第4話「酒と男と女とフラグ」

夜の街を歩く事数分。
俺たち4人は居酒屋『黒木屋』の前に辿り着いた。
入り口に書いてあった、
『保護者不在の場合の未成年者の立ち入りを固くお断りします』
という注意書きを見て凛が俺たちに疑惑の視線を向ける。
まあ信用されてるなんて思っちゃいなかったが。
その視線を軽やかにスルーして店内に入ると、席へ案内するためのウェイターがやって来た。
店員の案内に従って俺達はテーブルにつくと、
案内した店員にそのまま飲み物をメニューを指差して「コレ下さい」と注文していく。
ココがミソだ。『飲み物の名前』を言ってしまっては意味がない。
注文を終えるとウェイターはかしこまりました、と厨房のほうへと消えて言った。
その様子を見ていた凛が俺に不審そうな眼つきをしていた。
が、注文したものがくればわかると思っていたらしく何も言わなかった。
ま、そのほうが俺にとっては好都合だったわけだが。
料理ではないので注文した飲み物が来るのは早かった。
ウェイターが俺たちに確認を取ってそれぞれに注文したものを置こうとした。
が、俺はそれを断ってまとめておいて貰った。
そうした理由は、まあ勘の言い奴なら分かってるだろうな。
俺は飲み物の1つを取ると凛に渡した。
「凛、お前果物系好きだったよな」
「はい、『オレンジジュース』」

「確かに、お酒ではないですね…でも、何か怪しいですね…変に素直すぎて…」
「そんな疑うなよ。俺らだってジュースだろ?」
「まあ、確かに…」
「俺は『トマトジュース』ダメ宮は『グレープフルーツジュース』梨亜は『コーヒー牛乳』だぜ?」
軽い感じで俺はいったが内心ヒヤヒヤ物だった。
耕平のはともかく何処の居酒屋にコーヒー牛乳やトマトジュースを出すところがあるというのか。イヤあるのかもしれないが俺は知らん。
「タカシ、ちょっと」梨亜が俺の手を引っ張る。
「何だよ?」
「いいから、ちょっとこっち来てよ」
俺は梨亜に言われるがまま電話コーナーの一角に連れてこられた。すると梨亜はおもむろに、
「…ねえ、ちょっと聞くけどさ、ま・さ・かアレがタカシの『考え』じゃないよね?」と一言一言噛み潰すように聞いてきた。
「いや、そうなんだが」
「…はあ、『まさかジュースと偽ってカクテルを出す事』が考えだったなんて安直だよね」
「タカシにはガッカリだよ」梨亜は呆れ顔で肩をすくめた。
そう、俺があの時注文した飲み物はジュースなんかではない。カクテルだ。
俺が凛に手渡したのはスクリュードライバー。
オレンジとウォッカで作られたカクテル。口当たりがよくアルコール度数も分かりにくい。故についた異名が「レディーキラー」。
また味もオレンジジュースの味ほぼそのままだから、一番騙しやすかったわけだコレが。
ゲーセンの意味も知らない世間知らずの凛なら『ちょっと変な味がしますね』程度で済むはずだ。
アイツに酒を飲んだ経験は無いだろうし。
そこら辺は耕平にごまかしてもらうか。そういうとこは得意だからな。
ついでに言うと俺が頼んだのはブラッディマリー。
耕平が頼んだのはソルティードッグで梨亜が頼んだのはカルーアミルクだ。

