・お嬢様な妹がメイドに挑戦してみたら その3
・ ツンデレにご主人様と呼ばせてみたら

『で、お兄様?』
 私は、兄をジロリと睨み付けた。
「な、何だよ?」
『その……いっ……一体いつまで、そんな格好でいらっしゃいますの? 正直、女性の前でいつまでもスウェット姿でいるなんて、みっともないとは思いませんの?』
 いきり立って文句を言う私を兄はポカンと見つめ、それから瑛子を顔を見合わせた。
「いや……別に、普通のことだよなあ?」
『そうですよぉ。というか、お嬢様は今のお立場をお忘れではありませんかぁ?』
『どういうことですのっ!! 貴女に立場云々を言われる筋合いはありませんわ』
 正直、メイドごときにそんな事を言われて、私は思わず頭に来て彼女を怒鳴りつけた。瑛子は思わず身を竦ませたが、すぐに兄が私と彼女の間に割って入る。
「なあ、理奈。お前、今日一日は俺のメイドになってくれるんだろ?」
『そうですわ? さっきキチンと説明したはずですけど、まだお分かりになりませんの?』
「なら、メイドの前では寝巻き姿でいるのは普通だよな」
 私はそこでハッと気付かされた。いや、意識していない訳ではなかったが、正直のところ、兄にさっさと着替えて欲しかったのは目のやり場に困るからである。いつもの調子で強気な口調でごまかそうとしたのだが、今回は完全に失敗だった事は認めざるを得ない。
『そうですよぉ。さっきから見ていると、どうもお嬢様にはメイドの心得が全っ然分かっていないように見えますけど』
『う……さっきのは、お、お兄様が余りにもだらしが無いから、その……たまたま地が出ただけですわ。それよりも瑛子。あなた、いつも以上に失言が多いんじゃありませんの?』
『失言ではありませんよぉ。先輩風を吹かしているだけです。メイドとしては、お嬢様より6年先輩ですから』
『貴女に先輩風なんて吹かされたくありませんわっ!! 後輩たちからもネタキャラ扱いされてて全然尊敬されていないくせに、何をおっしゃいますの』
『そうなんですよぉ〜 ですから、こうやって新人さんには少しでも偉い所を見せておこうと思いまして』

「無駄な努力だと思うけどな」
『たっ……貴志様まで!? あうううう…………』
 兄の一言で、がっくりと瑛子はうな垂れた。いい気味ですわ、と横目に見ながら思いつつ、私は兄の方に向き直った。
『それではお兄様。身支度の方をお手伝いいたしますわ』
「ちょっと待った」
 ようやく、兄の着替えをお手伝い出来る。そう思ってちょっとドキドキしていたのに、いきなり出鼻をへし折られて、私はちょっとムッとなった。
『何ですの、お兄様。随分と時間が経ってしまいましたし、いい加減に着替えないと朝食の時間が無くなりますわ』
「いや。それよりもだな……」
 兄が私の姿をジロジロと眺めるので、私は恥ずかしくなって思わず身を縮めた。
『な……何を見つめていますの? もしかして……い、妹のメイド服姿に萌えたとかじゃないでしょうね。お兄様のエッチ』
「アホ。そうじゃなくってよ、格好だけ整えても、何かその……いまいち、メイドらしさを感じないと言うか……普段と変わらなくね? 罵詈雑言とか」
 む……と、またしても私は言葉に詰まった。いや、確かに兄の言う通りなのだが、それだけはどうにもならない。でないと恥ずかしくて会話が成立しないのだから。
『あのぉ……まずは、その……お兄様って言葉遣いを何とかした方が宜しいかと思うんですけどぉ』
 またしても性懲りもなく瑛子が会話に割り込んできたので、私は彼女を睨み付け、口を尖らせて反論した。
『お兄様はお兄様ではありませんか。他にどう呼べば宜しいんですの?』
『やはりここは……ご主人様お呼びした方が、雰囲気出るのでは無いかと思うんですが』
 瑛子の言葉に、私の体が一気に熱を帯びた。
――ご……ごごごごご、ご主人様、ですって? わたくしがお兄様を? そんな、そんな恥ずかしいこと口走ったりしたら……し……死んでしまうかも……
 しかし、混乱する私をよそに、兄はあっさりと答えた。

「お、それいいな。採用」
『ちょっ……ちょちょちょちょちょ、ちょっとお待ちなさい、お兄様!! 妹にご主人様なんて呼ばせるおつもりですの? へっ……変態ですわ』
「変態って……お前がメイド志願してきたんだろ? だったら、主人の命令にはまず従うのが当然と思うんだが」
『はい。私は貴志様の御命令なら、そのぉ……どんな事でも、従いますよぉ』
 瑛子はそう言って、ポッと顔を赤く染めて顔を逸らした。やめろ、バカメイドが。と、ちょっと乱暴な事を一瞬思ってしまう。それよりも今は自分の問題だ。私は兄をじっと見据えると、問い質した。
『ほ……本気なんですの? お兄様……』
「当然。でないとせっかくのプレゼントもいまいち気分が乗り切らないしな」
『ううううう……』
 そう言われればその通りで、私は兄に反論できる材料が一切無かった。
『まずは、練習ですよ。貴志様の事をご主人様、って呼んでみてください』
 瑛子に急かされ、私は混乱した頭で兄に向き直った。
『あっ……あの……その……ご主人様…… こっ……こここここ、これで宜しいのですわよねっ!!』
 兄は嬉しいともおかしいとも照れたとも付かないような笑いを浮かべて頷いた。
「ああ。とりあえず、今日一日はそれな。いやいや、なかなかいい誕生日プレゼントだな、こういうのも」
 喜ぶ兄を前に、私は恥ずかしさの余り声も上げられなかった。
『あのぅ……それで、私達も……メイド仲間にお嬢様ってのおかしいですから……理奈ちゃんてお呼びして宜しいですか?』
 ガバッ、と顔を上げると、私は瑛子に噛みつかんばかりの勢いで怒鳴った。
『調子に乗るんじゃありませんっ!! わたわた……私がお仕えするのはお兄様だけで――』
「あー、それも採用な。メイドの勉強も目的だって言ってたし、なら、なるたけそういう風にした方がいいだろ。理奈のこと、しっかり教えてやってくれよ」
『お任せ下さい、貴志様。おじょ……理奈ちゃんの事は、責任持って私が面倒を見ますからぁ』
『ううううう……お、覚えてらっしゃい』
 今になって私は、メイドになるという事が自分が思っていたほど簡単な事ではないと、ようやく気づき始めたのだった。


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