第9話「カナリア3分間クッキング」

夕方。
学校から帰った俺は、着替えた後夕食の準備に取り掛かる。
いつもの様に、エプロンとバンダナを身につけ台所に入る。
腕まくりをして下ごしらえの準備をしようとしたその時だった。
トタトタトタ、と階段のほうから足音が聞こえてくる。
直後、リビングの戸を開く音。
「やっほ〜」
「どうせ暇してるだろうから遊びに来てやったもんね!」
「アタシみたいな美少女に遊びに来てもらえるなんて、タカシは果報者だねホント」
などと言いながらリビングに入ってきたのは梨亜だった。
(また2階の窓から入ってきたなコイツ…)俺は心の中で溜息をついた。
「カナリアうるさい料理の邪魔だとっとと消えろ」俺は冷たく言い放つ。
優しく言ってもコイツは付け上がるだけだからな。

「んだよその言い方は〜」
「折角タカシが家で孤独に寂しさを噛み締めてると思って来てやったのにさ」
「その優しい優しい梨亜様にその言い草ですか。最悪ですな〜」
「俺は身寄りの無い一人暮らしの老人かっつの」
「っていうか自分で優しいとか様とか付けんな。図々しい」
「んだよ、ホントの事じゃん」口を尖らせる梨亜。あ、マジで鳥っぽい。
「お前が優しい?はっ、それならお前以外の全人類は聖人君子だっての」
「そりゃどういう意味!?」眉を吊り上げる梨亜。
「そういう意味だ。っつーか静かにしろっつの」
「大体ヒマなのはお前の方だろ。俺は今からメシ作りで忙しいの」
「付き合い悪いな〜…ってあれ?にしても作り始めるの早くない?」怪訝そうな顔で、梨亜。
「ちょっと豪勢にするからな。下ごしらえとか考えるとコレくらいから始めねぇと」
「何で今日に限って?」間の抜けた顔で聞いてきた梨亜。
…コイツ、忘れてやがる。
はぁ、と今度は心の中でなく実際に溜息をついた後俺は梨亜に説明した。
なんでこんな事をワザワザ説明せにゃならんのかと思いつつ。

「今日はダメ宮の誕生日だろうが。お前一応幼馴染だろうが。覚えとけよ」
「え、マジで!?やっば〜…」
やっぱ忘れてやがった。ダメ宮…哀れな奴…
「それくらい覚えとけよ。いくらアイツでも泣くぞ?」
「いや〜すっかりド忘れしてたよ。だってダメ宮だし」
…アイツの好物もう一品プラスしてやるか。俺は心の中でそう決めた。
「お前なぁ…とにかく、だ。料理の邪魔だから俺の部屋にでも行ってろ。手伝う気ないんだろ?」
「う〜い…あれ?凛ちゃんは?」
「ああ、あいつなら実家にいったぞ。たまには顔出さないと、とかなんとか」
「明日休みだし、泊まるつもりなんだろうな」
こんな日に限って…つくづく哀れなり、雨宮耕平。
「あ、そうだ。その代わりってわけじゃないだろうが、稲葉が来るらしい」
「?そうなの?」いきなり出た意外な名前に梨亜がきょとんとした顔で聞いてきた。
「ああ、何か知らんけどつれて来るってあいつが言ってたからな」
「へぇ。なんかあの2人一緒に居ることが多くなったような気がしない?」
「俺もそう思う」ここ最近2人が一緒に居る時の雰囲気がおかしい。あの2人に一体何があったんだろう?
「まあとにかく。カナリア、ここに居るなら静かにしてろよ?」
「おうよ!」梨亜は何故か嬉しそうな顔で親指をビッ!と立てつつそんな勢いのいい返事をした。

