・ツンデレとクリスマスプレゼント その17

『じょっ……冗談じゃないわよ。何で私がそんな……子供用のゲームなんてやらなくちゃ
ならないのよ!!』
 即座に私は拒否した。別府君が何を考えているのかは知らないけど、子供用――という
か、幼児用のコンピューターを高校生がやるなど、恥晒しもいいところだ。
「いやあ。この程度のゲームだったら、委員長でも楽しめるかなーって」
 別府君は、悪びれる様子も無く、当たり前のように答える。
『こんなの、高校生にもなってやってたりしたら、絶対おかしいわよ。大体、対象年齢だっ
て5才までって書いてあるし』
 ちょっとムッとした口調で言うと、別府君は、人をからかう時のイタズラっぽいニヤッ
とした笑いを見せて言った。
「いやぁ。授業でパソコン使った時も四苦八苦してた委員長なら、まずはこのくらいが始
めるのがちょうどいいんじゃないかって思ってさ」
 ザクッとその言葉は、ナイフのような鋭利さで、私の胸を抉った。
――酷い。酷すぎる。そりゃ、私は機械音痴で、ダブルクリックだって上手く出来ないし、
スイッチでパソコン切ろうとしたり、用語なんてチンプンカンプンだし、携帯の扱いだっ
て未だにちょっと怪しいわよ。だけど、いくら何でも、幼児扱いしなくたって……
 私はチラリと、他の子供達を見た。みんな、上手にペンで絵を描いたり、ゲームをした
りして遊んでいる。別府君を見ると、期待に満ちた顔で私を見ている。
『……分かったわよ』
 私は、別府君を睨むようにジッと見つめながら、振り絞るような声で言った。
「やる? いやあ。さすが委員長だ。何事も前向きにチャレンジしないとね」
 五歳児向けのコンピューターにチャレンジなんてあるものかと、私は内心で毒づく。だ
けど、これで別府君が喜ぶと言うんなら、仕方ない。
『で、でも……ちょっとだけ、だからね。すっごく恥ずかしいんだから』
「別に恥ずかしがる事ないと思うんだけどなあ」
 別府君は、コンピューターの前に気軽にしゃがむと、ちょいちょいと操作してみせる。
「ほら」

 私の方を向いて、笑顔を見せる。私は、大げさにため息をついてみせた。別府君は周囲
の人の視線とか気にしたりしないんだろうか? もっとも、こんな事、誰が何を思おうが
関係ないと言えばそれまでなので、きっと私の方が損な性格なんだろう。
『分かったわよ。代わって』
 別府君が立ち上がって場所を譲り、代わりに私がコンピューターの前にしゃがむ。イス
だと小さくて座りづらいからだ。
「あ。これなんかいいんじゃね?」
 別府君が、何種類かあるゲームの一つを指した。ちなみに、このソフトは、テレビアニ
メのヒロインが使われていて、一本のソフトに何種類かのゲームが入っている。お子様が
言葉を覚えるためのソフトだが、別府君の指したのは、敵を避けながらひらがなを拾って
いくゲームで、確かに文字を書いたり絵を描いたりよりはマシな気がする。
『分かった。ちょっとやってみる』
 さすが、幼児用のコンピューターである。私でも苦もなくゲームを始めるところまで持っ
て行けた。
「いやあ。何か、委員長がプレイしてる姿。さっきのPS3の時より、絵的に合う気がする
なあ」
『それ、褒めてるの? それとも、バカにしてるわけ?』
「え? いやその……見たままの感想だけどさ。何か、似合ってて可愛いなって」
『つまり、子供っぽく見えるって……そういう事?』
「ああ、いや。そういう事じゃなくてさ。無骨な戦争ゲーなんかよりもパステルカラーと
か、可愛らしいキャラの方が似合ってるってことで、別に子供用だからとかそんなんじゃなくて」
 私がいかにも不機嫌そうな言い方をしたので、別府君は慌ててフォローしてきた。けれ
ど、どう考えても褒め言葉には思えず、私は気落ちして、ため息をつく。
「その……もし、気に障ったならゴメン。そんな、バカにする気は全然無かったけどさ。一応」
『別に……謝らなくたっていいわよ』
 別府君が私を子供っぽく見ていたとしても、それは別府君が悪い訳じゃない。そう見え
るなら仕方ない事だけど……ただ、やっぱり、どうしても落ち込んでしまう。ただそれだけだ。

