・お嬢様な妹がメイドに挑戦してみたら その5
・兄に料理を作ってあげたら色々欠点を指摘された挙句、兄に料理を習う羽目になったツンデレ(その2)

〜一時間後〜

「うう……メシはまだか…… さっき、様子を見に食堂へ行ったらまだ支度の途中とか言われたし……どうなっとるんじゃ、今日は……」
『何をぶーたれておりますの? ……ご、ご主人様』
 ソファに座って雑誌を読みつつ、ブツブツ文句を言う兄の後ろから声を掛けると、兄はビクッと体全体で驚きを表現して振り返った。
「おわっ!? 理奈か……驚かせるなよな」
『わたくしは別に驚かせたつもりはありませんわ。全く……お食事までの時間くらい、静かに待てないのかしら』
 陰で文句を言っていた事に気分を害した私が文句を言うと、今度は兄がムッとした表情を見せる。
「えらく口の悪いメイドだな。散々人を待たせておいて逆ギレかよ。てか、何でこんな時間掛かったんだ? コック長は何やってたんだ?」
『悪かったですわね。今朝は、ご主人様には特別に、わたくしがスペシャルメニューでお作り致しましたの。正直、本来でしたらご主人様ごときに食べさせるなどもったいないのですけれど、今日はわたくしがメイドですから、特別ですわ。存分に味わってお食べくださいませ』
 その言葉を聞くと、兄は途端に複雑な表情になった。
「スペシャルメニュー? お前が作ったのか?」
『そうですわ。同じことを何回も言わせないで貰えませんこと?』
 兄がちっとも嬉しそうな表情を見せないので、苛立ちを込めた声で私は答えた。すると、兄は疑わしそうな目付きで私を見つめた。

「お前……料理って出来たっけ?」
 その言葉に、私はますます不機嫌になった。
『失礼な事をおっしゃるのですね。わたくしにかかれば料理なんて簡単に出来ますわ』
「その自信はどこから来るんだ?」
 もはや呆れたような兄の口調に、私の苛立ちは頂点に達した。
『食べてみれば分かりますわよっ!! 全く瑛子といいお兄様……もとい、ご主人様といい…… とにかく、ダイニングルームへいらしてください。せっかくの朝食が冷めては元も子もありませんわ』
「そうだな。まあ……行ってみるか……」
 私は兄を誘ってダイニングへと向かった。
――ハア……本当にお兄様のお口に合えば宜しいのですけど…… だ、大丈夫ですわよ。
精魂込めて作ったんですもの。多少の事はきっと愛情がカバーして下さいますわ。
『さ、ご主人様。どうぞ。その……召し上がって下さいませ』
 兄が席に着くと、私は急かすように言った。もはや緊張は頂点に達している。ドキドキして胸が痛いくらいだ。
 しかし、兄は料理を目の前にして、一切手を付けようとはしなかった。
『どうなさいましたの? おなか……空いておられるんでしょう?』
 しかし、兄は私の方に顔を向けると、パンを掲げて見せて言った。
「だって、なあ…… 見た目からしてヤバッぽくね? これ」
『どういう意味ですの?』
「パンは微妙に黒焦げだし、これは……ベーコンエッグか? やっぱり焦げてるし、黄身が潰れたのか完全に一体化してるし、とここまではいいにしても、他は何だ?」
『ミネストローネとポテトサラダですわ。見てお分かりになりませんの?』
「……ミネストローネにしては何つーか、その……色が違くないか? それにこのポテトサラダ。どうみてもマヨネーズの固まりです。つーか俺は土方じゃねーっての」
『……み、見た目はその……多少不恰好かもしれませんけど、でも、食べてみたら美味しいですわよ。多分……』

