・ツンデレとクリスマスプレゼント その11

『きゃっ!?』
 私は、慌ててぬいぐるみを押さえた。危なかった。あごがもう一センチほどで床に付く
ところだった。
「おー。委員長、ナイスキャッチ」
 別府君が感心したように言う。
『そんな事、褒めなくていいから手伝ってよ』
 私は何とかしてぬいぐるみを棚に戻そうと、一生懸命に引き上げる。が、押し込もうと
する度に、ズルリと下に落ちてしまい、結局また支えるはめになってしまった。
「了解。どれ」
 別府君が半分持って、二人で一緒に、犬を棚に押し込めた。
「よっしゃ。これでいいだろ」
 別府君がそう言った瞬間、ズルリと犬が垂れ下がる。
『きゃっ!!』
 もう一度、私はあわててぬいぐるみを押さえた。
『もうっ!! 全然ダメじゃない』
「あれ? おっかしいよな。結構しっかり押し込んだはずなのに」
 首を捻りながら、もう一度別府君はぬいぐるみを掴む。
『しっかり出来てないから落ちてくるんじゃないの』
 別府君の言葉に、私は文句を言った。しかし、元はと言えば私のせいでこんな事になっ
ているのだから、文句など言える筋合いも無いはずなのだが、別府君は一言もそんな事は
言わず、むしろ納得していた。
「まあ……確かに。とにかく、もう一度やろうぜ」
『う、うん』
 とにかくも頷くと、私はもう一度、ぬいぐるみの下半身を棚に押し込む。
「どう? しっかり入った?」
 別府君が確認の為に聞いてくる。
『多分…… 大丈夫、だと……思うけど……』
 やるだけのことはやったつもりだが、何か、また落っこちてきてしまうような、そんな
不安定感があった。
「よし。じゃあ、せーので離すぞ。せーのっ!!」
2
 別府君の合図に従って、パッと手を離す。ぬいぐるみは……落ちて来ない。私はホッと
ため息を付いた。
『落ちて……来ないよね?』
「どうやら大丈夫みたいだな」
 別府君もホッとしたようだった。
『もう……なんだって、こんな時に落ちてくるのよ』
 本当に、タイミングが悪いにも程がある。せっかく、勇気を出して、別府君にお礼を言
おうとした所だったのに。
「もともと置き方自体無理あるしな。その上、委員長がモフモフしたりしてたから、やっ
ぱバランスが崩れたんじゃね?」
 ぬいぐるみを見ながら、別府君がそう答える。それが事実を的確についていたからこそ、
私は何だか急に、年甲斐も無くぬいぐるみ相手にいじけていた自分が恥ずかしくなった。
『そ……そんなに、言うほどモフモフはしてなかったわよ。そりゃ、ちょっとはしたけど……
でも、ほとんどは顔埋めてただけだもの』
「うーん。何かさ、落ち込みながらスリスリしまくってたような……」
『だ、だからそこまではしてないってば!!』
 思わず、ムキになって否定する。しかし、私がムキになればなるほど、別府君にとって
は面白いようだった。
「いやいや。そんな恥ずかしがる事じゃないだろ。これだけでかくて可愛らしいぬいぐる
みなら、女の子ならずとも抱き締めたり顔埋めたくなったりするんじゃないか?」
 ウーッ、と私は、不満そうに別府君を睨みつけた。しかし、どういっても信じてもらえ
なさそうだし、そもそも最初っから私の方に分が無いんだから、言葉で負けるのは分かり
きっていた。
 私は、別府君から顔を逸らすと、ぬいぐるみを指差して言った。
『そ……そもそも、この子がこんなにおっきいから、簡単に落ちてくるんじゃない。ちょっ
と触ったくらいで落ちてくるなんて、普通有り得ないもん』
 さすがに、私のこの言い分には、別府君も苦笑せざるを得なかった。
「いくらなんでも、ぬいぐるみの大きさのせいってのは無いだろ。置き方が無理ありすぎ
とかって言うんならともかくさ。それだって、委員長が触らなきゃ落ちてこなかったかも
しれないし」
3
 私はますます恥ずかしくなって俯いてしまった。何か言い訳をすればするほど、おかし
な事を言って、ますます恥を上塗りしてるだけのような気がする。
『だ、だって……』
 何とかして納得させられる言い訳を探そうと、私は必死になって頭を回転させたが、一
向に、いい考えが浮かばない。どう考えても、別府君の方が正しいのだから、当然のこと
なのだろうが。
「そ、そのさ。委員長。別にそんな、落ち込まなくてもいいと思うぜ。別に俺は委員長が