―十数分後―

「ふぁ…ね〜タカシ〜ヒマ〜」
「あああああ!!!!!テメェこれでその台詞何回目だと思ってる!?」
「これ見よがしに欠伸までしやがって!」
欠伸をかみ殺しつつ言う梨亜の言葉に我慢できなくなった俺は、ダン!と肉切り包丁を肉の塊に叩きつけながら怒鳴った。
1キロはあろうかという肉の塊が真っ二つになる。
「ん〜…40回くらい?」
「52回だ!」
「いちいち数えてるタカシも十分にヒマなんじゃないの?」
「何か言ったかっ!?」
「別に〜。だってヒマなんだからしょうがないじゃん」
「ヒマなんだったら俺の部屋でゲームでもしてやがれ!」
「タカシの部屋のゲームなんて全部クリアしちゃったよ」
「…怒首領蜂とかあったはずなんだが」
「あんなのもうノーミスクリアできちゃうよ」
「お前あれか?化け物か?だったら漫画でも」
「なんかひどい言い方された気がする…それも全部読んだ」

「そうか…でもま、とにかくお前が居ると気が散るから何処か行っててくれ…」
と、言ったところで。俺は1つの事に気がつく。
コイツが俺が相手ができない上に、暇つぶしになる物も何もないのにここに居たってことは…
俺は1つの提案をしてみた。
「…やってみるか?教えてやるから」
「べ、別にタカシと一緒に料理したいとかそんなんじゃないけど」
「そこまで言うなら教わってやってもいいよ…(/////)」
言葉とは裏腹に梨亜は瞳を輝かせ、そう答えた。
コイツはこれでも女だ。料理の1つも作れたほうがいい。
何より忘れてたんだからダメ宮へのプレゼントなんぞないだろう。
だから手料理でも振舞えばその代わりにもなるし、一石二鳥だ。
俺は内心ナイスアイデア、と自画自賛していた。
だが、この後俺はこの提案をしたことをとてもとてもとてもとてもとても、後悔する事になる。
そりゃもう、心の底から。



「さて、と。まずは準備だな」
「へ?準備って?」
「ほら、コレつけれ」と、梨亜にエプロンとバンダナを差し出す。
「あ、うん。…これって、タカシが使ってたやつ?」
「ああ、どっちも俺のお古。新しいの買ってからは使わずにしまっておいたんだよ」
「そ、そうなんだ」
「何でそんな事を…ってああ。そりゃそうか」
「使い古したボロなんて使いたくねえよな」幾らカナリアだってそれはイヤだよな。
「待ってろ、新しいの持ってきてやる」俺が踵を返そうとしたその時。
「い、いいよ!別にそんなこといってないじゃん!」
「そうか?」
「ばーか。タカシは結論を急ぎすぎなんだよ。アタシはコレでいいもんね」バカは余計だろ。
「お前がそれでいいならいいんだけどな」
「…ってゆーかむしろコレじゃないと…」俺の言葉に梨亜が何かボソボソと呟いている。
「?今なんて言った?」
「な、なんでもないなんでもない!気にすんなってば!」慌てたように手を振る梨亜。
「そっか。それじゃ手を洗って調理開始と行きますか」
「あ、タカシ…」なんだ、と俺が聞き返すと、
「これ…貰ってもいい?アタシ、こういうの持ってないからさ」と遠慮がちに言ってきた。
「別にいいぞ。さっきも言ったがコレお古だしな。でも、それなら新しいの持ってくるが」
「だからいいってば!そこまでしてもらっちゃ流石に図々しいし」
人様の物をねだってる時点で十二分に図々しいのだが、こいつにしちゃ殊勝な物言いなので黙っておく。
「ま、いいか。それじゃ始めるぞ」
「うん。…へへ」梨亜は嬉しそうにエプロンをぎゅ、と抱きしめた。
こいつ、そんなにエプロンが欲しかったんだろうか?
ともあれ、俺たちは調理を始める事にした。