 そんな事を考えながら操作をしていると、いつの間にかゲーム開始の画面に来ていた。
「あ、ほら。委員長、始まってるぞ」
 動かない私のキャラを見て、別府君が教えてくれた。
『……分かってるから』
 何というか、私はすっかりボーッとしているイメージが付いてしまったのだろうか。二
人でいればいるだけ、悪いイメージだけが別府君に植え付けられているような気がする。
 さすがに、子供用だけあって、ゲームは簡単だ。敵もいるけどそんなに数は多くないし、
私は順調にキャラを動かしてひらがなを集めていく。
「お。上手い上手い」
『子供用なんだから当たり前でしょ』
 ぶっきらぼうにそう答える。別にこんな事で褒められても嬉しくないし。
「でも、その割には結構真剣にやってないか?」
 その言葉に、私はビクッと体が震えるのを感じた。
『そんなわけ無いでしょ。子供用なんだし』
 だが、実は、結構プレッシャーはあった。何故なら、別府君の前で万が一にも失敗する
わけにはいかないからだ。これだけ子供用だと言っておいて、一度でも死んだらお笑い種
だ。だけど、万が一にもうっかり間違った文字を取ってしまったりとかするかも知れない。
だから私は、本当は結構真剣なのだ。
「あ、ほら。委員長、逆、逆」
『分かってるわよ。邪魔しないでくれる?』
 横から別府君が指図するのを、私は煩わしそうに退けた。別府君にしてみれば悪気はな
いのだろうが、私からすれば、子ども扱いされているようで面白くない。
「ホントかよ。何気に結構、危なっかしくないか?」
 訂正。絶対、別府君はコンピューター音痴の私を弄って遊んでると思う。
『全然余裕だもの。あと少しでクリアだし』
 もう、取る玉も残りは、ら、わ行だけだ。ゲーム開始時よりは敵の数も増えているとは
いえ、難しいと言うほどではない。
「お? ホントだ。頑張れ頑張れ」
 別府君の応援も、私には茶化されてるようにしか思えなかった。
――と、いけないいけない。別府君なんて無視しないと。

 ここで、無駄な事を考えて失敗したら、みっともなくてしょうがない。目の前のゲーム
をクリアする事だけに専念しなければ。
 順調に玉を拾っていき、残りは二つ。
「よし。あと二つだ。っと、ナイスキャッチ。あ、そこ。敵来てる。避けて避けて」
 何だか、別府君の方が夢中になってないか?
『静かにしてて。気が散るから』
 ちょっと厳しい言葉で別府君の言葉を封じる。ラスト一個とはいえ、ここでミスする可
能性だってあるし。
 ジャンプして軽快に敵をかわし、ボールに近づく。最後の一個を無事拾うと、私はよう
やく、緊張から体を解いた。
『ふう……』
 一度もミスしないでクリア出来て、私はホッと吐息をつく。
「クリアおめでと。委員長」
 別府君の言葉に、私は彼の方を向いた。ニコニコと嬉しそうな彼の笑顔に、釣られて一
瞬微笑みかけてから、私は慌てて視線を逸らした。
『別に……こんなの、出来て当然だし……』
 わざとつまらなさそうな声で私は答えた。たかが幼児用のゲームをクリア出来たくらい
で高校生が喜ぶなんておかしいし。
「でもさ。そう言ってる割には、クリアした時、ちょっと嬉しそうな……ていうか、安心
したような顔してなかった?」
『――っ!?』
 別府君のツッコミに、私は思わずドキッとした。知らない間に、気持ちが顔に出ていた
のだろうか? そうだとしたら、物凄く恥ずかしい。
『わ……私、そんな顔してた? 全然そんな意識無かったんだけど』
 わざととぼけた返事をする。すると、別府君は真面目くさった顔で頷く。
「してたしてた。ほんの一瞬だけど。まあ……俺の思い込みじゃなければ、だけど」
『思い込みよ。そんなの。絶対にそう』
 別府君の言葉尻をとらえて、私はそう言って否定した。すると別府君は、ちょっと不思
議そうに首を捻る。