 兄の立て続けの質問に、私はどんどん不安になっていった。うろ覚えの知識と感覚だけで作ったのはやはりまずかったと思う。しかし、瑛子にあそこまで大見得を切った以上、誰かに頭を下げて教えを請うことなどは、プライドとして許されなかった。
 兄は、ちょんちょん、と料理をフォークで突付いたり、スープを掬って匂いを嗅いだりしたが、口を付けることはせず、ただため息を付いて私を見た。
「お前は食ったのか?」
『ま……まだですけど、ちゃんとわたくしの分も用意してありますわよ。瑛子がさすがにわたくしにメイドと食事まで同じにさせる訳にはいきませんから、お二人で楽しんで食べてくださいって言ってましたし』
「あの野郎……自分がしっかり理奈の面倒を見るとか言っておいて、放置してるじゃねーか」
『あんな娘。いても邪魔なだけですもの。そんな事より、ご主人様。早くお食べになられて下さい。せっかくのお料理が冷めてしまいますわ』 「まずはお前が食え。その様子を見て決める」
『そんな訳には参りませんわ。今日はわたくしはお兄様のメイドですもの。ご主人様より先に召し上がるわけには参りません』
「ぬぅ…… それだけは確かに正論だが……」
 兄が食事を眺めているのを、私はドキドキしながら見守っていた。
――ここまで本格的に料理をしたのは初めてですけど、一生懸命作ったんだし、美味しいに決まってますわ。お兄様だって信用していらっしゃらないようだけど、きっと完食してくださるはずです。
 気持ちを落ち着けようと、無理矢理考えを前向きにしてみる。と、兄が挑むような視線で私を見つめて言った。
「とりあえず、俺が食えばお前も食べるんだな?」
『ええ。ご相伴に預からせて頂きますわ』
 私の言葉に、兄は決意したように頷く。
「わかった。じゃあ、食べるとしよう。にしても、某バラエティー番組の出演者の気分だぜ。マジで」
『御託はもういいですから。さあ、早く』
 兄はスプーンを手に取ると、スープを一口、啜った。

「ゴホッゴホッ!! ゲヘガハゴハッ!!」
『ど、どうなさいましたの?』
 いきなりむせ始めた兄に、私はハンカチを手渡すと兄はそれで口を覆い、しばらくむせ返っていた。
「やべえ……いきなり強烈だなこりゃ……ゴホッゴホッ!! 理奈。お前、スープに何を入れた?」
『スープにって……み、見れば分かるでしょう? にんじんに玉ねぎに……』
「それくらいは見れば分かる。つーか、切るのでかすぎ。どうみても生煮えだしにんじん皮ついたままだし」
『て……てっきりもう皮が剥いてあるものとばかり勘違いしたんですわ。だって色が……』
「まあ、それはともかくにしてもだ。スープの素とか香辛料とか、どうやって味付けしたらこんな摩訶不思議な味が出来るんだ?」
『ス、スープの素? 香辛料?』
「そうだ。狙って出来る味じゃねーぞ。むしろどうやったらこんな味が出来るのか知りたい」
 私は返答に窮した。普段食しているものとは言え、その実味付けをどうすればいいのかさっぱり分からず適当にやろうとしたが見た目からして違うものになってしまい、あれこれとぶち込んだせいで辛うじて色だけそれっぽく見せるように出来ただけだからだ。答えられない私を見て、兄はため息をついた。
「お前もちょっと食ってみ? 自分がどういうもの作ったか良く分かるから」
『ううううう…… い、いくらなんでも酷い言い草ですわ。わたくしがせっかく作って差し上げたのに。いいですわよ。食べてみますから』
 私は兄の対面の席に座り、スプーンを持って自分のスープと向かい合った。
――た、確かにこうして見ますと……いつものスープとは、大分違いますわね。というか、むしろ……口を付けるのに勇気が要りそうな見た目ですわ。
 しかし、気力を奮い起こして、私はスプーンでスープを掬うと、一口、口に運んだ。