「まず、下ごしらえからだな」
「そうだな…とりあえずそこの野菜から切るか」俺は近くの野菜を手に取り、軽く洗うとまな板に置いた。
「うーい」梨亜が投げやりな返事とともに包丁を持ち、野菜を切ろうとするのを、
「ちょっと待て」俺が梨亜の手を掴みそれを止めた。
「え?なにどしたの?」
「包丁の持ち方はそうじゃなくてだな…」
「ああもう、口で説明するのめんどくせえな」
「正しい持ち方はこう、そんでもって左手は指先を軽く丸めて押さえるんだ」俺は梨亜の背後に回り自分の手を梨亜の手に添える。
「ひゃ…な、何するのさいきなり!」
「なに…って、こうしたほうが教えやすいからだろ」
「いや、でもさ…コレはちょっと…」顔を真っ赤にする梨亜。
よく考えてみれば、梨亜の手に俺の手を添えるために後ろから梨亜に密着してるわけで。
要するに、こいつは。
照れているのか?
恥ずかしがっているっつーことなのか?
「…はぁ。今まで取っ組み合いの喧嘩だってしたことあんのに、今更体軽ひっつけただけで何言ってんだよ」
こいつらしくも無い反応に、俺は呆れたように言う。
「ば、ばか。それは小さい頃の話じゃん」
「つい2カ月ほど前、皆で買い物言ったときに(※第3話参照)エレベーターでお前とそれをやった気がするが」
直後凛に思い切り蹴り飛ばされたのをよく覚えている。つーか忘れられるかあんなの。
「あう…そういえばそうかも…」
「大体俺が風邪引いた時にデコくっつけてきたくせに、後ろから手を回したくらい何だってんだよ」
「うぅ…」俺の言葉に反論する事ができなくなったのか、梨亜は顔を赤くして黙り込んでしまった。
そんな梨亜の顔と仕草に、ほんのちょっと、ほんのちょっとだけだが、
不覚にもトキメイてしまった。

最初こそ戸惑ったものの、以外にコイツは飲み込みがよかった。
思っていたよりも調理の工程がスムーズに進む。まあ、コイツ元々手先は器用な方だったっけか。
「へえ、なかなかやるな。筋がいいっつーかなんつーか」俺は素直に感想を言った。
「へっへ〜そでしょそでしょ、コレがアタシの真骨頂ってやつよ〜♪」
「もっと褒めてもいいんだぞタカシ」俺の言葉に御満悦、と言った顔の梨亜。
「調子に乗るなバカ。手元から目を放すな」
「だいじょぶだいじょぶ。ちょっと目を放したくらいで…痛っ」
包丁で手を切ったらしい。梨亜は反射的に指を咥える。ほら見ろ、言わんこっちゃ無い。
「だから目を放すなって言ったんだ。どれ、見せてみろ」
傷は大きくはないものの意外と深く、それなりに出血していた。血相を変えるほどのものではないが。
「へ、平気だって!こんなの舐めてりゃ治っちゃうもんね」
「いいから見せろ。血が出てるのに放って置けるかよ」
「な、なんだよタカシ、アタシの事心配してくれちゃってるわけ?雪でも降っちゃいそうだね」
「ああ、料理に人の血なんて入れたら不味くなっちまいそうだからな」
「…………………………………………」
先ほどとはうって変わってむすっとした顔で黙り込む梨亜。
「ん?どうした?」
「そうだよね…タカシにとって一番重要なのは料理なんだよね…」
といじけた口調で言う梨亜の背中はどこかすすけていた。
「ああ。折角お前が一生懸命作った料理なのに、『血が入った』ってだけの理由でケチがついたらイヤだろ?」
「ん?えーと…するってーとそれはつまり…」数秒、黙考していた梨亜だったが、
「…ったくタカシはどうしてこう気の使いどころがおかしいのかなぁ」とぼやくとは小さく溜息をついた。
「言ってる事が良く分からんが…ほれ、治療終わり…っと」
治療なんて大層な事を言ったものの、要は消毒してバンソーコーを巻いただけだったりするんだが。
「…ん。アリガト」俺の言葉に梨亜は小さく礼の言葉を返した。

