「かなみには幸せになって欲しいですわね」
「姫様には、とは?」
「勿論わたくしも幸せですわよ? ですが、それ以上の幸せを子に望むのが親の常ではないかしら」
「そのとおりでございますな」
「かといって、わたくし達が拓いた道をまた歩いて行かせるようなことはしたくありませんの。
 わたくしの幸せはわたくしのもの。あの子の幸せはあの子のものなのですから」
「……陛下にしてはジャイアニズムではありませんな」
「一言多いですわよ、『おじさま』」
「失礼いたしました。……む? 何やら騒がしいですな」

「陛下! 申し上げます! 賊が城に侵入しました!」


「タカシ! 何の騒ぎなの!?」
「城に賊が侵入したとか。姫はこのまま部屋から出ないでください」
「ちょっと、他の騎士は戦っているんでしょ? あんたはいいわけ? あたしだって……」
「なりません。姫をお守りするのが私の務め。それに、姫を残して行っては、きっとじっとしてはいらっしゃらないでしょう」
「う……そんなこと……」
「とにかく、騒ぎが収まるまで私とここにおりましょう。万が一の時はお守りします」
「……」
「姫?」
「ふッ!」
「! ぐぁ……」
ドサ……
「ひ……姫……。何を……」
「ふふん。あんたはそこで寝てなさい。たかが賊の一人や二人、あたしが捕らえてやるわ!」

「ぅ…………姫……」


(タカシは心配し過ぎなのよ。私だってしっかり戦えることを思い知らせてやれば、きっと見直すに違いないわ)

「おい、いたか?」
「中庭に逃げ込んだみたいだ」
「よし、追うぞ」

「中庭ね……。待ってなさいよ」


「タカシ殿! タカシ殿!」
「…………ぅう」
「おお、気づかれましたな」
「く……姫は……」
「姿が見えません。ご存知ないのですか?」
「……そうだ! 俺を気絶させて、賊の所に……」
「それは……参りましたな。どうやら連中の標的は姫様のようですので」
「何ですって!? くそ……すぐに……」
「お待ち下さい」
「何ですか!? 早くしないと姫が……」
「これを、お持ちください」


「ふっ! てっ! やぁ!」
「とっ……と。姫さんだからとみくびっていたが、なかなかやるじゃねぇか……。少なくとも、そこらで寝てる騎士どもよりゃましだぜ?」
「なめないでよね! あんたなんか、あたしが本気をだすまでもないわ!」
「くくく……威勢がいいねぇ。確かに、ちょっとばかし分が悪いな。俺一人では、な」
「! 囲まれてる……いつの間に!?」
「さぁ、相手はごつい男が4人だ。どうする? お姫様よぉ」
「ふん! いいじゃない、返り討ちよ!」


「これは……剣?」
「その通りでございます。これは代々こ王室に伝えられる宝剣にございます」
「……それを、なぜ私に?」
「明日はあなたの誕生日だそうで。姫様がご用意していらしたのです」
「かなみが……」
「タカシ殿。これは確かに宝剣にございます。しかし、これにはそれ以上に重要な意味がございます。おわかりですかな?」
「意味……」
「この国の次期女王が、男性に剣を授ける。その意味でございます」


「かなみ……無事でいろよ……!」

 「次期女王が男性に剣を授けることの意味。それは……」
 「わかっています。『汝。この剣を以て、我を生涯守り抜く騎士となれ』……つまり、求婚です」
 「姫様は、既にそこまでご決断なさっているのです。たとえ周囲が反対しようとも、両陛下に背くことになっても、あなたへの想いを貫き通すことを」
 「かなみが……」
 「あなたは、それに見合う覚悟をお持ちですかな?」

(そうだ。後は俺が一歩踏み出すだけだったんだ。
 なのに身分の違いを盾にして踏み切れなかったのは誰だ? 俺が勇気を出せば済んだ話じゃないか!)
「かなみ……待ってろ。今、助けてやる……!」


「きゃあっ!」
「ふぅ……手こずらせやがって。さぁ、観念するんだな」
「くそ……。こんな奴らに……」
(体が……動かない……)
「さらばだ、お姫様。怨み言ならあの世で言うんだな」
(怨み言なんてどうでもいい……。タカシに一言伝えたかった……)

――ゆっくりと、ゆっくりと剣が振り上げられ

(こんなことでお別れだなんて……。どうして、もっと素直になれなかったんだろ……)
「死ねぇっ!」
(でも、せめて最後だけは……)
「タカシぃぃぃっ!」

――そして、振りおろされた

(素直に……)


振りおろされた刃は、肩から腰へと袈裟掛けに肉を断ち切っり、血を撒き散らした。
だが、傷つけられた影は倒れず、揺らぎもせず、ただ両手を広げて、まっすぐに前の男と向き合った。


「……タカシ?」
「……下がっていろ。かなみ」

そして、するりと剣を抜き、

「お前は、俺が守る」

次の瞬間には敵の全てを斬り捨てていた。


「あ、あ、タカシ……」
「……」
(怖い……。こんなタカシ、初めて見る……。タカシの背中が、あんなに遠い……)
「タカシ……あの……ありがと……」
「……姫」
「な、何?」

パシンッ!

「…………ぇ」
(タカシが、ぶった……?)
「何故勝手な行動をした!」
「ひっ!」
「あなたは! 自身の身をわきまえず自ら危険を冒したのみならず、挙げ句には殺されるところだった!
 それがどれだけの事態を引き起こすか、わかっていたのですか?!」
「…………いいえ」
「……姫。あなたはこの国の未来にとってとても大事なお方です。両陛下も、あなたを亡くすと悲しまれるでしょう。……わかりますね?」
「…………うん」
「……。もうあのような真似はしないことです。さぁ、部屋に戻りますよ」
「うん……」


「……」
「……」
「タカシ……ごめんね……?」
「……」
「怒った、よね……。本当にごめんなさい……」
「姫」
「は、はい」
「この剣はお返ししておきましょう」
「え……。あ! これは……」
「じいから預かっておりました。先程使ってしまいましたが……」
「あ、その、これは……」
「お返しします」
「う……うん……」
(やっぱり、今更受け取ってもらおうなんて虫がよすぎるよね……)
「……姫。先程言った言葉。あれは勢いだけのものではありませんよ」
「……え?」
「お部屋に着きました。私は医者を呼んできます」
「あ……ちょっと……さっきの言葉って……?」
『お前は、俺が守る――』
「え……。それって……」


「痛い痛い痛い! もっと優しく手当てして下さい!」
「うるさい! こんな無茶をして、よく死なないで済んだものですよ!」
「うーん……。愛の力、かな……」
「……ふざけたことを言っているとその口も縫いますよ」
「すみません」


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