『ガハッ!! ゲヘッ!! ゴホゴホ……ゴホッ!!』
 何とも形容しがたい、異様な味に耐え切れず、私は兄同様におもわずむせてしまった。
ハンカチを取り出して口に当て、背中を折ってケホケホと咳き込み続ける。
「な? 分かったろ。自分がどういうものを作ったか」
 確かに、人が食べられる代物ではない。しかし、負けん気の強い私は、絶対にそれを認めたくなかった。だから、首を振って挑むように兄を睨み付けた。
『フ……フンッ!! 確かに、その……若干変わった味ですけれど、これくらい、食べようと思えば食べられますわよ』
 半ばやけくそになり、半分涙を浮かべながら、私はスープをもう一口啜ろうとした。
「ストップ。それ以上無理すんな。体壊すぞ」
 その言葉にカチンと来た私は、スープを飲むのを止めて荒々しく立ち上がると、兄に向かって激しく文句を言った。
『へ……平気ですわよ、このくらい。大体、さっきから黙って聞いていれば偉そうなことばかりおっしゃって……自分だってお料理なんて出来ないくせに!!』
 すると兄は、意外にも平然とした顔でこう答えた。
「バカにすんな。こう見えても料理くらい出来ないことないぞ」
『へ?』
「まだまだ人に食わせるようなレベルじゃないけど、まあ少なくとも、人の食えるモノは作れると思うぞ」
 思わず私はしばし呆然として兄を見つめていた。兄が料理を作れるなど、初めて知った事だからである。
『本当ですの? いまいち信じられませんわ』
 疑わしげに聞くと、兄はちょっと不満そうに答えた。
「本当だって。信じられないなら、今から作ってやろうか? どのみちこれじゃあ朝飯作り直さなきゃいけないだろうし」
『いいですわ。お兄様の料理の腕前がどのくらいの物か、わたくしが判断して差し上げますわ』
 胸を張ってそう言うと、兄は気難しそうな顔をして私の顔をジッと見つめた。

『な……何ですの? 一体』
「お前さあ。自分の立場、忘れてないか。すっかり素に戻ってるぞ」
『お兄様が何を偉そうに立場とか……って、あああああっっっっっ!!!!!』
 私はそこでハッと気付いた。
――そそそそそ、そうでしたわ。わたくしは今日はお兄様の専属メイドだと言うのに、すっかり忘れて……
「メイドさんならさ。失敗したときはどうするか分かるだろ?」
『うっ……』
 そう。立場からすれば今日は私こそ頭を下げて謝らなければならない。しかし、人が食べられる代物ではないとはいえ、手料理を全面否定された挙句に頭を下げて謝罪するなど、屈辱である。気持ちではしなければならないと分かっていても、素直に従えなかった。
 沈黙する私に、兄は小さくため息をついた。
「まあ、お前の性格じゃあ無理だろうけどな。どれ。じゃあちょっくら作るか。お前も厨房に来いよ。せっかくだから一つ一つ教えてやるから」
 そこまで言われてしまうと、キチンと謝る事も出来ない人間かと言われているようで逆に悔しい。とはいえ、今更素直に謝るのもやはり癪である。しばし悩んだ挙句、私は自分の中で一つ妥協案を見つけ出した。
『あの……おに、いえ。ご主人様……』
「何だ、理奈」
『わたくしを礼儀も知らぬ人間と思われては困ります。これでもわたくしは礼儀作法はしっかりと見に付けたつもりですわ』
「知識だけ使えても実際に使えなきゃ意味ないだろ」
 さすがに兄とはいえ、その言葉にはカチンと来た私は兄を睨みつけて語気を荒げた。

『馬鹿になさらないでください!! わたくしは、その……キチンと自分が悪いと認めたその時は、素直に謝罪いたします』
「ほお。じゃあ、今はまだ自分が悪いとは認めていないと?」
 兄の、少々詰るような口調に、私は不満そうに少し黙った。しかし自分が決めた事を後に引くわけには行かない。
『ええ、そうですわ。ですから、あくまで、謝るのはご主人様の指導でわたくしが上手に料理を作れたのでしたら、の話ですからね』
 そう言うと、兄は面白そうに笑って答えた。
「分かった。じゃあ、ちょっと頑張るか。言っとくけど、わざと手を抜いたりしたら即、やり直しだからな」
『わっ……分かっておりますわよ、そんなことくらい。賭けをしたからと言って、敢えて下手に作ろうとかそんな事は致しませんわ』


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