「ったく、前も言ったけどタカシって考えが大雑把なんだから」
「大体凛ちゃんがカクテル知らないのが前提じゃん。知ってたら即ばれじゃん?」
「…一応ばれた時、言い逃れるための台詞は考えてある」
「何さ?まあ一応聞いといてあげるよ」
「『俺が頼んだのはお酒じゃない、カクテルだ』」
「それ詭弁というか子供の屁理屈だよバカー!」梨亜は叫ぶように突っ込みをいれた。
「はっはっは、バカだって?ダメ宮やお前じゃないんだから。俺はいたってマトモかつ普通ですよ?」
「…本当のバカって自覚ないからバカなんだよねそういえば…」
「すぐばれそうな嘘ついてさ。何でそんなことしたのさ?他に店なんて幾らでもあるじゃん」
「最初に提案したのはお前だよな…」
「まあいいや。どうせなら酒飲めたほうがいいだろ?なら居酒屋のほうがお前等も楽しめる。そう思っただけだよ」
「そのために自分は嘘ついたってわけ?…やっぱバカだよ。タカシは」梨亜はため息を1つついた。
「うるせえ」コイツは今日何回俺の事をバカ呼ばわりすれば気が済むんだろうか。
「聞くことはそれだけか?ならさっさと行こうぜ。思った以上に時間経ってるしな」俺は梨亜に戻るよう促す。
「そうだね。ま、怒った凛ちゃんに蹴っ飛ばされないよう、凛ちゃんを止めてやってもいいよ」
「タカシのそういうバカなトコ、嫌いじゃないから(/////)」
気持ちは有難いが、なんでそこで顔を赤らめる?変に意識して俺まで照れくさくなるだろうが。

席に戻った俺と梨亜は揃って硬直した。
なんでかって?
答えは簡単。凛の変貌ぶりを見て驚愕したからさ。
なんというかこう、凛は。
虎になっていた。
真っ赤な顔、据わった眼つき。
そして全身から発せられる酒臭い香り。
混ぜ物の酒は飲酒経験がまったく無かった凛を、相当悪酔いさせたらしい。
すでに耕平はテーブルに突っ伏してピクリとも動かない。
相当飲まされたようだ。テーブルの上には無数のグラスがある。
時折呻き声を上げてることから死んではいないようだが。
「2人とも何処で何をしてたんですかぁ?」剣呑なオーラを身にまとい、凛は聞いてきた。
「いや、それはその…たいした用事じゃないって、なあ?」俺は梨亜を見やる。梨亜はカクカクと首を縦に振った。
「それにしても一言言ってもいいですよねというか何勝手にいなくなってるんですか大体ですねタカシさんは」
途切れも無く俺等を責め立てる凛。そのまま凛は説教モードへと移行した。
(からみ酒かコイツ…ッ!ああもう悪い事はするもんじゃねえなぁ)
俺は誓った。凛に2度と酒等アルコール類は飲ますまいと。

しばらくたっても凛の口撃は止まらない。ただし説教から愚痴にシフトチェンジしていたが。
「どうせ私はつまらない女ですよ。硬っ苦しいし説教ばっかりだし言う事キツいしすぐに蹴り飛ばすし」
そこまで言ったところで、凛は急に顔に緩んだ笑みを浮かべる。
「でもですね〜そんな私でも気にかけてくれる人はいるんです。気になる男の人くらいいるんです」
「お人よしで、自分のことなんか顧みないで、それでいてその事をごく当たり前だって認識してるバカな人で」
「間が悪くて気にしなければいけない最低限の事以外とてもアバウトで」
「でもですね?とってぇも、優しいひとなんです」そういう凛はとても誇らしげな笑顔だった。
ココまで言ってもらえる奴は誰だ?相当の幸せ物じゃねえか。ぶっ飛ばしてぇな。
「でも、その人はちっとも私の方を振り向いてくれないんです」うって変わって、急に憂い顔になる凛。
「気にかけてくれてはいます。その事はとてもとても嬉しいんですけど」
「私を女としてちっとも見てくれないんです…」凛は俺のほうへ向き直り、
「タカ兄ぃ………」縋る様な、それでいて懇願するような、切なげで、かつ甘やかな声。言葉遣いも昔に逆戻りしている。
「私は、タカ兄ぃにとって、妹の様な存在でしかないの…!?」潤んだ瞳と、火照ったように赤くなった顔。
そんな顔でそんな言葉を言う事は、俺の心拍数を跳ね上げるには十分すぎた。
「お、おい凛!?お前何を言ってるんだ?」突然の事にパニック状態になる俺。
「お前酔ってる所為で、自分の言ってることがワケ分からなくなってるんじゃないのか?」
「とりあえず落ち着け、な?」俺は凛を宥めようとする。まさかこんな状態で言われた事を本気にする俺じゃない。
それは凛にとっても迷惑以外の何者でもないはずだから。
こんな可愛い奴が俺に?そんなバカな。俺はそこまで自惚れちゃいない。
だが、凛はなおも止まらない。
「ワケ分からなくないよ…!タカ兄ぃ…答えて…!」
なおも詰め寄る凛。そんな俺たち2人を、梨亜は何も言わずに見守っていた。
ただ、その顔がまるで泣き出す直前の子供のような、何かを堪えているような顔に見えた。