「そうかあ? 何か、やってる最中も真剣だったし、だとしたらクリアした時嬉しくなっ
ても、全然不思議じゃないと思うけどな」
 私は、ウッと言葉に詰まる。別府君に静かにするように言ったりしたから、真剣にやっ
ているように思われたのだろうか。いや、まあ、実際、真剣だったけど。
 それにしても、さっきからの別府君の言葉は、まるで私の心を見透かしているようだ。
私が隠したい、隠したいと思っている事を的確に突いてきている。思わず、私に興味を持っ
てくれているのではないかと、勘違いしたくなるほどだ。
 まあ、実際は、単に人を見る目に優れているだけなんだろう。彼に、特に私を気にする
意味があるとは思えないし。
『べ、別にこんなの……真剣にやってた訳じゃないし。だって……』
「子供用のゲームだから?」
 言おうとした事を先に言われ、私は言葉を失ってしまった。もっとも、これだけさっき
から同じ事を連呼し続けていれば、嫌でも機先を制することくらい出来るとは思うが。
『そっ……そうよ……』
 私は口を尖らせてそう言うと、彼から目線を逸らした。
「でも、俺がやるとしたら、結構真剣になっちゃうかもなあ」
 別府君の言葉に驚いて、私は彼を見つめた。ちょっと照れ臭そうな笑いを浮かべて、別
府君は言葉を続ける。
「だってさ。万が一にも失敗して、委員長の前でカッコ悪いところとか見せられないし」
――同じだ……
 私は、別府君の言葉に、思わずドキドキするものを感じてしまった。
――別府君も……私と、同じなんだ……
 てっきり、自分だけだと思っていた。こんなゲームに真剣になっているなんて知れたら、
恥ずかしいと、そう思っていたのに、別府君からそんな言葉が出るなんて、思ってもみなかった。
「委員長もさ。だからそうなのかなー、とか思って見てたんだけど。委員長ってさ。結構
負けず嫌いだし」

『まっ……負けず嫌いは余計よ!!』
 自分の性格のあまり好きではない部分に触れられて、私は文句を言い返した。しかし、
別府君の言う事は認めざるを得ない。
『まあ、その……確かに、自分から子供用だって言っておいて失敗したらみっともないか
ら……ちょっとはその……真面目にやったわよ。ただ、それだけなんだから』
 別府君の前だから、というのは、私には恥ずかしくて言えない。別府君は、きっと私の
ことを意識してないから……単純に女の子の前で、という事だから、すんなりと委員長の
前で、なんて言えるんだろうけど。
 私の言葉に、別府君はにこやかに笑った。
「やっぱそうだよな。そういうプレッシャーの中でゲームやってるとさ。簡単なゲームで
も、何気に夢中になったりするだろ? そういうのも、楽しさの一つなんじゃないかなって」
 確かに、そういうのもあるかも知れない。別府君の言葉は、私を頷かせるに足るものだっ
た。クリアした瞬間のホッとしたような、嬉しいような、解放されたようなそんな気持
ち。あれを得るのが楽しみだというのなら、そうなのかも知れない。
 私は、小さく頷いた。
『まあ……ちょっとは、その……ホッとした気分はあったわよ。でも、簡単なゲームだっ
たから、危ないところなんて無かったし』
「さすがに、委員長といえど、ちょっと簡単過ぎたかな?」
『当たり前よっ!!』
 別府君の言葉に、私は噛み付いた。いくら私がコンピューター苦手とはいえ、ちょっと
バカにし過ぎだと思う。
 しかし、ちょっと怒ってみせたにもかかわらず、別府君は一向に気にしない様子で、笑
顔で私を宥めようとした。
「まあまあ。でもさ、ちょっとは、ゲームの面白さとかも分かったろ? さっきのゲーム
はちょっと初心者にしては敷居は高かったと思うけど、あれで委員長がゲームが嫌いになっ
たりしたらヤダなって思ったから」

 私は思わず、別府君を見つめてしまった。確かに、さっきの戦争ゲームで、別府君の目
の前でみっともないプレイをしてしまって、落ち込んでいた事は確かである。フォローし
ようとしてくれた別府君にも、つっけんどんな態度を取っていたし。そんな私に気を使っ
て、こんな事を仕向けたのだろうか?
 だとすれば、確かに効果はあったと思う。こんな事は言えないけど、どんなに簡単なゲ
ームだったとはいえ、やっぱり少しはクリアして嬉しいと言う気持ちも分かったから。
 しかし、同時に不思議でもあった。何で、別府君がそこまで私の事を気にするのか。別
に、別府君が悪いわけでも無いし、むしろたかがゲームで不機嫌になる私など、放ってお
けばいいのに。
『……何で、私がゲーム嫌いになったら……別府君が嫌だなんて思う訳? 私がゲームの
事を好きになろうが嫌いになろうが関係ないと思うんだけど……』
 率直に、疑問を口に出してみる。すると、珍しく別府君の方が、私から顔を背けた。そ
して、小声で、たどたどしく答えを口にする。
「いや……その……俺としては、その……委員長も、ゲーム好きになってくれた方が、嬉
しいからさ……」
 私は、驚きのあまり、思わずポカンと口を開いた。


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