その後、俺たちは調理を再開した。
梨亜に料理を教えながら自分も並行して別のメニューを作るのは中々骨だったが、何とか滞りなく料理を完成させることが出来た。
なんとか梨亜の料理も完成し、テーブルに並んだ俺の作った料理の数々の中に梨亜の料理がちょこん、と仲間入りした。
「ふう。何とか完成したな。後はダメ宮と稲葉の到着を待つのみ、か」
「お前にしちゃよく頑張ったな」
「コレくらい楽勝だもんね!アタシがその気になりゃこんなもんよ♪」
「だから調子に乗るな…ま、にしてもおつかれさん」
俺は苦笑しつつ梨亜の頭をわしわしと少し乱暴に撫でた。
「うあ…頭撫でんなよー!」真っ赤な顔で抗議する梨亜。
「ああ、悪い悪い。つい凛にするのと同じ感覚でな」
「…凛ちゃんにも同じ事してるの?」
「たまについやっちまうな。あいつもお前みたいに顔真っ赤にして『止めてください』って言うけどな」
「…やめたほうがいいと思うな。そういうことはさ」
「え?ああ、そうかな」
「やめてって言ってるんだからさ。人が嫌がる事をするのは、タカシらしくないよ」
「…そうかもな。すまんカナリア」
「別にアタシに謝られても…それに謝るほどのことでも無いし」
「あ、アタシ洗い物してくるね!」そういうと梨亜は台所に向かって行った。
でもなんでだろう?言われた俺じゃなくて、言った梨亜が、申し訳なさそうな顔をしていたのは。
考えても結論がでそうになかったから、俺はそれについて考えるのをやめた。
自然と、梨亜の作った料理に目が行く。
梨亜が作ったのはサラダとクリームシチュー。初心者でも失敗の少ないメニューだ。
(さて、と。味見してみるかな)俺はおたまで軽くシチューを掬うと、口へと持っていく。
アイツが珍しく頑張って作ったのだ。多少の事は目を瞑って『おいしい』といってやろう。
俺はシチューを口の中へ入れた。



―幕間―

「タカシー!パーティーの主役がお出ましだぜ〜!」そう言いながら耕平がタカシの家のドアを開けた。
「コラ耕平、もう夜なんだから大声出すんじゃないわよ。みっとも無い」と、稲穂。
「はは、悪い悪い。なんてったって今日は誕生日だ、バースデイだぜ?」
「イヤでもテンションが上がっちまってな」
「…そこまで単純だとある意味うらやましいわね…」
「まあでも、一番の理由といえば」
「?何よ?」
「隣に恋人が居て誕生日を祝ってくれるって事が、何よりも嬉しいかな」
「もう…クサい台詞いってるんじゃないわよ…ばか」稲穂の頬はほんのりと赤く染まっていた。
2人は家に上がりこみリビングの戸を開ける。
豪勢な料理がテーブルにところ狭しと並んでおり、テーブルを彩っていた。
「あれ…タカシは…なんだよ寝てやがる」耕平が呆れたように言う。
タカシはテーブルに突っ伏していた。
時折呻き声のような声を上げていたが、起きる様子はない。
「ひでぇな、人の誕生日だってのによぉ」
「そういうこと言うんじゃないの。コレだけの料理を作ったんだから、疲れちゃったんじゃない?」
「いやまあ、作ってくれたんだから文句はないけどよ…」頭をかきながらばつが悪そうに耕平は弁解した。
「起きるまで待ちましょ、時間はまだあるんだし」
「そうだな。カナリアも居ないみたいだし」梨亜が台所に居るということは思いもつかないらしかった。
「にしても腹減ったな…」そういうと、耕平は「サラダ」を取り分けスプーンで掬うとそのままパクリ、と口に運んだ。
「あ、ちょっともう…意地汚いんだから…」と難色を示していた稲穂だったが、
「…………………………………」耕平はスプーンを咥えたまま固まっている。
「ちょっと、どうしたの?」耕平のあまりにもおかしいその様子に、稲穂も心配そうな顔をする。
ドサ。耕平が膝をつく。そのまま崩れ落ちるように倒れ―
「ちょっと、耕平!?」稲穂の声も空しく―
耕平は、そのまま悶絶した。