だが、そんな妙な均衡状態は、あっけなく終わった。
バタリ、と凛がテーブルへと状態を倒す。
酔いつぶれて眠り込んでしまった様だ。
「…どの道これじゃ歓迎会はお開きだな。俺は凛を連れて戻る」
「悪ぃけど、梨亜。ダメ宮を頼むな」
「あ、うん…あのさ、タカシ」
「何だ?」
「…ううん、やっぱなんでもない」
「…そっか」それ以降梨亜の言葉は無かった。
その後、俺は支払いを終えると、凛を背負って店を出た。
背中に伝わる凛の感触。
あんな事があっては殊更に意識してしまう。
(落ち着け俺…凛は俺の妹みたいなもんだろ)
(なら気にする事なんて無いだろうが)
(でも、それなら)
(俺のこの胸の高鳴りは一体なんなんだ…!?)
(明日、俺は凛の顔をまともに見れるのか?)
そんな事を気にかけながら、俺は帰途についた。



―幕間―

凛は目覚めると、少し視点が高い事に気づいた。そしてそれが動いている事も。
そして、視界に見慣れた人の頭と背中があることも。
「あれ…?タカシさん…私、どうしたんですか…?私、ジュースを飲んで…それで…」
「タカシさん、か」凛の言葉に、何故か隆は安堵していた。
「覚えてないのか。アレからお前すごかったんだぞ?」
「…一体私は何をしたんですか?」
「…コメントを差し控えさせてもらう。まあ覚えてないならそれに越した事は無いだろ」
「うう…意味も根拠もなく自己嫌悪してしまいます…ってちょっと待ってください」
「何でジュースを飲んだくらいで記憶が飛ぶんですか?…痛ッ」
今更ながらに頭を襲う鈍痛に気がつく。
「悪い、俺嘘ついてた。アレ酒なんだよ。まさかカクテルホントに知らなかったとはな」
「…騙したんですね?」凛の顔と声が険しくなる。
「スマン!本当に悪かった!今は反省してるから許してくれ!」
その口調は妙に切羽詰っていた。自分は一体あの居酒屋で何をしたというのか?
「…もういいです。許してあげます。カクテルも知らないほど世間知らずだった私にも責任はありますし、過ぎた事ですから」
「そっか…ごめんな」隆は再度謝った。
「だからいいですってば…二度としてくれなければいい話ですし」
「いやそれだけじゃなくてさ。何かお前を怒らせること、結構あったじゃんか」
「まあ、怒らせたことも悪いとは思うけど、何より申し訳ないのは」
「ずっとずっとどんなに考えても、その理由が分からないことなんだ。ごめんなぁ。凛」

「タカシさん…」凛は胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
彼は、自分が意地をはった時、やきもちを焼いた時、素直になれない時。
そんな時不機嫌な顔をしてた事を、
自分の所為だと思い、
自分を責め、
自分の何が悪かったのか、ずっと考えていたというのか。
なんてバカで、不器用な人なんだろう。
でも。凛は最確認する。
(私は、そんな彼のことが、いや、そうだからこそ。どうしようもなく、好きなんだなぁ…)
思わず、背中を掴む手に、力を込める。
「ん?凛どうした?」
「あ…いえ、背負われてると分かったら急に落ちちゃうんじゃないかと不安になって」
「そっか」顔は見えないが、隆が笑ったように思えた。
「それで…?どうする?降りるか?歩けるなら、だけどな」
「いえ…まだ体に力が入らないみたいです…しばらく、こうしていてもらえますか?」
「了解」
「落とさないでくださいよ?もし落したら…蹴り飛ばしちゃうんですから。容赦なく」
「了解」と、隆は再び口にした。その声音は楽しげなモノになっていた。
凛は隆の背中にしがみつく。まるで抱きしめるように。
彼と触れ合っている事、そして彼と共に居る幸せを、噛みしめるよう、そしてそれを手放さぬように。


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