任もって
片付けろって仰られていたじゃありませんか……』
「理奈の言う事を良い事に、休憩室でせんべい食ってサボってた奴も同罪だ。ほれ、とっ
とと始めろ。でないとメイド長に――」

『わーっ!! 分かりました分かりましたっ!! やります、やりますから。ほら理奈
ちゃん、それはそこじゃなくて……』
 さっきまでの面倒臭そうな態度はどこへやら、瑛子はキビキビと掃除を始めた。メイド
長と言えば私も無論、良く知っているが、瑛子が名前を出されただけでこれだけ恐れると
は、余程メイド達の手綱をしっかりと握っているのだろう。今度、瑛子を御する方法を教
えてもらおう、と私は密かに思った。
「お前ら、塵一つ残さず、綺麗に掃除しろよ。でないとまたやり直しにさせるぞ」
『うう…… お兄様……まるで鬼姑のようですわ。わたくしにこのような仕打ち……いつ
か必ず報復して差し上げますわよ』
 恨みがましい目で兄を見つめたが、兄の鋭い視線にあっさり跳ね返されてしまった。
「自分から言い出した事だろ? なのに掃除サボって人の部屋漁ってた罰だ。分かったな?」
 さすがにそれを言い出されると、返す言葉は無かった。
『ほら、瑛子。ぐずぐずしてないでとっとと終わらせますわよ!!』
 動作の遅い瑛子の尻を腹立ち紛れに手で引っ叩くと、瑛子は悲鳴を上げた。
『きゃんっ!! ひ、酷いですよぉ〜 大体、グズグズしてるのだって、理奈ちゃんの方で……』
『何か文句でもあるの?』
 ジロリと睨みつけて凄むと、さすがにそこは使用人。怯えた視線を浮かべて首を横に振った。
『な……何でもありません。うう……兄妹揃って酷すぎますよぉ…… でも、ちょっと苛
められてみたいかも……』
 何やら最後にボソッと変な事を呟いたような気がするが、私はそこは敢えて気にしない
事にした。
「ほらほら。さっさとやれ、さっさと。日が暮れちまうぞ」
 兄の言葉の鞭にピシピシと打たれつつ、私と瑛子は馬車馬のように働かさせられたのだった。
 もっとも、兄に使役される事に軽い興奮を覚えていたなどとは、口が裂けても言えるこ
とではなかったが。


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