「大丈夫か?」俺は目を覚ました耕平に声をかけた。
「ん…あ、俺…」ぼんやりとした顔で言う耕平だったがガバ、と身を起こす。
が、すぐ苦痛に顔を歪ませると頭を抑え床にへたり込む。
今アイツの味わってる痛みは良く分かる。さっきまで俺もそうだったからな。
頭痛に吐き気に眩暈。一番近い感覚で言うなら強烈な二日酔い、と言ったところだろうか。
俺は多少は軽くなったものの未だに頭の方でズキズキと鈍痛がするし。
「…おいタカシ、お前あのサラダに入れたんだよ?」
「ひどい味じゃねえかよ。殺す気か?」眉間にしわを寄せ耕平が聞いてくる。
「気を失うのはお前の専売特許じゃねえかよ」
「人に勝手なキャラをつけるな。あれ作ったのは俺じゃねえ、カナリアだ」
「マジでか!?アイツが料理作るなんて信じられねえ。調理実習ですら人任せだったアイツが…」
「アイツがお前の誕生日だから手料理で祝いたいっていってな。協力したわけだ」
本当はアイツがプレセントどころか誕生日自体を忘れていた事を俺は言わない事にした。幾らなんでもコイツが不憫すぎる。
「ま、考えてみればそうだよな。お前に限ってあんな味のメシ作るわきゃねえか」耕平がテーブルの上にあるサラダを見ながら言う。
それは一見何の変哲も無いポテトサラダなのだが…
「桐生、何か悪いものでも入ってたんじゃないの?」という稲穂の言葉に。
「食材は俺が用意したからそれはあり得ない」
「するってーと何か?調味料のさじ加減だけで、あんな破滅的な味の料理を作ったってか?」耕平は呆れ顔だ。
「そこまでくると一種の才能ね…」稲穂も天井を仰ぎ見て小さく溜息をつく。
「で?1つ聞きたいんだけどよ」
「何だ?」と俺は聞き返したもののなんとなく何を聞きたいのかは分かっていた。

「そのカナリアは何処だ?」やっぱりな。その問いに俺は、
「それがな…どうやら俺が気を失ってる間に、別の料理作り始めたみたいなんだよな…」
俺も稲穂に聞いただけなんで良く分からないが。
「何!?冗談じゃねえ、止めさせるぞ!」痛みを堪え立ち上がる耕平を、
「ダメよ!」稲穂が制止した。
「何でだよ!?」
「折角あの子がやる気出してるのよ?ここは黙って見守るのが友達ってやつじゃない!」
「お前はアイツの料理を食べてないからそんな事が言えるんだっ!」
「あの料理を腹いっぱい食べたら誕生日がそれこそ命日になっちまうわっ!」
耕平の顔は必死そのものだった。まあ、気持ちは分かる。
「それを耐えるのが男の甲斐性ってモンでしょ?情けないわねー」
「なにおう!?じゃお前もこれ食ってみろ!」
「え!?いや私は…」まさかそんな展開なるとは思っていなかったらしく、しどろもどろになる稲穂。
耕平は小さじスプーンにシチューを少量(コレ以上食べたら意識を失いかねないから)掬うと、稲穂の口に突っ込んだ。
「…………………………………………」何も言わない稲穂。
「おい?稲葉?」俺が心配になって声をかけると、
「た、確かに味は凄いわね。でも大げさにリアクションする程のものじゃないわ」お、意外と平気そう。
「こ、ここここここここのててててて程度、だだだだだだだ大丈夫よよよよよ」
「思いっきり大丈夫じゃないだろ!?音飛んでるCDみたいじゃねえか!」
俺と耕平は急いで稲穂に水と胃薬を飲ませた。