悪いとか、そんな風に思って言った訳じゃないんだしさ。それに、ほら。ちゃんと元通り
に戻したんだから、何も気にする事ないじゃん」
 黙り込んでしまった私を見て、落ち込んだと勘違いしたのか、別府君が一生懸命フォロー
してくれた。
『別に……落ち込んでなんていないわよ。ただ、その……別府君に言い負かされたのが、
何となく悔しいだけで』
 こんな時くらい、ちゃんとお礼ぐらい言えないのかと、自分が自分で情けなくなる。私
の思いはどうあれ、別府君は気を使ってくれたと言うのに。
 それなのに、別府君はクスッと笑っただけで、嫌な顔一つしない。優しい。
「そりゃしょうがないじゃん。俺だってたまにはちゃんとした事もするし、委員長だって
たまには失敗する事もあるさ。人間なんだし」
 そう言ってから、自分の言葉にうんうんと頷く別府君。我ながらカッコいい事を言った
とでも思っているのだろうか。何だかちょっと可愛くて、私の心は大分ほだされた。
「さてと。もうぬいぐるみはいいだろ? そろそろ行こうぜ」
『うん。もう十分』
 別府君の言葉に頷いてから、私はもう一度犬の方を向いた。
――全く……お前のせいで、とんだ恥を掻いたんだからね!!
 呑気そうな顔がムカッと来て、手でベチッと叩く仕草をする。それから、私は小さくた
め息をついて、別府君の後についていこうとした。
 しかし、不幸は、まだ私を放してはくれなかった。
 犬から目を離そうとしたその瞬間、視界の隅でズルッと何かが動くのが見えた。
『え――?』
4
 さっき、何度もずり落ちた犬と、その隣の白い、同じくらいおっきなぬいぐるみ。今度
は二体いっぺんにずり落ちてきたのだ。
『わ、わっ!!』
 慌てて、私はそれぞれを片腕ずつで何とか押さえつけた。
「委員長、どうしたんだよ?」
 私が付いて来ないことに気付いて、別府君が戻ってくるのが分かる。
「って……また、落としたのか?」
『違うってば!! 私が落としたんじゃないわよ。勝手に落ちてきたんだもの』
 何か、別府君に呆れられているんじゃないかと思って、私は一生懸命弁明した。別に叩
いたフリをしただけで、実際に叩いたわけじゃないし、今度は誓って何もしてない。
「おっかしいなあ? 確かにしっかり入れ直したはずだけどなあ?」
 しげしげとぬいぐるみを眺めながら、別府君が言う。
『入れ方が悪かったんじゃないの? 何もしてないのに落ちて来るなんて、他じゃ考えら
れないし』
 今度はとばかりに別府君のせいにしようとして私は言った。しかし、あっさりと切り返
されてしまう。
「かなあ? でも、委員長と俺の二人で入れたんだから、委員長にも責任あるよな?」
『……………………』
 ごもっともです。それに、そもそもの発端は私なんだから、やっぱり私に分がないらしい。
『そんな事どうでもいいから、とにかく入れ直してよ。私、支えるだけで手一杯なんだし』
 これだけの大きなぬいぐるみを、片手で棚に押し付けているのは限度がある。重さもだ
が、何より安定性がないので、ちょっとバランスが崩れるだけで簡単に床に落ちてしまう。
いっそ手を離して放置してしまおうかとも思ったが、一体一万円以上する商品を汚したり
して、万が一バレたら大変だし、バレなくても、すごく後ろめたい気分になる。
「でもさ。これだけやっても入らないんじゃ、ちょっと俺らじゃ無理じゃないか? しか
も、二匹だしさ」
 焦る私と対照的に、冷静に別府君は言った。
『じゃあどうするのよ。このままにしておくわけにもいかないでしょ?』
「俺さ。ちょっと店員さん探してくるよ。店の人ならプロなんだから、簡単に陳列し直せるだろ?」
5
 確かに、それは別府君の方が正しい。私達が二人でまた一生懸命直していたら、一体い
つまで掛かるか分からないし。そりゃ、別府君と二人でやるなら、何をしてもいいけど、
どうもこのぬいぐるみと私の相性は限りなく悪いようだから、出来ればこことは早くおさ
らばしたかった。
『わ、分かった。早く戻って来てよ』
「了解。速攻で行って来るわ」
 軽く手を上げて、別府君はその場から立ち去った。


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