「危なかった…なんかお花畑が見えたような…」人心地ついたのか、吐息の様に小さい溜息をほう、とつく稲穂。
「稲穂、もう反論しねぇよな?行くぞタカシ」
「そうだな…」耕平の言葉に俺は同意し、台所へと向かった。
俺達が台所に入ると、調理の真っ最中だった梨亜が俺たちに気づきこちらに向き直った。
「おっ、やっと起きたかタカシ。まったく作り終わったと同時に寝るなんてヘタレだね」
「ま、泥舟に乗ったつもりでドーンとアタシに任せときなって」
「それを言うなら大船だろ」耕平が半目でツッコむ。この場合泥舟で合ってる気もするが。
「お、なんだダメ宮もう来てたんだ。ちょっと待ってなよ、アタシの料理で一生忘れられない誕生日にしてやるもんね!」
「もう一生忘れられそうにねーよ。おいカナリア、今すぐ料理を止めろ」耕平の言葉に、
「何でさ!折角オメーの為に作ってやってるのにさ!」
「何でかって?不味いからだ」
「なんだとぉ!?タカシ、何か言ってやってよ!」
「いやスマン。教えておいてなんだが、ものっそいまずい」
「タカシまで何てこと言うんだよバカー!イナっち、そんなことないよね?」梨亜が心細げに稲穂に視線を寄越すが、
「ごめん…なんていうかその…コレが輸入品だったら世界大戦の引き金になると思う…」
申し訳なさそうに言う稲穂の言葉にガクリとうなだれる梨亜だったが、いきなり顔を上げると、
「なんだよなんだよ皆して言いたい放題言っちゃってさ!」
「もうアタシの料理なんて食べさせてやんないもんね!独り占めしてやる!」といって鍋の中にあった料理を思い切り頬張った。
調理中だと思っていたがもう出来ていたらしい。煮物のようだ。それはともかく次の瞬間。
バタリ。梨亜が卒倒した。

俺が梨亜をとりあえずリビングのソファーに寝かせ台所に戻ると、耕平たちと梨亜の料理を片付ける事にした。
「…捨てるしかねえだろうな、やっぱり」俺は誰に言うでもなくそう言った。
食材がムダになるのはいただけないがこれ以上犠牲者がでるよりマシだ。
「そうだな。ゴミ袋には有害物質が入っています、って記入した方がいいかもしれねぇ」という耕平の言葉に、
「バイオハザードマークの方がいいんじゃないかしら…」と稲穂が言葉を返した時だった。ドンドンドン!ドアを乱暴に叩く音。
『オラァ!この前の金髪野郎!ここに居るのは分かってるんだ!さっさとでて来い、叩きのめしてやる!今度は倍の6人だ!』
「あの声…!」外から聞こえてきた声に稲穂が顔を強張らせる。
「なんだ稲穂、聞き覚えあるのかよ?」と耕平。
「バカ!なんでアンタが忘れてるのよ!?ほら、花見の時(※第8話参照)にアンタが叩きのめしたアイツ等の一人よ!」
「あー…そんな事もあったっけか…だってよ、男の声なんていちいち覚えてられっか…あ、タカシは別な」
2人のやり取りを聞いて、俺はある画期的なアイデアを思いついた。
「…つまりそいつ等はろくでもないチンピラ共っていう認識でいいのか?」俺が聞くと、
「そうだな」「そうね」2人は同意した。
「ダメ宮、あいつ等を叩きのめせるか?」
「それくらいできる程度には回復したぜ。今すぐ行ってくる」
「その前にもう1つ。気絶させないようにしてくれ。出来るか?」
「俺を誰だと思ってやがる。何のためか知れねえけどやってやるさ」そういうと耕平はリビングを出て行った。
数分後、玄関のドアを開けるとボロボロになった男たちが転がっていた。うむ、やっぱケンカだけは鬼の様に強いなコイツ。
「で、どうすんだタカシ?警察にでも通報すんのか?」
「何を言ってるんだいダメ宮?そんな事しても彼等は逆恨みするだけさ。ここは丁重におもてなしして帰っていただこう」
「おいおいおい!何血迷った事言って」そこまで言った耕平の言葉を遮るように俺は話を続ける。
「まずおもてなしといったら手料理だと思うんだ。早速食べていただこうじゃないか」俺がそう言うと耕平は納得した顔で、
「そういうことな。それなら今すぐ食べてもらわねえとな」と言った。
「もう料理はもって来た。それじゃ食べてもらおうか」俺はポテトサラダの入った皿とシチューと煮物が入った鍋を彼等の前に置いた。
後日、瀕死の状態で無職の少年6人が、公園で発見されるというニュースが流れる事になる。

「うう…」そんなか細い声を上げながら、梨亜がようやく目を覚ました。耕平たちは既に帰り、リビングには俺たち2人しか居ない。
「大丈夫か?」
「あ、タカシ…」
「あの料理をあれだけ食ったら倒れもするだろ…無茶しやがって」
「う、うるさいな!元々はタカシ達があんな事言うから…」そこまで言ったところで、梨亜の目じりに涙が浮かぶ。
「どうせアタシは料理オンチだもんね…」涙を懸命に堪えながらいじける梨亜。
「そうだな。お前は料理オンチだ。あの料理はとてもじゃないが人に出せるものじゃない」
「というより一種の凶器だあれは」
「うう…なんだよぉ…そこまで言うことないじゃん…ばか…」ついに堪えきれなくなったか、ぽろぽろと涙を流す梨亜。
「もう料理なんか作らなきゃいいんでしょ…」
「そういうわけに行くか」
「へ?」
「あんな料理しか作れない状態で俺が放って置くなんて、俺のプライドが許さん」
「明日から2人っきりでみっちりお前に料理を教えてやる。せめて人並みの料理が作れるようにならないとな」
「い、いきなりなに勝手な事言ってんのさ!アタシは別に料理なんか作れなくたっていい…」
「うるさい、お前に拒否権はない」
「ひど!何だよそれ〜…ま、いいよ、付き合ってあげる」
「それでいい。覚悟しとけよ?」
「ふんだ!タカシの腕なんかすぐに追い越してやるもんね!」
「言ってろバーカ。それより、なんで料理なんか作れなくたっていいって言ったんだ?」
「え?そ、それは…だって、アタシにはタカシが…」急に真っ赤になり声が小さくなる梨亜。
「おい、もうちょっと大きな声で話せよ」
「う、うるさい!何でもないもんね!」顔を真っ赤にしたまま俺に怒鳴る梨亜だった。
その後、猛特訓の末なんとか人が食べられるレベルにまで上達するのだが、そこに至るまでには相当な困難が待ち受けていたのだが―
それはまた、別のお話。



―幕間―

「ふう、とんだ誕生日だったぜ」
耕平が稲穂との帰り道、溜息をつきながらおもむろにそういった。
「酷い事言わないの。梨亜ちゃんだって一生懸命作ってくれたんだから」
「ま、そうなんだけどよ…簡単に割り切れねぇよ…だって、誕生日だぜ?」
「贅沢な奴ね…」半目でいう稲穂、だがその後おもむろに頬を軽く赤くしながら、
「そ、それなら…今からウチに来る?」と彼女にしてはあまりにも控えめな口調でそう言った。
「え?いきなり何…そうか!」訝しげな顔をしていた耕平だったが、急に思いついたように、
「プレゼント持ってないようだし、かわりに私をプレゼント、なーんてな!」
と、冗談めかして言った。
事実耕平も冗談だと思っていたし、その後どつかれた事に対するリアクションの準備も出来ていたのだが…
「…………………………………」
稲穂は足を止め俯くと、先ほどとは比べ物にならないくらい顔を真っ赤にしたまま黙り込んだ。
(こ、この反応は…!ってことはマジなのか?そうなのか!?)
「い、稲葉…?冗談じゃないよな?」
「ば、ばかっ…冗談でこんな事言わないわよ…」
「…一昨日からうちの親、旅行に行ってて居ないの…」それが全ての答えだった。
「そ、そういうことなら行かせて貰うかな」耕平は震える声でそう言った。
「わかった…ついて来て」稲穂が歩くのを再開する。
耕平も慌ててそれについて行った。
互いにの心臓の音が聞こえそうなくらい胸をドキドキさせながら、2人は稲穂の家へと向かった。


前へ  / トップへ  / 次へ
inserted by FC2 system